H.いじめをなくすためにはどうしたらいいか

1.児童生徒のいじめの原因・背景は個々のケースにより様々だが、主として家庭における幼少期からのしつけの問題や児童生徒の多様な能力の適性などに十分な対応ができていない学校の在り方や生活体験の不足・物質的豊かさの中での他人への思いやりや人間相互の連帯感の希薄化などの社会状況や青少年を取り巻く環境の悪化などが挙げられる。こうした家庭、学校、地域社会のそれぞれの要因が複雑に絡み合い、子供にストレスを蓄積させるなどの状況を発生させていることも考えられる。したがってこれらの問題の解決のためには、家庭、学校、地域社会がそれぞれの役割を果たし、一体となった取り組みを行うことが重要である。この中で学校は、深い児童生徒理解に立ち、一人一人の児童生徒が生き生きとした学校生活が送ることができるような生徒指導体制を確立する必要がある。具体的には、心の教育の充実や子供一人一人が自分の存在感や自己実現の喜びを実感できるような場作り、教師の指導力、専門的な知識や実践力の向上、教育相談体制の充実などが挙げられる。
 いじめの解決においては、学校が全力で挙げて取り組むことも重要である。その際にいじめの非人間性や、それが他人の人権を侵す行為であることに気付かせ他人の痛みを理解できるようにする指導の徹底が重要である。また学校のみで解決ことに固執せずに、一定の要件の下で、子供の「転学」や、緊急避難としての学校欠席を検討することも考えられる。さらに学校は、家庭との十分連携を図り、子供への指導の機会を確保することも必要となってくる。
 家庭、地域社会においては、親子の人間関係を通じて、善悪の判断など基本的な倫理観を養い、生活態度のしつけを行うなどの役割を担っているのは家庭であるとの自覚を持つことが大切である。また地域社会においても、いじめなどの問題行動を見かけた時には、注意するなどの地域で子供を育てるという意識を強めていくことが望まれる。また、子供たちの間に仲間と群れていないと不安になる心情や仲間と同じであることが、いじめを受けないための防御行動という考え方もある。こうした考えは自分の個性を大切にしているとは言い難く、社会全体がこのような同質志向を排除して、個を大切にし、個性を尊重する態度を育てなくてはならない。

2.いじめをなくしていくためには、まずみんなが「いじめは許せない」という信念を持たなくてはいけない。いじめは、当事者たちだけではなく周りの人間も一緒になって解決しなければいけない問題である。
 いじめに悩み、自殺する子供たちがあとを立たないが、子供たちの助けを求める声に一体どれだけの人間が気づいていたのだろうか。いじめをなくすためには、まずいじめを発見しなければいけない。そのために、あらゆる努力が必要になる。例えば、ノートを作ったり生徒相談室を設置したりして子供が相談しやすい環境を作る。教師が信頼されていなければ、子供は何も相談してくれないので普段からのコミュニケーションが大切になる。そして、教師が「いじめはあるはずない」など思っていると、こどもはますますいじめられていることを言い出しにくくなるから、いじめは誰にでも起こりうることも伝えておく。
 そして自分一人では発見が困難な場合は、ほかの教師や養護教諭、家庭とも連携して情報を交換する。
 いじめに対する対策であるが、まずいじめている子供が自分自身の行動の重大性に気が付かないといけない。日頃から生きていくことの素晴らしさ、かけがえのない命の大切さについて道徳や学活の時間また、あらゆる生活場面で指導していくことが必要だ。子供自身にじっくり考えてもらう。
 そしていじめられる側は、困難を乗り越えることが成長であるから目をそらさず立ち向かっていくしかない。そのために教師はありとあらゆる面でサポートしていく。子供に相談されたら、説教や一方的なきめ付けをせず、まず「全面的に受け入れる」ようにして、家庭との連携を図って双方からケアする。
 さらにこの問題は、いじめを黙って見ている側にも考えてもらわないといけない。周りで見ている子供が、いじめられている子供に歩み寄っていくのだ。
 みんなが、いじめを容認してしまう雰囲気にならないようにもっと他人を思いやり行動しなくてはいけない。いじめられていることがどれだけ苦しいものなのか知ろうとしないといけない。一人一人の命の重さを実感し一個人として尊重していくことが必要である。

3.いじめが起こる背景は、社会的状況や周囲の環境、自分の育ってきた環境が関わっている。現代社会の少子化などの影響で人間関係が希薄になったことや、様々なストレスがいじめを引き起こす原因にもなっているかもしれない。いじめは、時には死に至らすこともあるとても怖いものなのである。いじめが起こらないためには、教師も子どももその怖さを十分に理解しておかなければいけないと思う。それでは、いじめが起こらないようにはどのような学級経営を行っていく必要があるのかについて、3つに分けて述べたいと思う。
まず私が一番大事だと思うことは、いじめは絶対にいけないという学級の雰囲気を作ることである。もちろん人をいじめることはいけないし、見て見ぬふりをする傍観者になってもいけないということを強く伝えたい。周りの子どもがかばうことでいじめが防げる場合だってあるのだから、「自分もいじめられるのでは?」という不安で助けないというのではなく、いじめはいけないことを強い信念をもってもらうように指導したいと思う。また、子どもが自信ややる気をもてるような、心の居場所となるような学級が成り立つように、普段の学級作りを心がけたいと思う。
次に、教師自身が、子どもたちの様子を表情や言動から常に敏感に感じておくことが大切だと思う。そのためには、周りの教師や、家庭や地域社会との情報交換が不可欠であろう。また、日頃から子どもいろんな場面で接し、不安や悩みを聞いておくことも欠かせない。いじめが発見されないからいじめがないのではなく、どこかでいじめが起こっているかもしれないという危機感を常に抱いておくことが必要なのではないか。
3つ目に大事なことは、いじめを受けた生徒へのアフターケアといじめた側への指導である。当事者以外の子どもに対しても、心の痛みを理解させ、二度といじめが起こらないように見守っていくことで、学級作りを行う必要があるだろう。
以上の3点について、私ならいじめの対策として実行したい。もっと早く気づいていればよかったとか、そんなことにはならないように教師としての自覚をもち、他の教師や家庭とも密に連絡をとって、早目の対策をとり、いじめを未然に防ぐようにすることが大切なことだと考える。

4.いじめは今、社会的な問題になっている。各学校でもいじめをなくそうとさまざまな取り組みがなされているが、なかなかなくならないのが現状である。どのようにすればよいのだろうか。
まずは、いじめが起こらない学級を作ることが大切である。そのために、教師は「いじめは絶対許されないことだ」という強い意識をもっていることを子どもに見せる必要がある。さらに、いじめの原因として「ほかの子と違う」ということがよく言われるが、これは「同質にとらわれる」といった日本の社会が持っている問題点からきているともいえる。今、個性を伸ばす教育が重要視されているが、その中で、子どもたちが互いの個性を認め合い、尊重し合える態度を育てることも重要であるといえる。また、家庭での善悪の判断などの基本的な倫理観を養う教育などの大切さを再認識し、学校と家庭、地域社会が一体となって、いじめの問題に取り組む必要がある。それらが一体となって、個を大切にし、個性を尊重する態度やその基礎となる新しい価値観を育てることで、子どもたちの意識も自然と変わってくるはずである。
では、すでにいじめが起こっている場合はどのような対応が必要だろうか。文部省の行ったアンケート調査の結果によると、自分のクラスでいじめがあっていても、「ない」と思っている教師が小学校で約4割いることがわかった。これでは、教師はいじめに対する取り組みが十分に行えない。教師がいじめに気づかない理由として「先生に言うとさらにいじめがひどくなる」と思っている子どもが2割ほどいることがあげられる。が、実際に担任が対応した結果、「いじめがなくなった」と答えた子どもは4 5割いることも、このアンケートで明らかになっている。そこで教師はまず、子どもたちがいじめを教師に話せる環境作りをしなければならない。その際に、養護教論の力を借りるなども、ひとつの方法としてあげられる。教師は常に、学級全体でいじめをなくそうという意識をもつように働きかけ、いじめの非人間性さを子どもたちに伝え、いじめられている子どもの立場にたって親身な指導を行う必要がある。

5.学校において、「いじめ」は、極めて重大な問題である。この「いじめ」は、子どもたちを登校拒否や自殺などの窮地に追い込むことになる。その背景には、家庭のしつけの低下、児童の対人関係のまずさ、地域社会の崩壊などが考えられる。そこで、学校内にいじめが発生したとき、児童をどのように指導するかが教師の大きな使命と責任になる。
 いじめの対策として、私は、まず学級作りの一環として児童に望ましい人間関係の場を作っていこうと思う。つまり、児童の能力や性格、人間関係を授業の中で、ソシオメトリックテストを用いて把握していきたい。そして、どんな児童にも長所はあると信じ、授業のみならず、特別活動の中でも児童によりよい人間関係を持たせたいと思う。また、学級内でいじめられている児童がいた場合、その児童に班・学級で長所が生かせる役割を与えて励ましたい。そして、その児童の存在価値を認め、同時に他の児童にも、承認される立場にたたせてやろうと思う。
 また、実際にいじめられていても誰にでも話せない児童が多い。私は、児童のよき相談相手となり、どの児童にも公平に目を配ることのできる信頼される教師になろうと思う。そして、道徳の時間だけではなく、児童に生命の大切さ、いじめの卑劣さを自分の体験から語っていこうと思う。
 最後に、家庭・地域社会との連携を密にとり、協力して児童の人間関係を作っていきたい。特に、「いじめ」の問題は、学校だけの問題ではなく、家庭・地域との協力がなければ解決しない問題だと思う。私は、保護者との連携を密にとり、児童の生活状況や、家庭環境を知り、保護者会などの話し合いの場を多く持ち、一緒になって考えていこうと思う。
 私は、ひとりでもいじめられる児童がいなくなるために、人格を陶冶し、誰からも信頼される教師になるために努力していきたい。

6.いじめの対処の難しさに関して、いじめが見えにくいことが指摘されるが、いじめの中にも見えやすいいじめと見えにくいいじめがある。仲間はずれや悪口などの排除型のいじめや、物を隠す、嫌がることをするなどのふざけ型のいじめは比較的見えやすい。これに対して、金銭を脅し取る、プロレスごっこをするなどは生徒の目からはよく見えるものの教員の目からは見えにくい。また、いじめを隠そうとする加害者意図が働き次第に見えにくくなる場合もある。教師は、いじめられっ子が固定化し、いじめが深刻化して見えにくくなる前にいじめの事実を認識し、対策を立てなければならない。いじめには、被害者、加害者、いじめっ子の周りではやし立てる観衆、自らがいじめを受けることを恐れて見て見ぬふりをする傍観者がいる。これに、いじめを止める人がいないという状況が一層深刻化をまねく。
 いじめを起こさせない、深刻化させないためには、教師が児童生徒と適切な関係を作っておくことが大切である。いじめはしばしば、教師と児童生徒との差別的な関係を生徒が模倣することから起こりうるからである。
 いじめが起きた場合、何よりもいじめられている子どもを守ることである。加害者はいじめられる側にも悪い点があると主張しがちである。しかし、教師もそのように考えて指導することは、加害者のいじめ正当化の理論を無意識のうちに強化するため、決してこのような考えを基に指導してはならない。教師は、いじめは悪いということを加害者にしっかり伝え、被害にあっている子どもを全面的に守る必要がある。
では、加害者にどのような指導をすればよいのだろうか。まず、いじめずにはやっていけない弱さ、自分の弱さに気づかせ、それに対して社会的に認められる形での対処の仕方を学習させる。個人には、長所や短所があることに気づかせ共感性を発達させる。そして、集団心理の問題がある。これは、人は大勢に属することで自分だけではないのだからと罪悪感が薄れ、責任感だ麻痺してくることをいう。一人ひとりはよい子であっても、集団になると人が変わる場合もあることを、一対一で面と向かって伝え、自覚を促す必要がある。孤独を恐れず、一人でいられる力、一人でいても安心していける力をつけることが大切だ。
 また、いじめの問題を一人の教師や学校だけで抱え込むのではなく、組織的に取り組むことが重要である。いじめの問題には、様々な原因・問題が複雑に絡んでおり、一人の教師や学校だけの対応で解決することは難しいからである。家庭との連携はもちろん、教育相談所などの相談機関やカウンセラー、精神科医などの協力関係が必要である。その際、学校の指導放棄と誤解されないよう、教師と子どもとの間に信頼関係を築いておく必要がある。
 組織的な連携をとることによって、他の教員や養護教諭、カウンセラーなどのアドバイスから別の視点で児童生徒を見ることを教えられ、柔軟に対応できるようになるからである。何よりも子どもを助けることを第一に考えると、組織的な連携の必要性が不可欠となる。

7.近年、最も解決に向けた取り組みが求められている教育上の課題として、いじめの問題がある。現在の日本は物質的な豊かさはあるが、人間関係の希薄化や他人への思いやりの欠如といった精神的な豊かさの不足が生じ、いじめの背景として浮かび上がってくる。また、お互いの違いを認め合うことのない、横並びの同質思考もいじめと深く関わっている。
 その点を踏まえ、いじめをなくすための方法として次の2つを挙げる。
(1)学校・家庭・地域社会の連携と役割の明確化
 いじめの問題を学級担任が1人で抱え込むのではなく、全教員・スクールカウンセラーが手を携え、「弱い者をいじめることは人間として絶対に許されない」という基本的認識を持ち、学校全体が一丸となって取り組む必要がある。また、「心の居場所」としての家庭づくりを進めることも重要である。家庭とは社会の最小単位であり、様々なことがそこでは教育されなければならない。教師は家庭における「教育・しつけ」の重要性を学級通信や保護者面談という場を利用し、連絡を密にしながら保護者に伝えていかなければならない。また、深刻な問題に関しては、児童相談所や都道府県・市町村の教育相談員などの専門機関との連携をはかり、開かれた学校という姿勢で協力を求めることが必要である。
(2)個性を尊重する教育づくり・個性に応じた教育づくり
 生徒が個性を発揮することができ、お互いの個性・存在・違いを認め合うことができるような授業を展開する必要がある。例として、教師の発言方法が挙げられる。間違った答えを言った生徒に対して単に「違います。」と一言だけを述べることで、個性を押しつぶしてしまう。「そういう考え方もありますね。この考えと違う人はいますか」という働きかけにより、その答えは1つの個性として認めることができる。また、道徳の時間のみでいじめを取り上げるのではなく、教育活動全体を通してお互いを認め合うことの大切さを教え、そして教師自身が実践しなければならない。その中から生徒にお互いを認め合うことのできる態度を育てることにより、いじめの解決へと繋がるよう努める。
 いじめは様々な原因が存在し、そこには複雑な事情が絡んでいる。学校生活の行動のみで生徒を判断・理解するのではなく、いつ、誰が起こしてしまうのか分からないといった考えを持って指導をしていかなければならない。またいじめを受けた生徒に対しては、いじめが解決した後にも継続的に面接を行い最善の努力を尽くす決意である。

8.いじめは、いじめられた子どもの人権を著しく損なう行為であり、教師としてそれは看過することのできないものである。いじめはなくならないという無責任な意見が存在するのも事実であり、いままでに数多くのいじめにより、多くの子どもが傷ついてきた。学校教育は、この問題を避けてはいけない。いじめを無くすためにはどうすればよいのかを考える。私はいじめを無くすためには、未然に防ぐことはもちろん大切であるが、それとは別の方法で解決を図りたい。それは教科学習に力を入れるということである。子どもにいじめはしてはだめなんだと説くことは、容易であり一時的にそれなりの効果は期待できる。しかし、その効果は一時的なものにとどまり根本的解決には至らない。いじめを無くすためには根本的な部分への働きかけが重要である。 例えば人権は大切で、いじめはいけないんだということを子どもに長い時間かけて説いても、それを受け入れる子どもに人権とはどういうことか、いじめはなぜしたらいけないのかということが合理的に理解できなければ無駄な時間になる。教師が大人の理論をそのまま子どもに押しつけていることは明白であり、理解できない子どもは混乱するであろう。それはなぜか、つまり子どもに大人の理論を理解し取り込む素地がないからである。知性が育ってないと理解は難しい。だから私はまず、腰を据えて教科学習をしっかりと行いたい。教科学習をしっかりと行うことは、普段の授業をしっかりやるということである。それだけでなく、例えば合理的判断力や論理的思考力を培っていくということである。いじめがなぜいけないかということについて、時間をかけて説くのはそれからであり、一方的な押しつけ理論では、何も得るものがない。いじめには特効薬はない。根本的に治療しないといけない。それには地味ではあるが地道な努力と、いじめを無くすためにはどうすればよいか、常に考える根気強い取り組みが必要である。私はこれらのことを教育者として少しずつ実践に移したいと考える。

9.いじめとは、自分より弱い立場にある者に対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手に深刻な苦痛を感じさせているものである。いじめの態様としては、言葉での脅し、冷やかし・からかい、持ち物隠し、仲間はずれ、集団による無視、暴力、たかりなどさまざまである。
 いじめのもつ問題として、多くの教師が気づいていない、学校の規模や周りの環境に関係なく発生している、いじめが解消したと判断されている事例からも自殺者が出ている、部活動の時間にもいじめと思われる問題が発生している、保護者に十分な理解が図られていない、などがあげられる。
 いじめをなくす第一歩として、まずは教師の「いじめ問題は、いじめられる側に問題があるのではなく、いじめる側の問題である。」という基本姿勢を持つことが大切であると思う。いじめられやすい子の一般的な傾向として、自己顕示欲が強く、自己中心的傾向、自己主張できない、あるいははっきりしない傾向、正義感が強く、大勢に身を置かない傾向、身体的、能力的に弱い傾向、動作や作業などが遅い、話し方が幼稚、何をしても腹を立てない、何をしても抵抗しないなどという傾向があるが、だからといっていじめていい理由には全くならない。そして、子どもの不安や悩みに耳を傾けること、子どもの自己存在感を高め、認めてやる場を作ること、家庭との連携を十分に図ることが大切になる。
 そして、学級担任として、心の居場所として学級作りに努めること、子ども一人一人の心をつかむこと、「いじめは許さない」という雰囲気を持った学級を作ること、子ども一人一人の違いや、個性が認め合えるような学級経営に努めること、いじめを発見したら、いじめを受けた子どもを徹底して守ること、いじめを受けた保護者や子どもの声に誠実に対応すること、担任一人ですべてを背負い込むことなく、他の教師や、保護者、関係機関等と十分な連携をとることも大切である。いじめをなくすためには、日々教師が子どもに目を向けておくことが重要であり、子どもの表情や言動、行動の流れなどを観察し、他の教師や保護者、子どもからの情報収集を十分に行っていく必要がある。

10.「いじめ」をなくすためにはまず、現状をしっかりと把握することである。「いじめ」ははっきりと目に見えるものばかりではなく、兆候を見逃してしまう危険性が高いため、教師が常に「いじめ」があるのではないかという問題意識をもっている必要がある。また、現状を知らないまま動いても教師の一人相撲になりかねない。できる限り観察を行い、被害者が発する危険信号をあらゆる機会を通じて鋭敏に捉えようと努めることが大切である。表面的・形式的ではなく、被害者本人の声を直接聞いてみなければならない。ここで最も注意しておかなければならないことは、教師が被害者の立場に立った態度で親身になって受け止めなければならないということである。被害者が教師の言動、姿勢で苦痛を感じることは言語道断である。周囲にいる者や加害者から話しを聞くこともひとつの手である。また、複数担任制の場合は他の先生たちから、地域の人や保護者からも話しを聞いてみる。
おおよその現状が把握できたなら、学級全体で同和教育の一環として「いじめ」に対する問題について話し合う時間をとる。この際、教師は、「弱い者をいじめることは人間として絶対に許されない」という強い認識に立ち指導しなければならない。「いじめ」は、被害者、加害者だけの問題ではない。現場を見てはやし立てる観衆的な者と傍観者的な者も広い意味で加害者に含まれていることも決して忘れてはならない。他人の痛みを理解できるような教育的指導をし、完全になくなるまで徹底して指導していく。また、保護者の意見や不安にも耳を傾け、家庭教育との連携を図る。
「いじめ」は生徒指導主事や保健主事が充分に役割を果たし、また職員会議を活用し、全職員の共通理解を図りながら日頃から学校全体で取り組み、解消していかなければならない問題である。また、教師が子どもや保護者と触れ合う時間を確保し、学級の中で自己存在感を感じられるような「心の居場所」作りをしていかなければならない。しかし、状況に応じては学校教育法26条により加害者の保護者に対して命じることができる「出席停止」や教育を受ける権利を保障する措置として被害者を他学区の学校へ登校させるなどの措置も考慮しながら対応をしていきたい。

11.今日、最も解決に向けた取り組みが求められている教育上の課題の一つとして「いじめ」の問題がある。いじめは一般的に弱い者、集団とは異質なものに対して攻撃または排除しようとする傾向と関わって発生することが多いとされている。このような角の同質志向を排除して個を大切にし、個性や差異を尊重する態度や他者を認め合う態度を育成することは、いじめをなくすための第1歩となるのである。
 いじめの問題の責任は学校にあるとされることが多いが、いじめは家庭教育のあり方と大きく関わっている。善悪の判断や正義感、他者への思いやりなどの人間として備えるべき基本的な考え方や態度の育成は、まず家庭でなされるべきであるということを保護者に理解してもらうことが大切である。
 現代の日本社会は、物質的には豊かになったものの、人間関係が希薄する傾向にあるという問題、家庭や地域社会における教育力が低下してきているという問題、学校が子どもたちの多様な実態に十分対応できないという問題など、さまざまな教育の問題が明らかになってきた。このような社会の中で子どもたちの生活体験、社会体験、自然体験、異年齢の者との交流が不足してきた結果、他人への思いやりや生命や人権を尊重しようとする態度などが十分養われなくなり、このことがいじめの陰湿化を招き、いじめの増加に拍車をかけているのではないかと考えられる。学校は、家庭や地域社会と連携しながら開かれた学校作りを推進し、子どもたちに様々な体験、特に人権や生命に関わるような体験をする機会を積極的に設けるべきである。
 いじめはいじめる側、いじめられる側両方の子どもの人格形成に影響を与えるものであり、いじめられる側の人権に関わる重大な問題である。教師は子どもたちがいじめについて主体的に考える機会を積極的に設け、教師自身が認識していることを前提として、子どもたちに「弱い者をいじめることは人間として絶対に許されない」という事をりかいさせることがいじめをなくすことにつながるのである。いじめ問題を解決するには、学校・家庭・地域社会・教育相談機関等との連携・協力が不可欠である。いじめは陰湿な場合が多く、発見することが難しいことが多い。教師は子どもたちがいじめの問題について相談や報告をしやすい環境をつくり、いじめられている子どもを守り通すという毅然とした姿勢を示すとともに、子どもとの信頼関係を気づいておくことが何より大切である。教師自身がいじめについての正しい認識をもち、子どもたちがいじめは絶対にしてはいけないことだと認識する機会を積極的に設けていくことがいじめをなくすことにつながるのである。
 
12.近年、いじめは社会的な問題になってきており、学校のみならず社会にでてからも、その問題は深刻化している。いじめの背景には様々な問題があるが、私は大きく2つの側面から考えていきたい。
 まず一つ目は、いじめは子どもたちのストレスのはけ口となって現れることが多いということである。このような場合の対応としては、教師が子どもの実態を把握し、一つ一つの問題に対処していくことである。その子にとって何がストレスとなっているのか、何が問題となっているのかを突き止め、保護者や他の学級の先生と連携しながら組織的に対処していくべきである。そしてそのような対処をしていく前提として、教師と子どもたちとの間にラポートができていなければならない。日頃の学校生活の中で、教師は常に子どもたちを見て実態をとらえておくのと同時に、子どもに何かあったときに教師に打ち明けてくれるような信頼関係も必要である。
 二点目は、個人の違いを個性として認めることができないことから、いじめは生まれるということである。人は誰でも個性を持っている。教師はそのような個性を発揮し、認め合うことができるような学級をつくっていかなければならない。そのためにはまず教師が手本となる言動をとることである。例えば、授業中に間違った答えを出した子どもに対して、教師はその発言をつぶすのではなく、そういう考え方もあるということを認める発言をすべきである。違いも一つの個性であり、それを認め合うことが大切だということを教師自らが実践していくことで、学級に中にも自然とそのような雰囲気が出来てくるのである。
 学級でいじめが起こったとき、教師はその問題に正面からぶつかり対処していくことが大切である。そして、個性を認め合うこと、いじめがどんなに人を傷つけるのかを、子どもたちに訴え、いじめを受けた子、いじめた子の心のケアをしていきたい。

13.社会的にみてもいじめは大きな問題になっている。いじめとは同じ学校で学ぶ仲間であるものに対して一方的に身体的、精神的苦痛を与えることである。絶対に許してはならないことである。それなのに、いじめは後を絶たない。いじめをなくすにはどうしたら良いのであろうか。
私は中学時代、次のような経験をした。テレビでいじめによる自殺が報道された数日後、突然アンケート調査が行なわれた。内容はいじめに関することで、「現在いじめを受けていますか。」「あなたの周りでいじめはありますか。」というようなものであった。直接言いにくいことを書ける機会だと思い、私はありのままの現状を書いた。いじめはあると書いた。そして数日後、学年集会が開かれた。生徒たちを前に先生は「現在、この学校ではいじめは起こってないようです。」といじめがないことを堂々と断言していた。私は強い衝撃を受けた。アンケート調査をしても結局見てみぬふりをすることがありありとわかったのである。
この経験からいじめの原因はいじめられている者、いじめている者の当事者間の問題だけではなく、周りで見て見ぬふりをしている言わば傍観者にも関わっているものだと考えるようになったのである。いじめられている者は助けの手を求めているのである。誰にも相談できずに一人で抱え込むことは、解決の糸口ににはならないのである。時間が解決するというのも偽りである。おそらくこれも傍観者の言い分であろう。たとえいじめという現象が無くなったとしても、心の傷は無くならないのである。
いじめを解決するためにはよき理解者が必要である。道徳の時間や学級活動などで心の教育をすることも考えられるが、それよりも今実際に悩んでいる者のために相談の窓口を設けることが必要である。「いじめは許せない」と思っている人がいるということがわかることだけでもずいぶん違ってくるのではないだろうか。相談相手としては普段生活を共にしている教師の他に、スクールカウンセラーや電話相談等さまざまな人が考えられる。いずれにせよ、教師は絶対に見て見ぬふりをしない、いじめを許さないという揺るぎない姿勢を貫き通さなければならない。

14. いじめの原因は様々ではあるが、「いじめはいけないことだ」という考えを一人ひとりが持っておかないとなくなることはないと思う。よく、いじめられる方にも原因があるのではないか、という意見を聞くが私はやはりいじめを行うほうに大きな責任があると思う。いじめる方は事の重大さが分かっていないからである。いじめているときは、いじめられている人の気持ちなど分かろうともしないので、どれだけひどい行動をしているのか気づくことはできない。また、どんなにひどいことをしても、これくらいなんでもないと思ってしまうのである。いじめを社会からなくすためには、幼いときから家庭や教育機関でしっかりと教える必要がある。一人ひとりの個性を尊重し合い、みんなで協力し合いながら生活することの大切さをもっと真剣に教えていくべきである。それでも思春期の子どもたちは、自分の思い通りにならないと人にあたったりしてしまう。人にあたることで、自分の弱さを隠したり、鬱憤をを晴らしたりするのである。
 教師が気づきにくいいじめもあるだろうが、常に子どもたちとコミュニケーションをとることを大切にしておき、子どものちょっとした変化に気づくことがいじめを早く防ぐ1つの方法である。そのために、授業だけでなく、休み時間も子どもたちと一緒に過ごしたりすることはとても重要である。しかし、起こってしまった場合には、いじめられている子どもを教師としてしっかり守ることが大切であると同時に、いじめている子どもにも重大さをきちんとわからせる努力をするべきである。いじめている方が明らかに悪いのだが、なぜかという理由をきちんと追求することが大切である。また、悩んでいることはなかったのかなど、いじめを行っていた方のケアもきちんとするべきである。教師の力だけで不安な場合は専門家に依頼するなどして、いじめられた側といじめた側の両方のケアをきちんとし、二度と同じ間違いをしないように方向付けてやることが教師にとって最も重要なことであると考える。

15. 「いじめ」として2001年度に報告があったのは2万5千件ほどで、前年度に比べて19%減り、6年連続で減少していることが文部科学省の調べで分かった。しかし、いじめを苦に自殺する児童生徒は後を立たず、いじめに対する学校や教師の対応が問われる状況は変わらない。いじめをなくすためにはどうしたらいいのだろうか。
 まず大事なことは、いじめが発生するまえに予防をすることである。「いじめは絶対に許されない」ということを、教師がしっかり児童生徒に伝えていくことが重要だと思われる。これは、生徒指導として、道徳等の授業に関わらず、教育活動全体で行うべきである。例えば、教室の掲示板に、いじめに関する新聞記事を掲示するなど、日頃から児童生徒がいじめについて考えられる機会を設けることが望ましいだろう。また、「皆と違う」者がいじめの対象になる傾向にあることから、「皆と違う」つまり個性があることのすばらしさを教師が伝え、いじめが起きる原因を除かなければならない。
 そして、いじめが発生したときの対応も、もちろん重要である。まず、児童生徒が気楽に教師に相談できる機会を設けることが必要である。このとき、児童生徒が相談に来るのを待つだけでなく、個別相談の機会を設け、自分からなかなか相談できない控えめな児童生徒への配慮をすることが重要である。また、いじめられる児童生徒へは、緊急避難として欠席・学級替え等の弾力的対応をし、いじめる児童生徒には適切な教育的指導を根気欲し、いじめの再発を防ぐようにする必要があると考える。
 さらに、いじめをなくすには、学校・家庭・地域の連携が必要になると思われる。学校・家庭・地域が協力し、児童生徒に「心の居場所」を作り、児童生徒を多くの人で見守る体制を作らなければならないと考える。そのためには、学校は「開かれた学校」を目指さなければならない。いじめが起こったことを隠すのではなく、広く公開して家庭と地域で協力できるようにすることが重要である。

16.いじめをなくすためには、まずいじめをしている側といじめられている側への指導が挙げられる。まず今学級でいじめが起こっている場合に、それをなくす為に教師が行なうべきことは第一にいじめをしている児童・生徒への指導である。いじめる児童・生徒を早期に発見し、指導の際にはただ叱るだけには決してならないように、いじめる側の家庭環境や周囲の環境も考慮に入れながら指導する必要がある。
 第二に、いじめられている児童・生徒に対する指導である。この指導においては柔軟に、かつ弾力的な指導を要する。緊急的には欠席や早退などの判断も時には必要であるだろうし、一時的な欠席も、もちろん欠席はしない方向で考えたいものだが、状況によってはそのような判断も有効であると考える。また、心のケアに関しては、本人のペースに合わせて、無理のないように回復させる必要がある。学校で安心して生活できるよう、本人の希望に耳を傾けながら、また、いじめ再発つながらないためにも、クラスの児童・生徒から特別扱いをしているように捉えられないよう注意も払いながら心のケアを行なうべきである。また、いじめにより教師の手に負えない程深い傷を負っていると感じる児童・生徒については、教師一人で悩まないで、学年単位、学校単位で問題に取り組むことや、心理カウンセラーなどの専門機関と連携を図ることも大切である。そのためにも、教師たちは日頃から学級担任がそれぞれのクラスを受け持つという概念と別に、教師全体で学校の全児童・生徒を受け持っているという自覚も持っておくことが必要であると考える。これはいじめの問題だけでなく学校での諸問題を解決する上で大切なことである。
 第三に、今後いじめがおこらないように、いじめの起こらない学級経営を行なっていく必要があると考える。特に道徳の時間などで小学校一年生の早い段階から、人権教育を行なう必要がある。他人に対して優しくできる人間、物を、自然を大切にできる心の豊かな人間を早期から育てる教育を行なうべきである。そして、人をいじめないということが良いことなどではなくそれが当たり前のことであること、子供たちみんながいじめがばからしと思う強い心の持ち主になれば、いじめはなくなると考える。

17.いじめが問題として浮上してきたのは社会的背景があるが、いじめられる子供といじめる子供の心の問題を最も解決しなければならない。それは、いじめというといじめる子供が悪いという見方が先行しがちであるが、両方の子供が問題を抱えている場合が多い。教師や保護者が子供の変化を敏感に感じとり、適切に対応していくことが重要となってくるが、それ以前の課題として、いじめが起こらないようにすることが重要である。
 教師と子供の関係を作り、子供が何でも相談できるような雰囲気を作ることや、子供同士(学級)の雰囲気作りをすること、また、子供を常に注意を深く観察する中で、特に気になる子供には特別な時間を作って個別的なかかわりを持つことがいじめを事前に防ぐことになる。いじめにはならないにいても、心に問題を持っている子供がいることもある。そういった場合には、放っておくといじめに発展する場合があるのでスクールカウンセラーや精神科医等の専門機関と連携することも必要になってくる。
 もう既にいじめがある場合、まず発見することから困難をきたす。これは、先に述べたように子供を常に注意深く観察しておく必要がある。アプローチはいじめられた子供・いじめた子供両方に必要である。いじめられた子供は心のケアを早急に行なう必要がある。個別にカウンセリングを行ない、いじめのきっかけをみつけ、原因を探し、それらを根本的に取り除くことでいじめられた子供が心の傷を癒し、心を健康にしていく。同時に、いじめた子供のカウンセリングも行なう。いじめるという行為は一見卑劣で人間的でないと思われるが、そういう目で子供を見ると真実は見えてこないので注意する。きっかけや原因を探りながら、心の問題を解決していく。
 いじめの予防と対策について述べたが、現実には発見されずにいるいじめも多数ある。それだけ、いじめは教師の見えないところでより陰湿になっているのである。こうなってくると、本人たちだけの問題ではなく、不登校や虐待など社会的背景にも目を向ける必要があるように思う。そしてこんな今だからこそ、常日頃から教科・領域、総合的な学習の時間を通して、「いきる力の育成」や「心の教育」が必要なのである。

18.いじめをなくすためにはどうすればいいかということについて、子どもの変化に気付くことが第一であると思う。その原因は様々であっても、おそらくいじめの始まりはほんの小さなことからだと思う。その小さなことに気付き、その時点で解決することが一番良い方法だと思う。子どもたち自身で解決することができたならば、それが一番良い方法だが、解決どころかだんだんエスカレートしてしまうと、教師がどんなことをしても解決できなくなってしまうと思う。だからその始まりに気付かなければならない。そのためにも教師は常に子どもと向き合い、子どもと接し、子どもひとり一人の状態を把握していなければならない。そうすることによって、いち早く子どもの変化に気付き、解決することができるのだと思う。しかし、教師が常に子どもと一緒にいるということは、どう考えても不可能なことであるし、教室においても、全ての子どもに常に目を向けることは無理なことだと思う。そこで、クラスの担任を複数にすることによって、全ての子どもに目を向けることができるのではないだろうか。しかし、この案の問題点としては、常に子どもは教師から見られている状態なので、圧迫感を感じ、心のゆとりがなくなり、いじめが増える可能性もあるということだと思う。教室での圧迫感を発散するためにいじめや家庭内暴力、不登校に至ってしまう恐れもあると思う。では、教師を増やす以外にいじめの火種を見つけるためにはどうすればよいのか。やはり、一教師と子どもとの信頼関係しかないと思う。いじめがあるクラスで、ひとり一人全員と面談しても、教師との信頼関係ができていなければ、無意味なものになってしまうと思う。教師と子ども全員が信頼し合っていれば、もしいじめの火種ができたとしても早期発見と早期解決ができると思う。だから、教師はいじめをなくすというよりも、いじめをつくらない環境を子どもたちに与えることが大切になってくる。いじめをなくそうとするあまり、怒ったり、子どもたちを型にはめ込んだり、説教ばかりするのではなく、できるだけ子どもひとり一人に合った対応をし、子どもたちと信頼関係を築き、子どもに心のゆとりを持たせることがいじめをつくらないことにつながっていくのだと思う。

19.いじめは現代の深刻な教育問題のうちの一つである。いじめは陰湿化する傾向にあり、表面的に見えにくい場合が多いが、教師はそれを決して見逃してはいけない。
 いじめを見抜くためには常に子ども達を観察することが大切である。普段の子ども同士のやりとりや交友関係などを把握しておかなければならない。また授業中でもそれ以外の時間でも子どもひとりひとりと関わる機会を持ち、子どもの様子を確認する。そうして子どもの異変や危険信号を見逃さないように努めなければならない。
 いじめの問題はまずいじめられた子への配慮が必要である。教師は子どもをいじめから守り、いじめられた事による精神的苦痛から救うように努力しなければならない。
 また、いじめた子への指導として、まず子どもと向き合っていじめの原因を追求する。一方的に叱りつけたり子ども自身を否定したりするのではなく、いじめるという行為を子どもが自分で責任をもって反省するように話をするべきである。
 学級全体への指導も重要である。直接いじめてはいなくてもそれを見て見ぬふりをする、つまりいじめの傍観者は、いじめている側と同じ立場にあること、決していじめを許してはいけないことを理解させなければならない。
 今までいじめが起きてしまった際の対処を述べてきたが、一番大切なのはいじめを起こさないこと、未然に防ぐことである。日頃から、子ども達との関わりを大切にし、何でも言える関係を築くこと、築こうと努力する姿勢が大切である。いじめは許されないことであること、自分と人との違いを認める、個性を尊重する、善悪の判断をする、命を大切にする、といったことを教師が授業で取り扱ったり態度に表したりすることで子ども達に示し教えていくことが重要であると考える。

20. いじめは放ってはおけない深刻な問題である。いじめ問題に取り組むには教師がいじめは絶対に許されない、憎むべき行為であるという立場に立つべきである。いじめは身体的にも、精神的にもダメージを与える人権を侵害する行為である。いじめをなくすためには、いじめを早期に発見すること、思いやり、正義感などを養うような心の教育を行なうこと、他人を尊重する態度を身に付けさせることなどが予防する方法として考えられる。また、いじめが起こってしまった場合は、教師同士で協力し合い、学校全体で取り組んでいかなければいけない。
 いじめが起こり深刻化する前に発見し、止めることができればそれに越したことはない。それには、普段から子ども達の様子をしっかり見ておくことである。また、普段から道徳教育などで、人への思いやり、正義感など人を尊重するような心の教育を行なう。友達のよさ、それぞれの人は違い、それは尊重していくべきことである、ということを教えていくのである。
 いじめが起こった場合には、いじめる側、いじめられる側の両方の話をじっくり聞くことから始まるのではないかと考える。子ども達の間で何か問題が起こった場合にはじっくり話を聞くことが大事である。子どもは、話をしていく中で冷静になり、自分自身を振り返ることができる。教師は話を聞く中でいじめの原因を見つけなければならない。そして、原因がわかったら、子ども達と個人的にじっくり話をしていく。子どもの置かれる背景などにもよく配慮する。ただしかるのではなく、子どもの視点で考え、配慮していくことも必要である。学級での話し合いを持つことも必要であると考える。いじめは当人だけの問題ではなく、その人々を囲むみんなの問題であることを話し、みんなでいじめは許さないという方針を持つことが大事ではないかと考える。
 教師一人で解決できない時には、他の教師に協力を求めるなどして、みんなで解決していくべきである。

21.いじめをなくすためには、先ず、教師はいじめの兆候を敏感に捉え、いじめを早期に発見し、対応することが必要であると考える。そのためには、教師は子ども一人一人とのコミュニケーションを密にすることが大切である。その方法としては、1日の出来事などを書く生活ノートを用い、子どもの様子や心情を詳しく把握したり、子どもと会話する機会を多く設けたりする。このような活動を通して、教師と子ども達との信頼関係を築き、何でも相談できるという状況を作っていくことが大切である。また、いじめの多くは教師の目の届かないところで起こっているので、コミュニケーションを深めることは、いじめが起こっている事実を子ども達が伝えやすくなると考える。
次に、思いやりの心や互いの差異を認める心を育てる学習の機会を増やしていくこともいじめをなくすための対策として挙げられる。具体的には、障害者やお年寄りに対するボランティア活動などを体験することで人を思いやる心を育て、障害は個性の一つであることに気付き、自分と他の人との差異を認められるようにしていく。
また、学級でいじめについて話し合う機会を設け、いじめは他人事ではなく、学級全体の問題であるということを認識させる。そうすることで、学級の中に、いじめは反対であるという雰囲気を作っていく。私もいじめられた経験があるが、学級の他の人はいじめの事実を知っていても、誰も私を助けてくれる人はいなかった。いじめを傍観することは、いじめを許すことにつながり、一番の問題であるということを指導の重点とし、子ども達に理解させたい。
いじめは、事後対処ではなく、未然に防ぐ努力が必要である。私は教師として、先に述べてきたことを実践し、弱いものをいじめることは決して許されることではないということを子ども達に指導し、いじめがなくなるように努力する決意である。

22.いじめは、今の社会を象徴するような学歴制度や管理制度といった自由のない環境の影響を受け、欲求不満のたまった子ども達が逃げ場を求めるための行動だと思います。しかし、いじめは現代だけに存在するのではなく、昔から頻繁にある問題でした。この両方を比較すると、今のいじめの特徴は始めのうちは本人も気がつかないいたずら程度から、自殺に追い込むまでの過激ないじめが長期間続くというものです。このようないじめの原因を考えると、今の子ども達は欲求不満でストレスが溜まっているということに関係してくると思います。『「いじめ」と教師の意識変革の課題』によると、ストレスが溜まっていると答えた小学生が31.4%、中学生が43.7%も存在しています。このことが原因であるとすると、子ども達は自分の意に叶ったことが全くできないという状態にあることが分かります。そこで、もっと子ども達の自発的活動に力を入れていくことが、いじめをなくすために良い方法ではないかと考えます。例えば、宿題を出すにしても何ページから何ページといった制限を作るのではなく、「今日学んだどの教科でもいいから自分成りに復習してくる」というように、自分達なりの勉強方を考えさせたり、また、もっとしたいと思っていることを休み時間を活用して行ったりして自分達の時間を持たせるようにします。そして、そのような子ども達の自発的活動に対し教師は受容的態度でいることが必要です。頭ごなしの反対や批判は絶対にすべきではないと思います。教師は広い心で構えて、子ども達にたくさん考える時間を与えることが大切だと思います。この相互関係が成り立てば、子ども達にとって行かされる学校ではなく、行きたい学校に変わり、いじめを受け入れる学校ではなくなると思います。もし、どこかでいじめが起きたとしても「やめて」と止める、自発的行動に出ることができるような子どもを育てていくことがいじめをなくす第1歩だと思います。

23.特に小・中学校でのいじめは、ずっと昔から問題視されており、いじめをなくすという
のは大変難しいと思われる。いじめをなくすためには、まず教師が子どもたちの実態をしっかりと把握していることが必要である。いじめが起こりかけていたり、子どもたちの様子に何か変化があるとき、教師が気付けるように、普段から生徒たちの様子には敏感になっていなければならない。また、いじめが起こらないような学級作りをしていく必要がある。生徒の間でなにか問題が生じたとき、学級全体で話し合う場を設定し、生徒主体の話し合いをしてもらうなどの配慮をし、必要なときは教師もその話し合いに入るなど、話し合う場を設定する必要がある。その様な問題の中に教師がすぐに入って行ってしまうのでは、問題はなかなか解決されず、それどころかますますひどくなり、いじめ問題に発展しかねない。なので、生徒間の問題は生徒自身に解決してもらうのが一番なので、教師はその手助けをしなければならない。 いじめが起こる前に、生徒間の問題に気づき、解決策を考えることができるように、学校全体で、子どもたちの様子を普段からよく見ておく必要があると考える。 また、教師は生徒と普段の学校生活の中で関わって、生徒との信頼関係を作っておく必要がある。いじめ問題に発展する前に、心に悩みを持つ生徒は教師に頼りたい場合もある。教師にも、友達にも親にも誰にも相談できず、悩みを抱えたままでいて、放っておくとそれがいじめの問題になってしまう。なので、生徒の相談にはいつでものれるように、また、生徒から相談を受けやすいような雰囲気を作っていなけばならないと考える。

24.今日学校における問題で、学級崩壊、不登校、いじめなどがある。その中でいじめは、ひどい場合は自殺にまで追い込むこととなる。ことばでの脅し、冷やかしやからかい、持ち物を隠す、仲間はずれ、集団による無視、などがある。いじめの実態の特徴として、見えにくい実態というのが挙げられる。よく学校で教師はいじめに気づかなかったのか、学校側は何をしていたのか、ということがニュースなどでも良く聞かれている。休み時間に教室の後ろのほうでふざけあっているのか、いじめなのかはたとえ見ていたとしても分かりにくい。いじめている側はふざけあっているつもりであっても、いじめている側はいじめられていると感じていればこれはいじめである。このように、見ている側だけでなくいじめている側といじめられている側の事実認識も大きく異なることもある。このようないじめをどのようになくしていけば良いのだろうか。教師がいじめている人を見つけて注意する、ということも必要だとは思うが安易に注意するだけでは問題の解決にはならない。いじめられた側も、親にもいえなかったと言っている。まず、子どもと親、教師とのコミュニケーションをもっと図る必要がある。いじめる人もなぜそのようなことをするのか、など話を聞いたり一緒に活動する時間を増やすことで早くに見つけることができたり、言うことができたりするのではないだろうか。

25.初めて「いじめ」という言葉が社会で問題視されるようになったのは10年ほど前だっただろうか。その間いじめについて様々な見解がなされてきた。子どもたちは、時間に終われ、先の分からない将来への不安、受験勉強による知識の詰め込みによって大きなストレスをかかえていると言われてきた。いじめのロールプレイなるものがテレビドラマでとりあげられたことにより、「いじめられた人の気持ちを理解しよう」と全国に瞬く間にロールプレイは広まった。例外なく私の学校でもそれは行われた。しかし、私はその時、これは無意味とは言わないまでも、効果は期待できないのではないかと感じていた。というのも、それをすることによっていじめられた人の気持ちを理解しようとすることはとても大切である。それは、人の気持ちを考えるという点で、いじめが起る環境に最も欠けているものの一つだからである。それを知ることにより、「こんなに辛いのだ。助けてあげよう。」「もういじめない。」と思う児童・生徒もいるだろう。だがしかし、ロールプレイでいじめられた人の気持ちを理解できるはずがない。役になった者は当然、現実とは明らかに区別して自分でない役を演じるからだ。これで気持ちを理解しようという発想はいじめられていた当事者をさらに深く傷つけたのではないだろうか。
 では、どのようにしてなくしていけばよいか。まず、幼い頃からいじめは絶対いけないということを認識させる必要がある。クラスにいじめは許さないという雰囲気を作らなければならない。いじめは何か他の人と違うものを持っている子どもに起きることがあると思うが、みんな違っているということをはっきり教えていくべきだ。しかしここで見落としてはならないのはいじめた方の子どもである。いじめた方の子どもも何かを発信しているのである。加害者も被害者もなく、社会が子どもたちを傷つけているのである。ここでも「ゆとり」が重要となってくる。スクールカウンセラーや地域と教師が連携して学校に暖かいゆとりを作ることが大切である。

26.いじめの問題は、最近多くの注目を集めている。近年ではいじめを苦に自殺を図ってしまう子どもが増加し、そのことはマスメディアを通して社会に伝えられ、大きな社会の問題として取り上げられてきた。しかし、平成6年版青少年白書によると、いじめは高等学校でわずかに増加しているものの、最近は減少する傾向が見られているとされている。近年注目されてきた要因としてはやはり、自殺というショッキングな出来事にまで発展してしまったからではないだろうか。「いじめは昔からあった。」「昔はお互いルールがあった」という意見もあるが、いじめの質が昔とは大きく変化してきていることは確かである。では、このようないじめをなくすためにはどうしたらよいのであろうか。いじめの問題と平行して、非行の問題も社会の大きな問題である。非行はいままでは、反社会的行動ととらえられてきた。しかし、近年の非行を見てみると、反社会的行動というよりも、社会的行動から退却するような非社会的行動の傾向が強く見られるようになってきている。反抗が成り立つためには、反抗する相手にある程度の期待や信頼があって、その相手がきちんといてはじめて攻撃性を表現するのであるが、その反抗が非社会的行動的になってきているのであるとすれば、そのような攻撃を向ける相手さえいない、つまり、自分と他人との対人関係が希薄になってきているということではないだろうか。反抗する相手さえ得ることができず、自分の中の不満や不安をぶつけられず、その結果、その矛先を自分のまわりの自分より弱い戸感じる同じような年齢の人に向けてしまったときに、それはいじめとなってしまうのだとわたしは思う。いじめをなくすためには、まず、いじめが起こってからその行動のみを取り上げて対策を考えるのではなく、子どもを教育していくにあったて、子どもに豊かな対人関係を築かせることが重要なのではないだろうか。そのような対人関係の中で社会的行動を学ばせる必要がある。そして、教師がここで注意しなければならないことは、「個性重視」を掲げている今の教育体制の中で、安易な個性重視は逆に子どもの孤立化を招いてしまうので、教師自身も子どものことをよく観察し、よい信頼関係を築いていくように努力しなければならないのではないだろうか。

27.いじめとは弱い者に対して個人または集団で、意識的に、精神的あるいは肉体的な苦痛を与えることであり、いじめられた者は想像もできないほどの深い苦しみを味わうことになる。いじめは今に始まったことではなくどのような状況でも存在する深刻な問題である。では、教師としてどのような対応が望まれるのであろうか。
 まず、学校で起こるいじめの特徴を考えてみるといじめている側は遊び感覚でやっていることが多くさらに最近のいじめは周囲の子どもも傍観者にとなり、結果的には加害者となっている。また、周囲の大人が本人たちに聞いても事実を言わず、実態把握ができず、早期発見が困難な状態になっている。
 以上のことからいじめへの対応は大きく4点が挙げられる。まず、基本となるのが信頼関係である。子ども同士はもちろんのこと子供と教師の信頼関係を日ごろから持っていることでいじめの起こらない雰囲気つくりができるのではないだろうか。また、たとえいじめが起こった場合でも加害者的傍観者を少なくできると思う。次に。子どもが学校で一番長い時間を過ごす各学級での取り組みも欠かすことができない。とりわけ学級担任の役割は大きい。つまり教師は子供の発する小さなサインを見逃さないと言うことである。しかし40人学級で一人の教師が生徒一人ひとりの様子を見逃さないとうのは難しい状況にある。この現状のなかで普段の学級運営の中にもティームティーチングを取り入れたり、また、実際によく行われていることだが、生徒に簡単な日記を習慣的にノートに記入させ教師がコメントするというのもひとつの方法である。
 学級単位でいじめ防止を行うと同時に学校全体で対策を行うことも大変重要である。つまり「いじめは絶対に許さない」という強い信念を明確に子どもたちに学校の方針として提示することである。具体的な対策としては開かれた学校として保護者からの相談を受ける機会を設けたり、また生徒自身が相談できるように学校心理士を配置するなどである。 学級をはじめ学校全体、地域に「いじめは絶対に許さない」との意識が定着すると「見て見ぬふり」「自分には関係ない」では済まされなくなり、周囲が支えあう学校になるのではないだろうか。

28. いじめは、今の社会を象徴するような学歴制度や管理制度といった自由のない環境の影響を受け、欲求不満のたまった子ども達が逃げ場を求めるための行動だと思います。しかし、いじめは現代だけに存在するのではなく、昔から頻繁にある問題でした。この両方を比較すると、今のいじめの特徴は始めのうちは本人も気がつかないいたずら程度から、自殺に追い込むまでの過激ないじめが長期間続くというものです。このようないじめの原因を考えると、今の子ども達は欲求不満でストレスが溜まっているということに関係してくると思います。『「いじめ」と教師の意識変革の課題』によると、ストレスが溜まっていると答えた小学生が31.4%、中学生が43.7%も存在しています。このことが原因であるとすると、子ども達は自分の意に叶ったことが全くできないという状態にあることが分かります。そこで、もっと子ども達の自発的活動に力を入れていくことが、いじめをなくすために良い方法ではないかと考えます。例えば、宿題を出すにしても何ページから何ページといった制限を作るのではなく、「今日学んだどの教科でもいいから自分成りに復習してくる」というように、自分達なりの勉強方を考えさせたり、また、もっとしたいと思っていることを休み時間を活用して行ったりして自分達の時間を持たせるようにします。そして、そのような子ども達の自発的活動に対し教師は受容的態度でいることが必要です。頭ごなしの反対や批判は絶対にすべきではないと思います。教師は広い心で構えて、子ども達にたくさん考える時間を与えることが大切だと思います。この相互関係が成り立てば、子ども達にとって行かされる学校ではなく、行きたい学校に変わり、いじめを受け入れる学校ではなくなると思います。もし、どこかでいじめが起きたとしても「やめて」と止める、自発的行動に出ることができるような子どもを育てていくことがいじめをなくす第1歩だと思います。