F.生きる力を養うためには

1.生涯学習が言われるようになった今、学校ではその基礎的な力となる「生きる力」の育成が必要とされている。ここでいう「生きる力」とは、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」のことである。このような力を身につけるために、どのような学習活動が必要なのだろうか。
 今までの日本の教育は、教師が一方的に知識を教えるという「詰め込み型」のものであった。しかし、このような学習活動では、主体的に判断する場面などはまったくないといえる。そこでこれからは、児童が、学習内容に興味関心を持ち、自分から進んで学ぼうとする授業作りをしていく必要がある。そこで注目すべきなのが、新学習指導要領から設けられる「総合的な学習の時間」である。ここでは自然体験、社会体験、生活体験などを豊富に積み重ねることが重要視されており、このような体験から「生きる力」は養われるはずである。特に、今まで各教科では、十分な学習が難しいとされてきた「環境問題」や「国際化」、「情報化」などの学習についても、この時間を使って広い視野で学習活動が展開されることが期待されており、これからの変化の激しい社会ではこれらの課題について考えることのできる人間を育てることが重要なのである。そのような課題を解決していく力こそが、ここで取り上げられている「生きる力」であるといえる。
が、さまざまな体験は、学校の中だけでは困難なものが多く、地域社会や家庭との連携が重要になる。地域社会の大人一人一人が、地域の一員であるという自覚を持ち、学校と一体となって教育活動に自主的に取り組む姿勢が必要とされる。教師は、地域の協力が得られるよう働きかける必要がある。そこで利用すべきなのが、週五日制で休みになった週末である。この時間を最大限に活用し、学校の授業時間ではできない、貴重な体験を児童に提供できるよう取り組んでいかなければならない。 
このようにさまざまな経験を積む場面を設定することで、子どもたちは自ら学び、「生きる力」を身に付けていくのである。

2.「21世紀を展望にしたわが国の教育の在り方について」第15期中央教育審議会第一次答申で「生きる力」の生育が取り上げられた。
答申では、「生きる力」を次のように説明している。生きる力とは、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力である。さらに、自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性とたくましく生きるための健康や体力である。
このように、「生きる力」は知・徳・体のバランスの取れた全人的な力であるといえる。分析的に取り出したものでなく、総合的なものである。それはいかなる場面でも、発揮でき、活かされるものでなくてはならない。
では、生きる力をもった子どもたちとは、どんな子どもたちであろうか。それは、主体的に生きていくための資質や能力を身に付けながら、自立した個を確立し自己実現を図っていくことができる子どもたちのことである。「生きているんだ!」という実感、生命力やエネルギーを感じられる子どもたちのことである。その表れとして、子どもたちが自分の意見や考えを的確に相手に伝え、また相手の言うことも正確に聞き取り理解することができるなどのコミュニケーション能力、一人ひとり違った感性を表現できる自己表現能力、自ら問題意識をもちそれを解決していこうとする問題解決能力、情報化社会で生きる中でインターネットやテレビなどを上手く活用できる情報活用能力、ボランティア活動や環境資源保護など進んで取り組む実践力、など他にも社会性、心身の健康、そして人間性の向上が挙げられる。
なぜ、現代社会において「生きる力」が求められているのだろうか。
現代社会は、ものと情報の氾濫、技術の革新、価値観の多様化が進み、その結果、子どもを取り巻く環境や教育に様々な問題が生じている。これまでの学校で教え込まれた学力、完成した教育のみでは対応できない。国際化・情報化が促進し、変化の厳しく先行き不透明な社会で生き抜くためには、自ら一生学びつづける意欲と力を身につけることが必要である。
また、環境教育、情報教育、国際理解教育、福祉教育などが新たなる教育課題として挙げられている。これらは、他者との共生、異質なものへの受容、社会との調和の中で必要となってきたものである。ここに、現代が生涯学習社会といわれ「生きる力」が求められる理由なのである。
そこで今学校では、「生きる力」を求め、自己の確立、他者との共生、異質なものへの受容、社会との調和を目指して学校教育が変わろうとしている。その例として、知識の学習から知恵の学習へ、問題解決の結果を教える授業から実際に問題解決する学習へ、机上のみの学習から体験を通した学習へ、結果のみを捉える評価から過程も重視する評価へ、教師主導型学習から子ども中心型学習へ、学校で完成する学習から生涯にわたる学習への移行などが挙げられる。

3.生きる力は、これから生きていく長い人生の中でとても必要なものである。めまぐるしく変化していく社会の中で、生きる力をバランスよく育んでいくことはとても重要なことである。
 生きる力は、日常生活の中で養われていくものであり、それは体験を通して備わっていく。よって、教師側は様々な場面で子供にいろいろなことを体験させ、たくさんの人々と関わるようにしていかなくてはいけない。子供は学校生活・家庭・地域社会の中でたくさんの人達と関わり困難にもぶち当たる。挫折を味わうこともあるだろう。そんな時、そこから目をそらさずに、自分なりに考えて対応していかなくてはいけない。こういった体験がとても生きる力を養う上で必要なことである。生きる力を養っていくのは子供自身であり、子供自身の力によるものである。基本的には、子供の力を信じて解決できるときにはその子供の力に任せ、一人では解決することが難しく、助けを必要としている子供がいる時にはさっと手を差し伸べればいい。そのためにも、教師はすぐそばで子供を見守っておかなくてはいけない。心の内面をとらえる鋭い感性が要求される。また、子供へのサポートは、何も学校生活の中だけでなく、家庭・地域の中で連携して行はなくてはいけない。子供をありとあらゆる面から見守ることが大切である。
 また、困難にぶつかったとき、話し合うということも必要な手段のひとつだ。自分の考えを言葉足らずでもいいから口に出してきちんと解決していくことで、今後同じ状況に陥ったときに対応しやすくなるし、また自分の自信にもつながる。こういった解決方法を知らないまま社会に出ると、いざ困難にぶつかったときどう対応していいかわからず取り返しのつかないことになってしまう。
 そして、夢や希望をもつことも必要なことだ。これがあると多少の困難にも立ち向かい乗り越えていくことができる。私は、この夢や希望こそ生きていく上でなくてはならないものだと思う。だからこそ、教師は、子供一人一人が心のうちに育てつつある夢や希望を把握して、それを励ましたり、一緒に探したりすることが大切である。そして同時に、教師自身が夢や希望をもち、様々な困難を乗り越えていく姿を子供たちに見せていかなくてはいけない。

4.今の教育にとって必要なことは、「生きる力」の育成である。そもそも生きる力とはどのようなものなのであろうか。大きく分けて4つの力のことである。まず第1に、変化が激しく先行き不透明なこれからの社会の中で、他人と協調しながら、自律的に社会生活を送っていくための実践的な力。第2に、どのような場面でも、自分で課題を見つけ、自ら考え、自ら問題を解決していく資質や能力。第3に、理性的判断力や合理的精神だけでなく、美しいものや自然に感動する柔らかな感性、間違った行為を憎む正義感、生命を大切にし、人権を尊重する心、ボランティアなどの社会貢献精神など。第4に、以上のような資質や能力を支える健康と体力。
それでは、このような生きる力を養うためには、何が必要なのであろうか。それは、「ゆとり」であると私は考える。しかし子どもたちだけがゆとりを持つだけでは決して生きる力は養うことはできない。子どもたちにゆとりを持たせるだけではなく、社会全体が時間的にも精神的にもゆとりを持つことが重要であると思う。つまり、受け身的な詰め込み教育を脱して、自然体験やボランティアに、積極的に取り組むことができる子どものゆとり、子どもひとりひとりに向き合う教師のゆとり、我が子の教育を学校任せにしない、しつけや倫理観の育成を行ない得る親のゆとり、社会体験などを通じて、子どもの教育に積極的に関与できる社会のゆとり。これらすべてのゆとりが総合的に生まれることで、子どもの生きる力を養うことができると思う。
生きる力を養うことと、ゆとりの教育は、切っても切れない関係にある。ゆとりの中にこそ生きる力が育つのである。ゆとりを持って子どもが学ぶことに加え、社会全体もゆとりをもって教育にあたる。そうすることによって生きる力が育まれ、いじめ、不登校なども少しずつ改善されていくのではないだろうか。

5.新学習指導要領で、「ゆとり」の中で「生きる力」を育むことが提言されたが、この生きる力とは問題解決能力や豊かな人間性、健康や体力を指す。現代社会は価値観が多様化し、情報が氾濫し、めまぐるしく変化している。その中で、教育を取り巻く環境もかわり、この変化の激しい社会の中で生きていくために、この生きる力が必要なのである。では、生きる力を養うためにはどうすればいいのか、以下の2点について述べたいと思う。
 まずは、体験を重視した学習をできるだけとりいれることが必要なのではないか。教科書を使った授業だけではなく、実際に体験することでより一層知識が身につくと思う。例えば、社会で農業について学習する時に、実際に地域に出かけて体験することもできるだろう。ボランティアや奉仕活動を通して、豊かな人間性を育んだり、実践力を身につけたりすることもできるだろう。また、家庭においても、自然と触れ合う機会を増やしたり、社会に出て、社会施設や公共交通機関やお店などに触れる機会を設けたりすることで、社会性を身につけ、生きる力にしていくなど、体験を通して生きる力を育むことが大事なのではないか。
 次に、問題解決する学習の過程を大事にしていくことが必要ではないだろうか。結果よりも、課題を解決するために、どのような方法で、どのような過程で行っていくのか自ら考え、自ら行動する主体的に活動していくことで、生きる力を育んでいくことを大事にしたい。総合的な学習の時間では、これを実践することができるとても適した時間であろう。この時間を使って様々な課題に取り組み、じっくりと考え解決していくこと、また友達と協力し話し合いながら考えていく子ども中心の学習を生かして、生きる力を育んでいけばよいのではないか。
 以上の2点について述べたが、それ以外にも生きる力を養うためには、自分を表現していく能力や、人を思いやる心や、豊かな人間性などが必要だと思う。そのような力をつけていくためには、学校だけではなく家庭も含めた場での様々な経験が必要であると思うし、やはり学校においては、教師が、生きる力を育むことを目指した授業や学級作りが不可欠で、子どもをうまく導ける指導力が必要なのだと思う。

6.生きる力を養うために必要なことは、まず学校が一丸となって生きる力をはぐくむ学校作りを推進していくことである。活力に満ちた学校作りを進めると同時に心の教育の充実に向けて具体的な取り組みをしていくことやゆとりある学校運営を進めたり、安らぐ学校作りを推進したり、開かれた学校作りに努力することである。その中で、児童生徒が社会の変化に対応して主体的、創造的に生きる力をはぐくむために、自ら課題を見つけ、自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力、想像力等の育成を目指した学習活動を展開し基礎基本の定着を図り、一人一人のよさや可能性の伸長を図ることが重要となってくる。さらに、学習面の充実だけではなく、人間としてより良く生きるための基本的な心構えや行動の仕方について、体験的・実践的な活動を通して学ばせ、人間尊重の精神や生命に対する畏敬の念を具体的な生活に生かせるよう、児童生徒の内面に目指した道徳性の涵養に努めるとともに心の教育を展開していくことも重要である。また自己の生き方、ありかたについての自覚を深めたり自己を生かす態度を育てるために特別活動の充実を図ることも挙げられる。
 さらに教員の一人一人の児童生徒の心を深く理解した上での生徒指導の充実が必要不可欠である。全教育活動を通して児童生徒の自主性の主体性の育成に努め、子供たちの「生きる力」を育てる指導にいっそう努力しなくてはならない。児童生徒理解を深め、充実した学校作りや、学級経営の充実を図りこれらの課題を実践したり、推進していくことで児童生徒に生きる力を育むことができるのではないだろうか。
 また今日、価値観の多様化、ライフスタイルの変化等から高度で多様な学習機会の拡充が求められている。さらに生涯学習が言われる現社会においては、学校教育を含めた社会の様々な教育、学習システムを総合的にとらえ、生涯にわたる学習の支援を充実させるとともに、特に児童生徒の健やかな成長や人格の形成を図る上から学校教育、社会教育の特性を生かさなければならない。また家庭や地域社会との連携を図り、それぞれの教育機能を十分に発揮し、子供たちに「生きる力」を育むことができるよう努力を重ねる必要がある。

7.第15期中央教育審議会答申で「ゆとり」の中から「生きる力」を育成するということが提言された。急速に変化し、先行き不透明な社会を行くにいていくためには、「自ら学び、自ら考え、課題を解決する力」「たくましく生きていく健康・体力」といった生きる力が必要となってくる。
 では、生きる力を養っていくために必要なものとして、主なものとして次の2つを挙げる。
(1)自然体験活動や社会体験活動
 子どもたちは、大人よりも忙しいと言われるくらい時間に追われる生活を送っており、学校が終わった後も塾通いや習い事などの活動が多くなり、生活を送る上で必要な能力や経験が失われている状態である。そこで、授業を地域社会に根付いたものにし、様々な体験を通して「生きる力」を養っていく。例えば、海岸の清掃活動を通して、きれいになることの喜びを味わわせるとともに、どのくらいの量のごみが海岸に溢れているのかを理解し、これから自分達がどのような行動をとっていけばいいかなど、実際の経験を通して学び、主体的に行動する態度・能力や豊かな心を生み出してくきっかけへとしていく。
(2)選択学習
 今までの授業は、教師主導型による「詰め込み式」の授業が展開され、指導内容も子どもの興味・関心に応じたものではなかった。しかし、多様な価値観が存在し、物や情報の溢れる時代の中で、自らの意思に従った判断・行動をとることができる能力は必要不可欠なものである。そこで、子ども自らの能力・適性、興味・感心を、自らの判断で選択し授業を行うことのできる指導形態をとる。例えば、環境問題について考えるとする。環境問題には多くの問題があり、水質汚染、大気汚染、土壌汚染など、多岐にわたる。その問題の中から1つを選択し学習する。そして発表するといった授業形態をとる。そうすることによって、自分のやりたいことが明確になり、やらされるよりも主体的に授業に取り組むことがでる。そして何より、自分の判断により選択したということがこれからの生活で生かされていくのである。
 その他にも必要なことはあるが、やはり「生きる力」を子どもたちに養っていくことができる「教師の資質」が一番大切である。知識や指導力はもちろんであるが、教師自身が「生きる力」を得ている必要がある。困難にも立ち向かえるだけの力やたくましく生きていくことのできる力を持って初めて子どもたちに「生きる力」を養っていくことができるのである。

8.生きる力とは、社会に適応する力であると私は考える。社会の激動は今日大きくなりつつある。21世紀は自己責任の時代といわれるように、みずからの判断で自らが責任をとる時代である。自らの進むべき方向性をはっきりと定めなければ、淘汰される厳しい社会である。学校として児童にこのような厳しい社会を生き抜く力を育むことは、社会や時代の要請でもある。生きる力を児童につけられるかいなかに、学校のあり方や存在意義がかかっているといってもよい。私は生きる力を社会に適応する力であると捉え、ディベートを授業に積極的に取り入れたい。ディベートは相手に自分のことを分かったもらい、また自分とは異なる考えを受け入れなければならない。そういう経験はひいては表現力を高める。表現力がないと相手に自分のことを分かってもらえない。ディベートは双方向に生きる力を養うものである。次にスピーチも行いたい。スピーチも表現力を高めるがそれ以上に、自己主張能力を高める。自己主張のできない人間は、我が国のような成熟した民主社会では、没個性とみなされがちであるからだ。個性的な人間は、自己主張のつよ
い人間が多い。個性的な人間から創造的なことが生まれる。スピーチは自己主張する機会でもある。
生きる力を児童に育んでいくためには、まずは教師からである。教師自身が個性に欠けるようでは如何ともし難い。教師が児童の模範となることが重要である。私はこれらのことを実践し、生きる力にあふれる児童を育てたい。

9.私は、「生きる力」とは自ら進むべき道を自分自身で選択する力だと考える。高度情報化社会の中で様々な情報が飛び交い、その情報を自分の目的に応じて適切に活用していかなければならない。また、多種多様な文化が交錯する国際化社会の中で自分が何をしたいかを見極めていかなければならない。以上のことをふまえながら「生きる力」を養うために必要なことについて考えてみたい。
 まず、「生きる力」を養う際に必要なことは、幅広い選択肢を用意しておくということである。これは様々な情報から自分にとって適切な情報だけを選び出す力につながると考えられる。例えば、道徳の時間には、話し合いながら、他の人の意見を聞き、自分にとっての答えを見つける場が設けられる。答えが1つだけということはほとんどなく、答えは自分自身で考え、悩む中で見つけられる。今までの自分の様々な経験や体験から自分が考えたことを他の人の意見を聞くことで、自分なりの答えを絞っていかなければならない。出した答えばかりではなく、答えを絞るまでの過程を重視し、子どもたちが時間的にも精神的にもゆとりをもてるように工夫しなければならない。教師が答えを限定することはせず、子どもたち一人一人が答えをもてるように配慮する必要もある。
 次に、他人と協調し、他人を思いやるなどの豊かな人間性が必要になってくる。これには、より多くの体験が必要であり、自分以外の人と協調して活動していくことで、自分がやりたいことが見えてくるはずである。具体的には、グループ活動を通して、自分の意見と異なったものであっても人の意見を聞くということである。一方的に自分の意見ばかりを訴えても効果はあまりない。相手の意図、気持ちを汲んでこそ自分の思いも伝わるものである。特に国際化社会である現代においては、様々な価値観を持つ人が同じ社会で生活している。ここで生きていくためには、他人の意見を聞き、協調しながら、自分の道を進んでいかなければならない。
 「生きる力」は1時間、2時間の授業で養うことができるものではない。10年後、20年後の将来において、生きて働く力になればよいのである。そのため、即効性のあるものを求めるのではなく、長期的視点に立ち、ゆとりの中で学校、家庭、地域社会等、教育活動全体を通して子どもたちの考え方、学ぶ姿勢を見守り、育てていく態度が必要である。

10.生きる力とは、「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」に付け加え、「自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性」である。
 生きる力をはぐくむために創設された「総合的な学習の時間」への取り組みが、それに応えるものであるとすれば、生きる力をはぐくむ学校作りは、始まっているといってよいだろう。しかし、生きる力の育成は、「総合的な学習の時間」だけに求められているのではない。学校の全教育活動において、その育成が図られなければならないのである。 
 生きる力を養うために、まず授業に意欲を持たせることが重要だと考える。意欲を持たせる授業作りについては、いろいろな工夫が考えられるだろう。例えば、印刷教材よりも、視聴覚教材や実物に、子どもたちが関心や意欲を示すなど、教材の工夫と開発がある。また、「つかむ」、「調べる」、「まとめる」というような、問題解決的な学習過程の工夫などもあるだろう。他にも、体験的な活動も活力を生み、意欲を育てることになるのではないだろうか。
 また、大事なのは「自分で考える」ということだ。それには、選択の場を作ることが重要になってくる。そしてそれぞれに自ら選択させる。自ら選択できるということが、自分で考えることにつながっていく。自分で考えることの大切さは、だれもが認めるところである。自ら選び、積極的に取り組む学習活動の中に、自分で考えることが保障されているのではないだろうか。
 そして、「他とともに」ということも生きる力を養う上で、大切である。それは、お互いに協力して学習をすすめるというだけでなく、授業を含めて、生きることの原点として、他とともにを繰り返し確認することである。そもそも、人間はひとりでは生きられない。他とのかかわりの中で、他とともに生存していくほかないのである。よい行いに感銘し、間違った行いを憎む正義感や公平さを重んじる心、生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観や、他人を思いやる心ややさしさ、相手の立場になって考えたり、共感することのできる温かい心、ボランティアなど社会貢献の精神も、生きる力を養う大切な柱である。

11.平成8年7月、第15期中央教育審議会「21世紀を展望したわが国の教育のあり方について」第1次答申で「ゆとり」の中で「生きる力」を育むことが掲げられた。この答申の中では、変化の激しい社会を生きるためには自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、これらの資質や能力などを支えるためのたくましい健康や体力などが必要になってくることも述べられている。
 また、美しいものや自然に感動する心といった柔らかな感性や、よい行いに感銘し間違った行いを憎むといった正義感や公正さを重んじる心、生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観や他人を思いやる心、ボランティアなどの社会貢献の精神も「生きる力」の重要な要素であるとされている。21世紀は科学技術の発展や高度情報通信社会の実現により、社会はますます便利になり、発展していく中で地球の温暖化やオゾン層の破壊などの地球環境問題、地球の資源不足などの問題や人口の増加に伴う食糧不足の問題など、今後早急に解決されることが望まれる人類の生存基盤を脅かす問題が数多く残っている。
 子どもたちに「生きる力」を育むためには、子どもたちにはもちろん社会全体に「ゆとり」がなければならない。子どもたちは「ゆとり」の中で、学校・家庭・地域社会それぞれの場において様々な生活体験や自然の中で遊んだりする中で体験すること、地域の社会教育施設や工場見学などの社会体験、ボランティア体験などの豊かな体験を積み重ね、様々な人々と交流していくのである。こうした実際の体験や人々と関わっていく中で試行錯誤を繰り返しながら、自分の興味や関心のあることを見つけていき、更には、豊かな人間性を育んでいくのである。
 しかし、受験競争の激化に伴い、塾通いをする子どもたちが増加したことなどから、豊かな人間性を育むための様々な体験が子どもたちに不足してきている。
 次世代を担っていく子どもたちが未来への夢や目標を抱き、創造的で活力に満ちた豊かな国や社会をつくっていこうとする行動力などの「生きる力」を養っていくためには、子どもたちに様々な体験の機会を提供していくことが大切なのである。

12. 中央教育審議会は1996年7月の第1次答申で、「生きる力」とは大きく分けると、問題解決能力、豊かな人間性、健康や体力の3点としている。では、このような「生きる力」を養うためには何が必要なのだろうか。私は以下の3つの観点から述べていきたい。
 まず一つは「ゆとり」である。中央教育審議会の答申でも、「『ゆとり』のなかから『生きる力』を育成する」ことが提言されている。学習時間にゆとりを持ち基礎・基本を徹底していくことで、子どもたちは丁寧に学習課題や問題に取り組むことができる。また、時間的なゆとりから生まれる心のゆとりは、豊かな人間性を養う上でなくてはならないものである。心にゆとりを持ち、自分自身や身のまわりの人・物について考えることが大切なのだと私は考える。
 二点目は「教師の指導力」である。学習指導要領の改訂でいくら時間的なゆとりを作っても、それを生かすことのできる教師でなければ、「ゆとり」も「生きる力」を育むものとはならない。子どもたちが自ら課題を見つけ、それを解決していくことができるように、教師は子どもたちを支援していかなければならない。また教師は、学級のなかのあらゆる場面において子どもたち一人一人の能力を引き出していく必要がある。その引き出された能力に子どもたち自身が気づくことで、自己や他人を認め合うことへとつながる。
 三点目は「家庭や地域との連携」である。上で述べたようなことを教師だけでなく、保護者や地域の人も一緒になって子どもの力を引き出していくべきであり、「生きる力」を養う上で家庭教育、地域教育は重要になってくる。特に健康面での問題は、家庭でもきちんとした生活習慣や食習慣を身に付けていく必要がある。また、子どもたちを取り囲む人々が愛情を持って接し、その子を理解していくことが、子どもの豊かな人間性を育てる第1歩であると考える。
 以上述べたように、教師はもちろんのこと、子どもたちを取り囲むすべての人々が一体となって子どもたちの力を引き出していくことが大切である。

13.そもそも「生きる」とはどういうことであろうか。日常生活の中で生きていることを実感するというのは、少ないように思われる。生命維持だけが生きることであるとは思わない。自分自身の目標に向かって、何かに打ち込む自己実現の過程が生きることである。そして「生きる力」とは、目標に向かって努力しようとする力であると私は考える。では、この生きる力を養うために必要なこととは何なのであろうか。生きる力について考えるとき、私は必ず「素質は有限、努力は無限」ということばを思い浮かべる。これは、高校時代に所属していた陸上部の顧問の先生がおっしゃっていたものである。高校の三年間はもちろんのこと、今もなお私はこのことばを心のよりどころにしている。陸上部での三年間は、私に努力の意味を示唆してくれたように思う。ただがむしゃらに何かをすることは、努力をすることに値しない。目標をもたずに物事を進めることは長続きしない。何か目標があるからこそ物事に打ち込むことができ、努力を続けることができるのである。つまり「生きる力」を養うためには、目標が不可欠なのである。では、目標をもって努力すれば自分自身で生きる力を養うことができるのであろうか。いや、そうではない。努力を続けるには、自分ひとりの力では困難である。私自身、駅伝という目標に向かって厳しい練習に励んでいる時、何度となく逃げ出したくなった。しかしそんな私を引き止めてくれたのは、仲間や先生の存在であった。共に努力をしたり、支えてくれる人がいるからこそ、努力できるものである。言い換えると、「生きる力」を養うためには他者の存在も必要なのである。先に述べた「素質は有限、努力は無限」ということばは、実はこれだけでは終わらない。「努力は素質をカバーする」ということばが後に続く。努力は素質を超える無限の可能性を秘めているということである。仲間と共に一つの目標に向かって努力すること、それぞれの目標に向かって努力することと努力のやり方や方法はさまざまである。しかしいずれにせよ大切なのは互いの努力を認め合うことである。認められることで自信がつき、認めることで他者から良い影響を受けることができる。つまり、「生きる力」は自分自身と周囲ととの相互作用によって養われるものである。

14. 今日、社会では情報機器が発達しており、子どもたちは毎日のように家でゲームやコンピュータばかりしていたり、学校が終わっても塾があり、友達と外で遊んだりすることなどほとんどないといえる。色白く、細い体つきの子どもも増えてきている。また、何をするにしても人任せなところが見られ、自分で考えたり、自分の意見を通そうとしたりすることは見られなくなってきた。このままでは、子どもたちが将来大人になって社会に出たときに、自分を見失ってしまう。「生きる力」とは、そういった子どもたちが、様々な経験を通して、自ら問題を見つけ、追求し、解決する力を身につけ、社会に出たときに自分の道をしっかりと歩いていく力を養っていくことである。高学歴が良いとされた時代も次第に終わりを告げようとしている世の中である。自分の意見をしっかりと持ち、人との関係をうまく保ち、何事にも臨機応変に対応できる人材が好まれている。しかし、経験が少ない子どもたちは、小さな壁にぶつかると自分を見失ってしまい、臨機応変になどとても対応できない。コンピュータばかり相手にしていて、人との関わりをうまく持つことさえもできない。それでは、世界でたくましく生きてゆけないのである。
 何事にも積極的に参加し、経験を通して、考えていくことが、「生きる力」を養うためには最も重要なことだといえるであろう。ボランティア、留学、クラスでの調べ学習など個人によって規模は様々ではあるが、その中で人とのふれあいを大切にしながら、豊かな人間性を身につけていくことが大切である。経験をすることによって、何が大切であるかということも自分でわかってくるであろう。教師はそういった場を提供したり、積極的に参加を促したりする必要があるといえる。人と同じではなく、自分だけのものを子どもたちは持つ必要がある。それは個性を育てる上においても重要なことである。そのことで、自分という人間をしっかり見つめることもできると私は考える。自分を見つめることにより、壁にぶちあたったとき、自分を見失わない強い「生きる力」を持つことができると思う。

15. 「生きる力」とは、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、また、自らを律しつつ、他人とともに協調し他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性をはぐくむものである。
 このことから、「生きる力」は全人的な力であり、学校の一部分の授業では養うことの出来ないものであると考える。この「生きる力」を養うにはどの様なことが必要なのだろうか。その視点としては、学校の教育活動全般はもちろん、もっと幅広い様々な視点から見て行くことが必要になると思われる。その視点を以下にまとめることにする。
 まず、学校・家庭・地域社会の連携や家庭や地域社会における教育の充実を図ることが求められるだろう。教育は単に学校だけで行われるものではない。家庭や地域での教育を通して、人々と触れ合い、そのなかで自分はどうあるべきか見出せる経験をすることが「生きる力」を養うためには必要なことであると考える。というのは、学校だけの活動であると、どうしても同学年の横並びの人間関係が多くなり、狭い価値観でしか見れない状況を生み出しているからである。家庭や地域を含めての教育をすれば、さまざまな価値観に触れ、豊かな人間性を育むことが出来ると考える。
 また、生活体験や自然体験等の機会の増加を図ることが求められると思われる。現在の教育は、教科書中心の教育が多く、自然や社会の現実に触れる実際の体験が少なくなっている。教科書に書いてある範囲でしか物事を考えられないのでは、何か新しいことに遭遇したときに戸惑い、うまく能力を発揮できなくなってしまう恐れがある。よって、これからの教育には、生活体験や自然体験をする機会を増やし、実際生活の様々な課題に取り組める「生きる力」を養っていくことが重要であると思われる。そのためには、新設された「総合的な学習の時間」を活用し、体験的な教育を取り入れたり、完全学校週五日制を利用して、体験できるイベントを地域が積極的に設けたりすることが必要である。
 
16.1996年の中央教育審議会での答申によると、生きる力とは「社会変化に対応する課題の発見、自学自考、主体的判断と行動、問題解決の資質・能力、自律、他人との協調や思いやり、感動する心、豊かな人間性、逞しく生きるための健康と体力」であり、「全人的な力」としている。この答申の全体を見ると、まず始めに、子供たちの生活や家庭・地域社会の現状と社会変化の展望を踏まえ、今後の教育のありかたについて述べている。それによると、現代っ子の積極的な面も評価する反面、いまの子供たちにはゆとりがない、社会性に欠ける、健康や体力が低下している、学校生活への満足感が減っている、また家庭や地域の教育力も低下している等、子供を取り巻く生活・教育環境の危機的現状が具体的に指摘されている。その一方、これからの我が国は、国際化、情報化、科学技術の進展、環境・エネルギー問題、少子・高齢化など、変化の激しい先行き不透明な厳しい時代を迎えると予測されている。このため、こえからの学校教育は、不易と流行を見据え、社会全体のゆとりと子供の生きる力を育むことが喫緊の課題とされている。
 生きる力を養うために学校ではまず、子供たちが自ら学び自ら考えられるだけのゆとりのある教育を展開することが挙げられる。今までの「詰め込み型」の教育ではこれからの我が国で柔軟に対応して生活することができなくなる。複雑な現代社会で生きぬくめにも今後は疑問に対して自分で筋道を立てて考えを進めていける教育が求められている。さらに子供が自分で考えられる時間が十分に与えられるためにも、子供たちにとって必要な基礎的基本的な事柄はしぼり、確実に習得させることが必要である。また、個性を生かした教育を行うことがめざされる。子供のよさの発見、可能性の伸長を図り、子供たちが社会で自分らしく生きていけるような教育が必要である。教員の実践的な指導や、家庭・地域との連携なども、子供たちが生きる力を育むには大切なことである。
 今後の教育においてはこの「生きる力の育成」を念頭に置き、子供たちが自ら学び自ら考える教育に転換すること、生涯学習の基礎的資質を育成することがめざされる。

17.これからの教育の在り方として、ゆとりの中で「生きる力」を育むとの方向性が示されている。また「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申)」では、「生きる力は全人的な力である」とし、主に、総合的な学習の時間で培っていくとしている。21世紀を生きていく子供たちは、国際化、情報化、科学技術の発展、環境問題など大きく揺れているこの社会を背負わなければならない。そんな中で求められているのが生きる力である。
 今までのように、受験のための勉強やただ来ているだけの学校では成り立たないのである。どのようにして、生きる力を身に付ければよいかが問題になってくる。
 それには、総合的な学習の時間でねらっているような、自ら考え、主体的に判断し、問題を解決する力や自己の生き方を考える力、国際理解や情報・環境・福祉・健康などを課題とした学習を、実際に体験することが生きる力を身に付ける上で重要である。ただ、教えられるだけの授業ではなく、教師も従来の「授業とは教えなければ成り立たない」という概念を捨て、子供自身が悩み、苦しみ、挫折し、そうして解決できたことを喜び、感動するといった体験を多くする中で、生きる力の基礎が身に付くのである。その為に教師自身が豊かな体験・経験に基づく、豊かな知識を持っていなければならない。知識とは、教科・領域についてだけではなく、例えば、日本全国の方言についてや観光名所、この地方にはどんな特産物があるかなど、横断的・総合的な知識も必要である。いきなり、子供たちに課題を見付けさせようとしても困難であるので、教師が例をいくつか挙げてやる必要が出てくるからである。その中で他の課題を見付けられるよう、援助していかなければならない。適切に援助して、子供たちが課題を見付け解決する過程で、自然と生きる力は身に付くが、教師の援助次第によっては、それがただの活動に終ってしまうので十分に気をつける。
 この生きる力は、生涯学習の考えの下にある。つまり、学校だけの教育であってはならないのだ。生きる力が身に付いたかどうかは、学校を卒業してから発揮される。したがっ
って、将来を見通した学習が求められる。

18.生きる力を養うために必要なことは、第一に、しっかりした知識を見につけることである。情報化社会である現代においては、様々な情報が飛び交っている。そのような社会で生きていくためには、自分で大切なものを見極める判断力が欠かせないものとなってくる。そのためにも決して間違った知識を身に付けるのではなく、正しい知識を身に付けておかなければならない。第二に、幅広い柔軟な考え方ができることが重要である。この国際社会においては多くの人と交流し、協調していかなければならない。そのためには、自分の考えを持ちながらも、様々な考え方を素直に受け入れ、自分のものとしていく柔軟さが必要だと思う。第三に、自分の考え方をしっかり持ち、それを他人に伝えることができることが必要である。相手の考え方を受け入れながらも自分に考え方をしっかり持ち、それを相手に伝えることができることが必要である。これらの3つのことをふまえると、生きる力を養うためには、自分というものを大切にすると同時に相手のことも大切にするということが必要となってくる。自分を大切にするということは、自分を甘やかすということでは決してない。自分から学んだり考えたり、行動したりすることが大切だということである。入ってくる情報や知識を自分で処理して判断し、自分のものにしていくことでそれが生きる力となっていくのだと思う。また、自らを甘やかさず、律することで自己の確立ができ、自分というものが形成されていく。また、他人を思いやったり、様々なものに感動したりする心を養うことも豊かな人間性を築く上で重要なことである。そして、国際社会を生きていく中で見過ごせないのが他人との関わりである。他人と協調していく中で、自分の考え方だけを一方的に押し付け、相手を否定するのではなく、相手の考え方や意見を聞き、受け入れることが大切である。
このようなことをふまえた上で、最終的には自分の生き方を見つけだしていかなければならない。そのために学校では、子どもに自ら考えさせること、自ら学ばせること、自ら行動し、問題解決に向かわせることを学習においても日常生活においても常に取り入れていかなければならない。この積み重ねが、子どもの生きる力となっていくのだと思う。

19.これまでの学校教育は、すべての児童生徒に一定の学力をつけさせることを目標の一つとし、それが時代の要請でもあった。しかし、莫大な量の情報が行き交い、社会の変化がより激しくなるであろうこれからを生きていく子ども達には学力だけでは対応しきれない部分が生じてくる。子ども達が主体的に行動するために生きる力が必要とされている。
 生きる力とは、@いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、A自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性、Bたくましく生きるための健康や体力、の3点とされている。総合的な学習の時間はもちろん、各教科や道徳、特別活動などの中にも生きる力を育てるための指導を組み込まなければならない。
子ども達の生きる力を育てるためには、教師として、課題解決に向けた柔軟な発想と対応能力を持っていなければならないと私は考える。課題設定の仕方、解決の具体的な方法、資料の調べ方、情報の収集とその活用方法、考察のまとめ方などを指導するためには、幅広い知識と柔軟な発想や対応能力を必要とする。柔軟な発想や対応能力は短期間で、または机上での学習のみによって身につくものではない。多様な活動・体験を重ね、発想力・想像力・応用力などを伸ばし、様々な人との関わりを持つことによって視野を広げたり、コミュニケーション能力を伸ばしたりする。これらは教師として子ども達に指導する前に兼ね備えておくべきものであるが、子ども達に指導する中でも共に学び考え、問題解決をサポートしていこうとする姿勢は忘れてはならない。

20.生きる力とは、新しい教育理念であり、子ども達が自ら課題を見つけ、自ら考え、自ら学び、主体的に行動し、解決する能力、豊かな人間性、健康や体力を指す。従来の受け身的な学習態勢を改めようという動きなどから、現在の社会を生き抜くための力を身につけさせるという教育理念が生まれた。このような生きる力を養うために必要なことは、多様な経験・活動と、子ども達が主体的に学習する学習体制、心の豊かさを身につけることではないかと考える。
まず、子ども達に多様な経験・活動をさせることについて述べると、普段の生活では経験できないようなことに挑戦したり、知らない仕事などに触れるなかで、困難なことに直面することもある。それに自分で考えた方法で立ち向かったり、助言されながらも自分の力で解決したりすることで、その後それが自信となったり、他の困難に応用することができる。知らない世界に触れることで子どもの世界も広がるのではないか。
子どもが主体的に学習する学習体制は、子どもが主体となって活動する機会を授業の中で多く取り入れることがいいのではないか。教師主導型の授業では、受け身的な学習になってしまう。子供同士で話し合う時間をとったり、自分の意見、考えを表現したりすることで、子ども達の中に印象強く残るうえに、自分で考える力、表現する力なども身に付けることができる。
また、心の豊かさは、子ども達一人ひとりが自分らしさを発見したり、他人への思いやりなどを身につけることではないかと考える。教師は子ども達一人ひとりのよさをほめたり、認めてあげたりすることで、気付かせていく。また、友達同士協力して何かに取り組む中で、友達のよさを認めたり、協力しあったりすることで人を思いやることを身につけさせたい。
子ども達が多様な経験をし、主体的な活動に取り組むことで、自分らしさに気付いたり、自分で考え、行動することができるようになったり、人を思いやる心のゆとりを持つことができることが生きる力を養うのではないか。

21. いじめや学級崩壊などが学校教育において大きな問題となっており、そのような現状を改善するためにも、教育のあり方をめぐって討議されている。第15期中央教育審議会では、「生きる力」を育むことが強調しされている。これからの教育では、知識習得型で受身の学習ではなく、自ら課題を見つけ、解決していく主体的な学習活動が求められている。また、他人と協調し、思いやる心や感動する心も育成されなければならない。
 このような生きる力を育成していくためには、先ず、受身的な学習方法を改善し、自ら学習に取り組もうという意欲を持たせることが必要である。そこで、具体的には、地域の人々にその地域の昔の様子を聞きに行ったりするなどの調べ学習を取り入れ、子ども達が自分たちの力で学べる機会を増やしていく。この他にもグループ学習を取り入れ、皆で話し合うことで新たな疑問にぶつかり、それを自分たちで解決していくことで達成感を感じ、学習意欲も高まると考える。また、学ぶ喜びを感じられるように、教師は子ども達を評価・賞賛してやることも大切である。私自身、小学生の頃に苦手だった水泳で先生に褒められ、そのことが自信につながったという経験があり、褒めることがさらに子どもの学習意欲を高めると考える。
 次に、豊かな人間性を育てていくためには、自然体験やボランティア活動などを体験する機会を設けることが挙げられる。動植物を育てることで命の尊さを感じ、感動したり、ボランティア活動などで障害者と関わる中で、障害のために出来ないことを助けたりすることで、人を思いやる心を育てる。この他にも、帰りの会や学級通信などを通じ、子どもの良いところなどを伝え、毎日の学校生活の中で子ども達が互いのよさに気付き、お互いを尊重できるようにしていく。
 先ずは、私自身が生きる力を身につけ、それを示しながら、子ども達に接していくことで子ども達の生きる力の成長の支援をしていきたいと考える。

22.平成8年に中央教育審議会の発表した第一次答申の中で、今後の教育の在り方について子ども達を「ゆとり」の中で「生きる力」を育んでいくことの重要性を指摘しました。現代の子ども達は学歴社会の真っ只中に立ち、義務教育や準義務化といういいかたが示すように、全ての子どもが必ずといって良いほど就学していきます。義務教育を終えても、世間体その他の理由で進学を強制され、子ども側には選択権、拒否権、自由が与えられていない状態です。そのことを反映するかのように、現代の子ども達には、無感動、無関心、無目標(他にも無作法、無教養、無気力などがあてはまる)から三無主義といった言葉が使われるようになりました。「生きる力」を養うという状態とは逆にある社会で、今後どのように「生きる力」を得ていくのでしょうか。『学校経営〜重要用語300の基礎知識』を参考にすると、「生きる力」とは「自分の課題をみつけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」と命名しています。このことから私は、枠にとらわれない「個性重視の教育」が必要だと思います。例えば、就学するに連れ難易度が上がる教科の問題などは、子どもの学習速度や学習能力に合わせ、子ども個人あるいは同類グループに別け歩調や進度に合わせた指導を行ったり、体験学習や問題解決学習を行い、子どもが自ら選択した課題や判断で指導するといった活動が挙げられます。更にこのような授業で取り組むことで、画一的、受動的な授業よりは子ども達の学習効果を上げると考えられますし、自発的な学習意欲にも結びついてくるのではないかと思います。また、このように個性を尊重することで、子ども一人一人が自分の存在価値を認識できるのではないかとも思います。「何をしたいのか分からない」と考える子ども達が多い中、少しでも多くの自分の可能性に気づくことができるように教育することが必要です。これから、教師は子ども一人一人の個性を認め、尊重し伸ばしていく教育を目指していくことが大切だと思います。

23.ここ数年、学校教育の中で叫ばれているのがこの「生きる力」である。まず学校での生きる力を養うために必要なことは、まず学校が一丸となって生きる力をはぐくむ学校作りを推進していくことである。活力に満ちた学校作りを進めると同時に心の教育の充実に向けて具体的な取り組みをしていくことやゆとりある学校運営を進めたり、安らぐ学校作りを推進したり、開かれた学校作りに努力することである。その中で、児童生徒が社会の変化に対応して主体的、創造的に生きる力をはぐくむために、自ら課題を見つけ、自ら学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力、想像力等の育成を目指した学習活動を展開し基礎基本の定着を図り、一人一人のよさや可能性の伸長を図ることが重要となってくる。さらに、学習面の充実だけではなく、人間としてより良く生きるための基本的な心構えや行動の仕方について、体験的・実践的な活動を通して学ばせ、人間尊重の精神や生命に対する畏敬の念を具体的な生活に生かせるよう、児童生徒の内面に目指した道徳性の涵養に努めるとともに心の教育を展開していくことも重要である。また自己の生き方、ありかたについての自覚を深めたり自己を生かす態度を育てるために特別活動の充実を図ることも挙げられる。
 さらに教員の一人一人の児童生徒の心を深く理解した上での生徒指導の充実が必要不可欠である。全教育活動を通して児童生徒の自主性の主体性の育成に努め、子供たちの「生きる力」を育てる指導にいっそう努力しなくてはならない。児童生徒理解を深め、充実した学校作りや、学級経営の充実を図りこれらの課題を実践したり、推進していくことで児童生徒に生きる力を育むことができるのではないだろうか。 また今日、価値観の多様化、ライフスタイルの変化等から高度で多様な学習機会の拡充が求められている。さらに生涯学習が言われる現社会においては、学校教育を含めた社会の様々な教育、学習システムを総合的にとらえ、生涯にわたる学習の支援を充実させるとともに、特に児童生徒の健やかな成長や人格の形成を図る上から学校教育、社会教育の特性を生かさなければならない。また家庭や地域社会との連携を図り、それぞれの教育機能を十分に発揮し、子供たちに「生きる力」を育むことができるよう努力を重ねる必要がある。

24.今学校では不登校や学級崩壊、いじめなどのさまざまな問題がある。ここで生きる力を養うことは重要になってきている。生きる力とは、自分で課題を見つけ、自ら学び考える力、正義感や倫理観等の豊かな人間性、健康や体力といわれている。このような力を身に付けるためには、まず、授業の中での総合的な学習の時間を有効に活用する必要がある。総合的な学習の時間のねらいに「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、より良く問題解決する資質や能力」を育てることとある。その中には、情報の集め方、調べ方、報告や発表、討論の仕方、などの学び方や考え方も含むとしている。このようなねらいに沿った、総合的な学習の時間を活用する。そのほかに、ほかの授業の中でも、テストや偏差値のためだけの知識ではなく、生活に生かせるような幅広い知識を教えることが必要だと思う。

25.新学習指導要領で、「ゆとり」の中で「生きる力」を育むと提言されたが、新学習指導要領における「生きる力」とは何か考えていきたい。
 私が考える「生きる力」とは、問題解決能力である。現在の日本は国際化、情報化、環境問題、少子高齢化問題など様々な問題を抱えている。このような何が起るか予想のつかない現代、子どもたちが、これからの人生において壁にぶつかった時に必要な力は、自ら問題を解決できるちからである。それは具体的に挙げると、精神力や、手段、考えるちから、健康な体などが当てはまる。
 では、この「生きる力」を養うためにはどうすればよいだろうか。精神面では、きれやすい、飽きやすいと言われる現代の子どもを「ゆとり」の中で、体験を通して自分の到達点までは時間がかかってもやり遂げるという姿勢を身につけさせるべきである。早く、うまく終わらせた方が良いという教育から、自分で考える課程を評価し子どもが心に「ゆとり」を持って取り組める環境にするべきである。考える力を養い、手段を見つけ出すことができるようにするためには、基礎・基本の徹底が重要である。自ら考え、主体的に判断し、行動し、より良い解決策を見つけ出すためには基礎・基本となる土台を固めることによっておのずと場に応じた応用ができるようになるはずである。知識の詰め込みから、知恵が生まれる教育にしなければならな
い。
健康な体を子どもの頃から作ることは重要なことである。前述したように私たちは現在、環境の問題や、少子高齢化高齢化の問題などを抱えている。オゾン層の破壊による紫外線の増加で皮膚に与える悪影響は計り知れない。また少子高齢化がこれからすすんでいくと私たちは年をとった後も、自分たちの力で生活していかなければならないのは必至である。便利な世の中ではあるが、食生活や、運動にも気を配りながら生活しなければならない。子どもたちはこのような現状を知り、自分たちの健康を考えて生活する態度を身につけるべきではないだろうか。

26.「生きる力」、この言葉を最近の教育現場ではよく耳にする。昨今の教育現場では「生きる力を養う」ことが大きな目標とされている。「生きる力」とは、変化の激しい社会において、いかなる場面でも他人と協調しつつ自律的に社会生活を送れるようになるために必要な、人間としての実践的な力であり、豊かな人間性を重要な要素とするものである。「生きる力」の核となる豊かな人間性とは美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性、正義感や公正さを重んじる心、生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観、他人を思いやる心や社会貢献の精神、自立心・自己抑制力・責任感、他者との共生や異質なものへの寛容、などが挙げられる。このような人間性を養うためには、基盤として、子ども達同士の好ましいの人間関係や教師との間の信頼関係、雰囲気の温かい学級などが求められる。そのような環境を築くときに、子ども達の「生きる力」が不可欠になってくるのである。「生きる力」を養うために必要なことは何か、それを考えたときに、道徳が大きく関係してくる。豊かな人間性や社会性とは、人間として、また、社会の一員として主体的に生きるための基本となる資質や能力であり、これは豊かな道徳性を意味している。子どもの豊かな道徳性を育むには、学校が地域や家庭と一体となって、子どもたち一人一人の道徳的自覚を促し、自立を育む中で、人間としてよりよく生きていく道徳的実践力を育成する必要がある。そのためには、社会上のルールや基本的なモラル、わが国の文化や伝統を尊重し、継承・発展させようとする態度や、国際協調の精神や実践能力を学校の教育活動を通して子どもに教育していかなければならない。教師は、実際の体験活動をできるだけ子どもに体験させ、その中から子ども自身が学べるような環境や場面を与えることが大切である。また、家庭や地域などの協力をえて、開かれた教育を行うことができるように、努力しなければいけない。「生きる力」を養うためには、教師は多くの努力が必要となってくる。

27. 「21世紀を展望したわが国の教育の在り方について」第15期中央教育審議会第一次答申で「生きる力」の生育が取り上げられた。答申では、生きる力とは、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力である。さらに、自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性とたくましく生きるための健康や体力であると「生きる力を」説明している。では、実際学校教育で生きる力を養うためにはどのようなことが臨まれるのであろうか。答申でも言及されているように「生きる力」は子どもの主体性を基本としている。従来の受身型の授業に不足していた考え方である。生活キャンプや自然探検など体験的な学習を通して日ごろ経験できないことに触れ、肌で実感することももちろん子どもたちにとっては意義あることだが、それを日常とかけ離れたものとして捉えるのではなく、子供たち自身が積極性を持って日常生活に生かしていくことが必要であると思う。そうすることで真の「生きる力」となるのではないだろうか。
 また、「自ら学ぶ」ことを進めるにあたっては選択科目のいっそうの充実が望まれる。「自ら学ぶ」ことは興味・関心・意欲があって初めて達成されることである。基礎・基本の定着を図った上で学校での教科学習にも幅を持たせ、自己の選択により学ぶことで強制的に学ぶことよりも意欲が高まるであろう。そのことで生徒自身が自分の興味があることを改めて自己認識をする機会となる。
 加えて、答申では、個性重視さらに、自立心や他人を思いやる心、協調性について言及している。個性を尊重しつつ集団での協調性も養っていくことにおいては相互のバランスが重要になってくる。実際に学習活動を行う上では、評価活動に重点を置いて考えるとよいと思う。まずは、自己評価をすることで活動を振り返ることができ、自ら考え、学んだ過程を自己認識できる。また、生徒同士でよいところ、がんばったところを発表していく相互評価を行えば生徒同士新たな側面が見えてくるだろう。「自分を知ること」「周りを知ること」が協調性を育む一助になると考える。

28. 平成8年に中央教育審議会の発表した第一次答申の中で、今後の教育の在り方について子ども達を「ゆとり」の中で「生きる力」を育んでいくことの重要性を指摘しました。現代の子ども達は学歴社会の真っ只中に立ち、義務教育や準義務化といういいかたが示すように、全ての子どもが必ずといって良いほど就学していきます。義務教育を終えても、世間体その他の理由で進学を強制され、子ども側には選択権、拒否権、自由が与えられていない状態です。そのことを反映するかのように、現代の子ども達には、無感動、無関心、無目標(他にも無作法、無教養、無気力などがあてはまる)から三無主義といった言葉が使われるようになりました。「生きる力」を養うという状態とは逆にある社会で、今後どのように「生きる力」を得ていくのでしょうか。『学校経営〜重要用語300の基礎知識』を参考にすると、「生きる力」とは「自分の課題をみつけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」と命名しています。このことから私は、枠にとらわれない「個性重視の教育」が必要だと思います。例えば、就学するに連れ難易度が上がる教科の問題などは、子どもの学習速度や学習能力に合わせ、子ども個人あるいは同類グループに別け歩調や進度に合わせた指導を行ったり、体験学習や問題解決学習を行い、子どもが自ら選択した課題や判断で指導するといった活動が挙げられます。更にこのような授業で取り組むことで、画一的、受動的な授業よりは子ども達の学習効果を上げると考えられますし、自発的な学習意欲にも結びついてくるのではないかと思います。また、このように個性を尊重することで、子ども一人一人が自分の存在価値を認識できるのではないかとも思います。「何をしたいのか分からない」と考える子ども達が多い中、少しでも多くの自分の可能性に気づくことができるように教育することが必要です。これから、教師は子ども一人一人の個性を認め、尊重し伸ばしていく教育を目指していくことが大切だと思います。