A.総合的な学習の時間の課題

1. 総合的な学習の時間は、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、問題を解決する力などを身に付けさせること、また、情報の集め方、調べ方、まとめ方、報告や発表・討論の仕方などの学び方やものの考え方を身に付けさせる事をねらいとしている。テーマ設定や年間時間割り振りなどの指導方法や指導体制は、各学校に任されている。
 各教科の枠を超えて横断的・総合的に学習を行う「総合的な学習の時間」が、重視される一方で、その土台ともなるべき各教科についての取り組みが軽視されているとの指摘もある。しかし、教科学習等が基礎となって、総合的な学習が進められ、総合的な学習での経験が、教科学習等に生きてくるのである。したがって、総合的な学習は、各教科等の時間と切り離して考えるのではなく、各教科等で学んだ知識や技能を自らのものとし、その後の各教科等の学習を深めるものでなくてはならない。
 課題を設定する際は、その内容によって具体的な取り組みが大きく変わる。課題設定のためには、子どもの実態を的確に把握し、教師が子どもにどのような力を身に付けさせたいかを明確にしなければならない。その上で、どのような学習形態や指導方法、指導体制が的確であるのかを定めなければならない。逆に、学習形態や指導方法、指導体制によって、課題設定の仕方を変える方法もある。
 総合的な学習の時間の学習活動には、自然体験やボランティアなどの体験的な学習や、自らのテーマの中に生まれた疑問、課題を解決していく問題解決的な学習や、国際理解に関する学習の一環としての外国語会話等がある。教師が、これら全てに対し専門的な知識や技能を兼ね備えておくことは困難である。そこで、保護者や地域の人々、専門家の理解と協力が必要になる。より多くの人々に理解を深め、協力してもらうために、活動内容等を公表し、広く知ってもらう必要がある。
 最後に、授業実践の後には、その評価と改善を図る必要がある。実践を振り返る事で、力がついた点や、問題点とその要因、改善点などを検討し、今後の活動に生かせるよう取り組んでいかねばならない。さらには、その実践を記し、残していくことで、その学校の貴重な資料として役立つものにすることが望ましい。

2.総合的な学習の時間では、自ら考えるということが強調されている。学校5日制の導入と総合的な学習の時間の導入によって、授業時間が大幅に削減されたことと教育内容の厳選により、学力低下がさけばれている中で、この新学習指導要領における総合的な学習の時間は、貴重な意味をもつ時間になるのではないかと思う。それは、「ゆとり」の中で、「生きる力」を身に付けていく時間になるからである。この総合的な学習の時間では、「生きる力」を身に付けるために、直接体験を通して、「自ら学び、考えること」「学び方やものの考え方を身に付けること」がねらいである。つまり、自ら考えるというゆとりができる時間でもあると思う。それでは、このねらいを達成するためには、いくつかの課題があると思うが、私なら以下の3つのことを実行したいと思う。
 まず1つ目は、自ら課題を見つけ、それを解決するための過程を大事にするということである。課題を解決するために、どのような方法で情報を収集するのか、「専門家を呼ぼう」「インターネットを使おう」「図書館に行ってみよう」「実際に見学に行ってみよう」などさまざまな選択肢の中から、試行錯誤を繰り返しながら解決していくことを大事にしていきたい。そうした学習は、受け身の学習よりもはるかに見につくはずである。そのためには、どんな時でも最良のアドバイスができるように自分自身も情報収集能力を高めておく必要がある。
 2つ目は、直接体験を重視するということである。主体的に活動し、体験することにより、自然や人々と触れ合ったり、自己の生き方について考えたりできることを大事にしたい。また、そのためには、体験しやすい環境を作ったり、つまずいたときには相談できるようにすることが大切であると思う。
 3つ目は、評価―特に子ども同士の評価を行うということである。異グループの友達から、よいところや工夫したらいいところなどの意見を聞き、さらに自ら考え、行動していくための手立てとする。
 以上が、私の考える総合的な学習の時間の課題である。
 
3.現在、日本に限らず世界には、環境問題、人権問題などのさまざまな問題がある。このようなグローバルな問題を広い視野で解決へ導く能力を持った児童を育てることが、今後の教育での課題であるといえる。が、これまで日本の教育は教科という枠組みに縛られ、「環境」「国際理解」などについて、十分な学習活動を展開することができなかった。 
そこで、今回2002年度教育指導要領の改訂で取り入れられる「総合的な学習の時間」は、大変意義深いといえる。ここでは指導要領に詳細な内容は明示されず、例だけがあげられており、その内容や方法は各学校に委ねられている。これは、画期的なことであり、今の教育の課題を打ち破るものになるであろう。
しかし、この「総合的な学習の時間」にも、多くの課題があげられる。まず一点目として、教師の力量が授業内容を大きく左右するということである。先ほど記述したように、総合的な学習の時間には、詳細な内容の記述がない。そこで、教師は一からその内容を組み立てなければならない。教師の経験が貧困であれば、授業も必然的に内容の薄いものになってしまうだろう。総合的な学習の時間の重要なポイントのひとつに、子どもたち自身がどれだけ多くの自然体験、社会体験をするかがある。教師自身の経験が豊富であれば、子どもたちに体験させたい内容にも、幅ができ、自然に内容の濃い授業が組み立てられるであろう。
二点目として、評価の問題がある。総合的な学習の時間は「活動」がその中心であり、テストという従来の形での評価が難しい。また、一人一人が問題意識をもって活動に臨むため、教師の視点のみからの評価というのも難しくなってくる。そこで、子どもたち自身に評価をさせるなどの方法をとる必要がある。これは、教師が児童を評価する際の目安にもなるが、それ以上に子ども自身が自己評価をすることによって、自分の活動を振り返り、その体験から得たものを今後の生活に活かしたりする上で重要な意味をもつものであるといえる。
このような課題を解決しつつ、児童にとって意義ある授業が行われるよう、各学校間での情報交換などが重要になってくるであろう。

4.総合的な学習の時間のねらいは、各学校が地域や子どもの実態等に応じて創意工夫をし、特色ある教育活動を展開することである。教科の枠を超えた横断的・総合的な学習を実施し、子どもの多様な興味、関心を学習の内面に生かそうという試みである。総合的な学習の時間の内容は、それぞれの学校や地域の特色を生かした内容を実現し、教科・道徳・特別活動との関連を十分を図り、学校生活の不可欠の一部として実践していくことが求められている。
 総合的な学習の時間の内容は、指導要領には特に記されていないが、体験的な学習、問題解決てきな学習を取り入れ、各教科で身に付けた知識や技能を相互に関連付け、総合的に働かせることをねらいとしており、それを通じて、自ら学び、自ら考える力や学び方、ものの考え方などの確かな育成に資るようにしなくてはならない。そのために総合的な学習の時間において課題となってくるものは、横断的・総合的な学習を行うこと、次に児童生徒の興味・関心に基づく学習を行うこと、更に地域や学校の特色に応じた学習を行うことである。このような授業を展開していくには、教師側の授業に対する十分な準備が必要である。実際に授業準備において、自分ではもっと資料を集めたり読んだりと準備をしたいが、時間が取れないと思っている教師もいれば、目に付いたら資料等を読むがそれ以外のことはしていないという教師と様々である。更に総合的な学習の時間そのものに対してこれからどうなってしまうのか不安であるという教師もいる。いずれにせよ、多くの学校、教師がほとんど経験したことのないものを計画や内容を決めて授業を行わなくてはならないのだから、教師の負担が増加することには変わりはない。教育課程を行う全教員がこのことについて議論し、見通しをもつことが必要不可欠である。その上で各学校において学習活動を定め、学校や児童生徒の実態に応じた特色ある教育活動を展開しなくてはならない。総合的な学習の時間の趣旨から、学習の状況や成果などについて児童生徒のよい点、学習に対する意欲や態度、進歩の状況などを踏まえて評価することが適当である。評価を  する際には、指導の目標や内容に基づいて定めたものを記載していくことも後に授業の成果を振り返る上で重要なものになってくるのではないだろうか。  

5.総合的な学習とは、各学校が、地域や学校の実態などに応じて創意工夫を生かして特色のある教育活動を展開していく学習のことである。新学習指導要領では、小学校3年生以上のすべての学校段階に総合的な学習の時間を新設するとしている。このことは、総合的な学習の時間が、自ら学び自ら考えるなどの生きる力はぐくむことを目指す今回の教育課程基準改善の主旨を実現する極めて重要な役割を担うことを示している。しかし、この総合的な学習の時間をめぐる様々な課題はあとをたたない。まず、総合的な学習の時間の学習形態
として、自然体験やボランティアなどの社会体験、観察・実験、見学や調査、発表や討論、ものづくりや生産活動など体験的な学習、問題解決的な学習が積極的に展開されること望まれるとして、体験的な学習を重視していることから、教科の体系性や、系統性があいまいにならないか、教科の授業時数削減と経験主義的な問題解決学習に傾斜することで、子どもの学力低下は、必至ではないかという声も上がっている。学力をどのように保障していくかが今後重要になってくるだろう。また、プラン作成や諸準備で教職員の負担が増大し、それによって、教科学習が軽視される可能性もあるかもしれない。教科学習の成果や、教科の系統性、教師独自の役割や指導制を軽視してはいけないということだ。子どもの様々な活動や経験をとりあげる場合でも、それらを相互に関連付けより高い認識に引き上げるのが、教師に問われる指導制である。そのためにも、教職員集団での総合的な学習の時間の目標と内容の吟味が不可欠になる。目標と内容についても、何を、どこまで、どのようにするか、しっかり具体的に議論して、教師だけで決めるのではなく子どもの意見もとりいれていかなくてはいけない。子どもの問題意識と子どもにとっての必然性を大切にし子どもにとって価値のある課題を設定することが重要である。時間をかけてじっくり学習し、体験を子ども集団で共有してより高い認識にたかめていかなくてはいかない。また、この総合的な学習を行ううえで、地域との関わり、家庭との関わり、を大切にし開かれた学校作りに向けて取り組まなくてはいけない。

6.最近の子どもは、体力がない」「日本の子どもたちは、人前で意見が言えない」といったことばをよく耳にする。このようなことばが出てきたのは、学校の授業が教師主体で進められ、子どもたちに受身の姿勢が染み着いてしまった結果である。そこで、今回の新学習指導要領で「総合的な学習の時間」が打ち出されたのである。この「総合学習」は、子どもが主体になって、これからの厳しい時代をたくましく生き抜く力を身につけるための学習である。しかし、実際には、さまざまな課題がある。
私が考える課題は、教科学習が軽視され、学力が低下してしまうことの対策である。総合学習及び、完全週5日制により、小学校では、教科学習の指導時数が小学校6年間の合計で、848時間削減され、総合学習に430時間新設している。教科学習時数の大幅な削減は、学力低下をまねくことにつながり、父母・地域の学校批判や、学習塾への依存を促進してしまうのではないかと私は考える。又、「総合学習」のプラン作成や、諸準備により、教職員の負担が増大し、教科学習が、軽視されることになりかねないのである。
確かに、教科学習時数の大幅な削減に対する対策として、「基礎・基本の徹底」を強調したり、教科内容の厳選を行ったりしているが、ただ単に教科を断片的なものにして、詰め込むだけの学習にしているだけのように思われる。
教科学習時数の削減の中でも特に特別活動は、小学校6年間で、105時間も削減され、今までに各学校で取り組まれてきた、創造的な実践がつぶされてしまい、特色ある学校づくりができなくなってきている。かといって、「総合学習」において、特色ある学校づくりを進めることができるかというと、必ずしもそうとは限らない。教科審答申や、指導要領が、国際理解、情報、環境、福祉・健康の4つの課題を例示したことにより、かえって実践が、4つに集中して、実践の幅が狭くなってしまうことも考えられるのである。
他にもたくさんの課題が残されている。又これからも次々に出てくるだろう。しかし、教科の枠を取り払い、子ども主体の学習にするという取り組みは、子どもに自信と希望を与え、教科学習にも積極的に取り組む力を育てることにつながるはずである。そのためにも課題について常に考えて行く必要がある。

7.平成10年度に改訂された新学習指導要領において新しく取り込まれたものの中に「総合的な学習の時間」がある。「総合的な学習の時間」では「福祉・健康、情報、環境、国際理解」といった内容を重視して、生徒の課題解決能力や豊かな人間性・創造性を育むことを目的として行われる。自然体験活動やボランティア活動など学校・学級を越えた幅広い学習活動が「総合的な学習の時間」において実施される。 しかし、「総合的学習の時間」には、多くの課題が残されている。1つ目は、「基礎学力の低下」が挙げられる。「ゆとり」の教育が今回の学習指導要領改訂の基盤となっておりそのために教育内容の厳選(3割削減)や学校週5日制が導入されたことにより「基礎学力の低下」がさらに問題となっている状況下で、「さらに低下に拍車がかかるのではないかという考えがある。どうすれば「基礎学力の低下」が抑えられ基礎的・基本的な内容の定着が図れるのか教師は考えなければならない。2つ目は、「評価」についてである。「総合的な学習の時間」は数字的な評価は行わない。しかも評価を行う際に、結果が形として見えにくいという問題が挙げられる。評価をどのような方法で行い、評価をどう生かしていくのかについても考えなければならない。3つ目は、「教師の能力と指導内容」である。「総合的な学習の時間」は地域や生徒の実態に応じて、学校が創意工夫を生かし行うことができる。だが、今まで教師自身が経験のない授業であるため、どのように展開してくべきなのか、どのようなものなのか想像でないため、教師が授業を意味あるものにすることができるだけの能力を備えもっているとは思えない。また、「総合的な学習の時間」では学校と地域社会との連携も重要となってくるため、ある特定の能力に優れた人材を招き授業を行ってもらう「人材バンク」の導入など、どのようにして地域社会とのネットワーク作りを行うのか。そして、何を学ばせたいのか、何を獲得させたいのかを明確にし、授業内容とどのように関連をもたせて行うかが重要である。
 「総合的な学習の時間」は平成14年度から完全実施となり、全ての学校で展開されることとなる。以上の問題の他にも多くの問題を抱え、そして未解決のままであるが、授業を進める中で試行錯誤し修正・改善していくことが必要である。よって教師は授業の計画、実施、そして反省というサイクルを怠らず、常に授業に対する向上心を忘れず日々精進してかなければならない。

8.総合的な学習の時間が新学習指導要領より導入される。生きる力を児童に育むためである。大きく変動する社会に対応できる、経験豊かな人材の育成が目的である。しかし、まったく白紙状態からはじめる学校も多いと聞く。解決しなければならない問題も山積している。その課題を踏まえ、私はこの時間をどのようにすれば意義ある時間にできるということについて考えたい。
@、 地域社会との連携を行う今まで見落とされがちであった、地域社会の教材化や地域社会の人々との連携も増えてくるであろう。そこで問題になるのが、地域と学校がうまくやれるかということである。 例えば、私が実習をした小学校では、保護者を有効に地域の人材として活用していた。保護者の方が持つ得意分野をそれぞれカードに記入してもらって必要に応じて外部講師として参加してもらうのである。その学校ではケナフを栽培していた。園芸に詳しい保護者に、児童に対して扱い方や水のやり方、肥料のやり方などを教えてもらう。また環境問題に詳しい保護者の方に、ケナフを使った紙のすき方を教えてもらう。そうすることで学校教育に対する地域との連携が保護者を通してできるし、保護者も学校教育に対する理解や関心が増しているようであった。
A、 ITスキルの公平な育成
総合的な学習の時間では、コンピュータを使った学習形態も大いに予想ができる。インターネットをはじめとするIT技術の進歩は著しいものがあり、これは調べ学習にも十分活用できる。しかし、ここで問題になるのが児童間のデジタルデバイドである。私が実習をした学校で、私の授業のとき、社会科で明治維新を調べようとした。児童に調べ方は任せていた。しかし、ほとんどの子どもがパソコンに集中すると思っていたが、半分以上の児童が資料で調べたり、パソコンで調べる児童の横でただ見ているだけだったのである。操作できるものと、そうでないものの壁はとても大きい。できない子は受動的な学習になってしまう。それではいけない。私は格差をでえきるだけ埋めることが急務であると考える。
以上のように総合的な学習の時間を児童にとって実り多いものとできるよう、私は修養に努めたい。

9.近年、日本の社会は国際化、情報化など様々な変化を遂げてきている。このような社会の変化に主体的に対応できる資質や能力を育成するために、各教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習をより円滑に実施する時間として「総合的な学習の時間」が設けられることになった。また、社会がますます便利になり、科学技術も発展していく一方で、地球の温暖化やオゾン層の破壊などの地球環境問題、石油などの資源不足の問題、更には人口の増加による食糧問題など地球規模の問題が数多くあり、それらの問題の早急な解決が求められている。これらの環境問題に関心を持ち、問題解決に向けて主体的に取り組んでいこうとする態度や行動力を育てていくためにも、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」を育むことをねらいとした「総合的な学習の時間」の創設は、非常に意義深いと思われる。
 「総合的な学習の時間」の学習活動は、地域や学校の実態に応じて各学校が創意工夫を十分発揮して展開されるべきである。例えば、地域の美術館や博物館などを見学したり地域の清掃活動を行うことは、自分たちのすんでいる地域に関心をもったりボランティアの精神を養うきっかけになり得る。また、国際理解教育として、近くの大学の留学生や地域に住んでいる外国人と触れ合うことは、普段外国人と接する機会があまりない子どもたちにとって、とても貴重な経験となる。外国語に触れたり外国の生活や文化に慣れ親しんだりすることは、自国の文化や伝統に興味・関心をもたせるきっかけとなるとともに、国際協調の精神を養いこれからの国際社会に向けて積極的に関わっていこうとする態度を育成することにもつながるのである。
 これからの変化の激しい社会を生きていく力を、各教科等との関わらせながら「総合的な学習の時間」の中でいかに子供たちに身に付けさせるかが課題なのである。

10.「総合的な学習の時間」の完全実施が迫る中、教師にとっての課題とは、どのようにこの時間を有効的に生かしていけるかということではないだろうか。
今まで「総合的な学習の時間」を受けたことのない教師にとって、どのように利用していけばいいのか混乱するのは当然である。その上、教師自身が問題解決能力を持っていなければ有効的な時間になるはずもない。自分がわからないものを授業の中でやっていき、子どもたちにとって意味をもつ時間にすると考えるほうが無謀ではないだろうか。今までの各教科、道徳、特別活動のように具体的な目標やねらいが示されていないため、教師の力量が問われ、教師にとっては苦痛の時間になる可能性も高い。また、教師が子どもたち一人一人について理解しておかなければ、教師の押し付けによるものになり、詰め込み教育、押し付け教育にしかなりえない。以上のようなことを避けるためには、教師はいち早く情報をキャッチし、子どもが何に興味を持ち、今までどんなことを経験してきたかなど様々な実態を捉えながら、「総合的な学習の時間」の計画を具体化していかなければならない。日頃、忙しい教師にとって負担になる可能性も否定できないが、日常の場面で今まで以上に子どもを観察し、様々な知識教養を身に付け、地域のキャンプやボランティアなど自分の体験したことのないことにチャレンジし、体験していくことも方法として考えられる。
また、詰め込み教育を行い、受験戦争にいかに勝つかが主流になっていたところに、その流れに逆らうように各教科の時間を削り、「総合的な時間」を組み込む。この意味を教師側はもちろんのこと、保護者が理解しなければならない。社会が急に変わるのが難しいのと同様に、保護者の受験への意識を変えることもかなり難しいだろう。しかし、保護者の理解がなければ、この「総合的な学習の時間」の実施の成功は厳しい。そのために、有効な方法として私が考えたものは、学級通信であらかじめ「総合的な学習の時間」とはどういうことをしようと考えてるのかを伝えることである。伝えることで保護者の不安は少しは解消されるだろう。また、色々な疑問のある保護者に対して保護者会などでの質問を受ける時間の確保をするなどの対策が考えられる。

11.新学習指導要領で、新たに「総合的な学習の時間」が設けられ、小・中学校で2002(平成14)年度から前面実施される。「総合的な学習の時間」には、一般の教科と異なる点が多々あるため、学校現場の教師たちの悩みや課題も少なくないといえる。
 「総合的な学習の時間」では、子どもの興味・関心に合った活動が求められるため、教師はまず、子どもの興味・関心をとらえ、引き出す必要がある。一人ひとりの子どもについて、その子の興味・関心に基づいたテーマをどんどん追究させられる環境を作っていかなければならない。しかし突然、「自由にやりたいものを」と言われても、学び方が分からない子どもが多いだろう。そこで、まず初期の段階では、教師からテーマを与えることも必要であると考える。一年を前期と後期に分け、学年ごとに枠となるテーマに基づいて前期は学習を進め、後期は子ども一人ひとりが自由にテーマを設定できるようにする。調べてみたところ、こういった試みはすでに取り組まれている学校もあり、現在進行中で行われている。
 また、子どもの自主性とともに、教師の指導力・力量も課題の一つとして挙げられるだろう。取り扱う内容も、国際理解、情報、環境、福祉・健康に関するもの、子どもの興味・関心に基づくもの、地域や学校の特色に応じたものなど、幅が広いため、教師自身の事前学習も必要になってくる。子どもが自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育て、学び方やものの考え方を身につけることができるようにするためには、ただ教師が子どもに対して、自由にやりなさいと呼びかけるだけでは危険であると思う。教師がどこまでサポートするか、また、どこまでが指導でどこまでが子どもの自発性なのかを教師自身、見極めて進めていく必要がある。
 しかし、これらのことは担任の教師だけで進めていくにはかなり困難だろう。保護者への理解や協力が不可欠となってくる。また、地域の方々との連携もきちんと取っていくことが大切だろう。その他にも、領域・教科を合わせた指導の形態として教育課程の中核となっている生活単元学習などの題材についても整理していく必要もある。子どもたちの目の高さで教師も一緒になって作っていく授業であるから、課題が多いのは当然である。教師は温かい目で見守っていくことが大切であると思う。

12.平成十四年度から、いよいよ総合的な学習の時間が全面実施となった。この総合的な学習の時間は、現在の子どもたちに欠けていると言われている「生きる力」や「学ぶ意欲」を育てるためには大変意義深いものであるが、これからの課題もいくつかあげられる。
まず第一に、教師の力量が授業内容を大きく左右するということである。総合的な学習の時間の内容などは各学校に委ねられており、学習指導要領には詳しくは示されていない。これは子どもたちの能力や興味・関心の実態に沿ったテーマに取り組むことが大切だからである。しかし、他の教科と違って教科書もないこの新しい教科で、的確に子どもたちの実態を把握してねらいへと導いていくのは容易なことではない。ここで教師に求められるのは、子どもたちの実態を的確に把握する目と、よりたくさんの知識や経験である私は考える。教師の知識や経験が豊富であれば、授業の中での子どもたちの活動も幅の広い、中身の濃いものになるであろう。
 そして二点目は、評価の問題である。これまでの教科においては、評価の観点というものがある程度決められており、最終的にはテストという形で評価ができた。しかし総合的な学習の時間の主旨は「生きる力」や「学ぶ意欲」を身につけることにあり、活動が主体の教科である。また、子ども一人一人が持つ問題意識も様々であるため、教師のみからの評価は困難である。よってここでは、子ども同士の評価というのが重要になってくる。子どもたちで評価しあうことで、お互いの良いところを認め合ったりすることもできるし、一人の教師とは異なった見方で評価もできる。またこれは、子どもたち一人一人が学習を振り返る良い機会にもなるであろう。そして教師自身も、学習の各段階での評価の観点をできるたけ詳細に決めておき、教師の目からも評価していくことが大切である。
 以上のような課題を常に教師は意識しながら、総合的な学習の時間に取り組んでいくべきである。そして、学校間の情報交換や、地域の人たちや専門家との連携も大切である。

13.現在学校教育では、自ら学び、自ら考える力である総合的な学習の時間「生きる力」を育むことが念頭におかれている。その一環として「総合的な学習の時間」が設けられたのである。この総合的な学習の時間には、教科書もなく、各学校、各教師のやり方に委ねられている。
そのため、内容も方法もさまざまである。生きる力を育むことのできる効果的な時間にするために、何を対象にして取り組んでいくかということが総合的な学習の時間の課題ではないだろうか。
よく目にするものの中に、各クラスや学年ごとに一つのテーマに沿って学習を進めていく形態がある。このテーマは教師側があらかじめ提示したものがほとんどである。教師はいろいろな側面から検討し、生きる力を育むために適切なテーマを選び出す。ということは、教師の力量が総合的な学習の時間の良し悪しに関わっているということだろうか。いや、そうではない。先に述べたように、そもそも生きる力とは自ら学び、自ら考える力である。「自ら」とは、児童が自ら行なうということである。そのため、教師の力量だけで総合的な学習の時間の行方を判断すべきではないと言える。教師が一から十まで場を設定することは、子どもたちの主体的な行動を打ち消してしまうことになる。自分が興味のある対象に対してこそ、主体的に取り組むことができ、ひいては生きる力を育むことになる。たとえ自分自身で選択した対象が学習を進めるにあたって適切でなかった場合でも、再度検討すればいいのである。この試行錯誤の過程こそが大切なのである。
教師が対象をあらかじめ決めると言うことは、学習の流れや結果をも想定してしまうと言っても過言ではない。結果に注目することは、流れにはない子どもたちの発想を見逃してしまうことになりかねない。試行錯誤の中から見出された対象を試行錯誤しながら学んでいくことに意味がある。
つまり、学習の対象、さらには対象の選び方で総合的な学習の時間は良くも悪くもなるのである。そして、試行錯誤しながら学習を進めていく子どもたちを見守り、認めていくという意味での教師の力量が不可欠なのである。

14.総合的な学習の時間は、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、よりよく課題を解決することを目標にしている。テーマのおき方や配時は各学校で決めることができるが、地域の問題、障害者や高齢者の福祉、動物とのふれあいなどがよくあげられる。この時間は、自分作りの時間とも言える。教師が大きなテーマを提示することがほとんどであるが、その中から自分の調べることを選んだり、調べる方法を考えたりするのはすべて子どもたちだからである。教師はそういった子どもたちのやる気を引き出すような手段を手立てとして考えなければならない。例えば、実際に見学に行く、インターネットを使う、まとめの仕方を考えるなど、子どもたちが自分たちでできることの支えになっていく必要がある。
そのために、あらかじめそのテーマについて調べておく必要もあるといえる。ただ、授業の仕方を工夫することが課題と言えるだろう。
 まず、課題(テーマ)は子どもたちに合ったものを選択しなくてはならない。教師が子どもたちの実態を把握し、何を身につけさせたいかでテーマも変わってくる。そして、その調べ方も、個人で調べるのか、グループで調べるのかなどどのようなものが適切なのか考えなければならない。
 次に、調べる方法である。今日、情報はどこからでも手に入れることができる。その中でも、どういった手段を使い、誰に調べたことを伝えるのかということも重要になってくる。最終目的をもたせることが大切なのである。
 そして、調べたことを発表し合い、評価する場も作らなくてはならない。評価しあうことで、自信を身につけることができる。これは「生きる力」を養う上でも必要なことであり、今の子どもたちにはかけている部分でもある。
 総合的な学習の時間は、各教科の枠を越えた教科であり、「よりよい自分づくり」を達成することが課題といえるであろう。

15.平成10年に告示された学習指導要領には、「総合的な学習の時間」が新設することが明言された。この「総合的な学習の時間」を実施するに当たって、様々な課題がある。どのような課題があるのだろうか。その視点を、「総合的な学習の時間」を計画し、実施するまでの流れの中で明らかにしていくこととする。
 「総合的な学習の時間」は細かい内容の規定がなく、学校の裁量を拡大させるために自由度を高めている。この「自由」であることが、学校側に様々な問題を与えている。まず突き当たる問題は、「何を教えたらいいのか」という学校側の戸惑いである。このような学校を支援しようと、文部科学省は平成15年度予算の概算要求に「各学校が参考にしうる学習プログラムの開発」という新たな事業を盛り込み、約3億円を盛り込んだ。学校が活動内容を考えるための参考としてプログラムを提示するという。しかし、このプログラムが「こう取り組みなさい」と各教科のように捉えられてしまうと、学校側はさらに混乱するであろう。また、「総合的な学習の時間」を算数や英語などの教科の「補習」として取り扱っている学校があるという現状がある。「総合的な学習の時間」は教科とは違う目的があるはずである。「総合的な学習の時間」の意義をいかに浸透させるかが今後の課題になってくるだろう。
 さらに、「総合的な学習の時間」を計画し実行に移すに当たっても、課題はある。総合的な学習の時間を実施するためには、調べ学習が重要とされている。その調べ学習をするために、「学校図書館」や「図書館司書」の役割がますます重要になるが、本が足りない・図書館司書がいないという問題にぶつかる学校が後をたたない。学校図書館は豊富な資料をそろえ、子どもたちの興味・関心をゆさぶる場であるべきである。国は学校図書館への補助をさらに進めていく必要があると思われる。
 以上のように、「総合的な学習の時間」にあたって様々な課題があるが、その学習効果は可能背を秘めている。総合的な学習の時間で3年以上実績のある小学校70校のアンケートによると、9割近い学校が「友達同士で協力しあう様子が見られる」「計画的に根気よく努力できる」「自分の考えをはっきり言えるようになった」などと、総合的な学習の時間の効果を評価していた。このことから、様々な課題を解決し、積極的に取り組めば、「総合的な学習の時間」は従来の教育課程では見出せなかった教育的効果が期待できると考えられる。

16.総合的な学習の時間の課題は私が考えるところ3点挙げられる。まず1つ目に教師の力量で「総合的な学習の時間」の濃淡が決まる点がある。総合的な学習の時間で取り扱う内容は教師に任されている為、教育熱心な教師とそうでない教師とでは児童・生徒が同じ1時間で得るものが当然違ってくる。総合的な学習の時間が最も大切にしている「自ら学び、自ら考える力」がどれだけ伸びるかが教師の力量にかかっている部分がおおいにあり、私はこの点が課題であると考える。
2点目に教師の指導の限界についての課題が挙げられる。総合的な学習の時間の中で児童・生徒たちが題材に対してどのように考えを進めていくかは、ある程度の見当はつけられても当たるとは限らない。児童・生徒から湧いてくる疑問に教師はどこまで指導できるだろうか。多くの疑問が出てきた時に、課題に対して指導し援助し、時には子供たちに解決が難しい場合については、教師が代わりに調べて疑問を解き子供たちに説明してあげる努力も必要になってくるであろう。時間的な問題も加わると、それだけのことを教師が背負うことには限界がある場合も出てくる。その限界により子供の大切な疑問が解決されないまま消えてしまう可能性が出てくると、総合的な学習の時間の主旨にあてはまらないのである。
3点目に私はこの点が最も大きな課題ではないかと考えるが、評価に関する課題が挙げられる。「どれだけ熱心に問題解決に向かって取り組んだか」を評価することが、果たして教師にどれだけ正確にできるだろう。例えばある課題に対して一人の子どもは図書館でたくさん本を読んで調べてレポートにし、またある子供は親にインターネットで調べてもらったものをレポートにしたとする。提出されたものをみて、教師はどちらの子供が熱心であると判断するのか。個人内評価であるにしても、はたして親に調べてもらった子供を「達成」と見なして良いのか。このような場合のみをいう訳ではないが、他の教科と違ってテストによる評価でなく形に見えないものの評価であるため、教師の前でのみ熱心に活動している子供を良しとして、控えめな子供を見落としたりすると、しいては子供の、教師への不信にもつながる「総合的な学習の時間」のみでは終わらない重大な問題につながりかねない。
教師は以上のような問題点を十分に踏まえ、児童・生徒のことをしっかり考えながら指導を行なわなければならない。

17.総合的な学習の時間は教科・領域と違って学習指導要領<解説>がなく、また、内容についても書かれていない。したがって、各学校で特色のある教育活動を創意工夫して創り出していくことが求められている。子供たちが自ら学び、自ら考える力を養うことができる反面、このことが以下の問題の要因ともなっている。
問題の一つ目は、教師の力量に全てが委ねられているということである。つまり、教師の力量によって、子供たちのどんな力をどれだけ引き出せるかというのが変わってくるのである。しかし、ねらいとして挙げられている、@自ら課題を見つけ、主体的に判断し、問題を解決する資質や能力を育てること、A学び方やものの考え方(方法的能力)を育てること、B問題の解決や探究活動に主体的・創造的に取り組む態度を育てること、C自己の生き方を考えることができるように、生き方の自覚を持つことを身につけさせる為、教師に求められている力量はあまりにも膨大で、教師の力量に限界があるのも事実である。教師はまず、ねらいを具体化して目標として設定しなければならないが、内容のない学習の目標を設定することは、多くの戸惑いと難しさが伴う。そして、私たちの身の回りにあるたくさんの素材から、特色ある学校作りのビジョンと構想にのっとって教材とするものを選択する力が必要となる。次に、子供たちが興味を持ち、提示された課題に問題意識を持つことができるよう、活動や場の支援を行うことが必要になる。
上記の問題から、課題の一つは教師側からの学習課題を子ども側の学習問題へとどのように誘導するかである。体験や活動が基盤であるが、活動ならどんなものでもよいのではなく、ねらいがきちんと達成される活動でなくてはならない。二つ目は限られた時間の中で、豊富なねらいをどう盛り込んでいくかである。また、子供主体である為、教師が考える時間より、ある程度のゆとりも必要になる。
次に評価の課題がある。この学習は感動や迷い、挫折を経験する中で心を鍛え豊かにしていく学習である、とされている。その心というのは目に見えないし、結果ではなく過程を大事にしているので、試験では評価できない。評価を適切にできてこそ、総合的な学習の時間が有意義な時間になるのではないだろうか。

18.総合的な学習の時間においての課題とは、まずそれ自体を学習にすることであることだと思う。平成14年度から各学校において総合的な学習の時間が組み込まれているが、総合学習が調べの段階から進んでいかないようであれば、学習とは言えないと思う。それぞれが調べて研究したことを、生きるための力として身に付けていくための「学習」でなければならないと思う。現代は様々な情報が交錯し、人間にとって良い影響を与えるものもある一方で、悪い影響を与えるものもある。このような社会を生きていく子どもたちは、入ってくる情報を的確に処理し、それを身に付け、自分で生きていくための力にしていかなければならない。そのために、総合的な学習の時間において豊かな感性を磨き、学ぶ方法を身に付けていくべきだと思う。そしてこの時間に学んだことを実際に家庭や社会などといった日常生活で使えるものにしていかなければならない。また、各学校が創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開し、国際理解、情報、環境、福祉・健康など横断的・総合的な学習などを実施しなければならないので、教師においての課題も増えていくと思う。教師がまず、それらの情報を知っておくべきであるし、一偏的な考え方ではなく、幅広い考え方ができなければならないと思う。そして、総合学習において子どもたちが学んだ様々なことと、教科を切り離さず関連付けて学ばせ、全ての学習が結びついているということを気付かせることが大切である。また、小学校での総合的な学習の時間で身に付けた内容が終業と同時に終わらず、中学校でもその内容を広く深く身に付けていくために、小学校と中学校との連携が必要となってくる。それぞれの教師が連携をとりながら、小学校の総合学習で学び、身につけた内容を、中学校の総合学習でさらにふかめ、広げることによって総合学習の意義や子どもの学習意欲が高まっていくと思う。
このように、総合的な学習の時間においては教師の能力が大きく影響してくる。教師に能力がなければただの調べ学習や遊びに終わってしまう可能性もあり、それは子どもの学力低下や、学習意欲の低下へとつながっていくだろう。教師がまず学ぶこと、知識を身に付けること、教える能力をつけることが総合的な学習の時間においての課題であると思う。

19.戦後から行われてきた、知識を一方的に詰め込む画一的な教育の結果として、現代の子ども達は自分から進んで学んだり、行動したりすることをしなくなってきている。こうした現状を変え、子ども達が自ら課題を見つけ、学習し、考え、判断、行動し問題を解決する力を育てるために総合的な学習の時間が設けられることになった。
 総合的な学習の時間の教材には各学校、各学年それぞれ児童生徒に合ったもの、創意工夫されたものが取り入れられる。それは、その学校ならではの独自の教育であるという面では好ましいことなのかもしれない。しかし、同時に学校間の差が生じるということでもある。違う学校の同じ学年でまったく異なる内容の授業をするとする。どちらも児童生徒が主体となって有意義な時間にすることができるなら何の問題もない。だが指導力の高い教師とそうでない教師が授業するのでは児童生徒の理解度や達成度にも差が出る可能性がある。これは他の教科についてもいえることではあるが、総合的な学習の時間は教科書もなければ明確な答えもない。教師はいかにして児童生徒のサポートをするかが課題といえる。
 私自身が実際に総合的な学習の時間を見た際に感じたことがある。私が見たのはグループに分かれてそれぞれ調べた内容などをまとめ、中間発表する場面であった。課題は児童生徒の興味、関心に基づくもの、主体的に進めることができるものであるが、ただ好きなことを好きなようにやらせるのではない。グループに分かれての調べ学習や作業では、有意義に過ごせていない場合も見られた。そのような状況にさせないためには、学習を始める前に児童生徒にその目的と、進め方、まとめ方などの具体的な方法ををしっかりと理解させておく必要がある。だが途中で目的を見失ったり、迷ったりすることがあるだろう。そういった場合に教師が進むべき方向へ導いていくのである。主体性を尊重しながらも陰でサポートすることが、総合的な学習の時間には大切である。
 前述したとおり、総合的な学習の時間には教科書がない。そのため他の教科よりも教師の力量が試されるといえる。

20.総合的な学習の時間の課題とは、実施の難しさ、課題の設定の難しさではないかと考える。子ども自身が課題を見つけ、様々な方法で調べ、考え、発表したり、討論したりする力を身につけることが生きる力を身につけることになるとされている。まず、教師は子どもが課題を見つけられるような状況づくりをしなければならない。何にもない状況で課題を見つけろといっても無理がある。課題を見つけたら今度は調べる方法を示したり、方向付けをしてあげたりする必要がある。その中で子どもたちは調べる方法を学んでいくのではないだろうか。さらに、子どもの学習に教師はその時々に応じた助言をしたり、考える方向をしめしたりする。それによって子どもの考えが深まったり、また違った視点から考えたりできるのではないか。子どもなりに考え、話し合い、それを発表、あるいはそれを用いて討論したりする。その際、今までの学習に対する評価、また、新たな思考の視点、これからの課題を得ることができるようにしていかなければならない。
 これは容易なことではないだろう。課題として取り上げるものにしても、容易なことではない。それぞれの学校の環境、現状、地域の様子など影響してくるものは多い。子供たちの現状にあった、また子供たち自身も興味を持っていて、必要だと思われるようなテーマを設定すべきである。

21.総合的な学習の時間では、国際理解、情報、環境、健康・福祉が学習のテーマとされるが、各学校の児童の実態に応じ、内容などは各学校において設定される。この総合的な学習の時間では、直接対象に接する体験的な学習が重視され、自らから課題を見つけ、自分で学び、よりよく問題を解決することなどがねらいとされている。
 この総合的な学習の時間では、活動を進めていく中で、児童は様々な問題にぶつかる。しかし、生きる力が提言されているように、教師はすぐに答えを教えるのではなく、児童自身が答えを導き出せるように支援することが大切である。また、学習活動をグループ学習などで進め、児童が互いに話し合う中で新たな問題にぶつかり、それを協力して解決するといった、自分の力で学ぶ能力を育成していく。
次に、指導においては、一部の教師だけでなく地域の人々や専門機関の人などを指導者として招くなどし、学校・家庭・地域社会の協力体制を築き、子ども達の教育の場を広げていくことが必要である。各学校で様々な内容の取り組みが行われているが、この総合的な学習が行われるようになり、児童だけでなく教師自身の視野も広がり、地域とのつながりも出来たと総合的な学習を指導された現場の先生は言っていた。ここで築かれた、地域
社会とのつながりを足掛けとし、連帯を深め、教育の充実に努めるべきだと考える。
 この他には、総合的な学習の時間と各教科との関連が図られるようにすることが課題として挙げられる。自分たちの生活に密接した総合的な学習と各教科での学習の関連が図られることにより、学校教育で学んだことを実際の生活に戻すことができ、学ぶ楽しさもより感じることが出来ると考えるからである。
 私は、総合的な学習の時間の向上を常に目指し、課題の改善に努め、児童がより良い学習に取り組めるように支援していきたいと考える。

22.中央教育審議会第一次答申で、ゆとりある教育や特色ある学校づくりに向けて、各学校が独自に内容を決めることができる「総合的な学習の時間」が新設されました。「総合的な学習」の特徴は、子ども達の生活経験に基本をすえて学習が行われ教科学習とは違って、子ども達の「興味や関心」が重要とされ、学習活動の主役は子ども自身に与えられるところにあります。「総合的な学習の時間」には教師の協力体制、保護者・地域との連携、子ども自ら学ぶ姿勢の欠くことのできない3つの要素があります。このことを踏まえて、「総合的な学習の時間」での教師の今後の課題を述べていきたいと思います。「総合的な学習の時間」は他の教科とは違い、教科書も教師指導書もありません。教師たちの支援次第で授業がおもしろくなるか、つまらないものになるかに分かれる程、教師の役割は重要です。そのような授業を1人の教師で持つことは大変なことです。よって、今後の課題としては「教師の協力体制の強化を図っていくこと」だと思います。そうすることによって、子ども達が活動しやすい時間、空間を確保することができ、「総合的な学習の時間」のねらいである「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を養う」に合った活動が行えるのではないかと思います。また「総合的な学習の時間」では、地域の特色を生かした体験的な学習を行うことが多くなっています。地域との連携も大切なことですが、様々な活動が初体験になる子ども達には多くの配慮が必要になります。そのことからも教師の協力体制の強化は必要なことだと思います。また「総合的な学習の時間」の課題として教師の協力体制の強化を行うことで、学校全体の雰囲気も良くなり、現代の教育問題になっている「いじめ」や「不登校」「学級崩壊」という難しく悩む問題にも学校全体で考え、解決していこうとする連帯感が取れるようになると思います。教師同士の希薄化が見える今日、子ども同士の人間関係と同様に教師同士の関わりも見直していくことが必要だと思います。

23.総合的な学習の時間では、例えば、子どもたちが将来の夢について考え、それについて調べさせたり、また子どもたち自身に調査したい事をあげてもらい、それを個人やグループごとに調査し、発表したりなど、さなざまな学習を行っている。これらは子どもたちが意欲を持って取り組むことを目的としており、自ら学ぶ姿勢を育てることができるだろうと思われる。このように、総合的な学習の時間が導入されたことによって、各教科の枠だけでは不可能な学習ができ、有意義な時間となっていると思われる。しかし一方で各教科の時間が減り、しかも週休二日制やゆとり教育などのために、各教科をしっかりと学習できる時間が減ったというのが現状である。したがって、総合的な学習の時間の課題とは、まず、子どもたちの、自ら学ぶ姿勢を育て、子どもたちが意欲を持って取り組む力を身につけることができるように、教師はこの時間の学習内容を念蜜に立てていかなければならない。この総合的な学習の時間は、年間通して多く設置されているため、教師はしっかりとこの時間の計画を考えなければならないと考える。各教科の枠にとらわれないこの総合的な学習の時間は、学習の内容によっては子どもたちにとって大変有意義な時間になるはずである。教師はこの貴重な時間を、子どもたちにとって有意義で為になる時間にするために、子どもたちの現状を把握し、その現状をふまえて学習計画をしっかりと立てることが、総合的な学習の時間の課題であると考える。

24.これは、各学校が「地域や学校、児童の実態に応じて横断的総合的な学習の時間や児童の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行う」時間として、平成10年版学習指導要領において新設されたものである。ねらいは、・自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し,より良く問題解決する資質や能力を育てること・学び方やものの考え方を身につけ、問題解決や探求活動に主体的、創造的に取り組むこと態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすることとある。課題だが、今日『生きる力』がないといわれている中で、総合的な学習の時間で自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考えることが重要になってくる。この時間は、学年によって統一されたものはなく、国語や算数のように教科書があるわけではない。そのために、生きる力をつけるため、十分活用できる時間になる。そして、生徒の実態に合わせて、興味のあることをすることができる。しかし、その一方では、マニュアルがないためこの時間を有効に活用するのも教師次第になる。教師は、他の教科以上に生徒の実態を把握しておく必要がある。

25.現在、日本では環境問題、少子高齢化による福祉問題、情報化社会、グローバル化など様々な問題を抱えている。このような何が起こるか想像できない時代の中で子ども達の自己解決能力、つまり課題解決能力が重要とされるようになってきた。その中で生まれたのが「総合的な学習の時間」である。つまり、この総合的な学習の時間のねらいは自ら課題を見つけ、解決するための過程や方法を模索し、自ら解決することにあると私は考える。
 しかし、この総合的な学習の時間を有意義なものにするためにはいくつか課題が見えてくる。
 まず第一に地域との連携があげられる。直接の体験を重視し、子どもたちが主体的に活動し様々なものや人と触れ合うには、教師の力だけでは及ばないことも十分考えられるからである。地域の専門家を呼んだり、地域の文化や風俗を学んだり、開かれた学校でなくてはならない。そのためには子どもの安全性も十分に配慮しなければならないのでやはり学校を取り巻く地域全体の連携が必要になってくるだろう。
 次に評価についてあげられる。この総合的な学習の時間には当然テストもなければ子どもたち一人一人に課題があり、子どもの到達度もそれぞれ違う。その中でどのように評価していけばよいのかが問題になってくるだろう。ポートフォリオによる評価や発表によって子どもたち同士による評価、自分自身で評価するということが必要になると考えられる。
 最後に学力低下の問題である。学校週五日制の導入と総合的な学習の時間の導入により教科の授業時間数が削減された。保護者の不安はまさにこのことによることが大きい。しかし、私はこの総合的な学習の時間の使い方によっては学力低下問題も解決する糸口が見つかるのではないかと思う。教科の内容で不十分であった所や、もっと研究したいことをこの時間を利用して行えばよいのである。テーマや年間時間割が各学校に任されているというのも前述した問題に柔軟に取り組めるようにするための配慮である。教師は子どもたちをよく観察し今の子どもたちにあったテーマ、時間割を構築しなければならない。教師の力量による所も大きい。
以上三点が私の考える「総合的な学習の時間」の課題である。

26.現在、教育現場では「総合的な学習」が行われている。この「総合的な学習」の時間は平成13年度から導入され、まだまだ教育現場においても多くの問題や課題を抱えている。それでは、今、「総合的な学習」の時間において課題とされていることはどのようなことなのだろうか。実際に、小学校学習指導要領を見てみると、「総合的な学習の時間においては、各学校は、地域や学校、児童の実態等に応じて、横断的・総合的な学習や児童の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行うものとする」と記してある。そのような教育活動を通して、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、問題を解決する資質や能力を育てること、また、学び方やものの考え方を身に付け、問題の解決や探求活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を考えることができるようにすることをねらいとしている。このようなことから、課題となってくるのが、どのような手段を使って子ども達にこのようなことを気付かせるかということである。それには、まず、教師自身が子どもが興味を持つような授業を展開していかなければならない。そこで、課題となってくるのが、教師自身がどのような体験や活動をしたことがあるかということである。いろいろな活動を通して得られる情報や知識、そこから生まれている問題やそれに対しての自分なりに考える解決法、それぞれの地域の特色など、教師には、情報量や知識が要求される。実際、教師がいろいろな体験をしていなければ、子ども達が学習の途中でつまづいた時、適切な支援をすることが難しくなってくるのではないかと思う。今、現場で活躍している教師の中でも、自分があまり体験活動をしたことがないせいで、授業の展開に困っている教師も少なくない。やはり、教師自身が体験活動を積極的に行うということが重要となってくると思う。また、教師が地域社会とよい関係作りに積極的に勤めるかどうかも大切なのではないだろうか。「総合的な学習」は子どもを取り巻くすべての人々が連携・協力して行う教育であるとわたしは思う。教師がいかに地域社会と連携をとっていくか、これも大きな課題であるのではないだろうか。

27.各教科の枠を超えて横断的・総合的に学ぶ総合的な学習の時間では自ら考え、体験的な学習をすることが強調されている。
 現代の子どもにもっとも必要とされる「生きる力」を身に付けていく時間として大いに期待される「総合的な学習の時間」であるが実施1年を経過して、大きく三点の課題が浮き彫りになってきている。
 まず、教師自身の「学習観」の問題である。総合的な学習の時間はテーマ設定や年間時間配当などの指導方法や指導体制は各学校に任されている。それゆえ担当教師の力量に依るところが大きい。現場からは、「どのように単元を構想していいのかわからない」「内容のまとまりが不十分である」「十分な教材研究が難しい」というような、方法や内容を問題視する声が多く聞かれている。私は教師自身が授業の方向付けをし、「共通問題がなくては学習は成り立たない」という、従来の教科の学習観をそのまま持ち込んでいるのが根本的に問題ではないかと思う。総合的な学習の時間では同じテーマで進めていく中にも生徒それぞれが自ら関心のある課題を見つけ自ら学び、自ら考えていくことに意義があるのではないだろうか。 二点目としては学校全体としての体制作りである。担任教師だけでは負担が大きいため、教師間の役割分担や共通理解を行うことで計画の段階から内容の充実を図ることが求められていると思う。また体制作りの一つとして地域との連携が重要である、日ごろから情報公開を行っていくとともに、地域の優れた人材を特別講師として大いに活用することで地域にも理解された有意義な活動になると思う。
 そして忘れてはならない大きな課題は保護者と連携の問題である。保護者の一番の関心事はその評価方法である。教科の学習のようにテストで評価基準を明確にできるものではない。教師の主観的判断に陥りやすいことも問題である。そこで学習の経過を知ることができる生徒自身のポートフォリオ、生徒間の相互評価を随時保護者にも見てもらうことや定期的に中間発表会などを参観してもらうことで授業内容への理解を深めてもらうとともに評価方法を十分に理解してもらうことができると思う。
 これらの課題を見直し、子どもにとってより充実した授業となるような工夫が求められていると思う。

28. 中央教育審議会第一次答申で、ゆとりある教育や特色ある学校づくりに向けて、各学校が独自に内容を決めることができる「総合的な学習の時間」が新設されました。「総合的な学習」の特徴は、子ども達の生活経験に基本をすえて学習が行われ教科学習とは違って、子ども達の「興味や関心」が重要とされ、学習活動の主役は子ども自身に与えられるところにあります。「総合的な学習の時間」には教師の協力体制、保護者・地域との連携、子ども自ら学ぶ姿勢の欠くことのできない3つの要素があります。このことを踏まえて、「総合的な学習の時間」での教師の今後の課題を述べていきたいと思います。「総合的な学習の時間」は他の教科とは違い、教科書も教師指導書もありません。教師たちの支援次第で授業がおもしろくなるか、つまらないものになるかに分かれる程、教師の役割は重要です。そのような授業を1人の教師で持つことは大変なことです。よって、今後の課題としては「教師の協力体制の強化を図っていくこと」だと思います。そうすることによって、子ども達が活動しやすい時間、空間を確保することができ、「総合的な学習の時間」のねらいである「自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を養う」に合った活動が行えるのではないかと思います。また「総合的な学習の時間」では、地域の特色を生かした体験的な学習を行うことが多くなっています。地域との連携も大切なことですが、様々な活動が初体験になる子ども達には多くの配慮が必要になります。そのことからも教師の協力体制の強化は必要なことだと思います。また「総合的な学習の時間」の課題として教師の協力体制の強化を行うことで、学校全体の雰囲気も良くなり、現代の教育問題になっている「いじめ」や「不登校」「学級崩壊」という難しく悩む問題にも学校全体で考え、解決していこうとする連帯感が取れるようになると思います。教師同士の希薄化が見える今日、子ども同士の人間関係と同様に教師同士の関わりも見直していくことが必要だと思います。