No. 2005,11,27.発行   編集:佐々木直子(H4年度生)

     ろうあ者の要求ー堺編7 


年に一度の対市交渉と情報保障

 今年は去る11月19日(土)、堺市との交渉が行われました。48ある要求項目の中で何項目かを選び、重点的に交渉を進めます。
 市立堺病院に手話通訳者を。
 聴覚障害者防災マニュアルを。緊急時のメールやFAXでのお知らせのシステムの確立を。
 高齢者が安心して利用できる介護保険制度を。
 ろう盲者が安心して外出できるよう触手話ガイドヘルパー制度の充実を。
 手話通訳者の頚肩腕障害を予防するための特殊検診を。
 ろうあ者福祉指導員を正職に。
 障害者自立支援法との関連で「手話通訳有料化に反対」

 という内容で今年は進めました。
 今回は、障害者自立支援法が10月31日に成立したこともあって、堺市の担当課の答えは「まだわからない」というものが多かったですが、障害者自立支援法では都道府県並に認めていた政令指定都市の大都市特例を外すということがあって、前に書いた「政令指定後のろう盲者の触手話ガイドヘルパー制度」が、堺市独自でできるのか、それも不透明になってしまいました。担当課の方は今まで「堺市で独自で実施する」という方向で、当事者の意見を丁寧に聞いてこられたのですが、ここにきてまた、これからどうなるのかわからない、という答えをもらい、今後まだ定まっていないありさまです。これについては、恥ずかしいので書こうかどうしようかまよったのですが、今年の特色としてここに足跡として残すことにしました。
 介護保険課の方など、いつもはろうあ者と懇談しない担当課の方も出席いただいて、介護保険の認定について、非常に気を配っていることを丁寧に答えておられました。ただ、こちら側が心配している「コミュニケーション」については納得いかないところもありましたが、行政官の方々が冷たくはなく、丁寧に答えておられるのもまた、市民と先人の積み重ねであるのかなと思います。

 さて、要求の中身については具体的には書ききれないほどたくさんあるのですが、今回は、市交渉という大きな場、それもお互いに通じ合わなければ成り立たない場の情報保障について述べたいと思います。

 対市交渉はだいたい100名ほどの参加で行われます。今年は117名でした。これだけの多くの人に聞いてもらい、また市側の出席者にも意図を伝えなければなりません。そして、市側の回答もよく理解しなければなりません。
 しばしば出てくる「前向きに検討します」などは、5年ほど前まではよく聞かれた言葉ですが最近では、堺市側もできないことはできない、わからないことはわからないと伝えてくれているようです。「前向きに検討します」については、ああ、これから考えてくれるのだな、と思ってしまいますが、実は中身のないことが多く、こういう言葉についても手話通訳者はろうあ者にどう伝えたらよいのか長年悩んでいたわけです。「がんばって考えます」と通訳したらよいのか、「考える気持ちはありません」と通訳したらよいのか、という具合に。「前向きに検討します」と言われた場合に、本当に前向きに検討している場合だってあるわけですが。

 また会場でろうあ者が手話で発言する場合、読み取り通訳が必要ですが、その読み取り通訳がなかなか難しかったのです。特に高齢者の手話の場合、独特な表現が多く、手話通訳経験の多い人がその役割に当たるのですが、それでも、正確に通訳できないということがありました。これを解消するために日ごろから聞こえる人と聞こえない人が一緒に小課題に取り組む「小委員会」をつくって、一緒に勉強したり討論することで、読み取り通訳がスムーズになってきたとも言えます。去年までは、読み取り通訳を聞いて、前でその内容を手話通訳する、「鏡通訳」と私たちは言っているのですが、その方法で会場への情報保障をおこなってきました。これについては、ろうあ者が前に出てしゃべればそれでよいのではないか、という意見もあって、その方法でやったこともあるのですが、 どうも感情というか情感というか、それが堺市に伝わりにくい。それで堺市側から顔の見えるところで、つまり会場で発言するようにして、鏡通訳を置いたわけです。
 読み取りが正確でなければならないと思いすぎて、ろうあ者に発言原稿を作りその通りに発言するよう提案されたこともありましたが、原稿を作れない、お手上げ!、また作っても思うように手話でしゃべれない、ということがありまして、その方法は無くなっています。
 さて、この鏡通訳ですが、ろうあ者本人はその鏡通訳も意識しながら、つまり伝わっているかどうか確認しながら発言しているわけですが、どうも感情を込めてしゃべっているにもかかわらず、通訳は涼しい顔をしていたり、自分の言いたい「この手話!」というのがあるのに、その表現がされていなかったりすると、果たしてみんなに伝わっているのか、と不安になってしまいます。つまり、意味が伝わる、だけではなく、その人の言葉そのもの、表現そのもの、そして感情の抑揚なども含めて発言なので、これをどうやって解消したらよいかと考えてきました。

 今年は、ビデオで会場を撮影し、発言者を前面のスクリーンに映し出す、ということが試みとしてなされました。同時に後ろのほうにもよく見えるので市側の回答を通訳する手話通訳者も、カメラの接続の切り替えでスクリーンに映し出しました。同時に、他のスクリーンで字幕通訳も映し出されています。この方法だと、前に集中するだけで、だいたいの流れとやり取りがわかるし、感情的なものも共有できるということがわかりました。評判は良かったです。手話がまだ未熟な聞こえる人でも表情を見るだけで「あ、困ってたんだ!」ということは伝わったようですし(読み取り通訳があるからかもしれませんが)、一人が怒ったら他の数名も怒ってすぐ発言する、ということも可能でした。

 ただ人間の目には、黒地の服で手話表現をしたらよく見えますが、ビデオの目はそうではないということがわかりました。黒字や白地の服だと画面が暗くなってしまうのです。ビデオカメラやプロジェクタの性能かもしれませんが、ろうあ協会にはあまりお金がないので、着る服を考えなければなりませんね。また、スクリーン投影だと、部屋の光線の加減に左右されてしまうので、準備の段階でいろいろ検証ができたらよかったと思います。
 液晶大スクリーンなんかあればいいなあ・・・と思いますが・・・。

 聞こえないと、視覚に頼っていますので、視覚の限界が情報を取得する限界になります。ですが、ろうあ協会が発足した当時よりいろいろな機材が開発されていますし、技術とお金さえあればいくらでもよい方法が見つかるはずです。
 もちろん撮影を拒否された方もいました。それはそれで仕方がないと思います。

 福祉部長の仕事をもらって3期×3年目の交渉がこれで終わりました。来年も同じ仕事ができるかどうかは会員の総意に基づかないとわからないのです。いろいろ挫折もあり、怒りもあり、喜びもあり・・・また、「福祉は難しい」との観念を打破したり、自分の実力でやれるだけのことはやったかなあ、というと「まだまだ!足らない!」と叱られそうです。
 このテーマは本当に終わりがありません。
 でも一区切り、ということでここに投稿させていただいて、気持ちを新たにまたがんばって行きたいと思います。

堺市ろうあ者福祉協会発足総会
昭和26年におこなわれました。今ではなくなっていますが、堺東の銀座通りの中にある「中村座」という場所でした。高齢者の方に聞くと、今では靴屋さんになっているあたりらしいです。一緒に歩くと「ここ」と教えていただけます。写真の提供は高齢者の方から。
古い街並み
 旧市街にあるHAMONOミュージアム近くの街並み。ここに来るとタイムトラベルしたような気分になります。