No. 2005,8,5.発行   編集:佐々木直子(H4年度生)

     ろうあ者の要求ー堺編2 

 以前投稿させていただいたものが主要なものですが、その他に、交通アクセスについては、車内アナウンスだけではなく、字幕表示してほしいという要求を以前から出してきました。車両を買い替えるたびに地下鉄や南海電車、JR、南海バスなど、字幕表示つきの車両に変わったため今ではだいたい便利になりました。ですが、堺市内の駅は地下鉄を除いて、使いにくいものになっています。エレベーターやエスカレーターの設置が非常に遅れているため、聞こえないこととは直接関係ないですが、高齢になったり身体に障害を持ったろうあ者が利用しにくいという課題がまだ残されています。それから、さいきん電車事故が多いのですが、駅のホームでアナウンスがあって、聞こえる人は、なぜ電車が遅れているのかわかるのですが、ろうあ者はわかりません。駅員に筆談で質問に行くか、みんなの行動を見て、同じようにするとか対処していますが、これについてもかなり前から改善してほしいといっていることなので、なんとかしてほしいものです。
 さて、今回は、ろう高齢者とろう重複障害者についての要求をまとめてみました。

ろう高齢者

 堺のろうあ協会では、老人部(60歳以上の会員)で毎週茶話会がおこなわれています。地域で聞こえる人とあまりコミュニケーションの取れない場合の多いろう高齢者にとって、手話で語り合える、情報交換できる楽しい場所となっています。足腰元気な間は頻繁に通ってこられるのですが、少し病気になったり、ケガがきっかけとなって、以前のように自由に外出できなくなったとき、この茶話会に参加できなくなります。今は若いほうの老人会員が車を使って知っている人を乗せて茶話会の場所まで行くこともあるそうですが、協会として送迎サービスというのは財源的に難しい状況にあります。助け合いに頼っているといえるでしょう。
 また、介護が必要になったときにホームヘルパーやデイサービスのようなものが必要となりますが、手話で対応できる施設はほとんどなく、またホームヘルパーについても少し前まで「手話のできるホームヘルパーがいない」ということが課題になっていました。先に大阪聴力障害者協会で、ろうあ者の婦人がホームヘルパーの資格を取り、ろう高齢者の家に行き、手話で通じる、安心して介護が受けられる、そういう実践がありましたので、堺でも行政にろうあ者の資格取得を認めるようにと交渉した結果、すぐにそれは実りまして、毎年何名かのろうあ者のホームヘルパーさんがろうあ会館や「えると」(堺市内の法人の地域活動センター)に登録して活躍しておられます。
 ろうあ者専門の老人ホームがほしいと努力を重ねまして、今年度、無事に大阪聴覚言語障害者福祉事業協会が羽曳野市に「あすくの里」をオープンさせました。ところが、建設運動をはじめた当初はなかった、部屋料や食事代の実費負担なども導入されまして、障害基礎年金だけで生活しているろうあ者は、老人ホームに入りにくい状況になっています。
 ですが、この運動は、聴覚障害に今まで関係なかった事業所にも理解を広げ、堺市にもこの9月、聴覚障害者にも対応できるというグループホームが開所する予定です(今までろうあ協会と接触のなかった事業所です)が、1ヶ月に家賃その他の負担が13万、そのうえ介護保険を適用した場合の定率負担は別に支払うということなので、堺のろう高齢者は「お金が足らないなあ」と残念がっています。うれしいやら悲しいやらです。
 思えば、戦中戦後、苦しい時代を立派に支えてこられた高齢者の方々です。もっともっと大切にしたいなあと思いますし、思うだけではなく、どうにかならないものかといつも考えています。「手話でいつまでも語り合えばろうあ者は長生きする」は本当かどうかわかりませんが、いつも高齢者の方々が言われていることです。

ろう重複障害者

 堺のろうあ協会は早くにろう重複障害者のための共同作業所をつくり、なかまの里(熊取町)の開所や、ほくぶ障害者作業所(堺市南花田町)などを建設する運動を支援してきました。そして、堺市内には、聴覚障害者小規模作業所「喫茶・まごころ家」(堺市野尻町)もあり、聴覚障害者のピアカウンセラーの来る「えると」(これはEverybody Live  TOgetherの頭文字をとったものー堺市野尻町)もあります。ですから他の地域に比べれば、進んでいる・・・とはいえ、生活施設はないので、保護者に何かあったとき安心して生活できるショートステイが限られていますし、自立生活をするためのグループホームは、いまのところろう重複障害者のためにはありません(が、計画中です)。生活の場であるグループホームづくりが、緊急の課題になっているのですが、現在のグループホームの制度であると、予算が少なく介護者があまり雇えないため、制度の改善を訴えています。
 またろう盲者と言われる人たちも、2003年から活動を始めていますが、堺市内に拠点となる場所がなく、作業所もなく、主にボランティアの方々に支えられて情報を得たり外出をしたりしておられます。外出すると、目が見えなくて耳が聞こえなくても、何か新しいものに触ったり香りを感じたりして、新鮮な気持ちになり、心が解放されるといいます。触手話といいますが、この技術を持った人が非常に少なくて、また、触手話ガイドヘルパーの制度にも上限が厳しく定められていて、ろう盲の方々の要求になかなか沿えていない状況があります。
 これについてはまた、詳しく述べたいと思います。

続く