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2009,4,1.発行 編集:佐々木直子(平成4年度生)
ろうあ者の要求ー堺編14
3年間の手話政策
堺市におけるろうあ協会の、手話関係の仕事について、以前投稿させていただいてから2年あまり。
だいぶ様変わりしてきましたのでご報告申し上げます。
政策と言いますと、なかなか難しく、堺ろう協では手話対策部を強化して3年間やってきたものの、まだ、やり足らないことがたくさんありますが、それも率直に申し上げるとして。
手話通訳者派遣事業
障害者自立支援法で、手話通訳者の養成は都道府県、派遣は市町村というように、分担がなされました。
堺市では以前から、市単独での派遣事業がありましたので、障害者自立支援法施行の2006年4月以降、大きな変更点はありませんでした。他の福祉事業が民間委託されていく状況にありながら、堺市ではまだ、公的派遣を維持しています。が、いつまでかはわからなくなってきました。
3年間の仕事としては、登録手話通訳者実技特別研修への参画と講師派遣、手話通訳者登録試験の試験官の派遣です。
特別研修では、登録手話通訳者の研修への参加が少なく、果たして、堺市が考えていたような効果があらわれたのかどうか、という疑問も残ります。が、研修を担当していただいた講師の方には、遠方への研修もいっていただき、かなり技量も上げていただきました。また、ひとつひとつの研修について、指導案を作成して検討をし、精一杯の協力をさせていただいたと思っています。堺市の手話通訳は、大阪に比べて、下手下手!と、地元のろう者は言いますが、ほんとうは他市から来たろう者が「堺市の通訳は上手」と評価してくれることもあります。しかしこの技術の問題は、実際に通訳を受けたろう者が「よくわかった」ということが肝心なので、全体的に技量が上がったのかは、まだ判断できません。
登録研修では、従来のような「私はわかった」「私はわからなかった」という判断で合否を決定するにとどまらず、「私」も大切だけれど、一般的にどのような水準にあるかを判断するように、試験官として派遣されたろう者が考えていきました。判定基準に際しては、福祉指導員から難しい基準の用語が出されて、悩んでおられたこともあります。この分野の研究が、ろうあ協会として遅れていて、まことに恥ずかしいものです。
基本は通じること。もし登録試験をクリアしても、さまざまなろう者がいて、一般的な手話では通じないこともあるし、日本語対応手話がけなされても、それが一番よいろう者もいる。現場で経験を重ねられることが、技術のアップに一番近道でしょう。
また、重複障害者への派遣について、現在盲ろう者が派遣事業を利用していますが、見えるろう者と違いニーズが幅広いにもかかわらず、派遣要綱に当てはまらず派遣が利用できない場合もあります。そういった点については、ずっと要求を出し続けています。それから知的障害のあるろう者に対して、という新しい課題もあります。通訳というより支援という色合いが濃くなったとき、派遣事業はどのように対応していったらよいのかを、これから政策的に考えなければなりません。もちろん他の福祉事業との兼ね合いも考えなければなりません。
補足:堺市で、手話通訳がどうやったら派遣されるのか、ネットで検索して、この「びっくりばこ」がヒットする方もいらっしゃいますので一応記載します。
申込方法は、各区役所の保健福祉総合センターの地域福祉課に、1週間前までにファックスか電話で申し込みをします。
主にろうあ者福祉指導員(2009年4月からは、名称が「聴覚障害者相談員」に変わります)が対応していただいています
が、不在の場合でも、他の職員が対応してくださいます。1週間前、といいますが、緊急の場合も遠慮なく申し込んでください。ファックスがうまく書けない場合は直接窓口に。連絡先はこちら
要約筆記者派遣事業は、特定非営利活動法人・堺障害者団体連合会
にお問い合わせください。難聴者協会が委託事業を行なっています。
手話スキルアップ講座
2007年度からスタートした、堺独自の取り組みです。主催は堺市ろうあ者福祉協会と関係の深い、手話講師派遣等運営委員会。
これは、手話奉仕員養成講座(堺市手話講習会)を1年で修了しますが、引き続き学びたい人のための講座です。参加資格は、堺市手話講習会修了者または、サークル経験2〜3年程度の方。テキストは「手話教室ー基礎」の後半部分、レベルアップ講座のところです。2009年度も開催を計画しています。残念ながらたいへんな人気のため、募集後すぐに定員いっぱいになりました。今から2009年度の申し込みはできない状況です。
そもそも開催に至ったのは、堺市手話講習会で、テキストの最後まで勉強する時間がないからです。
また、せっかく手話講習会を修了しても、あとはサークルにも入らず、縁が切れてしまう人も多くいます。
手話講習会を受講する人が多くても、手話通訳者が増えることになかなかつながらない現状がありますが、手話を少しでも長く続けていただくための支援をこれからも続けていきます。
手話に対する政策
これは特に、「新しい手話」への対策です。
なかなか定着しないのが、地元の欠点です。もし、大阪で活動をしていたなら、インテリなろう者が多いので、容易に覚えられるものですが、地元だけで活動している方々が多いため、いつまでも、新しい手話になじめないし、知らない・・・。
それに「新しい手話」の本を買って覚えようとしても、「こんなのなんだか違うと思う」と、今までの手話感覚とかけ離れていると感じているろう者も多くいます。
たとえば、障害者自立支援法で問題になっている「応益負担」の手話表現。新しい手話の本では「サービス+払う」となっています。これを広めようと私もがんばりましたが難しかったです。結局、使うことは使いますが、実感とよく結びついた表現として、高齢の、ある人が表現した、なんともいえない苦悩の表情で「払う」を繰り返す手話が定着してしまっています。が、私はそれが特に問題と思っていません。手話は言語。つまり、それだけで独立している世界を持っています。日本語と対応させるのが上手なろう者は、まあまあ簡単に表現を改めますが(手話を変えても日本語イメージが不変なため)、そうではない人たちにとって、手話のその表現こそが言語です。実感とよく結びついたものこそが最良の手話になります。ただし問題となるとしたら、そのローカルな表現を知らない手話通訳者があらわした新しい手話が、読み取れない、わからない、ということでしょう。
手話は、単語を学ぶとか覚えるとか、通訳が上手になるとか、学習するところはたくさんあるけれど、手話そのものをどうしていくのか、どうとらえるのか、が、社会参加や情報保障のことと合わさったとき、なんとも深い問題を提起するものだなあと感じています。
手話対策部で2009年2月に、高齢者3人を呼んで「古い手話」の講演会をしていただきました。思った以上に盛況で立ち見も出るくらい参加者がいました。
そのお三方の手話を見て思ったことは、聞こえない、しゃべれない、という条件下で生きた年数が長く、それだけ、手話も「伝えること」に長けている、ということ。「日本語でどういうの〜?」という前に、見ているだけで伝わってくる迫力に感動しました。それだけ、意思が簡単に伝わらない経験も、また深いのだと思いました。
日本語にしろ、手話にしろ、コミュニケーションの基本は、伝えあうこと。
手話に心を感じた一日となりました。
「新しい手話」をなんとか広めないと、と思ってはいますが、その「新しい手話」に対して、ろう者だからこそ意見が言えるし、吟味することができる。新しい手話を考えるときに、この高齢者の方々の「古い手話」の在り方が、おおいに参考になるのでは、と考えました。上からの政策だけで、手話が新しくなるものではありません。手話の語彙が少ない、聞こえる人の言葉より少ない、と焦る面もありつつも、語彙が少なかろうが決して劣ることではないのだと、思いなおすこともあります。
たぶんこの面では私もこれからも悩むでしょうが、数多くのろう者と手話関係者が手を携えて、切り開いていく余地がまだまだある分野だと思います。
*写真「聾井戸地蔵」
ここは、堺東駅から北西に歩いたところにある謎のお地蔵さん。
写真のように「聾」の文字があります。
由来は詳しくはわかりません。
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| 聾井戸地蔵尊 | 聾井戸地蔵尊外観 |
一説によると、豊臣秀吉のころ、堺のこのへんの水質がよく、いくつかの井戸の水が茶の湯に使われました。
井戸を管理するためのイドノカミ(井戸守)が任命された中に、聴覚障害の人がいました。立派に職務を全うしたそうです。
ゆえに、聾井戸(つんぼいど)と名付けられました。
江戸時代にはこのあたりの水質が変じて、今はそんなにおいしくない水になってしまいましたが・・・。
これが由来となる地名が明治以後も残っていました(聾橋ー現在はない)。
このお地蔵さんが誰を祭ったものかははっきりしませんが、名前が聾井戸地蔵となっています。