No. 2008,6,21.発行   編集:吉田優子(H12年度生:ドイツ駐在員)
                   
 ドイツ滞在レポート No.40

「エジプト旅行記 その8〜カイロ〜」
 エジプト旅行最終日、まずは、カイロ中心部にある、『アブディーン宮殿』に行きました。大統領保有のこの宮殿、今でも警備が厳重で、入り口が裏側にあるので、宮殿に沿って、ぐるりと回っていかなくてはいけません(写真1)。一人10ポンド(学生半額)、もし、カメラを持ち込みたければ、さらに、10ポンドです。王の建てたその豪華な建物は、大きくきれいな庭に囲まれていて、カイロで一番きれいな場所でした。きれいに手入れされた芝、人工的に植えられている花々、ごみは全く落ちていませんでした。エジプト内でも、お金と権力で、ごみのないきれいな空間をつくることができるのだなと言うのが、感想です。

写真1
カイロ中心部にある、『アブディーン宮殿』


 建物内部には、昔からの武器などの展示があり、男性には興味深いのかもしれません。その他、現ムバラク大統領が、世界各国の大統領、首相から送られたプレゼントが展示されている建物もあり、日本から贈られた人形や、焼き物もありました。
 そこから、昨日見ることのできなかった、イスラーム地区のアズハル地区や、ズウェーラ門など、いくつかをタクシーで回って、見学し、一旦知人宅に戻って、昼食をとりました。元気になったとはいえ、お腹を壊したことで、体力が落ちていたので、暑さの中、無理をせず、タクシーに乗ったり、休憩を多く取るようにしていました。
 この日は、昼から、私の主人が高校時代にお世話になった2人の先生の家に遊びに行きました。そこで、思い出話に花を咲かせていました。
一人の先生は、ドイツから派遣されている先生で、一人で暮らしていますが、12畳くらいの部屋が5つに、台所、お風呂場という、とても大きな住居に住んでいます。それに広々としたバルコニーがあり、そこで、お茶をいただきながら、話をしました。バルコニーだけでも、日本の学生が一人で暮らしている部屋くらいの大きさだと思います。
 もう一人の先生は自分の意思でカイロに来て、就職していて、現地採用のような形なので、ドイツから派遣されている先生に比べると給料は低いです。でも、やはり、20畳くらいありそうなリビングに、15畳くらいの寝室、それに12畳ほどのゲストルーム、台所に、お風呂場という、間取りのところに住んでいました。この先生も一人暮らしで、7階建てのビルの最上階に住んでいて、バルコニーは最初の先生よりも、大きく、そこからは、ギザのピラミッドが見えました。
 私の主人も、家族5人でカイロに暮らしていた頃は、これよりもさらに大きな家に住み、郊外に休日用の家も持っていたそうです。
 カイロで、中級以上の暮らしをしている人の家には、お手伝いさんがいて、掃除や料理をしに、毎日、もしくは、2日に1日の割合でやってきます。ヨーロッパから、駐在で来ているような家庭の場合、まず、このお手伝いがついています。奥さんが、暇になってしまうのが嫌でも、貧しい人の職業を奪うことはできないので、雇うしかないようです。
 ドイツで暮らしていれば、教員や、義父のように普通の会社に勤めている人も、カイロでは、かなりのお金持ちです。そういうところに、貧困の差を感じずにはいられません。
逆に言えば、そういう人々がカイロに暮らしているから、お手伝いとして、職をもらうことができ、生活できる人がいるということです。
 また、最終日のこの日は、知人が所属しているボートクラブのレストランで食事をしました。クラブは、ナイル川沿いにあり、会員制なので、会員とその人の連れだけが入ることができます。ナイルからの冷たい風にあたりながら、気持ちよく食事をしました。レストランそのものは、さほど豪華でもありませんが、エジプトに住む人みんなが、このようにクラブ会員になれるわけではありません。
 今回、本当にたくさんの場所で、貧しい人の暮らしぶりを目にしました。また、一般市民の暮らし自体が、日本やヨーロッパの一般と言われる層の人とは、違うように感じました。ここに、いくつか、一般市民の暮らしぶりの写真を載せたいと思います。
写真2は、ルクソールで見た光景です。上記した先生の暮らしているような家よりも小さなところに、大家族で暮らしていることが多いようです。
写真3のように、通りの至る所に、ロバや馬のひく八百屋や、飲み物屋が出ていますが、気温は30度。すぐ横には、交通量の多い道があり、買うことをためらってしまいますが、こちらの人は、買い物をして帰っていきます。私が、見かけたおばさんは、2羽のガチョウをぶら下げて帰っていました。まだ、頭も羽もついた状態のガチョウの足を持ち、ぶら下げて歩いていました。自宅で調理するのでしょうが、本当に驚いてしましました。でも、日本のように、食べ物があふれていて、大切さもわからないより、こうして自分の手で、命を絶って調理することで、感謝の心が生まれるのかなと思います。

写真2 ルクソールで見た光景 写真3 ロバや馬のひく八百屋や、飲み物屋


 写真4は、カイロの住居の様子です。砂埃が凄く、空気が黄色く見える日でも、こうして、たくさんの洗濯物が干されています。
 写真5は、住居の屋上の様子ですが、崩壊していても修理するお金がなく、放置されていたり、使っていないアンテナもそのままに、次のアンテナを取り付けるので、ごみが溜まっていくそうです。

写真4 カイロの住居の様子 写真5 住居の屋上の様子


 このような中、街の至る所に、警察、軍人が待機しています。観光地などの入り口にも、必ず、4、5人の警察がいます。何をしていると言うわけでもありませんが、政府の圧力のようなものを感じます。このような場所は、写真撮影も禁止です。それも不思議でなりません。
 今回の旅行は、観光でしたが、考えることの多いものになりました。病気にもなったので、見たかった場所、ベリーダンスなど見ることのできなかったものも多いです。また、いつか訪れたいなと思います。