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2008,6,1.発行 編集:吉田優子(H12年度生:ドイツ駐在員)
ドイツ滞在レポート No.36
「エジプト旅行記 その4〜サッカーラ〜」
ギザのピラミッドから、さらに南へ10キロのところにあるサッカーラ。ここには、ギザの3大ピラミッドのモデルになったとも言われている、ジョセル王の階段ピラミッドがあります。そこで、ギザから、タクシーをチャーターして、足を伸ばすことにしました。ギザのピラミッド周辺には、「タクシー?サッカーラ?カイロ?」と話しかけてくる人が山のようにいます。その中の一人と交渉し、「90ユーロで、サッカーラまで行って、ギザまで帰ってくる」と交渉。90ユーロは少々高いようにも思えましたが、エアコンの付いたいい車だと説明され、実際、今まで乗った壊れかけたようなタクシーとは違い、買って1年も経っていないようなきれいな車でした。
サッカーラは、ピラミッド入り口からチケット売り場までもかなり距離がありますが、タクシーだと歩かずに、チケット売り場までいけます。チケットは一人50ポンド(学生半額)。購入後、もう一度車に乗り、少し登ったところにあるピラミッドの近くまで行きました。
ここから、歩いて、ピラミッドコンプレックスと呼ばれる、ピラミッドを中心に作られた複合建築へ。きれいな階段状のピラミッドは、ギザのものとはまた違って、見ごたえがあります(写真1)。修復作業が行われていたので(写真2)、実際のピラミッドもこのようにして作られたのかなと考えましたが、今のように、鉄で足場を組むこともできなかったでしょうし、手作業でこのような大きなものを作り上げたのは、本当に信じられないことです。
| 写真1 きれいな階段状のピラミッド | 写真2 修復作業が行われていた |
その横には、ほとんど崩れかかっていますが、ウナス王のピラミッドがあり、内部の壁には、昔の文字が今でも残っていて、なんだか神秘的でした(写真3)。その他、ここには、祭壇や、竪穴墓の跡があります。エジプトでは、遺跡に限らず、どこでも、警官が立っていますが、もちろん、遺跡にも警官が立ち、警備に当たっています。が、しばしば彼らが「こっちだよ」と話しかけてきます。道案内だと安心してついていくと、鍵のかかっているような重要なところに通してくれて、「フォト、オーケー」と言われ、信じて写真を撮ると、お金を要求されます。私たちも、まだ、色も残っている壁画を見せてもらい、写真を撮りました(写真4)。が、お金を要求され、他の観光客と「わからない!!」と言って、お金を払わず、その場を去りました。エジプトでは、警官や警備員だからといって、簡単に信じてはいけないと思いました。
| 写真3 ウナス王のピラミッド | 写真4 神秘的な壁画 |
この日は、天気も良かったので、ここからさらに、何キロも離れたところにあるピラミッドを、かなたに小さく見ることができました。
まだ時間も早かったので、タクシーの運転手と交渉し、そのままの金額で、車で15分ほどのメンフィスへ。ここには、ラメセス2世の像が、脚の一部はかけているものの、しっかりした状態で保存されています(30ポンド、学生半額)(写真5)。その大きさは見ごたえ十分です。外には、スフィンクスがあります。こちらは、ギザのものに比べるととても小さいですが、ギザのもののように壊れていないので、鼻もあごひげもきれいについていて、ギザのスフィンクスのあるべき姿を想像する手がかりになります(写真6)。
| 写真5 ラメセス2世の像 | 写真6 鼻もあごひげもきれいについているスフィンクス |
遺跡入り口の近くにあった、カフェのようなところで、タクシーの運転手は休憩して私たちを待っていましたが、実はここ、カフェではありませんでした。他の観光客もジュースを飲んでいて、私たちも注文し、休憩しましたが、しばらくすると、「なかで、パピルスを作っているから、見学しないか」と誘われます。パピルスは、パピルスという植物の皮から紙を作るもので、古代エジプトから伝わる製法があります。今は、観光客用に竹や、バナナの皮から作られた偽者が出回っているそうです。
ここでは、昔からの製法を見学できますが、その後は、商品の展示を見学するように勧められます。でも、1枚100ポンド以上のものが多く、とても高く、記念に買おうとは思えなかったので、私たちは見学のお礼だけ言って、帰りました。
そこから、タクシーでギザの駅に戻り、地下鉄に乗って、カイロに戻りました。
その頃には、2時を回っていて、お腹もすいていたので、安くておいしいエジプト料理、コシャリを食べに行きました。コシャリは、米、小さな麺、あげた玉ねぎに、スパイスとソースをかけて作られたもので、1杯1ポンド程度。男の人は、2杯食べたり、大盛りを頼んだりもしていますが、安いので、いくら食べても大丈夫です。ピリッと辛くて、食も進みます。おいしさのあまり、写真を撮り忘れました。
その後は、中洲にある、主人の通っていたドイツ国際学校を見学に行きました。幼稚園から高校までが一つの敷地内に建っているため、とても大きく、立派でした。正直、カイロで見た建物で高級ホテルを除けば、一番きれいな建物でした(写真7)。
| 写真7 主人の通っていたドイツ国際学校 |
そこから、主人が学生の頃通っていたカフェへ。店の人は、今でも主人のことを覚えていました!!ここで、お茶を飲み、シーシャを呑んで一休みしました。
散歩して、知人宅に戻り、夕食をとって、22時発の電車に乗って、ナイル川沿いに400キロほど南にあるルクソールに向かいました。
ルクソールへの旅は、寝台列車ではなく、普通電車の1等でしたが、シートはとても広く、ある程度の角度まで倒れるので、十分眠れます。1等電車の売りは、「エアコン付」ですが、夜中もずっと、エアコンがついていて寒かったです。電車での移動には、上着が欠かせません。上着を着て、スカーフを巻いて、ぐっすり眠り、ルクソールに到着したのは、朝10時ごろ。予定では、8時にはつくと思っていましたが、遅れました。それでも、ひどいときは、カイロからの到着が13時になったりするそうで、運がいいと言われました。
駅でもたくさんの人が、「タクシー?」、「ホテル?」と話しかけてきますが、予約しておいた安いホテルに行き、荷物を置いて、ここから、ルクソール観光が始まりました。
その様子は、また次回。