No. 2008,4,7.発行   編集:吉田優子(H12年度生:ドイツ駐在員)
                   
 ドイツ滞在レポート No.29

「ミュンヘンの聴覚障害児教育の一例」
 今回、私は、ミュンヘン市内のSamuel-Heinicke Schuleという学校を見学しに行ってきました。この学校は公立ではなく、元々は教会付属の学校(教会から資金援助を得て、運営している)でしたが、今は私立の学校として運営されています。
ドイツでは、教育に関する法律は州に委ねられているので、今回訪れた学校のシステムがドイツ全域に使われているわけではありません。また、私立校なので、独自の方針もあると思いますが、今回私が聞くことのできた話、見てきたものを、ここでは報告したいと思います。

 以前、レポートしたドイツの教育システムを参考にすると、少しわかりやすくなると思うのですが、私が今回見学したのは、Fachoberschule(FOS)、職業高等専門学校です。この学校の特徴は、聴覚障害者のために作られた学校で、そこに、健聴児がインテグレーションという形で在籍しています。生徒の割合は、大体50%ずつということでした。
そこで、カウンセラーをしている方に話を聞きました。彼の主な仕事は、生徒の教育・進路相談です。その他、地域の普通校に通っている生徒の支援も行っていて、年に2回、聴覚障害児の在籍する普通校を訪れ、生徒、両親、担任と面談をし、指導の仕方などをアドバイスしているそうです。
彼のように、聴覚障害児の教育相談センターのような機能をしている人がいる学校が、バイエルン州には5つあるそうです。学校でのカウンセリングは、毎週火曜日だけで、私がお話を伺ったのは、火曜の放課後でしたが、この日も生徒が訪ねてきていました。この学校でのカウンセリングは、生徒のみを対象としているそうです。幼児期の子どもの場合はもちろん、保護者向けのカウンセリングもあるそうですが、ここでは、行われていないということでした。

 バイエルン州では、Grundschule,基礎学校に4年間通った後、3種の学校に分かれますが、今のところ、この基礎学校に当たる学校は、聾学校として存在しているそうです。以前は、聾学校と、難聴児学校という形ではっきり分かれていたそうですが、今は、聴覚障害児の90%くらいが、乳幼児期に人工内耳をつけるため、難聴児学校の需要が減り、年々学校、クラス数が減っているそうです。
ドイツでも、人工内耳の活躍は目覚しいもので、この先の教育のあり方、学校のあり方も変わっていくだろうという話しでした。
今のところ、基礎学校では、口頭での会話練習などもその先の進路を考えて授業に組み込まれているそうです。
 基礎学校を出た後は、Hauptschule,基幹学校(5年)、Realschule実科学校(6年)、Gymnasium高等学校(8年)のいずれかの学校に進みます。
私が見学した学校には、Realaschule、実科学校があり、通常6年のところを、この学校では、7年かけているそうです。一般的に実科学校では、経済、芸術・造形、エンジニアリング、社会福祉の4つの分野から自分の専門となる分野を選び、その科目を中心に学びます。卒業後は、そのまま就職する人もいます。以前は、この実科学校と、職業高等専門学校が、同じ校舎内にあったのですが、生徒数が増えたので、数年前に、実科学校が他に移ったそうです。写真1の学校の看板は当時のままで、Realschule、実科学校の名前も残っています。 *Schwerhorig・・・難聴

写真1
学校の看板


ここで、大学に行きたい人のために開かれているのが、Fachoberschule,職業高等専門学校です。普通、職業高等専門学校は2年間ですが、この学校では、3年間でカリキュラムが組まれています。バイエルン州とザクセン州では、実科学校卒業後、すぐに、この職業高等専門学校に入学できますが、州によっては、一年以上、職業訓練を受けてからしか、入学できないこともあります。そのようなシステムを嫌う人、すぐに進学したいと考える人がドイツ全域、オーストリアなどからも、この学校に入学してくるそうです。残念ながら、ザクセン州には、このような聴覚障害者向けの学校がないため、実科学校卒業後、そのまま、進学したい人はミュンヘンに来るしかないということでした。
 現在この職業高等専門学校には、約130人の生徒が在籍しており、30人の先生と2人のカウンセラーがいます。
授業クラスは、基本的には、聴覚障害児と健聴児の混合クラスで、一クラス13〜14人に先生は一人です(写真2)。生徒の割合は、半々です。ただし、実科学校同様、4つの専攻ごとにクラスを設けるため、生徒の希望によっては、クラスの人数に偏りが生じます。授業は、大学進学も視野に入れて、口話中心で行われているそうです。手話は、どの先生も必要に応じて手助けに使うこともあるそうですが、手話に頼りすぎると、読み書きの力が衰えるので、あくまでも手助けとしてしか使っていません。

写真2
1クラス12〜13人 


が、大学では講義に手話通訳士がつくこともあるので、手話を知っておくことも大切と、手話を学ぶクラスもあるそうです。
 各教室には、マイクとスピーカーが備え付けられていて、先生はマイクを通して話をし(写真3)、それが机についたスピーカーから出てきます(写真4)。生徒はそれぞれ、自分の補聴器の音量を調整することで、聞き取りやすい状態を保ちます。また、それぞれの机のスピーカーには、マイクもついているので(写真4)、生徒が発言するときにも、マイクを使うことでディスカッションなどもできるそうです。

写真3
先生用のマイク
写真4
生徒の机についた小さいスピーカーと
生徒の発言を拾うマイク
写真5
芸術・造形コースの教室


 芸術・造形コースの教室も見せてもらいましたが、天井からたくさんの四角がぶら下がっていて、これは、見た目だけでなく、音がうまく反射して聞こえやすい流れを作っているそうです(写真5)。
 もちろん、生徒の中には、聴力がほとんどなく、口話中心の授業には参加できない生徒もいます。そのために、手話だけで授業をしているクラスもあるそうです。このクラスには健聴児はいません。一クラス7〜9人ですが、こちらも生徒の専攻の希望で偏りが出るため、4人しかいないクラスも今はあるそうです。このクラスは基本的に、聴力がほとんどない生徒のためですが、中には、聴力がある程度あっても、発音、会話が難しく、他の生徒といっしょにクラスで学ぶことが難しい生徒もいるそうです。このような問題をかかえた生徒の多くは、聾家族出身で、聴力があるにもかかわらず、家庭で話をしてこなかったことが影響しているそうです。
 この学校のもう一つの問題は、生徒が途中で、大学進学を諦めてしまい、学校に来るのを止めてしまうこと。中には、仕事を見つけ、働き始める生徒もいます。通常ドイツでは、実科学校6年、職業高等専門学校に2年通い、18歳で、大学進学の資格を取ることができます。が、この学校では、実科学校で7年、職業高等専門学校で3年と、通常より2年長いカリキュラムなので、大学進学の資格を取れるのが20歳になってしまいます。その長い道のりに、挫折してしまう生徒もいるのでしょう。
もちろん、その分、じっくり学ぶこともでき、大学に行ってから、わからないことがあって立ち止まるより、今、ゆっくり時間をかけて学ぼうと思っている生徒もたくさんいます。
特に、逆インテグレーションと言う形で、この学校に来ている健聴児の多くは、そう思っているようです。少人数制で、カリキュラムも時間に余裕を持って組まれていることが魅力のようです。一般的に、ドイツでは、高等教育まで政府に保障されていて学費はかかりません。この学校でも、聴覚障害児は学費がかかりませんが、健聴児は月に80ユーロの学費を収めています。
これは、余談ですが、最近、ドイツでも子どもの学力低下が深刻で、多くの親が、私立やインターナショナルスクールでの教育を見直し始めています。そういった意味でも、この学校は今後もいろいろな分野で活躍していくのではないかと思います。
 また、この学校の社会福祉学を出た後、大学に進学し、社会福祉士(ソーシャルワーカー)になった女性が、今、この学校で働いているそうです。学生だった頃の視点から、学校を少しでも、生徒の過ごしやすい場所にしようと、彼女の提案で生まれたものの一つが、このカフェテリア(写真6)。このときは、掃除中でしたが、くつろげるソファがあり、雑誌も置かれ、壁には、手話のアルファベット表が貼られていました(写真7)。とても、明るい雰囲気で、実際、利用している生徒は多いそうです。

写真6
カフェテリア
写真7
教室のアルファベット表


 先にも書きましたが、この学校には、ミュンヘンだけでなく、主にバイエルン州、そして、ドイツ全域からも生徒が来ているため、学校に隣接した形で、寮が在ります。今回は、寮も見学することができました。寮は、全部で3棟、女子寮と男子寮に分かれていました。一棟に35〜40名が住んでいて、4つのグループが作られています。各グループに一人、ソーシャルワーカーがついていて、放課後に一緒に宿題をしたり、たまに、レクレーションをしたりしています。グループ用の部屋(写真8)も広く、ピアノがあったりと、設備も充実していました。また、ソーシャルワーカー以外にも、学生のボランティアなどがいて、彼らの生活をサポートしています。

写真8
寮のグループ用の部屋


個人の部屋は基本的に、2人部屋ですが、最終学年の生徒は、Abitur、高校卒業試験(大学入学資格)の勉強があるため一人部屋になるそうです。
現在、同じ寮に、実科学校に通う生徒も住んでいますが、近いうちに、実科学校の近くに寮を移す計画があるそうです。
 今回、男子寮に住む、ドイツ人と日本人のハーフの学生との出会いもありました。彼は、後天性の聴覚障害なので、現在の聴力は本当に低いのですが、ドイツ語も日本語もとても流暢に話すことができます。大学進学の資格を取るのが、20歳になってしまうけど、しっかり学べるのはいいことだと語ってくれました。彼は、経済を専攻していますが、実際、実科学校でしっかり基礎をやっていたので、職業高等専門学校に入ってからのほうが簡単に思えると言っていました。

また、機会があれば、この学校の実科学校の様子を見学に行きたいと思います。
その他、ドイツのほかの学校の様子なども調査できればお伝えしたいと思います。

今回見学したSamuel-Heinicke Schuleの連絡先です。
best fur Horgeschadigte - Beratungsstelle
an der Samuel-Heinicke-FOS
Dachstrae 19
81243 Munchen

Tel. 089 82940853 (dienstags 13-17 Uhr, AB)
fax 089 82990014
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