No.   2006,10,29.発行  編集:佐々木直子(平成4年度生)



平成19年度大阪府教員採用試験(盲・聾・養護学校)受験報告

一次試験 
  面接  平成18年7月16日
  筆記  平成18年7月23日
     (一般教養、教職教養、に加えて大阪府の歴史についての問題も出題)

二次試験 
  筆記(小学校全科) 小論文 平成18年8月17日
  実技 平成18年8月20日
  面接  平成18年8月31日
 

 教員採用試験は、14年ぶりの挑戦になります。前回、平成4年は競争率が非常に高くて、合格できず、そのまま別の仕事に就職して、その仕事に打ち込んで、教員採用試験のことはいつも頭においていたものの、受験はしていません。それほど好きな仕事だったのです。
 数年前から、大阪府の採用試験の受験資格の年齢制限が、45歳までとなりました。ですから、そのことがなければ、私の今回の受験も合格もない、ということで、運がよかったなあと思います。
 2月に以前の仕事を辞めています。
 退職の動機については触れませんが、今年度は堺市が政令指定都市になったこともあって、堺市は独自で教員採用をすることができるということで、堺市の教職員課を訪れて、テスト案内をもらいました。それが4月のことです。
 それから勉強がはじまります。
 なにぶん、こういう勉強は久しぶり、仕事をしているときにはその仕事についての勉強はかなりやりましたが、特に教職教養などは一から勉強のし直しでした。参考書をまず買って、毎日3時間ほどの勉強です。私はこの時すでに39歳です。記憶力も悪くなっていて、なかなか幅広い分野のことが覚えられないので、参考書の言葉や文章をノートにうつしていきました。ノートにうつしたから覚えられるわけではなく、そのノートも何回も読み直して、という具合に勉強をすすめていきました。 「なるほど、教員の仕事はこういうふうに考えるのか」「教員の専門性ってこういうことなのかな」「子どもと接するのはこういう醍醐味があるのだな」「私はこう考えていたけれど本当はこうなのだな」などなど考えながら夢中で参考書をうつしてまた読む、こういうことのくり返 しでした。小学校全科の学習指導要領についても、「この子どもの学年だとどういうことが求められて、どういうことが指導されるのか」「この学年の子どもはこういうことを学ぶのか」という大筋がわかるように努力しました。細かな文章をそのまま覚えるという力はあまりありませんが、ポイントだけはつかもうと必死でした。いつか教壇に立つ日を夢見ながら。

 8月9日に一次試験の合格発表がありました。私はこの日まで一次試験の結果をあきらめていました。というのは、14年前だと全問正解でないと合格しないのが当たり前の感覚で、すでに筆記試験で確実に1問は間違っているという覚悟があったので、それでは通るまいと思っていたからびっくりしました。やはりそこが今年のテストと前のテストの合格基準の違いだったのでしょうか。ここまで来たからには次もがんばる、とそこからまた筆記試験の勉強と、水泳と歌唱の練習がはじまりました。
 水泳も体力が落ちているのでどうかな、と思いましたが、25メートルなのが幸いしました。
 歌唱ですが、私は聞こえないので歌うことができません。そのことはわかっているのですが、練習しました。たぶんリズムを追いかけるだけ、旋律はめちゃくちゃだと思いますが、楽譜を見ながら、たぶん怪音を発しながらの練習もいたしました。
 実技試験当日、「歌唱テストはどうしますか?聞こえないでしょう?
辞退されてもいいですよ。代わりに面談にしましょうか」 と、試験官の方から言われました。
 もうひとり聴覚障害の女性がいましたので相談して、「聞こえないからちゃんと歌えないっていうのは自分でも十分にわかっています。でもこの日のために準備して練習してきたのです。そのまま歌唱テストを受けさせてください」
 と伝えました。
 テスト後、これで落ちることになるかもしれない、と帰ってから涙を流しました。熱意は伝えたけれども、歌が歌えないことはどうやっても克服できませんから。でも、その場にいた聴覚障害の女性とは仲良くなって、それからもいろいろ試験の情報などを教えていただきました。
試験後の10月、奈良に一緒に遊びにいきました。彼女と教員になることや教育についてたくさんのことを話しました。

 面接ですが、細かな小手先の対策は考えないことにしました。私には他の分野ではありますが積み上げた経験もありますし、わかりもしない専門用語(わかっていることもありますがわからない言葉についてです)で自分を飾っても仕方ないことだと思いましたので、現在の自分を正直に見てもらうことにしました。グループ面談では、6人いたら3番目か4番目に発言した人が有利だとかそういう話も聞きますが、手話通訳を受けているので、発言が相次ぐと私から口を途中で挟むのが難しいです。ですから発言はいつも最後でした。一つ目の発言が終わって次の人の発言がはじまるタイミングに手話通訳がついていけないのと自分の頭がついていかないのと両方で・・・。太田学級のホームページも拝見させていただき参考になりました。

 10月27日に合格通知が届きました。
 なんどほほをつねってみても夢ではないようなのです。

 私の人生、いろいろなことがありました。
 挫折や聴力の低下や、それに伴う困難、自分自身の甘さ、弱さにぶちあたったことも。
 その度にいろいろな方々に支えられて今日があったと思います。

 私自身が体験したように、さまざまな人のあたたかな支えと、自分自身の努力があればきっといつかは花開く。
 そのこととこれから経験するであろう体験や、勉強して得られる知識や教養を常に生かしながら教育に携わっていきたいと思います。