附属福岡小学校における大学教官の授業実践

1.実施教科・分野  道徳
2.実施学年・組    第5学年1組
3.主題         耳の不自由な方とのふれあい方を考えよう
4.授業者        太田 富雄(附属障害児治療教育センター)
  授業補助者     石硯 昭雄(附属福岡小学校教諭)
5.期日         平成12年12月5日(火) 5校時 
6.本時の目標
 @聴覚障害を模擬体験することで、耳が聞こえないことによる不自由さを推し量ることができる。
 A耳の不自由な方の伝達方法を体験し、耳の不自由な方とのふれあい方を考えることができる。
7.指導計画

学 習 活 動 と 内 容 学習形態及び支援の手だて
1  耳が聞こえないことの不自由さを体験し、本時学習のめ あてをつかむ。
 ○ 耳が聞こえないことの不自由さを推し量ること
 【音声がないVTR視聴1分】
 学習のめあて(板書)
 耳が不自由な方の生活を知り、ふれあい方を考えよう。
 
2 聴覚障害者のくらしを模擬体験し、その心情を話し合う。
 (1) 補聴器の音を聞き、聴覚障害の現実を体験的に知る。
 ○ 聴覚に障害をもつ人の気持ちを共感的に推し量ること
 【補聴器を通した音声のVTR視聴1分】
 【通常VTR視聴1分】
 (2) 聞こえないことの不自由さをなくすための方法につい て話し合い、試行する。
 ○ 聴覚障害をもつ人の意思伝達について考えること
 ※ 読話で読みとる難しさを知る
 ※ 筆談・空書・ジェスチャーなどを用いた伝言ゲームに 取り組ませ、
   耳が不自由な 中でのコミュニケーションの 難しさと可能性に
   気づかせる。

 (3) 手話を用いて伝言ゲームの文を表し、手話の意義につ いて話し合う。
 ○ 手話の意義について理解すること
3.聞こえないことの不自由さをなくすための社会の取り組 みについて知る。 
 ○ 聴覚障害に対する福祉的な取り組みを知ること
 ※ テレビの字幕、手話通訳、車内の電光掲示板などにつ いてVTRをもとに理解させる。
 【社会での取り組みのVTR視聴4分】

4.本時のまとめ
 ○ 本時学習のまとめを確認すること
  ※ 耳の不自由な方と接する時に伝達方法に留意できる意 図づけを図る 
※ VTRの音声を消して視 聴させる。
(準備物)「ドラえもんのビデオ」※ 学習形態→一斉





※ 学習形態→一斉
※(準備物)オージオグラム(OHP)、難聴者の聞こえを
  模擬した音声で聞こえるビデオ

※ 学習形態→小集団
※ 複数の方法で体験させる。
(準備物)
・伝達文を書いたカード(短冊)
・伝達に要した時間を書く紙
(学習プリント)
各グループの1人が発信者となり、伝達に要した時間を計測。
※ 学習形態→一斉
※ 指導者が演示する
※ 学習形態→一斉
※ (準備物)
・字幕が入ったアニメビデオ
・手話通訳つきのニュース番 組のビデオ
・車内の電光掲示板を写した
 ビデオ
※ 学習形態→一斉


8.授業記録
○ 耳が聞こえないことの不自由さを推し量ること
ドラえもんのビデオを【聴覚障害児になった状態(音声がない)で1分間視聴】
T:「のび太やスネ夫たちはどんなことを話しているのかよく見てください。」
C:(わからないといった表情)
T:「耳の不自由な子どもたちはこのように見てますが、どう思いますか?」
C1:「字幕放送にすれば良い」
C2:「おこったり、笑ったりする表情をすれば相手に伝えやすい」
C3:「手話をしている人が写ればいいと思う」

今日のめあての板書
┌──学習のめあて ───────────────────┐
│ 耳が不自由な方の生活を知り、ふれあい方を考えよう。      │
└───────────────────────────┘

○ 聴覚に障害を持つ人の気持ちを共感的に推し量ること
オージオグラム(OHP)を説明
T:「耳が不自由な方たちが不自由さをなくすために補聴器を使っていますが、補聴器を 使うと本当にはっきりと聞こえるんでしょうか。この図は耳の不自由さの程度を表すオージオグラムと言います。低い音は聞こえますが、高い音は聞き取れません。このような聞こえの人が先ほどのビデオを見るとこうなります。」
【音声を500Hz LPしたVTR視聴1分】【通常VTR視聴1分】
 ここでは補聴器を使用してもはっきりとは聞き取れない。補聴器は万能ではないということを押さえたかったが、他の方法はないのかといきなり尋ねてしまうという失敗をした。

T:「補聴器は耳の不自由な方すべてに有効だという訳ではない」「耳の不自由な方たちが自分の気持ちや考えを伝える時、どうやっているのでしょうか?声を使わずに伝える方法にはどんな方法がありますか?」
Cからの発言を板書 「補聴器」「ジェスチャー」「手話」「筆談」「空書」

○ 聴覚障害をもつ人の意思伝達について考えること
T:「耳の不自由な方たちは、話をする人の唇の動きを見て話の内容を理解しようとします。それを読話と言います。皆さんも読話でどれくらい話が読みとれるかやってみましょう。私が言ったとおりに書いてください。」
  @石井君といっしょに行きました。
  A銀行の金庫に金貨があります
  全員読話できなかった。

T:「では、次に筆談、空書、ジェスチャーを使って文を伝えてみましょう。相手に伝わるまでの時間を計り比べてみましょう。」
 8グループに分けて、伝達者にだけ問題文を見せる。
<伝達文:筆談、空書、ジェスチャーの順に試行、計時>
   筆談:昨日の雷はとてもこわかった
       <ここで試行、計時>
   空書:母が焼いたパンはとてもおいしい
       <ここで試行、計時>
   ジェスチャー:西新から博多駅まで地下鉄はいくらですか
       <ここで試行、計時>

 空書がタイムアウト(3分超過)となるグループが続出。受信者側から見てわかるように空書する子が少なかった。まさか空書がタイムアウトになるとは予想していなかったため、ここで時間を使いすぎ後々まで影響を受けた。ジェスチャーは予想通り、全グループタイムアウトとなった。

T:「いろんな方法で伝えてみて、どうでしたか。感じたことをプリントに書いてください。」
C:(それぞれ、プリントに記入し、発言)
C1:「空書とジェスチャーはあまり慣れていない。」
C2:「書くのに時間がかかった。」
C3:「筆談は通じたけど長い時間がかかった。漢字なのかひらがななのか区別するのが難しい。」

○ 手話の意義について理解すること
T:「では、先ほどの文を手話で表してみますね」→実演
T2:「他の方法と比べてどんなところがすごいと思いますか?」
C1:「表し方がみんな同じなのでおぼえれば簡単に伝わる。」
C2:「伝える方も簡単で、伝えられる方も手話だったら確実に伝わるから楽だと思います。」

○ 聴覚障害に対する福祉的な取り組みを知ること
 【役所や病院での手話通訳、BSデジタル放送のデータ放送のVTRを視聴】
 このあたりでは時間が足りず、準備した手話の歌「ハッピーバースデー」のビデオを見て皆にもおぼえてもらう予定ができなくなってしまった。

○ 本時学習のまとめを確認すること
T:「今日の授業を受けて、聞こえないことの不自由さについて 感じたことや不自由さをなくすための方法について感じたことを言ってください。また、考えてみたいこと、やってみたいことがあればそれも言ってください。」
C1:「一生懸命伝えようとすることによって心と心が通じ合うのではないか。」
C2:「今日の学習で耳の不自由な人にとって、手話が大切だとわかった。僕も手話を勉強してみたい」
C3:「手話は簡単にできて、困っている人たちがいたらちゃんと返してあげられるようにしたい。」
C4:「補聴器はきちんと聞こえると思っていたが『ガーッ』となって聞こえにくかった」
C5:「手話以外は役に立たない。本当にこれでいいのかと思った。」
 耳の不自由な方と接する時に伝達方法に配慮したいという気持ちが見られた。

9.関係者の感想
(1)児童の感想
 ・耳の不自由な人の身になって、気持ちを考え、分かりやすく、少しでも耳の不自由な人がくらしやすくなるように、周りの私たちも協力できるくらいの手話などを覚えて、心を通じあわせればいいなあと思いました。そして、一生けん命伝えようとすることも大事だなあと思いました。
 ・手話をおぼえて、本当に相手に伝わっているのか考えながら接したり、口を大きくあけたり表情にも気を付けたらいいと思います。このような事に気を付けて、一生けん命伝えたら、心と心が通じ合うと思います。私も少し手話をおぼえて耳の不自由な人と接してみたいです。
 ・相手が耳が不自由な人だなと感じたとき、私には、まだ筆談でしか表せないけど、表情や、動作で、自分の気持ちが伝わったらいいなあと思いました。 そして、手話は、かんたんなものから、あいさつをおぼえておくと、初めて会った人にもつかえるからいいなあと思いました。不自由な人にとって、手話は、心がつうじる大切な言葉ということが、わかりました。
 ・私は手話をおぼえて、耳の不自由な方ともお話をしてみたいです。また、手話をおぼえるのはすごくたいへんだと思うけれど、手話でなくても相手の気持ちがわかり、表じょうまで表せられたらいいなと思いました。
・今すぐに、手話をおぼえ、無理に、わからない手話で話しかけても、めいわくになってしまうと思うので、ほんのすこしのものをおぼえ、困っていたら、そうやって、みんなで助けあえるようになりたいと思います。また、この人は、耳が聞こえない、(あの人は、しょうがいをもっているから)と、区別したり、じろじろみたりする人にも、こういうことを、ちゃんと知ってもらいたいと思います。そして、そんなのかんけいなしに、みんなで楽しめて、あのひとはこうだから、かわいそう、や、仲間にいれてあげないとかではなく、ようちえんぐらいの小さい子から、大きな人まで、いっしょにくらせる世の中にしていきたいです。
 ・わたしも手話を少しでも覚えて、耳の不自由な方と楽しく話したり、たとえ、耳の不自由な方のようにうまく手話ができなくても、耳の不自由な方にきかれたことを一生けん命「こたえよう。」という気持ちが大切なんじゃないかな、と思いました。いつか私も、太田先生のように耳の不自由な方たちの役に立つような人になりたいなと思います。
 ・今日の学習で、空書やジェスチャーなどではすごく時間がかかると分かりました。それに比べて、手話は、覚えればかんたんにできるので、ちょっとした言葉が分かれば、相手ともやりとりできると思う。
 ・一生けんめい伝えると心と心がつながるから耳の不自由な人と話すことになったらできるだけわかるように伝えたいです。今日の学習で手話を勉強したくなりました。
 ・耳の不自由な人の気持ちになり、より早く正しくつたえられるように、またきかいがあったら手話をおぼえたいです。この学習では、耳の不自由な人には手話は大切なものだということがわかりました。
 ・私は普通の人から道をきかれた時も、あせってしまって、文がぐちゃぐちゃになってしまっているから、手話もなにもわかっていない私は、たぶん聞かれただけでもだめになってしまうので、手話など、他のことでも、あいてに伝えようとする気持ちが大切だと思います。
 ・僕は今日の学習でとても筆談などじゃ伝えにくかったので耳の不自由な人にとって手話は大切なものだなあと思いました。ぼくは今度手話を勉強したいです。
・相手に伝わるかどうかを考え、正確につたえることが大切だと思います。それは、手話をまちがえてやってしまうと、相手に変なことが伝わったりしてしまうからです。
・相手は、ちょうかくが、しょうがいなのだから、手話などおぼえるよりも、心を通じ合わせるには、自分のことを、一生けんめい伝えようとするきもちが、必要だと思います。
・その人がなにがつたえたいのか、どんなことを私たちにつたえたいのかをよみとって、それをどうよみとるかは、私も、手話をならったり、耳の不自由な方ともお話ししたいです。
・耳の不自由な方と話しをする時は、ゆっくりと口を大きくはっきり話してひょうじょうをかえたりして、相手が少しでも分かりやすいようにと工夫すればいいと思います。
・私は、手話を覚えたりして、たくさん、耳の不自由な人と話しをしていきたいです。だから、これからは、耳の不自由な人の気持ちを考えていきたいと思います。耳が不自由だからといって、相手にしないというのはかわいそうなので、そんなことは(ぜったいに)しないで、やさしく、接していきたいです。

(2)附属教官の感想 (附属福岡小学校 道徳部 石硯 昭雄先生)
 子供たちにとって,聴覚に障害をもつ方は,すぐにその思いや願いを推し量れるほど身近な存在ではない。「まず,聴覚に障害があるということが,どういう状態や気持ちなのかをはっきりと子供たちにつかませてほしい。」これが,事前の打ち合わせの中で特に授業者にお願いした部分である。
 授業者のとられた手だての中で,まず子供たちに驚きをもたせたのは,補聴器を通したテレビの音声を聞いてみるという体験活動である。「補聴器を通せばちゃんと聞こえるものとばかり思っていた。」という自分の固定概念に揺さぶりをかけられたことで,子供は,強い課題意識をもって聴覚障害者の意思伝達の方法を探る活動に取り組むことができたといえる。
 筆談・空書・ジェスチャーといった意思伝達を模擬体験する中では,音声のない不自由さを感じるだけでなく,相手とのコミュニケーションの難しさ,子供は相手の立場に立つことの難しさを強く感じたようである。空書で内容を伝達することは,簡単そうに思えるが,相手に見やすい書き方や指の動き,書くスピードといった観点になかなか気づくことができず,うまく伝えることができなかった。この活動を行ったことで子供は,手話という伝達方法の素晴らしさに気づくだけでなく,聴覚障害をもつ人とふれあうために必要な,相手の立場に立つことの難しさを実感したといえる。つまり,手話ができさえすれば話せると安易に考えていたのが,手話を覚えることは一つの手段であり,それ以前に,相手と深くかかわろうとする心情が必要だということに目を向け始めたのである。本時学習のまとめの中には,「耳の不自由な人のために,自分ができることは何かもっと考えたい。」という子供の声が多くみられた。それは、このように聴覚障害をもつ人の心情の推し量りにつながる体験活動が有効であったからといえるであろう。
 子供たちの多くは,この授業を通して,聴覚障害をもつ人と実際に触れ合ってみたい,手話を用いて話してみたいと感じていた。1時間の道徳の学習に終わることなく他教科・他領域における学習との関連をはかった指導へと総合単元化していくことができれば,実際に触れ合う活動へと発展させることで,子供の道徳的実践力をさらに高めることができたのではないかと考えている。

(3)授業者の感想
 正直言って、実習生以下の授業をしてしまったと落ち込みました。質問と板書の段取りが逆転したり、内容を欲張りすぎて時間が足りなくなってしまい、扱うべき内容をとばしてしまったこと、伝言ゲームの際、時間の計測でミスをしたこと等、数えればきりがないほど反省点があります。ぶっつけ本番だったとは言え、もっと児童の反応を大切にしてゆとりを持って授業ができるような指導計画にすべきでした。要所要所で石硯先生に手助けしていただいたので、なんとか1時間の授業を終えることができたという感じでした。それにしても附属の子どもたちは大学生よりも熱心ですね。子どもたちなりに課題意識を持って取り組んでくれたので私の失敗がカバーされたと言えます。大学でも学生が熱心になれるような授業を心がけなければと強く思いました。大変いい経験でした。

10.今後の課題
 肢体不自由や視覚障害のように周囲から見てわかる障害とは違って、聴覚障害は見た目では分からないので理解が難しいと言われる。音の聞こえにしても、補聴器を使用すれば健聴者と同様な聞こえが補償されると思っているのではないかと予想していたが、授業をやってみて予想通りの反応が得られた。障害を認識・理解してもらうためにはもっと十分な時間を割くようにすべきだろう。人と接する時に相手の立場に立つことが大切で、障害者が相手ならばなおさらそのことが重要になってくる。短い時間の中で補聴器や手話などについて欲張って展開しようとしたため、児童の理解が不十分なままに終わってしまったような感がある。もっと児童のレベルでの気づきや考えを多く取り入れ、議論しながら自分たちの認識を深めていくようにすべきだ。単発の授業という難しさがあるので、事前に児童と接する機会をもっと多く持ち、児童からの意見をうまく引き出せるような発問の仕方、児童の思考の流れと授業展開等、押さえておく必要がある。また、単発の授業に終わらせず、連続した授業の構成でやってみることも検討に値すると思う。


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