・第二章
『ギルガメシュ叙事詩』・『ギルガメシュ叙事詩』は、英雄ギルガメシュを主人公としたシュメール語によるいくつかの伝承を、一つの主題のもとに一続きの物語として編纂したものである。『ギルガメシュ叙事詩』あるいは『叙事詩』と呼ぶ場合、それは一続きの物語として編纂されたものを示す。対して、編纂される以前の個々に独立した物語を『伝承』と呼ぶ。
本章で扱う文献は、シュメール語伝承と、古バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』、中期バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』、アッシュルバニパル王の図書館で出土したニネゥェ版『ギルガメシュ叙事詩』である。シュメール語による伝承は、ウル第三王朝時代に書かれたものである。古バビロニア語版は、古バビロニア時代に書かれたものである。中期バビロニア語版は、中期バビロニア期(前
1530〜1000年頃)に書かれたものである。ニネヴェ版は、文字の点では、前二千年紀末以降に用いられた標準バビロニア語で書かれており、その出土場所から、実際に書かれたのは前一千年紀の半ばであると考えられている。シュメール語以外は、全てセム系の言語であり、一般にアッカド語と総称されている。本章は、古バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』と、シュメール語によるギルガメシュ諸伝承の違いを明らかにし、『ギルガメシュ叙事詩』の成立時期について検討するものである。
・第一節 古バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』・
『ギルガメシュ叙事詩』の主人公ギルガメシュは、ウル第一王朝(前2600〜2450年)の王として実在していたと考えられている。シュメールの王名表によれば、ギルガメシュは 126年のあいだ国を治めたことになっている。彼は、女神ニンスンの息子で、ニンスンの夫は王ルガルバンダであったという。もっとも、叙事詩にはそう述べられてはいるが、シュメールの王名表によれば、父親はクルラブ(ウルクの一地域)の高位の神官だったとされている。いずれにせよギルガメシュの少なくとも半分は神だということである。
このように、神格化されたギルガメシュの英雄的行為について様々な伝承が成立していった。シュメール語のギルガメシュ作品群の多くは、遅くとも新シュメール時代には成立していたと考えられている。そして、それらの伝承をもとに、一続きの『ギルガメシュ叙事詩』が編纂された。まずは、古バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』の物語の筋を略述しておこう。
ギルガメシュは英雄であるとともに暴君として都の住民たちに恐れられていた。ウルクの人々は、この悪業を天の神々に訴え、大地の女神アルルがエンキドゥという名の猛者をつくる。エンキドゥは、はじめ野獣のような生活をしていたが、聖娼の手によって人間らいし心に目覚める。
一方ギルガメシュは、夢の中でエンキドゥの存在を知る。二人は出会い、大格闘を始める。格闘の決着はつかなかったが、二人の間に友情が生まれる。
ギルガメシュは怪物フワワの住む「杉の森」への遠征を提案するが、フワワの恐ろしさを知るエンキドゥはギルガメシュに思い止まらせようとする。しかし、ギルガメシュは、死をものともしない英雄的な人生観を述べ、太刀と斧を造らせる。ウルクの長老たちの忠告を聞いたギルガメシュは太陽神シャマシュに遠征の加護を祈願し、長老たちの祝福を受けて、二人は旅立つ。困難な旅であったが、二人は遂にフワワを殺害し、杉の木をニップールへ持ち帰る。
次に述べるイシュタルの求婚とエンキドゥの死を扱った場面は、古バビロニア語版では発見されていない。しかし、その後の物語においてエンキドゥが死んだことになっていることから、エンキドゥの死の物語が書かれていたと考えられている。また、中期バビロニア版において、イシュタルの求婚とエンキドゥの死の物語が発見されていることからも、中期バビロニア版同様に、次のような物語があったと考えられている。
女神イシュタルがギルガメシュの英姿に魅せられ求婚するが、ギルガメシュは女神の分別知らずと不貞を非難する。激怒したイシュタルは、天の雄牛をウルクに送る。ウルクでは多くの犠牲が出たものの二人は天の雄牛を倒した。しかし、フワワと天の雄牛の殺害の罪で、エンキドゥは神々から死を宣告される。ギルガメシュは自らも死は免れないのかと悩み、これまでの武業に満足せず、永遠の生命を求めはじめる。
上記の部分は、古バビロニア語版で発見されていないが、エンキドゥの死を契機にギルガメシュが永遠の生命を求める旅を始めたことは、以下の場面にも言及されている。
永遠の生命を求めて旅するギルガメシュは、太陽神シャマシュとの間で、続いては酌婦シドゥリとの間で、対話を交わす。いずれも、永遠の生命の希求を思い止まらせようとするが、彼の思いは止むことなく、かくして、ギルガメシュは船師ウルシャピナに案内されて「死の水」を渡り、永遠の命を持つというウタナピシュティムの住処へ赴こうとする。
以上で、古バビロニア語版は終わっている。内容的には、ニネヴェ版の十二の書版中、第十の書版の半ばまでに対応するが、シドゥリの言葉はニネヴェ版には引き継がれなかった。従って、古バビロニア語版が、それに続くギルガメシュとウタナピシュティムとの出会いをどのように描いていたのか、洪水物語が語られていたのか、といったことは分からない。また、『ギルガメシュ叙事詩』が、不死の生命の草を蛇に奪われる、というニネヴェ版と同様の結末で閉じられていたのかどうかも不明である。しかし、『ギルガメシュ叙事詩』の基本的な構成や主題が古バビロニア時代に出来上がっていたということは、現在のこる古バビロニア語版から明らかである。
・第二節
『ギルガメシュ叙事詩』のシュメール語資料・『ギルガメシュ叙事詩』の基本的な構成や主題が、古バビロニア時代に出来上がっていたことは前述した通りである。ここでは、ギルガメシュ伝承のシュメール語資料と『ギルガメシュ叙事詩』を比較し、シュメール語において既に『ギルガメシュ叙事詩』が編纂されていた可能性について考えていく。
シュメール語によるギルガメシュ伝承は、次の五つの作品が広く知られている。・『ギルガメシュと生者の国』、・『ギルガメシュと天の雄牛』、・『ギルガメシュの死』、・『ギルガメシュとアッガ』、・『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』である。
・『ギルガメシュと生者の国』は、杉の森への遠征および怪物フンババ(フワワ)征伐を述べたものである。これは、『ギルガメシュ叙事詩』の中で語られている杉の森のエピソードと明らかに一致する。しかし、共通するのは話の図式だけで、その細部、話の配列、力点の置き方において異なっている。例えば、シュメールの詩ではギルガメシュはエンキドゥとともにウルクの住民
50人を随伴するが、古バビロニア語版ではエンキドゥのみを伴う。また、シュメールの詩では、「長老会の意見」などは語られていないが、古バビロニア語版ではこれが極めて重要な役割を果たしている。さらに、シュメールの詩では、エンキドゥはギルガメシュの僕であるが、古バビロニア語版では友となっている。・『ギルガメシュと天の雄牛』は、女神イナンナ(イシュタル)の求愛と天の雄牛とギルガメシュの戦いを描いたものである。古バビロニア語版ではこの部分は発見されていないものの、中期バビロニア語版のこれに対応する部分と比較してみるならば、両者の話の大筋は同じであることがわかる。しかし、女神イナンナの求愛を拒絶するギルガメシュの言葉は、中期バビロニア語版では26行から成っていて、そこではバビロニアの神話や諺が博識をもって暗示されている。対して、シュメールの詩ではそれがひどく簡単に扱われている。
・『ギルガメシュの死』は、その殆どが欠損しているため、全容は不明である。しかし、33行以下には、エンリルがギルガメシュに王権と比類なき権力を許したが、「永遠の命」はあたえなかったことが述べられ、60行以下には、ギルガメシュが「運命の床に横たわって、立ち上がれない」ことが述べられている。その後の欠損部分は、別のシュメール語伝承『ウル=ナンムの死』との類比から、死んだギルガメシュの盛大な葬送儀礼や冥界下りの模様が記されていたと考えられている。なお、クレーマーは、以下の内容が述べられているとしている。・・ギルガメシュは相変わらず不死を求めている。けれどもそのうちに人間は永遠の命を得ることなど出来ないと覚る。彼には王位と権力があり、戦って英雄ら
しい行動を見せることは可能なのである。これこそ彼にあてがわれた運命であって永世などではないと知る。そして、ギルガメッシュの死の描写で終わる。クレーマーの解釈によれば、この物語は、『ギルガメシュ叙事詩』において、ギルガメシュが虚しく不死を求めるエピソードにつながる出典であるが、『叙事詩』はギルガメシュに関するシュメールの記述をそのまま再現しておらず、ギルガメシュの死の叙述はない。
・『ギルガメシュとアッガ』は、キシュの王アッガがウルクに攻撃をかけようとするが、ギルガメシュはアッガの軍を倒してしまう。アッガは捕らえられるが、かつてアッガに世話になったことのあるギルガメシュは彼を解き放つ。この物語は、ギルガメシュとアッガの生きた時代(前2600年頃)において主権が市民の一般集会に属す原始民主政が行われていたという説の根拠となっており、歴史的政治的見地からは極めて重要なものである。しかし、『ギルガメシュ叙事詩』と一致する点はない。
・最後の詩『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』は、ギルガメシュが女神イナンナから頂いた太鼓とばちが冥界に落ちてしまい、彼の僕であるエンキドゥが取りに行くのだが、エンキドゥは冥界の掟を破った罪で捕らえられてしまう。ギルガメシュは神々に頼み、なんとかエンキドゥを返してもらう。そして、エンキドゥに冥界の話を聞くところで物語は終わる。古バビロニア語版や、ニネヴェ版の第十一の書版までは、この物語の痕跡は、全くない。実際、『ギルガメシュ叙事詩』では、エンキドゥの死はフワワと天の雄牛を殺害した罪によるもので、冥界の掟を破ったためではない。しかし、ニネヴェ版の第十二の書版は、この『ギルガメシュとエンキドゥと冥界』の後半を逐語訳したものとなっている。
以上でシュメール語のギルガメシュ伝承との比較は終わり、シュメール語版『ギルガメシュ叙事詩』の存在の可能性について述べる。
果して、『ギルガメシュ叙事詩』の全体を含むシュメールの原典が存在したのだろうか。シュメールの詩は、 100行をわずかに越えるものから 400行以上のものまで、その長さはまちまちであった。五つの物語は、明らかに区別される説話で構成されており、その間には互いに何の脈絡もない。シュメールの物語は、全般的に、途切れ途切れに淡々と、とりとめもなく語られる傾向があり、詩調には強弱・明暗の変化はほとんどない。たしかに、『ギルガメシュ叙事詩』の中の数々のエピソードは、シュメール語の伝承をもとに造られている。しかし、シュメール語の伝承をそのまま模倣した作品とはなっていない。シュメールの伝承だけではなく、シュメール文学のその他のジャンルからも、エピソードを借用し、物語の結末へ向けて次第に緊張が高まっていくように、『叙事詩』の構成は仕組まれている。『叙事詩』に見られるこのような特徴は、ウル第三王朝時代に書かれた作品に見られるものではない。そうした意味から、『ギルガメシュ叙事詩』は明らかに、セム人の創作と言える。
・第三節 『ギルガメシュ叙事詩』の主題・
『ギルガメシュ叙事詩』は、避けられぬ死を前に、人生をどの様に生きるべきかという主題のもとに、編纂されている。ここでは、古バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』にみられる人生観について述べる。
『叙事詩』は、「人間はいかに生きるべきか」という問いに対して、三つの典型的な見方を示している。
まずは、「杉の森」の怪物フンババ退治の遠征にしり込みするエンキドゥに向かって語る、ギルガメッシュの言葉を示す。
友よ、誰が天に上がれるというのか。
シャマシュと共に、永遠に[住]むのは神のみ。
人間の〔生きる〕日々は数えられている。
彼が成し遂げることはすべて風にすぎない。
あなたはここにおよんで死を恐れるのか。
あなたの勇猛果敢さは何だったのか。
あなたの前を、わたしが行こう。
あなたは口で叫べばよい、「近づけ、ひるむな」と。
もし倒れたなら、わたしはわが名をあげるだろう、
「ギルガメシュは、かの恐ろしいフワワと闘いを交えたのだ」と。
(古バビロニア語版<Y>第4欄5-15行)
死を恐れず、勇猛果敢に闘い、後世に名を残すこと、それが英雄の信条であり、生き方だと、ギルガメシュは語る。これが第一の典型的人生観である。事実、多くのメソポタミアの王たちは戦闘における自らの英雄的行為を碑文に刻ませ、後世に名を残そうとした。
しかし、ギルガメシュはこのような人生観を貫けなかった。彼の英雄的信条は、盟友エンキドゥの死に直面し、もろくも崩れてしまう。
「荒野を行き来し、歩き回ってからというもの、
大地の中にこそ安らぎが多く、
〔残りの〕すべての年、わたしは〔そこで〕眠るというのでしょうか。
わが眼は太陽を見ますように。わたしは光に満足できますように。
暗黒が遙か遠いとすれば、光はいかばかりでしょうか。
死者は太陽の輝きを何時見得るでしょうか。」
(古バビロニア語版<M>第1欄 10-15行)
死を恐れなかったはずのギルガメシュが、ここでは、死に脅かされ、死の恐怖の虜になっている。そして、死の恐怖はギルガメシュに、死に脅かされる生そのものの意味を問わせることとなる。もし生が死によって無意味化されてしまうとすれば、生の意味はどこにあるのか。彼は、死をこえる生命を求めて旅に出る。死の恐怖と永世希求、ここに『ギルガメシュ叙事詩』の第二の人生観が窺われる。
こうしてギルガメシュは、永遠の命を求めて、かつて不死の生命を与えられたと言い伝えられねウタナピシュティムのもとに赴くのである。ところが、古バビロニア語版は、旅の途中でである「酌婦」シドゥリに次のような忠告を語らせ、ギルガメシュに生の探究を思い留まらせようとする。
ギルガメシュよ、お前はどこにさまよい行くのか。
お前が探し求める生命を、お前は見いだせないであろう。
神々が人間を造ったとき、彼らは人間に死をあてがい、
生命は彼ら自身の手におさめてしまったのだ。
ギルガメシュよ、自分の腹を満たすがよい。
昼夜、あなた自身を喜ばせよ。
日毎、喜びの宴を繰り広げよ。
(中略)
これが[人間の〔なすべき〕]業なのだ。
(古バビロニア語版<M>第3欄1-14行)
人間は必ずいつかは死ぬ。永世希求もかなわぬ夢にすぎない。ならば、その限りある人生を享受し、限りあるままに楽しくくらすこと、それが限りある生を生きる人間の生き方ではないか。古バビロニア語版に残る第三の人生観である。しかし、ニネヴェ版では、第三番目の人生観は姿を消し、代わりに、神々への奉仕に人間の生の本質を見いだす、古代メソポタミアの伝統的人生観が付け加えられている。
以上から、その人生観が存在しうる時代について考えると、現世的享楽主義という人生観が、古バビロニア語版以外の『ギルガメシュ叙事詩』からは窺えないことで、この人生観が、古バビロニア時代特有のものであったことが分かる。古バビロニア時代は、前述の通り、社会の個別化が進んだ時代である。また、ハンムラピ王の治世には、内政的に安定していたので、死への恐怖よりも現世での享楽を志向していた可能性は大いにあったと考える。
人間の能力に対して悲観的な思想が根づいているメソポタミアの社会で、現世的享楽主義という人生観が、イシン・ラルサ時代以前のような戦争の多い時代に存在していたと考えるのには無理がある。このように、『ギルガメシュ叙事詩』の主題に見られる思想と言う点から、『ギルガメシュ叙事詩』の編纂は、古バビロニア時代の中でも、ハンムラピ王の治世に初めて成し遂げられたものであると考える。
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