古・代・メ・ソ・ポ・タ・ミ・ア・の・社・会・
〜『ギルガメシュ叙事詩』の成立〜
小林のぞみ
・・.目次・
はじめに第一章 古バビロニア時代
第一節 シュメール小史
第二節 ウル第三王朝
第三節 ハンムラピ王の治世
第二章 『ギルガメシュ叙事詩』
第一節 古バビロニア語版『ギルガメシュ叙事詩』
第二節 『ギルガメシュ叙事詩』のシュメール語資料
第三節 『ギルガメシュ叙事詩の主題
第三章 個別化した信仰と『ギルガメシュ叙事詩』
第一節
個別化した信仰第二節
シャマシュ信仰第三節
ハンムラピ王と宗教おわりに
註
参考文献一覧
付録
1862年12月3日、まだ発会まもない聖書考古学協会の記念すべき総会で、ジョージ・スミスは旧約聖書の洪水説話に酷似したバビロニアの説話の発見を報告した。この報告は学会に一大センセーションを巻き起こした。ところがこの文献は実は、アッシリア王アッシュルバニパル(前 668〜 627年)が建てたニネヴェの図書館に保存されていた十二の書版からなる大説話群の、僅かにそのごく一部(第十一の書版)を成すにすぎなかったのである。その後、この文献は一連の『ギルガメシュ叙事詩』として総合され、その詩の持つ人類普遍の興味と劇的迫力の点から、古代メソポタミアの文学作品の白眉として広く知られるようになる。
今日までにメソポタミアで発見された最大のものは、このニネヴェ版であるが、20世紀に入ってから多くの遺跡から数々の粘土版文書が出土し、それらの文書の成立年代は、古バビロニア時代からヘレニズム時代(前3世紀)にわたっている。さらに、ギルガメッシュにまつわる数々のシュメール語の諸伝承が発見され、『ギルガメシュ叙事詩』のある部分はシュメール語伝承にまで遡ることが明らかになっている。
英雄ギルガメッシュを主人公としたシュメール語伝承は、現在五つその存在が確認されている。それらの諸伝承は、その詩の内容に関連性はなく、個々に独立した物語として存在している。そして、それらの諸伝承を、一つの主題のもとに一続きの物語として編纂したものが『ギルガメシュ叙事詩』である。本稿で、『ギルガメシュ叙事詩』あるいは『叙事詩』と呼ぶ場合、それは一続きの物語として編纂されたものを示す。対して、編纂される以前の個々に独立した物語を『伝承』と呼ぶ。
現在、『ギルガメシュ叙事詩』は、今からおよそ3700年前、古バビロニア時代(前2006〜1595年頃)の半ばに生まれたとされている。それは、英雄ギルガメシュと関係が深く、また芸術・学術の保護と奨励の時代として知られる二つの王朝、ウル第三王朝とバビロン第一王朝の公用語の違いが大きく関係している。「シュメール人のルネサンス」と呼ばれるウル第三王朝(前2113〜2007年頃)は、シュメール人指導者による最後の王朝として、シュメール語による文学作品の保護と奨励に努めた時代で、前述したギルガメッシュにまつわる数々の諸伝承もこの時代の作品が多く発見されている。ウル第三王朝滅亡後、シュメールの地は、西方セム系の半遊牧民族であるマルトゥ人(アッカド語でアムル人)の侵入が進み、日常語はアッカド語に取って代わった。そして、アムル人の指導者によるバビロン第一王朝が成立、「バビロニア古典時代」と呼ばれている第六代王ハンムラピ(前1792〜1750年)の時代は、アッカド語が公用語として積極的に用いられ、アッカド語による文学作品の保護と奨励に努めた時代である。そして、現在発見されている最古の『ギルガメシュ叙事詩』は、古バビロニア語で書かれたものなのである。それゆえに、『ギルガメシュ叙事詩』はセム人の創作とされているのである。
本稿は、『ギルガメシュ叙事詩』の創作がシュメール人の手によるものかセム人の手によるものかを改めて検討し、一連の『ギルガメシュ叙事詩』として編纂された背景につい
て、社会的側面と宗教的側面からの分析を試みるものである。