電子出版 城山西洋史卒業論文集
福岡教育大学西洋史研究室の卒業論文集『城山西洋史』のページです。
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城山西洋史 バックナンバー
2000年度版
1999年度版
1998年度版(順次刊行)
1997年度版(未刊)
1996年度版(未刊)
1995年度版(未刊)
1994年度版(未刊)
『城山西洋史』について
城山西洋史とは
「城山」は「じょうやま」と読みます。福岡教育大学の裏山(というより大学がその山の麓にある)の名前です。標高 321mの小山ですが、昔は山城があり、悲話「菊姫伝説」もある、由緒正しい山です。
社会科は、山麓に広がるキャンパス内でも最も高い場所にあり、西洋史研究室は、社会科棟の3階、最上階にあります。研究室の真後ろは、すでに山の斜面です。四季折々の樹木や野花、ウグイスやホトトギスなど鳥の声はもちろん、大量発生したトンボもオタマジャクシもジョロウグモも、梅雨の季節には山の斜面を流れ落ちる水も、数メートルの間近。いいことも悪いことも含め、西洋史研究室と城山はお隣さんです。
1994年3月、タマキが福教大に赴任して最初の卒論生を送り出した時から、卒業論文集を刊行することを考えていました。卒業論文集は、研究室の後輩や先輩、社会科の先生方、さらに全国の教育学部社会科西洋史研究室の仲間に見てもらえるようなものにしたい、と、夢を描いていました。『城山西洋史』という名前も、その時から思いついていました。
幻の…城山西洋史
しかし、いろいろな条件が重なり、卒業論文集の企画は、毎年、企画倒れに終わっていました。主な原因は、
1:編集時期が、卒論発表会(2月 11日)から卒業式(3月25日)までの間に限定されること、
・最初の年(94年春=93年度)は卒論が手書きだったため、論集のためには相当な作業が必要で時間がとれず、ワープロ卒論になった次の年(95年春=94年度)は入試と出張で挫折(この年は卒論が2点と少なかったため、前年度も加えて刊行したいなどと野望を抱いたのが敗因)。3年目(96年春=95年度)は、遠賀川ボート事故とタマキ自身の著作の刊行が重なったことに、卒論の点数の多さ(11点)が編集作業を困難にして、また挫折。
2:情けないことながら、大学院設立(96年度)と同時に、研究室予算が少なくなったこと
3:卒論の註番号は手書きのため、フロッピーとの照合に気が遠くなりそうだったこと…
全体として敗因は、やはり、初年度か2年目に、着手できなかったことでしょう。「西洋史では卒論文集がある」と定着しなかったため、音頭取りである私の多忙が、そのまま企画倒れにつながった。
電子出版の野望
98年度前後から大学全体の電脳化が進み、大学サーバーでのホームページ作成の環境もととのってきました。印刷刊行物では、卒論の全文掲載は、物理的にも経済的にもとても不可能ですが、電子環境ならそれがかなうかもしれない、と考え始めたのが、このころでした。
99年度の新入生からは、パソコン操作が必修になり、学生のインターネット閲覧環境も飛躍的に保証されました。年度の後期、私が長期出張だったため、卒論ゼミはメールで進めることになりました。これらのことで、そろそろ機は熟したのではないかと考え、1999年度の卒論では「提出時には手書きだった註も、フロッピーには入力して完成させてもらう」ことを依頼。
こうして2000年春、念願の『城山西洋史』が、wwwの世界にデビューできる運びになったのです。
『城山西洋史』の著作権は、それぞれの論文に関しては、著者である卒業生に属します。
また刊行物としての著作権は、福岡教育大学西洋史研究室に属します。
無断転載はご遠慮ください。
お問い合わせは西洋史研究室 tamaki@fukuoka-edu.ac.jp までお願いします。
お願い 以下の不備をお詫びします。ご了承くださいませ
1:それぞれの論文には、体裁上の不備がある場合があります。
提出時のフォーマットをweb文書に変換する過程で、「段落の行頭の乱れ」「改行後の一字落としもれ」「箇条書きの行頭の乱れ」「特殊文字の文字化け」等が生じるケースがあります。なるべく修正するよう心がけましたが、見落としや復元不能が皆無ではありません。ご了承ください。
2:1998年度以前の論文では、本文に「註番号」がない場合があります。
従来、卒論執筆時には、註番号は手書きで加える方が無難だろうと指導してきました。その結果、最終提出のフロッピーには註番号が入力されていないものがあります。その場合でも、註の本文はカットせず掲載していますが、事実上、照合は不可能ではないかと思います。ご容赦ください。
3:参考に添付された図や資料などが、脱落している場合があります
コピー等で貼りつけられていた図や資料は、フロッピーには入力されていないケースがあります。また、描画ソフトや保存の関係で、タマキのパソコンでは復元できず、脱落したものもあります。ご容赦ください。
4:過去に提出された論文のうち、掲載もれがある場合があります。
卒論提出時のフロッピーのフォーマットが異なる等、タマキのパソコンで操作できないケースがあります。別に、提出のタイミングが異なったことで保管場所が変わり、99年度の多重の引っ越しの荷物にまぎれてしまい、まだ発掘できていないものもあります。ご容赦ください。
5:1993年度の卒論は手書きの提出だったため、掲載できません。