新教育課程がめざすもの−豊かな感性を育む音楽科学習指導(中学校)−

1 音楽科の教育課程改善の基本方針 − 豊かな感性の育成に向けて −
 平成10年12月に,21世紀を展望した新しい学校づくりの具体的方針を示した学習指導要領が告示された。今回の改訂では,特に教育内容の厳選が大きな課題として求められており,完全学校週五日制への対応に向けて,約3割の教育内容を削減することによって,各学校においてゆとりある教育を実現する中で,児童生徒に「生きる力」を育むことを目指しながら,創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開し,自ら学び考える力の育成を図るとともに,基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り,個性を生かす教育の充実に努めることが期待されている。そのことは,新学習指導要領(中学校)の第1章総則の冒頭の部分でも以下のように述べられている。
 「学校の教育活動を進めるに当たっては,各学校において,生徒に生きる力をはぐくむことを目指し,創意工夫を生かし特色ある教育活動を展開する中で,自ら学び自ら考える力の育成を図るとともに,基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。」
 こうした学校教育をめぐる状況の中で,音楽科においても,教育課程全体の改善の流れに沿って,次の (1) 〜 (3) に示した改善の基本方針を視点としながら,生徒が感性を豊かに働かせ個性を生かして楽しく充実した音楽活動を展開し,音楽の喜びを享受できるようにするために授業の工夫を図ることが求められている。
 (1) 表現及び鑑賞の幅広い活動を通して,音楽を愛好する心情を育てるとともに,音楽に対する感性を豊かにし,音楽活動の基礎的な能力を伸ばし,豊かな情操を養う指導が一層充実しておこなわれるようにする。
 ここでは,学習の主体者である生徒が,楽しく積極的に音楽に触れながら,自分の個性や興味・関心を生かすことのできる多様な音楽活動をすることにより,音楽のよさや美しさに気づくとともに,それらを求め,生涯にわたって音楽に親しむことができる基礎的な能力を培う学習を展開することが望まれる。特に,その中で音楽に対する感性を豊かにすることは,音楽のよさや美しさに触れるスパイラルな体験を通して,豊かな情操を養う素地を育てることにつながるとともに,授業を支える精神的基盤となるものである。今日のような激変する社会状況にあっては,知性面と有機的な関連をもって機能すべき感性面の育成が,調和のとれた人間性を育てていくことからも必要であると考えられる。
 (2) 生徒が楽しく音楽にかかわり,音楽活動の喜びを得るとともに生活を明るく豊かにし,生涯にわたって音楽に親しむ態度を育成するために,表現活動及び鑑賞活動との関連を図り,各学校が創意工夫を生かして,生徒一人一人が個性的,創造的な学習をより活発に行うようにする。
 生徒が楽しく音楽にかかわるには,学習内容にふさわしい効果的な音楽活動を工夫し,生徒の興味・関心を高めることによって活動の楽しさを味わわせたり,多様で豊かな音楽体験をさせることができるよう適切な学習指導を展開させることが大切である。つまり,音楽科の授業においては,個に応じた表現方法や表現形態を選択させたり,様式の異なる音楽を取り上げ,それらの音楽の多様な表現方法や味わいの違いを感じ取らせる活動などを展開させることによって,生徒の個性や創造性の伸張を図るための改善の工夫が求められるのである。そして,その中で様々な音楽にかかわりながら,生徒一人一人が自分の思いや願いをもって積極的に音や音楽に働きかけ,主体的で創造的な学習活動を進めるようにすることが望まれる。その際,生徒が楽しく音楽にかかわり音楽活動の喜びを得るためには,学校生活だけではなく,家庭生活や社会生活の中でも音楽を生かすことによって,生涯にわたって音楽に親しむための幅広く豊かな音楽観を育成するとともに,進んで音楽活動をしようとする態度を身に付けることができるよう,学習活動の展開の工夫を図る必要がある。
 (3) 各学校の特質に応じて,我が国や諸外国の音楽文化についての関心や理解を一層深める表現活動及び鑑賞活動の充実を図る。
 世界の中の日本という観点から自国の文化を理解することは,世界の国々の文化を理解することや,それらを尊重する態度を育成することにもなり,本当の意味での国際性を身に付けさせることにつながるものである。今後は我が国の伝統音楽や諸外国の多様な音楽に触れ,それらの音楽の特質や表現の豊かさを感じ取るとともに,音楽文化に対する視野を拡大することが必要である。特に,「我が国や諸外国の音楽文化」の内容については,我が国の伝統音楽や民謡などの郷土の音楽,諸外国の民族音楽,いわゆる西洋音楽,現代音楽,ポピュラー音楽など,多様な地域・時代・様式の音楽を意味しているが,これらの音楽をその文化的背景も含めて幅広く理解し,音楽的な視野を拡大することは,豊かな音楽的感性を育成することに大いに寄与するものであると考える。
 ところで,音楽に対する豊かな感性を育成するためには,音楽によって引き起こされる心の動きと,音楽で心を表出する動きとの双方の感覚を培うことが必要である。このような豊かな感性を磨き,真理を求める心や美しいものに感動する心を育てようとすることは,音楽科教育の重要な基本的理念であると同時に,学校教育の求める中心的な課題の一つでもあるといえる。つまり,時代を超えて変わらない価値あるものを身に付けることが学校教育の新たな課題として求められている今,音楽科において豊かな感性を育むための学習活動を活性化させることは,調和のとれた心豊かな人間の育成を目指す教育の実現のために重要な役割を果たし得るのである。
2 学習指導要領改訂の要点
 新学習指導要領(中学校)における音楽科の教科目標は,下に示したように,現行の考え方を基盤にしながらも,今後の音楽科教育の進むべき方向をより一層明確にしたものとなっている。
 
 <現行及び新学習指導要領(中学校)における音楽科の教科目標の比較>
◇現行(平成元年3月告示)
 表現及び鑑賞の活動を通して、音楽性を伸ばすとともに、音楽を愛好する心情と音楽に対する感性を育て、豊かな情操を養う。
◇新(平成10年12月告示)
 表現及び鑑賞の幅広い活動を通して、音楽を愛好する心情を育てるとともに、音楽に対する感性を豊かにし、音楽活動の基礎的な能力を伸ばし、豊かな情操を養う。


 例えば最初の部分を比較してみると,新学習指導要領では「幅広い活動」という文言が加えられ,生徒が楽しく音楽にかかわるために,我が国の伝統音楽や郷土の音楽,世界の民族音楽,音楽の素材となる音などを含んだ多様な音あるいは音楽に触れ,それらについて関心を高めながら音楽活動をすることが求められている。また,今回の改訂の重要なポイントとして,現行ではその次に置かれていた「音楽性を伸ばすとともに」という部分が,「音楽活動の基礎的な能力を伸ばし」と変更され,さらに「音楽を愛好する心情を育てるとともに,音楽に対する感性を豊かにし」の文言の後に置かれたことである。これは前述したように,生徒が多様な音や音楽に興味・関心をもち,生涯にわたって音楽に末永くかかわっていくことを目指した目標であり,ここでは今日の変化の激しい社会の中で,時代を超えて変わらない音楽の美しさや豊かさを感じ取り,楽しく充実した音楽活動ができるための基礎的・基本的な資質や能力を育成することが求められている。換言すれば,この目標は幅広い音楽活動の楽しい体験を通して,音や音楽への興味・関心を育成し,生活を明るく豊かにし生涯にわたって音楽に親しむ態度を身に付けることを主眼として定められたものである。
 教育課程の基準の改善についての基本方向を示した教育課程審議会の答申(平成10年7月)では,中学校音楽科において,生徒が感性を豊かに働かせ個性を生かして楽しく充実した音楽活動を展開し,音楽の喜びを享受できるようにする観点に立って,次の (1) 〜 (4) のような改善の具体的事項が示されている。
 (1) 表現活動については,合奏や合唱などの表現形態を学校や生徒の実態などに応じて選択できるようにするとともに,第2学年及び第3学年では歌唱や器楽の小アンサンブルなど,一人一人が興味や関心をもつ学習内容なども選択して学習できるようにする。また,現在は2♯,2♭程度までの楽譜の視唱に慣れさせるとしている読譜指導については,1♯,1♭程度の楽譜の視唱に慣れ親しませるようにすることとする。
 (2) 生徒の発達段階に応じて,様々な音を用いたり,曲想を工夫するなどの自由な発想を生かした表現活動や鑑賞活動を一層活発に行い,音楽の美しさを感じ取ることができるようにする。
 (3) 歌唱及び鑑賞の教材については,各学校が創意工夫ある指導を進め,地域や学校の実態を生かした多様な音楽活動が展開できるよう,共通教材は示さないこととするが,これまで歌い継がれ親しまれてきた我が国の歌曲を含めて取り上げられるよう教材選択の観点を示すこととする。
 (4) 我が国の伝統的な音楽文化のよさに気付き,尊重しようとする態度を育成する観点から,和楽器などを活用した表現や鑑賞の活動を通して,我が国の郷土の伝統音楽を体験できるようにする。 
 これからの音楽科の授業において,教師はこれらの事項についても留意しながら,生徒が主体的で創造的な音楽活動を進めることができるよう,生徒一人一人のよさや可能性に気付き,それらを生かして支援することが大切である。そして,その中で各自が音楽とのかかわり方,楽しみ方などを自分なりに見い出し,自分の思いや願いをもって意欲的に課題を解決したり,実現したりできる資質や能力を育成するよう指導することが期待される。
 音楽科の授業では,表現と鑑賞の活動のバランスを考えながら,全体として調和のとれた学習指導を進めていくことが求められるが,生徒一人一人が音楽に積極的に働きかけ,その音や音楽のもつ楽しさや美しさを味わい,自分の思いを深める学習活動が展開されるよう心がけることが大切である。そしてその学習活動を通して,生徒一人一人が,自分のよさや可能性を発揮しながら様々な音や音楽に積極的に働きかけ,教師や友達とともに音楽の楽しさを味わい,その過程で美しいものや豊かな心に対する感性を磨き,音楽についての幅広い資質や能力を身に付けていくことが望まれる。
 新学習指導要領の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」にも示されているように,実際の授業場面において,これから多様な学習活動が学校や生徒の実態に応じて工夫されるようになる。例えば器楽指導において,和楽器については3年間を通じて1種類以上の楽器を用いることとされていたり,表現活動全般において,生徒の実態等を考慮して生徒が表現方法や表現媒体を選択できるよう小アンサンブルなどの編成を工夫すること,また表現及び鑑賞指導にあたって,楽曲の背景にある文化・歴史や他の芸術とのかかわりなどについて必要な範囲で触れること,さらに自然音や環境音などについても取り扱うとともにコンピュータや教育機器の活用も工夫すること,などが新しい活動の内容として示されている。それに加えて,今回の教育課程の編成の中で新しく位置づけられた「総合的な学習の時間」と連携することによって,音楽のもつ様々な魅力を,多角的・多面的に体験することを通して,多様で豊かな音楽経験をさせることができ,今までの教育課程には直接見られなかった取り組みも,これから大いに期待されるところである。
 以上,今回の教育課程の基準の改善の基本方針および学習指導要領改訂の要点に言及しながら,音楽科が学校教育において果たし得る役割の一つとしての豊かな感性の育成の重要性について述べてきた。これからの音楽科においては,生徒たちが自分なりの感じ方や考え方を生かして,よりよい音あるいは音楽を求め,自ら表現を工夫したり音楽的な理解を深めながら,音楽のよさや美しさを感じ取り,音楽活動の充実感や満足感を得ることができるような学習指導を構想し展開することがより一層求められる。そしてその中で,音楽科教育における直接の目標としての感性及び新しい時代の要請としての感性の双方の視点を包括した幅広い視野に立った感性の育成を図ることを通して,生徒一人一人が学校だけではなく家庭や社会での生活に音楽を生かし,自らの生活を明るく潤いのあるものにできるよう,音楽の楽しみ方を身に付けることが大切であると考えられる。今後の音楽科の創意工夫ある積極的な取り組みに期待したい。 
(木村次宏)
<主要参考文献>
文部省 『中等教育資料 特集:中学校学習指導要領の改訂と各教科の新しい課題』,大日本図書,平成11年3月号
文部省 『中学校学習指導要領 解説−音楽編−』,平成11年9月