◇留学体験記<フロリダ州立大学>    

フロリダ

私は,今回在外研究員として,フロリダ州立大学(Florida State University:略してFSU)で研究をする機会を得ました。

フロリダはアメリカの歴史の出発点とも言えるところで,16世紀の半ばスペインの探検家が初めてアメリカへ上陸したのがフロリダ北東部の海岸だったのです。19世紀後半には鉄道が敷かれ,温暖で自然に恵まれたこの地域は,リゾート地として注目を集めるようになりました。今では世界的な観光スポットとして,マイアミのビーチやオーランドのディズニー・ワールドに多くの人が訪れています。また,スペースシャトルの打上げをおこなうケネディー宇宙センターもフロリダの中東部にあります。このようにフロリダは歴史的にとても古い側面と新しい側面の両方の面を持ったとても魅力的な地域なのです。

ところでもう一つフロリダといえば,思い出すものがあります。それはこの歌です。

はるかなるスワニー川 その下 なつかしのかなたよ わが故郷・・・

これはフォスターの作曲した「故郷の人々」という歌ですが,歌詞に出てくるスワニー川はフロリダ州北部を流れメキシコ湾にそそいでいる小さな川です。彼は自分の歌のメロディーに合う川の名前を探していたところ,偶然にも地図上でこの川を見つけ,とても気に入り,それを歌詞にあてはめたのでした。哀愁を帯びた甘美な旋律のこの曲はすぐに大ヒットし,多くの人々に歌われるようになりました。現在ではフロリダ州の州歌にもなっています。(なお,フォスターはアメリカ北東部のペンシルバニア州出身でフロリダには一度も足を運んだことはありません)

フライト(flight・・・fright)

 成田からアトランタ国際空港に到着し,フロリダ(タラハシー)行の搭乗手続を済ませた後のことです。係員のアナウンスがあっていよいよ出発という時,ふとあたりを見回すと,何となくいつもの待合室の風景と様子が違うことに気がついたのです。そうです,フロリダ行の飛行機の乗客が私以外にいないのです!「そんな馬鹿な。タラハシーはフロリダの州都なのに!」と独り言を言っても,事実,誰も私のあとに続く人がいないのです。仕方なく係員の指示に従って飛行機に乗込みましたが,その飛行機がまた小型のマイクロバスくらいの座席しかない小さなセスナ機のようなもので,成田からアトランタまで乗ったジャンボジェットとのあまりの違いにまたまた沈痛な面持ちになってしまいました。幸い,しばらくしてもう一人中年の婦人が乗込んできましたが,それでも乗客はたったの二人,結局,パイロットとスチュワーデス各一人のあわせて計四人でのフライトでした(タラハシーに着いた後,何人かの人にその話をしてみましたが,みんなそのような経験はないということでした)。私とその婦人は最後尾の座席に一緒に座ることになりましたが,彼女はいかにもアメリカ人らしく気さくな人で,自分が実家からの帰りであることや,家族で沖縄の基地で暮していたことなど色々と話してくれました。私も初めてのアメリカ旅行であることや,これから10カ月間FSUで勉強することなどを話しました。すると彼女はメモ用紙をバッグから取出し,もし何か困ったことがあったらここに電話しろと,自分の名前と電話番号それに励ましのメッセージを書いて私に渡してくれました。日本では見知らぬ人にそこまですることはめったにないと思いますが,それがまたアメリカのよさでもあるのでしょうか。そんなことで飛行機の中では結構話が盛上がり,座席から飛出しそうな揺れにもかかわらず,それほど不安を感じることもなく,アトランタからおよそ一時間で無事タラハシーに到着しました。

FSU(フロリダ州立大学)

FSUはタラハシーというフロリダ州の州都にあります。人口は約13万人,フロリダ半島の北に位置し,日本の緯度でいうとだいたい鹿児島の種子島か屋久島あたりになります。豊かな自然環境にも恵まれており,町全体が緑の木々に囲まれています。私が通っていたFSUは学生数2万人を越す大きな大学で,音楽科(音楽学部)だけでも850名(学部生550名,大学院生300名)の学生が在籍しています。科内の運営にあたる教授陣,スタッフ,ティーチング・アシスタントも総勢200名を超え,充実した教育プログラムをサポートしています。演奏施設および研究施設も充実しており,演奏施設に関しては大・中・小ホールに,屋外ホール,スタジオなどの設備があり,そこでは学生や教官,外部の演奏家などによるリサイタル,アンサンブル,オーケストラ,オペラ,ジャズ,ラテン音楽にゴスペルとアメリカならではの実に幅広いジャンルの音楽会が毎日のように催されています。余談になりますが,もう一つアメリカの音楽を語る上で忘れてはならないジャンルがあります。それはバンド(吹奏楽)です。もちろん,バンド演奏を純粋にコンサートで楽しむという方法もありますが,それとは別に,例えば,記念式典のパレードやフットボール,バスケットボールの試合,それにサーカスなどでは必ずこのバンド演奏やマーチングがイベントを盛上げる役割を果します。そういう意味でこのバンドは,アメリカにおいて大きな社会的存在意義をもった音楽のジャンルであると言うことができます。

次に研究施設についてですが,FSUは全米でも数少ない音楽研究センター(Center for Music Research:略してCMR)を持っており,主に次に示したような本学の特徴を生かした研究活動が展開されています。

a.コンピュータと音楽 − コンピュータ・ミュージック,音楽教授,作曲,音楽理論,民族音楽学,および実験研究・記述的研究の統計的分析,などに関するアプリケーションプログラムの開発

b.音楽研究 − 音楽の認知,演奏技能の習得,教授技能,心理音楽学,行動分析などの実験研究の設計および実践

c.音楽療法 − 特殊教育,臨床心理学などの場における音楽の療法的使用の有効性に関する実験的,記述的研究の設計および実践

CMRには,約30台のコンピュータが設置された音楽科専用のラボがあり,そこで教官や学生が自分の研究に関するデータ処理をおこなっています。もちろん,電子メールを送ったりインターネットなどのマルチメディアの操作についても色々と勉強することができます。またここには,これらのコンピュータを管理したり,教官や学生にコンピュータの使用方法や研究の実験計画などについてアドバイスをしてくれるスタッフがきちんと配置されており,何か分らないことがあるとすぐに対応してくれるので安心して施設を利用することができます。実はここのスタッフに川口さんという日本人の方がいらっしゃって,私もコンピュータの使用方法など何かとお世話になっていました。

ところで,私はこのFSUにおいてクリフォード・マドセン教授のもとで研究を進めました。彼は全米はもちろん,世界的に著名な音楽教育および音楽療法の研究者で,特に彼の行動分析的研究は,多くの研究者から支持を得ています。私もこの種の研究に興味があり,彼の著書や論文を読む機会が多かったので,彼のもとで勉強することは,実際の研究方法や内容について理解を深めるよいチャンスでした。また彼のPsychology of Music SurveyとBehavior Modification in Music という授業にも参加させてもらいました。そこでは,音響心理学,統計法,そして行動変容の理論と実践についてきめの細かい講義がなされていました。特に興味があったのは,行動観察の演習でした。いくつかの授業風景のビデオを見て,そこで生起する教師と生徒の行動に関して,観察書式(彼の研究グループによって開発されたもの)を使って実際にデータをとっていくというものです。書式には教師観察書式,生徒観察書式,そして教師−生徒間観察書式の三種類がありましたが,授業成立に関わる問題点を客観的なデータによって明らかにしながら,それらの解決をはかろうとする行動分析的研究にとっては,非常に有用な演習であります。わが国の音楽教育の場において,この種の研究はほとんどおこなわれていないのが現状ですが,客観的であり実践的であるこの行動分析的研究は,今後十分検討されるべき分野として位置づけることができると思われます。

紙面の都合により,これ以上詳しいことをお伝えできないのは残念ですが,フロリダでは,自分の研究内容だけではなく,大学での授業内容や方法,小学校や中学校における教育現場の実態,アメリカ文化と音楽の関係などについて勉強することができました。また大学以外に,英語をボランティアで教えてくれる学校にも通ってみましたが,そこでは今まで触れたことのなかった,タンザニア,チベット,キューバ,イランなど世界各地の人々と話することができ,それぞれの国の社会事情や日本に対する印象などについて身近に尋ねることができました。

ニューヨークとシアトル

帰国途中には知合いをたよってニューヨークとシアトルに立寄りました。ニューヨークでは,行動分析的研究の権威であるコロンビア大学ティーチャーズカレッジのダグラス・グリーア教授を訪問しました。数年前に彼の著書「Design for Music Learning(音楽学習の設計)」を仲間とともに翻訳したこともあって,とても温かく迎えてくれました。彼は,以前は音楽行動に関する研究をおこなっていたのですが,現在は特殊教育関係の研究に携っており,行動分析の理論と実践双方の立場に立った実証的研究を進めています。彼は,私をケラー・スクールという学校に案内してくれましたが(ケラー・スクールとは,行動主義心理学者フレッド・ケラーによって1986年に設立されたモデル校で,応用行動分析の手法によって特殊教育に関連した生活指導,学習指導プログラムが綿密に計画され,実践されている),そこではまさに,行動分析の理論と実践の有機的な連携を図った研究がなされていました。

またシアトルではアメリカの中でも最も美しい大学の一つにあげられるワシントン大学を訪ねました。シアトルといえば,フロリダとは逆にアメリカの北西部に位置し,日本でいうと北海道より北になる都市ですが,私が訪れた3月の下旬には,大学の中に植えられていた桜が満開だったのには驚きました。特に大学の音楽科の前の広場に桜並木があるのですが,それを見た時には,そのまわりにある建物との何ともたとえようのない美しい風景に思わず感嘆の溜息をもらしてしまうほどでした。大学では,心理音楽学の研究者であるジェームズ・カールセン教授を訪ね,大学の研究システムや最近の音楽研究の動向についてお話をお伺いしました。

本当に今ふりかえると短かった10カ月間でしたが,色々な人とめぐりあい,そして色々な音楽とめぐり合い,とても充実した留学であったような気がします。また,アメリカの広さというものもあらためて実感しました。wildなフロリダ,activeなニューヨーク,そしてcomfortable なシアトル。町を歩いていてもそれぞれに個性があり,よさがあり,私自身もその中で色々なことを体験することができたことを嬉しく思います。

最後になりましたが,お世話になった方々に心より感謝いたします。

            

余談−ジョーク

アメリカと言えば,ジョークがつきもの。会話の中でも,またテレビの娯楽番組の中でも常にジョークが飛交っています。その内容は様々で時にはユーモア的であり,また時には皮肉的なものであったりします。私は会話の中では,残念ながらほとんどジョークを理解することができませんでした。時々友人達との話の中でみんなが笑っていて私だけが不思議そうな顔をして考え込んでいると,誰かが肩をぽんと叩いて「ジョーク,ジョーク」と言って,その内容を説明してくれました。とにかくそのジョークを理解するのにも一苦労です。最後に音楽に関係した短いジョークをいくつか紹介したいと思います。何がおかしいのか時間ある方はじっくりとお考え下さい。

(Musical Jokes)

Q: What's the definition of a gentleman ?

A: One who knows how to play the violin, but doesn't.

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Q: How do you get a viola section to play spiccato ?

A: Write a whole note with "solo" above it.

* spiccato − 弦上で弓を跳躍させるように細かく刻む奏法

whole note − 全音符(四分音符の4倍の長さの音符)

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Q: How do you make a guitarist play quieter ?

A: Put a sheet of music in front of him.

         <1996.11 福岡教育大学附属図書館報「ひろば」第107号より>


 木村研究室