えひめから発信する、
視覚障害教育に思いを寄せる人たちの
心を伝える情報紙
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■えひめの視覚障害教育情報紙■
■__はろー六ツ星_____■
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■連載シリーズ「ぼくの工作道具 1」
松田忠昭
我が家には道具箱というものがあって、その中には金づち、のこぎり、きり、
かんな、のみ、ねじ回し、くぎ抜き、ペンチなど、いろいろな道具が入っていま
した。それらは、工作の授業の時に使う、はさみ、切り出しナイフなどとは違っ
て、どれも使ってみたいというぼくの好奇心をそそる物ばかりでした。そんな訳
で、小学部の頃、この道具を使う事に熱中した時期がありました。
まず、くぎ打ちです。板切れを台の上に置いて、左手の親指と人差し指で短い
くぎをつまんで板の上にまっすぐ立てます。右手に持った金づちを釘の頭にそっ
と乗せてみます。その手を少し持ち上げて、軽く「とんとん」と釘の頭を打ちま
す。力を入れて打つと、金づちが釘の頭からそれて指を打ったり、金づちが斜め
になって釘を倒したり、ゆがめたりするのです。そこで、くぎの頭に金づちを乗
せて、それを前後左右に動かしてみたり、金づちを少しずつ高く持ち上げてそれ
をくぎの頭にそっと戻すことを繰り返す、そんなことを何度も根気良く続けてい
るうちに、だんだん手の動きが安定してきました。それに、金づちをあまり持ち
上げないで力を入れて打ち込むこつも、次第につかめてきました。板の上に何本
もの釘を使って、前後左右1列に打っていったり、四角・三角・円など、いろい
ろな形に打ってみることを思いついて、時間の立つのも忘れて熱中したものです。
ねじくぎをねじ込むのも結構大変なことでした。まっすぐに立てて、頭にある溝
にねじ回しの先を乗せて回します。すると、ねじくぎがぐらついて、ねじ回しの
先が溝から外れてしまうのです。そこで、こんどは、金づちで軽く打ってから、
ねじ回しを使ってみました。ところが、ねじくぎが傾いて斜めに入っていくでは
ありませんか。
次はのこぎりです。のこぎりには、片刃のものと両刃のものがあります。両刃
ののこぎりは、一方が粗い目、片方が細かい目になっています。板を縦にひいた
り、竹をひいたりする時には、細かい目のほうを使うと教えられたように思いま
す。最初のうちは、のこぎりが左右に振れるものですから、何本ものすじが付い
てしまったり、刃が傾いて切り口が斜めになったりします。そこで思い付いたの
が、もう1枚の板を重ねて置き、その縁に添ってのこぎりを動かすことでした。
それでものこぎりの先は右の方へずれてしまうのです。何故こんな簡単なことが
出来ないのだろうかと悔しい思いをしたことでした。竹のように丸い物は何も重
ね合わせる物がなくて、まっすぐに切るのは本当に難しいことでした。のこぎり
を前後にまっすぐ動かし、なおかつそれが傾かないようにするには、押し出す力
と引き戻す力のバランス感覚を養うほかないのでしょう。ぼくにはその力のバラ
ンス感覚が育っていなかったようで、のこぎりの使い方はあまり上達しませんで
した。でも、板、木、炭など、長い物を短くひくだけでなく、いろいろな遊び道
具を作る時にも、のこぎりはぼくにとって、なくてはならない大切な道具になっ
たのでした。
次は、木などに穴をあける「きり」です。これは、直径1センチメートルたら
ずの木の棒の先に、針を大きくした細い棒が付いていて、その先は三角にとがっ
ています。板の上にまっすぐきりを立て、手のひらにつばを付けて、きりを挟ん
で手のひらをこすり合せます。つばをつけた手をこすり合わせると、変な匂いが
するものですね。きりもみをしながら、下へ下へと圧力を掛けていくと、穴があ
きます。これは、盲人のぼくにもそれほど難しいことではありませんでした。
かんなは、幅6・7センチメートル、縦20センチメートル、厚さ5センチメー
トルぐらいの厚い木の台に、刃を取り付けて、板などを削る道具です。台の端か
ら3分の1ぐらいの所に幅広い斜めの隙間があります。そこへ、刃を差し込んで、
金づちで打ち込むと、刃先が台の裏側に出てきます。刃先が出過ぎた時には、金
づちで台の後ろ側を「とんとん」と叩けば、調節することができるのです。板を
削る時には、台の上に斜めになっている刃の大きくなった所に手を掛け、向う側
から手前の方に引っ張ります。「しゅーしゅー」と音がして、かんなくずが上に
出てきます。すると、ざらざらしていた板の表面が「つるつる」に変ってしまう
のです。時々近所の大工さんや下駄やさんの仕事場へ遊びに行って、板や四角い
木などを削っている手を触らせてもらったり、削る前と削った後の木の表面に触
れて、それぞれの手触りの違いを比べてみたりしたこともありました。削ったも
のはとても「つるつる」していて、「ぼくもこんなにきれいに削ることができた
らいいのになあ。」と羨ましく思ったものでした。かんなで削るには、力がいる
し、刃先の調節が難しいので、ぼくには、それを上手に使うことは出来ませんで
した。それでも、小さい板や木であれば、削ることができたので、結構楽しく遊
んだものです。
のみは、角を削り取ったり、彫ったりする時に時々使うことがありました。よ
く切れるので、怪我をしないように、細心の注意を払って使ったものです。
同じ事を何度も根気よく繰り返し、ああでもない、こうでもないと、いろいろ
に工夫していくことの面白さ。だんだん使えるようになっていくことのうれしさ。
更に、道具を使っていろいろなものを作っていくことの楽しさ。
次は何を作ってみようかなと、僕の好奇心はますます膨らんでいくのでした。
■連載「妻として、母として」part eight
「小さなほろ苦いお話」
和田佳子
入梅の季節をむかえ、蒸し暑くビールの美味しい時期となりました。
ビールの様なチョット胸がほろ苦くなる思い出をお話しいたします。
私たち夫婦はまだ若く、長女は5歳、長男は2歳の丁度今くらいのある夕食の
出来事です。そのころはよく気の付いていた長女は、その日、晩酌にビールを飲
んでいた主人のコップのビールが少なくなっているのを見て、黙って注ぎ足した
のです。その時、私がよく気が付くなと思った瞬間、「黙ってついだらいかんか
ろが!目が見えん人は中の量を考えてコップを傾けて飲むんじゃから、勝手な事
をするな!」と、叱ったのです。子供はただ驚いて、何も言えませんでした。もっ
とも悪い対処をしたのは妻であり、母である私でした。子供と同じように何も言
えなかったのです。封建的な家庭に育った私は夫に口答えをするという事をしな
かったのです。
母として、子供のよく気が付いた事をほめてやり、実際に行動した事をほめて
やらなくてはならなかったと後悔しています。又、妻として、「夫のビールがこ
ぼれてびっくりしたことよりも、まず親切にした長女をほめるべきだ。」と自分
の考えをその時に言わなければならなかったと後悔しています。そして、その上
で、視覚障害者は今どんな状態かを自分の感覚で分って、それを元に次の行動に
移っている事を目の見えている子供達にも教えなければなりませんでした。そう
すれば、もっと楽しく視覚障害について理解する事ができたと思います。例えば
コップにたくさん液体が入っているときは、ほとんどコップを傾ける事無く飲む
ことができます。中身が少なくなればなるほどコップを傾ける角度は90度に近
づいて行きます。そんな事も子供に教えてやれたかもしれませんし、視覚障害者
にはとにかく積極的に声をかけるという事をするように話す事もその時にできた
と思います。それらの具体的な事はその後の日常生活の中で、わが子達は十分に
分っていきはしたのですが・・・
あれから十数年、子供達は視覚障害について違和感なく、視覚障害をどんなも
のか分っているけれど、全く当たり前に視覚障害を特別なものではないという感
覚で捉えながら、成長しています。妻である私も成長して、夫に言わなければな
らない事も、十分すぎるほどに言えるようになりました。とにかく、夫婦であれ、
親子であれ、分っているつもりではだめで、必ずコミュニケーションをとるとい
うことは最重要点です。誰でも誰とでも、いつでも、いつの時でも・・・。
■連載・情報処理と私(8)
「旬の過ぎたアイデア」
-ダイアル式電話のタッチマーク-
(後編)
和田浩一
ダイアル式電話のダイアルの穴の位置を素早く見極める方法、みなさん想像で
きたでしょうか?
端から一つずつ数えると、数字の小さな1・2・3や逆に反対側から0・9・
8などは短時間で探ることができますが、5・6といった場所は端から遠いので
時間がかかります。この1本の指で探る方法に代えて短時間で番号の位置を確認
する方法があります。それは親指を除く4本の指を同時に使って連続する4つの
穴に指を入れることで番号の位置を確認します。この方法であれば1から4まで
の位置を瞬時に確認できます。逆の手を使えば7から0までの位置を確認できま
す。そして、指をダイアルの穴に置いて指を離さないようにして、指を抜き差し
しながら電話をかけるというテクニックが目の見えない者のダイアル式電話のか
け方として使用されていました。
このダイアル方法も前回キーボードのタッチタイプ法と同様に複数の指を基点
に定めて能率よく操作する方法といえます。視覚障害者にとって、使いやすく開
発されたものでなくても操作方法を工夫することで、より正確で能率のよい操作
が可能となります。このような操作テクニックを身に付けることも重要であり、
このようなノウハウを知るか知らないかで同じ道具を使用しても操作能率に差が
生じます。
また、既存の機器に触知の手がかりとなるシールを添付することで操作性が向
上します。NTTが視覚障害者用にダイアルの中央部分にアナログ時計の針のよ
うな3本の凸印を3,6,9の穴に向けて示した触知板を用意して希望によって
配布していました。盲学校の公衆電話にもこの印があり、この手がかりを利用す
ることで、番号の位置を探索するのが容易になりました。この原稿を書きながら
ダイアルの数字の位置を触知するためのアイデアが浮かびました。それはタッチ
マークとして3,6,9の穴の縁に凸印を付けるというもので、指を穴にかけた
際に直接、3、6,9の位置を識別できます。NTTのものと比較すると探索動
作がなく電話をかける動作で即座に確認ができます。このアイデアはもう実用さ
れることは無いと思いますが、なかなかいいアイデアと私は思います。
■雑記帳
「イラン映画」
氏間和仁
先月、仕事で神奈川へ出張した際、私は恩師宅へお邪魔しイランの映画を観る
機会がありました。「太陽は、僕の瞳」というタイトルで、主人公はテヘランの
盲学校に通うモハメッドという8才の男の子です。彼は実際の盲学校の児童で、
撮影されたのも盲学校のようでした。モハメッドの父は妻と死別しており、再婚
を考えていました。モハメッドの郷は田舎で、モハメッドの存在が再婚に災いす
るのではないかと父は思っていました。夏休み寄宿舎へモハメッドを迎えにきた
父はテヘランで結納品を買い揃え帰郷しました。父は婚約者をまだ家へは呼んで
いませんでした。父は葛藤していました、結婚したい、でもモハメッドがいたの
では・・・。そこで父は盲目で工芸職人をしている男の元へモハメッドを連れて
行き預けてしまいます。結局、何かの理由で再婚は破談となり。父はモハメッド
を迎えに行きますが、その帰り道、折からの大雨で増水していた川へ転落してし
まうというストーリーでした。実に悲しい話ですが、この映画はモントリオール
映画祭グランプリを受賞した作品であるとDVDのケースに書いてありました。
まず、日本では題材にされない内容だなぁと、上映後の二人の感想。日本で作っ
たなら、モハメッドが地元の小学校かどこかで優秀になるか、婚約者またはその
関係の人の命を偶然にも助けるかして、婚約者の心が動かされるか、何にせよハッ
ピーエンドでしょう。ドラマにせよ、映画にせよ、障害者が特殊な能力を持って
いるか、想像も付かないような偶然が重なり美談になってしまう。でもこの映画
を初め、ダンサー イン ザ ダークやダスティン ホフマンとトム クルーズ
が共演したレインマンをはじめ海外の映画が障害者を取り上げるとき障害者を原
寸大で描こうとしているように私には写ります。私はこの点で海外の映画の表現
の純粋さを気に入っています。アイ アム サムや、フォレスト ガンプなどの
ように陽気な映画もありますが、それはそれでしっかりとした裏付けがあり、現
実に近い世界を描いているように思います。
日本の映画が障害者を描くとき、美談になるのは、現実から目をそらすためか、
そういう社会を願ってのことか、障害者はスーパーマンだと本気で思っているの
か、真相はそれぞれでしょうが、観ていてうなずける邦画を観たいと思うのは私
だけでしょうか。映画に詳しくない私が適当なことを書いたので、いろいろな意
見があると思います。いい映画があったら教えてください。
感想コーナー
感想1
ある県立学校教員の方からの感想です。
今月の「六ツ星」は読み応えがありました。特に松田先生の「ぼくの手伝い」
は自分の時代とオーバーラップし、とても懐かしく読ませていただきました。な
かでも「はがま」「たきもん」等々すべてに近いほど僕の時代そのものです。
でも、牛のえさを作る藁きり器具は「ぜつめ」とありましたが、我が家では
「押し切り」という名前でした。しかし、構造はまったくそのとおりです。
そういえば、我が家にも牛、豚、鶏など本当にいろいろな家畜がいたものです。
悪いことをしては、牛小屋に閉じ込められて何度牛とともに一夜を明かしたこと
か。
今の時代、サザエさん家の波兵さんのような雷親父は遠い昔の遺物なのでしょ
うか。あの時代は怖かったけれど、今思えばよく怒る爺さんほどよく甘いお菓子
をくれたものでした。あのころは、怒鳴り声にも愛があったのでしょうね。それ
に、何でも親に言いつけるおせっかいおばさんもよく出没していました。外で遊
んでいて自転車で転んだときも親には黙っていようと思っているのに家に帰ると
すでに知られていたり、「友だちのところで勉強してくるね」などと親をだまし
てしめしめと思っていても「○○ちゃん、垣生山で遊びよったね」ととても親切
な近所のおばさん。晩御飯もなしでそのまま牛小屋送りなんてこともしばしば。
あのころの町内は本当に油断もすきもありませんでした。だから、悪いことは悪
いと学習できる環境が自然に出来上がっていたように思います。現代のように、
「地域の教育力を高める」などと声高らかに叫ばないといけない今の世の中少し
悲しいですね。ほんと松田先生に感謝です。忘れていた何かを思い出させていた
だきました。
感想2
ある大学教員の方からの感想です。
松田忠昭先生の「ぼくの手伝い 2」は、声に出して読みたい日本語にぴった
りだなあと思いながら読みました。バケツの重さが伝わってくるような文章です
ね。祖母の家のかまどの暖かい火のゆらぎを思い出しました。
和田 佳子先生の愛のお弁当は、浩一先生がうらやましくなりました。だって、
ハートの形のお弁当など当方は作ってもらったことがありません。娘がお弁当の
時に、ついでに当方の分も作ってもらえるという境遇?でしたので。和田先生が
うらやましいけれど、実際に蓋を開けてみてハートが出てきたら、当方の歳では、
思わず恥ずかしくなって赤面してしまうかもしれませんが、一生忘れられないで
しょうね(お弁当というとハート型(いや、ハート型が出てくるとお弁当かも)
というトラウマになったりして)。
この他にも多くの方からの御感想をいただいています。ありがとうございました。