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はろー六ツ星第3号

えひめから発信する、 視覚障害教育に思いを寄せる人たちの 心を伝える情報紙
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■えひめの視覚障害教育情報紙■
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■連載「水も友達1」
松田忠昭
 ぼくが小さい頃、我が家では堀の中で、何処にでもいるような鯉を沢山飼って いました。その堀は家の西側にあって、南北6メートル、東西4メートル、深さ60 センチぐらいの広さでした。東側と西側は石垣になっていて、南側と北側には、 堀へ下りて行く石段があります。堀の中の南西の隅には平たい石が置いてありま した。その下は石によって光が遮られ、鯉にとっては憩いの場所になっていたの かもしれません。きれいな水が湧き出てくるので、その堀では、ご飯を入れてお く「おひつ」や「したみ」などを洗ったりしていました。「したみ」というのは、 細くした竹で編んだ篭のようなもので、夏にはその中に余りご飯を入れて、涼し い所へ吊っておくのです。堀に浸しておいた「したみ」を引き上げてみると、ご 飯粒を食べにやってきた鯉が、ばたばた跳ねていることもよくありました。ぼく にとってこの堀は、水と仲良しになるための大切な場所でもあったのです。
 ぼくが5歳になった頃のことだったと思います。小蝉が鳴き始め、暑くなって きたものですから、部屋で素っ裸になって堀へ行き、一人で遊ぶことにしました。 西の入り口を出て石段を下りて行きました。一番下の段から水面までは5センチ ぐらいです。後ろ向きになって水の中へ入り、肩まで水に浸かってしばらくじっ としていました。水の中ってこんなに気持ちの良いものかと初めて感じました。 やがてゆっくり立ち上がり、東側の石垣に添って歩き始め堀を一周します。南西 の隅にある平たい石に触ってみると、とてもぬるぬるしています。長い間水に浸 かっているとこんな風になるのかなと思いました。
 さてその次です。何とかして鯉を捕まえてやろうと、その方法を考えました。 「鯉は広いところで泳ぎまわっているに違いない。」そう思ったぼくは堀の中を できるだけ速く歩き回ることにしました。そうすれば、鯉はびっくりして、きっ と石垣の隙間へ逃げ込むに違いないと思ったからです。水の底はどろどろしてい ました。それがヘドロだとは知りませんでしたし、動き回ればそれだけ水がにごっ ていくのに、ぼくにはそれが分かりません。随分汚い水になっていたことでしょ う。頃合をみて、石垣に近づき、端から順に隙間へ手をつっこんでいきました。 いくつ目の隙間だったでしょうか。手を突っ込むと、鯉の尻尾が手に触れたので す。「やった!やった!」と声を上げて大喜びしたものです。尻尾をつかんで隙 間から出してみると、それは10センチぐらいの小さい鯉でした。しばらくして手 を離してやると、一呼吸おいてその鯉は逃げていきました。ぼくは次の鯉を捜し 求めて先へ先へと進んでいきます。
 ある時には、捕まえた鯉をバケツの中に入れて、頭から尻尾の先まで触ってみ ることもありました。泳いでいるところを触っていて、鯉はお腹を下にして泳ぐ のだということが分かりました。眼は、体からかなり飛び出しています。指先を 口の中へそっと入れてみると、ドジョウやウナギのような鋭い歯はありませんで した。こんなぼくの様子を見ていた叔父は「バケツのような狭い所へ鯉を入れて おいたら、鼻をぶつけて死んでしまうぞ。」と教えてくれました。このように、 何にでも触れたがるぼくだったのです。
 また、堀の中へタライを持ちこんで遊ぶのも楽しいものでした。木のタライに 乗って向こう岸まで両手で漕いで行ったり、タライを傾けて水を入れてみたり、 タライを臥せてその上に乗ってみたり、金のタライを持ってきて、木のタライと 同じことを試みたりしたものです。いつしかぼくは水を全く怖がらなくなり、水 と大の仲良しになってしまったのです。
・水の中はなぜこんなに歩きにくいのだろう?
・ぼくは水の中で呼吸することが出来ないのに、鯉はなぜそれが出きるのだろう?
・水を入れても木のタライは沈まないのに、金のタライはなぜ沈んでしまうのだ ろう?
 こんな?(はてな)の不思議に出会った幼い頃の、楽しい楽しい水や鯉との思 い出です。
 ところがその堀は、今から30年ほど前、ぼくに何の相談もなく埋められてしま いました。この正月に兄弟が生家に集まった時、堀に寄せるぼくの思いを話した ところ、弟が「いつでも復元できるよ。」と言うのです。いつか復元してもう一 度水をためて、タライを浮かべてみたいものだと思ったことでした。

■連載「妻として、母として」Part three
おめでとう御座います。
和田佳子
 皆様、明けましておめでとう御座います。新年ということで、今までの生活の 中で嬉しいことを書いてみます。
 それは何といっても子供の誕生だと思います。我が子は、それはもう本当に可 愛いのです。どんなにそばに他の子供がいてもいなくても、自分の子供だけが可 愛いのです。他の子は見えても視ていない、声が聞こえても聴いていないのです。 本当に我が子だけが愛しいのです。それもそのはず、24時間常に一緒にいるので すから・・。「顔をみたり」「触ったり」、何か声を発したり、何かができたり、 もうそれだけで、神様のようにすばらしい事なのです。天才なのです。
 ところが自分の側を離れ、幼稚園や保育園・学校などに行き始めると、とたん に他の子供達も我が子と共に、存在感が大きくなってくるのです。すると、我が 子はあまり可愛くない子供になったり、賢くない子供になったり、不器用な子供 になったりするのです。つまり、絶対評価から、相対評価の部分が割合的に多く なるのです。それでも我が子は特別なので、こんなはずではないと、思わず励ま したり、叱ったり、時には感情的に激怒したりするのです。それでも子供達はど んどん親に負けないように、強くたくましく自己を確立していくのです。気がつ けば、親だけが同じ所に留まり、我が子に醒めた眼で視られているとも気づかず、 必死で子供に、小さな親切・大きなおせっかいを、続けているのです。おそらく 死ぬまで・・・。
 これは親が視力障害者だからか、そうでないかは分かりませんが、目の前で声 や音をたてなければ、何をしているのか分からないので、必ず正直に何をしてい るのかを言うようにさせました。たとえ、それが悪いことでも。長女(現在20歳) は、今も確実に実行してくれます。「母親にだけは、」悪いことだったら、正直 に言って偉いけれど、それはしてはいけないことだったら、厳しく叱ります。今 でもです。「今更、言っても仕方がないじゃないか。」と、切り替えされますが、 子供でも大人でもその最中でなければ実感して判断できないから、今が言わなけ ればならないときだと思えば、絶対に意見を聴かせます。言うだけ言えばそこは 親子、お互いの言い分を分かった上で、判断していくことが出来ます。時として、 親子の口論を客観的に聴いているもう一人の子供の意見が最も適切な場合が多く はなってきましたが・・・。
 そんな親にも、子供を通して貴重な経験や、すてきな出会いがあるのです。そ れは子育てという共通の悩みや喜び、似たような価値観を持つ保護者との出会い、 そしてその中には、かけがえのない友となり、現在でも子供の悩みや、人生・社 会問題などを語り合い、深いおつきあいをしている方もおられます。
 私の場合、保育園の父母の会では会長を決める際、誰も名乗りを上げず、この ままいくと明日になってしまう勢いでしたので、専業主婦(その当時)の私が 「眼が見えないので、できることは限られていますが・・・。」と、名乗りを上 げました。
 小学校でも中学校でも、自己紹介で、「視力障害があります。」と言い、「で きることをお手伝いさせて頂きます。」と言えば、「私たちがお手伝いするから、 代表をやってよ。」と言われ、約10年、PTAに携わりました。視覚障害を持つ私 ができることと言えば、「話すこと」、「意見をまとめること」、「アイデアを 提供すること」、「みんなの心をわかり」、「楽しいものにすること」そんなこ とで、具体的な事は分担してみんなにやって頂きました。それでも生まれつきの 底抜けに明るい私の性格は、知らぬ間に楽しい集まりの会のようになっていて、 1年1年が(大小のトラブルはありましたが)あっという間に過ぎていきました。 文字は書けないが、内容は考える、内容や日程などを考えて、都合のつく人に一 緒に実行してもらうなど、楽しい思い出ばかりのような気がします。~PTAは、 魔女や、妖怪の住むところと言われているだけあって女性がほとんどのその集ま りは、確かに理解しがたい方もいらっしゃりはしましたが・・・~
 とにかく子供の誕生、子育ては、子供が育つのは言うまでもなく、親は子供と 共に成長させてもらっているのです。自分が生きた生き方とは違う生き方が子供 を通して、違う生き方を生かして頂いていると実感します。そのおかげで、現代 の学校や、社会の問題点を改めて再発見させて頂いています。その教訓が、現在 私のライフワークの一つ、総合学習での福祉教育の授業に単発的にではあります が、講師として行かせて頂いている中に、生かす事ができます。これからの未来 を担う大切な子供達に人は皆平等だということ、命は唯一絶対の大切なものであ るということ、障害は不便ではあるが、幸せか、不幸せかは一人一人の自分自身 の心が決めるということそんな事を子供達に視覚障害を一つの自分の個性として 持つ私という普通の人間を通して感じてもらえたらと願いつつ、今日も学校に出 かけています。
 大切な子供達が心身共に健全に幸福に育つことを今日も祈りながら・・・。

■連載「情報処理と私(3)」
和田浩一
 「情報処理と私」というテーマで連載させていただいておりますが、先月の2 回目の内容は、キーボードを打鍵し終えてみると、情報処理の内容に触れること なく書き終えていました。情報処理の内容がいつ出てくるのかと思われたかもし れません。視覚障害に関する私の体験から視野狭窄、色弱など視力以外の視機能 について、その障害に気付かぬままに生活する中で自然に不自由さを自覚するこ となく適応していた状況をお伝えしました。この内容を視覚情報処理と捉えるこ ともできるでしょうか。
 人が情報を処理するためにはまず情報の出入り口が必要です。感覚器を通して 情報を認知して思考や判断をして行動しています。一般に視覚からの情報が80% と言われていますが周囲の環境を認知する場合は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触 覚(皮膚感覚)、平衡感覚などが働きます。一方、体の内部の状態を知る感覚と して筋や関節にある深部感覚がありますが、あまり意識されない感覚と思います。 この感覚は自分の身体の位置や運動を知るもので、視覚障害者特に全盲者の運動 や動作にとって重要であると思います。また、感覚の中でも言葉や文字として情 報を伝えることができるのは、視覚、聴覚、触覚です。嗅覚や味覚は文字を表現 することは難しいと言えます。
 人は言葉を発明して、コミュニケーションや知識の共有を図って急速に進歩し てきました。情報を文字によって記録し、伝達し、蓄積して世代を越えて知識や 知恵を高めて、文化的な創造や生活の利便性を高めるなどの進歩・発展をしてい ます。また、人は道具を作り、作業の能率アップや能力の向上を図ってきました。 コンピュータは情報処理の道具として社会で多くの人が利用するように急激に普 及しています。
 情報化社会の到来によってコンピュータで処理される情報が広く普及してきた ことは、視覚障害者にとって文字情報の共有化という点で大きな意義があります。 視覚に障害がある場合はデジタル化された文字を音声や点字として活用していま す。目が見える場合は情報のアクセスの中心は視覚情報ですが、視覚に障害があ る場合は、この情報を視覚以外の手段でアクセスするわけです。コンピュータと いう情報処理に使う道具を視覚障害者がどのようにアクセスするかについて、今 後の連載で、私の体験を通して考えてみたいと思います。

■雑記帳
「弱視とはさみ」
氏間和仁(うじま かずひと)
 1月に山形で開かれた弱視教育の研究会に参加しました。14本の発表の中に、 「弱視のハサミの効果的な指導法」という奈良盲学校の先生の発表がありました。 ハサミで紙をまっすぐ切ったり曲線をなめらかに切ったりするためには全体を見 渡してハサミと紙を動かす必要があります。しかし、弱視の場合は眼をハサミの 切断部に近づけざるを得ないため、視界は暗くなり、全体を見渡した操作もしに くくなり、ハサミの刃が銀色で白い紙を切るときは刃と紙を判別しにくくなりま す。そこで奈良の先生はハサミの刃の部分に5mm間隔で黒の線を書きました。今 切断している印と紙に描かれた線を見て、5mm先の次の目盛りと紙に描かれた線 を合わせるようにハサミと紙を操作することで、わりときれいな曲線で切断でき るというものでした(分解能は5mmになりますが慣れることで改善されるのでは と思っています)。その発表の後、私たちは集まって、自分たちが普段考えてい ることや、お互いの意見に刺激されて沸いてきたアイデアを出し合いました。そ の結果、5mmの黒の破線を銀色の刃に描いてはどうかというあたりに収束したよ うに思います(お酒も進んでいたので、断言できないところがつらい)。そうす ることで、白い紙でも暗めの色の紙でもどちらでも刃と紙のコントラストを保っ て切ることができます。
 今回の経験もそうですが、「なぜ、この子はハサミが上手に扱えないのだろう。」 という疑問。そして原因の追求、その解決策を探るための的を射た試行錯誤、こ の流れが特別支援教育では欠かせない視点であり態度だと思いました。子供たち のできないところはよく目につくのですが、それに寄り添い解決していく姿勢が 専門性だと改めて思った次第です。

■<編集後記>
 今月号より、より親しみを込める意味で紙名を「はろー六ツ星」に変更いたし ました。今後ともよろしくお願いします。

<感想コーナー>
・本校の生徒への指導の中で生かしていきたいと思いました。(高校の校長先生 よりお葉書でいただきました)
・家庭科の指導で、和田佳子さんの体験談には刺激を受けています。(県立学校 家庭科の先生より電子メールでいただきました)
・内容は具体的でよく分かります。真摯に子育てや教育に関わっている人にとっ てこのような情報が手に入ることは非常にありがたいことと思います。今後とも 期待しています。(以前教師をされていた方より直接お聞きしました)

この他にも沢山の声をいただいております。ありがとうございます。