コラムとおまけ

  
(毎日新聞の土曜夕刊「水脈」に月に一回書いているコラムです。これはもう掲載ずみの分です。時々、字数の関係などで、実際に掲載されたものと微妙にちがっていることもあります。)
  
  

ピンクのブラウス

 叔母が亡くなった。八十歳を過ぎ ても赤い靴をはき、洒落た服を着て 明るく医者の仕事をしていた。
 叔父も数年前に亡くなっているの で、住む人のいない家の片づけをし ていたら、たくさんの服に混じって、 (胸にも袖にも)フリルだらけの淡 いピンクのブラウスがひとかかえ出 てきて、ちょっと笑えた。
 叔母は昔から私を大変かわいがっ た。高価な服をいくつも買ってくれ た。しかし、まだ若くて地味でシン プルな服が好きだった私は、叔母が 私に着せようとするゴージャスな服 が苦手だった。それで一計を案じて、 「白いブラウスがほしい」と言って みた。高級なブラウスは私には手の 出ない値段だし、これなら(いくら 何でも)そう派手なものはあるまい と思ったのがたいそう甘くて、叔母 はめったにねだらない無愛想な姪が そんなことを言ったのに大喜びで、 (これでもかという勢いで、)もの すごく高価なブラウスを何枚も買っ てくれたが、それが皆、宝塚の舞台 にでも立てそうな豪華なフリルつき で、こんなのとても普段には着られ ないと私は作戦の失敗を確認した。
 一方叔母は、それまでは興味のな かったブラウスにも思いがけず華や かなものがあると知って、はまって しまい、次々にきれいなピンクのブ ラウスを買っては楽しそうに着てい た。またそれが、よく似合った。
 叔母がていねいに保管していた、 いい香りのするやわらかいピンクの ブラウスを両手に抱えると、それが 惜しみなく私に注いでくれた叔母の 愛そのものに思えて、喪失感より限 りなく豊かな気持ちがあふれてくる。
  
  

それはそうだろうなあ

   
 映画「スター・ウォーズ」の最新 作が、ブッシュ大統領を批判してい るように見えると抗議されて、監督 が否定し弁明しているとのニュース をインターネットでちらと見て、妙 に納得してしまった。
 私は最近あちこちで、「古典は現 代を生きるのに役立つ。今、世の中 で起こってることの大抵は、皆古典 に登場する」と言って回ってるのだ が、その一つは、古典文学を読んで ると、それこそ紀元前から近代まで の、正義と悪というものの、だいた いの条件と基準がわかることである。 これはやはり人類の智恵の蓄積とい うもので、「最後には勝つ正義の味 方」なら、決してやらないこととい うのは、古今東西大まかにでも断固 として存在するのだ。
 ハリウッド映画の伝統も当然こう いう要点はしっかり継承している。 でなければ大衆をひきつけて、健全 な方向に教育して国益を高める良質 な娯楽活劇は作れない。
 ところが最近それをやると、「マ トリックス」でも「トロイ」でも、 自国を侵略する強大な悪と必死に戦 うヒーローたちのせりふや行動は、 どう見たってアメリカのイラク政策 批判やブッシュ攻撃に聞こえるし見 えてしまう。
 いったい、こんな映画を見て米国 民はどうやって感情移入し、どんな 風に感動しているのだろうと、大き なお世話だが不思議でならなくなっ てきていた。「キングダム・オブ・ へブン」も米国内で不振というし、 やっぱりそうだろうなあとどこかで ほっとし、いやしかし安心してる場 合じゃないのかもしれないが。
      
   

何という風土!?

   
   
 先月の末、田舎の母が契約した必 要もない床下工事を即刻中止しても らった、その後始末にしっかりひと 月かかってしまった。その間ついや した労力と精神力はばかにならない が、まあそれは相手の方も同じかも しれないからおいとくとして、びっ くりしたのは、相談に行った消費者 センターで「職場への連絡は、セン ターからとわからないようにします から」と言われたことで、一瞬何の ことかわからず「はあ?」と間抜け な声を出してしまった。
 こういうことが職場に知られたら 困る人も多いのだと、やっとわかっ て、「ご心配は無用です。この件を 私、職場の同僚に口がくたびれるぐ らい話しまくってますから」と答え たのだが、その後また、別の人から、 「あなたは大学の先生だから、そう いうことは隠したがるだろうから、 交渉はしやすい、と業者の人は考え たのかもしれないね」と言われてま たまた腰が抜けた。
 かねがね、セクシャルハラスメン トでもレイプでも、被害者はちっと も恥ずかしくない、恥ずかしいのは 加害者だ、と声を大にして学生にも 世間にも教えているのだが、なるほ どこれでは浸透しないわけである。
 「そういうトラブルを抱えている ことがわかっただけでも、職場での 評価が悪くなる企業もある」と聞く に及んで、あいた口がふさがらなく なった。そう言えばこの国では『こ とを荒だてるな』『お騒がせしてす みません』がモットーらしく、そりゃ 私だって、めだたずひっそり生きる のが好きではあるが、それはまった く、ことと次第によりけりである。
   
   

家族をひきさくもの

   
 青天の霹靂だった。
 年度末で忙しく、どうしても実家 に帰れないのに、(Sという)シロ アリ業者が床下の点検に来るという。 昨年もトラブルがあったので老母に 「どんな工事も契約するな。どうし てもと言ったら必ず私に電話させろ」 と念を押していたのに、会議の合間 を縫って電話で聞いたら、「50万 円の耐震工事を契約した」とのこと。
 気がついたら電話口で、声を限り に母に向かってどなっていた。
 母を傷つけて自分も傷つき、その 後、恐怖が押しよせた。あれだけ約 束しておいたのに、こんなことをす るとは、母の精神状態はおかしくなっ たのではないか。絶望と不安の中、 重要な仕事も中断して、真夜中の吹 雪の中を往復六時間かけて実家に往 復し、母の無事を確かめた。
 会社に電話し、工事の中止を頼ん だら了承していただけたが、既に大 部分取り付けた器具を皆外してもら うのも家がこれ以上傷つくのが心配 で、結局未完成の工事に43万払う ことになった。この間の私の精神的 肉体的ダメージ、仕事の遅延による 各方面への被害など、もちろん何の 補償もあるわけではない。
 あまりに納得いかないので、現在 消費者センターに相談して今後の対 応を検討中である。その過程で唖然 とするような事実も新たにいくつか 判明した。
 年寄りを自立させろと言うし、私 もそうしたいけれど、それがいかに 危険で困難な世の中か、あらためて 痛感させられる。このような実態を 行政の方々はどれだけ把握しておら れるのだろうか。
  
  

間違ってもいい

   
 新一年生に演習の心得を教えてい て、「何はさておき、まちがいがはっ きりわかる演習をしてくれ。『同国 山がたの』という文章は『同じ国の 中の山形の町の』というのが正しい 訳だが、これを『同国の山がたの』 と訳されると、わかってるのかわかっ てないのか判断できない。『同とい う国の山の方角の』と訳したら大ま ちがいだが、それがはっきりわかる だけ指導もできるし進歩も早い。× をつけにくい答えをしようとしてい ると、結局『どっちの意味だろう』 とつきつめて判断する力が(どんどん) 鈍って、ろくなことにはならない。 私なんかもう年寄りだから、ごまか して世間に害毒流してもあまり長い ことじゃないが、あんたたちは先が 長いのだから」と言ったところ、授 業の感想で大勢が「まちがってもい いんですね!?」と(本当に)うれしそ うに書いていて、妙に切なくなって しまった。
 「若い連中が、そんなに『まちがっ てはいけない』と気をはりつめてる 世の中ってよくないなあ。作った私 らの責任だけど」と同僚に言うと(彼 女は)「でも今の学生は、きっと『山 形』も知らないよ」と言う。「まさ か」と笑うと「だって先日、二十歳 ぐらいで死んだ猫の話していたら(学 生の)一人が『大吟醸ですね』って言 うんだよ。『は?もしかして、大往 生って言いたい?』ってったら、あっ と絶句してた。そんな程度なんだか らさ、最近の若者は』と彼女は憮然 とした。
 まあしかし、大往生した猫が大吟 醸のびんを抱いてあの世で一杯やっ ている図というのも、それはそれで 悪くもないような気もするが。
  
  

知りたくもないこと

  
 卒業論文の指導を担当すると、そ の学生の個人データが記載された状 況調査票というのを渡される。これ を熟読玩味して指導に役立てる先生 もおられるようだが、私はこれを見 るどころか持っているのも苦痛であ る。他人についての情報なんか中途 半端に知りたくはなく、余分な知識 はいっそ指導の邪魔でしかない。彼 らの理解力、分析力、構成力、感性 を見つめて評価し指導する上で、親 の職業や家族構成を知る必要がある と感じたことなど一度もない。
 それは学生に限らない。私は長く つきあっている人の多くの、家の場 所も勤務先も知らない。学歴も貯金 通帳の残高も興味がないし、それで も彼らを充分に理解できる。
 そんなのは普通と思っていた。少 なくとも生き方のひとつとして通用 すると思っていた。ところが、最近 いろんな場で自分の個人的生活に非 常に興味や関心を注がれることが多 くなった。どう考えても、そんなに 近しくない人が当然のように私の個 人的なことを知ろうとし、それを不 思議に思っていない。そしてどうや らそれが、今の日本の世の中では多 くの人のつきあい方であるらしい。
 だとするとだ…私はレイプや性犯 罪を激しく憎む。それを防ぐために、 犯罪歴の公開が必要なら賛成したい。 だがその一方、これだけ、他人に関 する興味や関心に節操も歯止めもな い国で下手に情報を流して、きちん とうけとめる基盤があるか不安だ。
 人の一部を、あるいは過去の一部 を知ることは、その人と真剣に向き 合い理解する上でまったく何の役に もたたない。そのことだけは少なく とも肝に銘じておくべきだろう。
  
  

「電車男」と洒落本

  
 話題の本「電車男」を読んだ。2 ちゃんねるという匿名巨大掲示板の 書き込みを本にしたもので、電車の 中で酔っ払いから助けた女性と恋を 成就させるまでの悩みををいちいち 相談する若者に、匿名の参加者たち が必死になって知恵を出し合い、支 援するのが、おかしくも楽しい。
 2ちゃんねるは過激で乱暴な場所 と言われるが、時々のぞいてその乱 暴さとはちぐはぐの古色蒼然たる常 識ぶりにあきれていた私は、この人 情長屋風の展開をそんなに不思議と 思わなかった。むしろ、こういう個 人的なことを公開相談するのが肌に 合わない私が、全然抵抗を感じなかっ たことの方に驚いた。
 それは、この電車男と呼ばれる青 年の人柄のせいもある。どこかで見 た性格だと首をひねっていたら、江 戸時代の遊里を描いた滑稽な読み物、 洒落本にいつも登場する「息子」と いうタイプにそっくりだった。おっ とりしていて、流行や遊びに詳しく なく、素直で悪びれない。吉原に詳 しいと自負してあれこれとマナーや 身につける小物を指導する「半可通」 の言うことを素直にそのまま聞いて、 結局は彼の方が遊女にもてる。
 助けた女性がお礼に送ってきたカッ プのブランド名も知らず、「何でしょ う?」と書く彼に、「それは高級品 だ!」と色めきたち、「デイトに着 て行く服は」「食事に行く店は」と アドバイスする掲示板参加者たちは、 洒落本の「半可通」よりはずっと品 も感じもいい。それでも、そこに流 れるちょっとした切なさ(や、ひとつ まちがえば殺伐としそうでそうなら ない危うさ)までが、洒落本の世界と 妙に共通する。(人の心は変わるよう でその実ほとんど変わっていない。)
  
  

時の流れ方

  
 それにしても、この忙しさはまっ たく何とかならないものか、とさす がの私もいやになりはじめた。毎日 ほとんど分秒きざみで動いている気 がして、板子一枚下は地獄とかいち かばちかとか縁起でもないことばば かりが、なぜか次々頭に浮かぶ。
 あちこちの大学で同年輩の方が急 死されているのを見ても驚いたり悲 しんだりする前に、そうだろうなあ と納得したり、これでゆっくりお休 みになれるだろうなと不埒なことを 考えてしまう自分が恐い。
 高速道路を高速で飛ばしていると 百キロ越えてもあまり速く走ってい る感じがしないというが、こう目ま ぐるしい毎日だと、かえって何もし ていなくて忙しくないような、奇妙 な錯覚にふっと陥る。
 こんなにかさこそ走り回っている のは私だけでもなさそうで、周囲の 皆も何だかいつもかけずり回ってい るようだ。会う人が皆、「もう十二 月ですね」「あっという間の一年で すね」とどこか不安そうに話す。
 私は朝目ざめてうつらうつらして いる時、自分が疲れているかどうか の基準にしていることがある。時計 を見て、もうちょっと寝られるかな、 と目を閉じる。あまり疲れていない 朝だと、まだいいかな、と片目をあ けて時計を見た時、思ったより時間 がたっていない。疲れて死にそうな 時は、一瞬目をつぶっただけと思っ て時計を見ると三十分や四十分、下 手すると一時間もあっという間に過 ぎている。
 こんなに皆が時の流れを速く感じ るというのは、楽しいからではなく て、死にそうに疲れているからでは ないのかと、そこはかとなく心配だ
  
  

私に似たひと

  
 大学院生の頃だったか、連合赤軍 事件が起こり、首謀者とされた永田 洋子がマスコミから化け物のように 言われていた時「私も彼女のような とこある」と言って、友人たちにざ ざっと引かれて以来、野村サッチ― であれダイアナ妃であれ宮崎勤であ れ酒鬼薔薇聖斗であれ林真寿美であ れ、世間や周囲が攻撃批判する人を 見るたびに、「しかし私とそうちが わない」(「どこか似ているところ もあるんじゃないか」)と思ってし まう癖がある。
 それといっしょにしてしまうのは とても失礼ではあるが、イラクで殺 された若者を「軽率だ」「何を考え て」と友人知人が言っているのを聞 くと、自分のことのようにつらい。
 そう批判されてしかたのないとこ ろはある。だが少なくとも彼は、人 を殺しに行ったのではない。「この 目で何が起こっているか見たかった」 という思いも、大量破壊兵器がある あるとあれだけ言っておいて、なか ったと否定し、それをまたそのまま 伝えるだけの政治家やマスコミに、 うんざりを通り越して悲しくなって る私には、妙に納得できるのだ。
 彼は何をさがしに行ったのだろう。 それはもうわからない。同じように 何かをさがしている若者は多い気が する。彼よりもっとうまくやっての けられる者もいるだろう。もっと慎 重で、彼のようになることを恐れて、 自分の世界に閉じこもってしまう者 もいるのだろう。
 いずれにしても、彼が求めていた ものを、この国とそれを支える私の 世代は彼に与えることができなかっ た。そんなことを考えていると何と なく「すみません」とは私の方が彼 に言いたい。
  
  

悪役の生まれ方

  
 大学時代の恩師のお宅に二十年ぶ りにお邪魔したのに、なぜか皆でゴ キブリの話になった。
 「あの色がイヤ」「あの形が」と いう人、「つやつやしてきれいじゃ ありませんか」(「かたちだって悪 くない」)などと反論する者、「昔 は害虫ではあっても、それほど忌み 嫌われ唾棄され、おぞけをふるわれ る存在ではなかった」「びゅうっと 飛ぶのもカッコいいと思った、いき なり腕にとまられても平気だった」 「いつからこれほど否定されはじめ たか」ということになり、一人が、 「やはりテレビのCMの影響が大き い。悪役になったのはゴキブリ駆除 の商品が売り出されてからではない か」と言い出した。
 たしかに私も子どもの頃、ゴキブ リはそんなに恐くなかったし、今も それほど嫌悪感はない。とはいえ、 もちろん好きではないし、ゴキブリ に知り合いもいなかったから、彼ら 自身は全然変化していないのに、世 間の見る目がどんどん変化していく のを漠然と不思議に思いながらただ 見ていた。そしてふと気がつくと、 もうゴキブリがそのように、特に嫌 われてもいなかった状況を知ってい る世代が既に少なくなっている。
 マスコミの影響力の大きさ。その 背景にある、商品を売るための熱意。
 こうやって世の中は変わる、こう やって悪役は作られるという実例を 少なくとも一つは確実にリアルタイ ムで見てきたなあという実感がある。 ゴキブリに肩入れするわけではない が、(自分もいつかそうなるかもし れないと思ったり、)最近見た映画 「華氏911」で武器を売ったり石 油を買ったりする企業家たちの映像 も妙に重なって(きたりして)、何 やら私は悩ましい。
  
  

こだまのように

  
 今から四十年ほど前、私は九州大 学の学生で、友人と名島に家を借り ていた。(水道はなく、トイレと井 戸が戸外にある古い家だった。)
 ある夜、ものすごい音がして、 てっきりすぐそばの道で車が衝突し たと思って二人で外に飛び出した。 だが何もなく、しばらくあたりを見 て回ってから狐につままれた思いで 私たちは家に入った。
 小高い山が私たちの家と大学の間 にあった。それがなければ私たちの 目にも、いつも大学のキャンパスの 上をつんざくような音をたててベト ナムの戦場へ飛んでいた米軍の戦闘 機が、大学の(近くには放射性物質 を使った研究所もあった)計算機セ ンターに墜落し、夜空を焦がして燃 え上がる炎が見えたはずだった。
 大学の近くにいた学生は私たちと は比較にならぬ轟音を聞き、すぐに 現場にかけつけた。しかし警察や米 軍が警戒していて門から入れず「私 たちの大学なのに」と怒った学生の 中には塀や柵を乗り越えて中に入り、 建物や機体を見た者もいた。
 まもなく、車椅子の学長を先頭に、 板付基地への抗議の長いデモが行わ れた。その後の連日のデモには、ハ イヒールをはいた女子学生も何キロ もの道を歩いて参加しつづけた。危 険な施設が近くにあったことから、 プラカードの中には「死にそこなっ た皆さん、いっしょに立ち上がろう」 と書かれたものもあった。
 今、沖縄の米軍ヘリ墜落事件の報 道を見るたび、私と同じようにあの 時のことを思い出している当時の学 生が多いだろうな、と思う。センター 試験の英語のヒヤリングが聞き取れ ないのでは、と問題になっているよ うに、板付からの旅客機はまだ九大 上空を飛んでいるが。
  
  

語られなかった話

  
 同じ国文学者だった叔父が先日亡 くなった。子どもや孫のいるアメリ カで、家族に囲まれて、八十二歳の 死だった。
 アメリカの大学に長く勤め、アメ リカ通?で通っていたが、学徒出陣 でそのアメリカと戦ったことのある 人だった。私の幼い頃、家にはごわ ごわのカーキ色の毛布があり、黒い 星が一つついていた。大陸に戦争に 行っていた叔父の持ち物だったので はと思う。
 大分の田舎に一人暮らしをしてい る八十五歳の母は、半年ほど前叔父 に出した手紙にこう書いたと言って いた。
 「元ちゃんは知るまいけど、あん たが出征した後ね、あんたを小倉の 兵営まで送って行ったお祖母ちゃん (二人の母のこと)は、あんたが軍 服に着替えるまで着ていた服を、す ぐしまわずに十日ほど部屋にかけて いてね、毎日通りかかっては黙って じいっと見て、時々さわっていたの よ。何も言わなかったけどね」と。
 その祖母が九十二歳で死んでから、 もう二十年近くなる。弱々しげだが 気丈で、涙一つこぼしたことのない 祖母のそんな話を、私も今度初めて 聞いた。書くものの中で、いつもさ りげなく戦争を批判していた叔父も 八十二歳になって死の直前に聞くま で、この話は知らなかったことだろ う。
 その母は田舎でまだ元気に、老人 クラブや川柳の会に毎日忙しく走り 回っている。「彼岸花いくさやめろ と血の叫び」などという母の作った 川柳を見ていると、何も語らないま ま静かに逝った祖母の穏やかな顔が なぜか思い出されてならない。
  
  

ぼうっとしている時ほどが

  
 今思えばのんきな時代だったが、 遠くに資料の調査に行く時、夜行列 車をよく利用した。しかも移動の間 に論文の下書きをしたり調査の下調 べをしたりして、列車の中ではいつ も本を読んだりメモをとったりして いた。
 こっちは気がつかなかったが、若 い娘が一人でそうして夜行列車に乗 ってること自体、当時は珍しかった かして、必ずと言っていいほど隣り や向かいの席の客から話しかけられ た。そういう列車の客は、お酒とつ まみを持って乗ってるような男性が ほとんどで、暇をつぶすのに苦労し ているのだから、無理はないが。
 それでも、こっちが必死になって 本を読んだり、メモをとったりして いる時はさすがに鬼気せまるのか、 声はかけない。ふと、手を休め、目 をあげて、考えにふけったとたん、 必ずと言っていいほど声がかかった。 「何の本?」「せいが出ますね」
 まったく無理のないことだ。しか しこんなに弱ることはなかった。同 じことならまだ、読んでいる最中か 書いている最中に話しかけてもらっ た方がいっそましなぐらいだった。 そうやって、手や目をとめて宙を見 てぼんやりしている時ほどが、考え をまとめ、感じたことをなんとか言 葉にしようとしている、最高に集中 を要する瞬間だったのだから。
 学問の効率化が言われる。長く論 文を書かないでいるとさぼっている とみなされるらしい。しかし、のべ つまくなし目に見える仕事をしてい るような人間の仕事にはろくなもの がないということを研究者なら多分 皆、実感として知っている。放心、 空白、怠惰なしには、良質の成果は この分野では決して上がらない。
  
  

いやなものは見たくない?

  
 愛するものを護って戦うと言わ れたらとっさに、「それより私が 誰にも護ってもらわなくても、ど こまでも一人で平気で歩いて行け る、町や社会や国や世界を作って」 と思う。戦う以上、自分の方が殺 されるかもしれない。その後で残 された愛する者がどんな目にあう のかも考えないのか。もしかした ら「愛する者を護って死ぬ」とは、 わがままで、臆病で、自分勝手で、 いいかげんな甘えん坊の「先に死 なせてー」宣言にすぎないのでは と、ひそかにずっと疑っていた。
 そうしたら、最近映画の「トロ イ」が面白かったので、題材とな ったホメロスの「イーリアス」 (岩波文庫)を読み直していたら、 何とトロイの町の護り手で最高の 戦士のヘクトールが最愛の奥さん にこう言ってるせりふに出くわし た。「わたしはそなたが敵に曳か れながら泣き叫ぶ声を聞くより前 に、死んで盛り土の下に埋められ たい」
 もう、ちがうだろっ!でも、や っぱりそうかっ!三千年昔からこ うだったわけねっ!…と私は激怒 し爆笑した。
 あっ、現在公開中の映画「トロ イ」は、その点実に立派です。こ の映画は女性が男性に「私のため に人を殺さないで!」と叫びつづ けてる映画だし、ヘクトールも 「イーリアス」みたいに甘ったれ たことは言わないし考えない、最 高に素晴らしい男性。いろんな意 味で私は感動した。男と女につい て、戦争と平和について真剣に考 えるすべての人に、ぜひこの映画 は見てもらいたい。
  
  

顔を出しておかないと

  
 インターネットの掲示板から、 地方選挙の選挙事務所、身内の冠 婚葬祭にいたるまで、私が一番嫌 いなのは「顔を出しておかないと」 という、世間には広く通用してい るらしいことばである。地域社会 でもどこでもむしろ必要なのは 「顔を出しておかなくても」いざ という時には助け合えることだと 思うのだが。
 まあ、そんなことは腹の中で普 段は思っているだけだが、笑えな かったのは数年前子宮筋腫の手術 で入院した時だった。一人でのん びりするつもりだったら、周囲は 目を輝かせて見舞いに行く行くと イベントもどきに騒ぎ立て、つい に私はぶちきれて「見舞いに来た ら絶交する。もらった物はその場 でごみ箱に捨てる」という趣意書 を職場に配布したら、さすがに誰 も来ず、病室はホテルのようにき れいで、先生も看護婦さんたちも 最高で、もう生涯で病院運は皆使 い果たしたなと思ったぐらい、天 国のような入院生活だった。
 しかしこれは、病気が病気で、 手術直前までぴんぴんしていたか らできたこと、普通はこんなとん でもないことする力はないだろう。 聞いた話では危篤状態と聞くと、 「じゃ顔を見ておかないと」とさ ほど親しくない人も押しかけるも のだそうで唖然とした。正気の沙 汰じゃない。私なら化けて出る。
 こういうことは人さまざまで、 死に目に誰も来てくれなかったら 化けて出てやると思う人もいるだ ろうから一概には言えないが、禁 煙車両がこれだけ発達している今、 病院にも禁客室とかできてくれな いものだろうか。
  
  

逆流してくる力

 
  
 説明してると長くなるから結論 だけ言ってしまうと、私は自衛隊 がイラクに行ったのに反対だし、 今回人質になった人たちがイラク に残って活動を続けたいと言った のは立派なことだと思っている。
 ただ、それはそれとして感じて いることがある。
 博多ではもうすぐ劇団四季の 「ジーザス・クライスト・スーパ ースター」が始まる。イエス・キ リストを悩める人間として描くミ ュージカルだが、そのクライマッ クスで、救いを求めてさしのべら れる人々の手に力を吸いとられ疲 れはてたイエスが、「自分で救え !」と叫んでしまう場面がある。
 何回観てもあ〜、わかる〜、と 思う一方、かすかな違和感を感じ る。いろんな局面で人に何かをし てあげた時、私もたしかに疲れた し、確実に何かを奪われた。しか し、それを補って余りある力がい つも、与える私の手へ、うけとる 人の手から流れこんできた。その 力の逆流は身体全体でありありと 感じとれるほど、強くて豊かだっ た。キリストだってそうだったは ずだ。
 ボランティアも復興支援も、行 う者がこそ救われる。「させて頂 き」「うけとって頂く」ものなの だ。そうやって、日本の人たちに 助けられ、救われてくれたイラク の人々に対するせめてものお礼は、 彼らを本当に苦しめている原因は 何なのかを見つめ、それと向き合 い、その消滅に力をつくすことで しかないのではないか。そんな気 がしてしかたがない。
  
  

偽善を攻撃する偽善

  
 卒業シーズンになると、昔の学 生たちの誰かれを思い出す。私が 卒論を指導したのではないが、よ く研究室に来ては私とダベってい た、身体のでかい、シャープな感 覚の男子学生がいた。(その頃は 大学も今よりひまで、学生たちと おしゃべりをする余裕もあった。)
 ある時、何かの話題で彼が「そ んなのは偽善ではないか」と言っ たので私は「かもしらんが、偽善 を攻撃するのも偽善だろ」と言い 返した。ふだん人の話に感心した り同意したりすることなどめった にない彼が、その時「そう言えば そうだ」と、やたらに納得したも のだから、逆に私もその時のこと が印象に残ってしまっている。
 その時までもそれからも、私に はそれは普通の感覚だった。けれ ど政治にしろ文化にしろ、理想と かまっとうとかいうのも恥ずかし いほどあたりまえのことを、はっ きり発言し行動すると、言ってい る中身ではなく、そうすることそ のものに反感を示す人がいる。そ んな人は実はそれほど多いわけで はないが、そういう反感をかうこ とを恐れて沈黙を守る人は、これ はそこそこ多い気がする。
 正義だ平和だ未来だ平等だと声 高に主張するのは、実は私も面映 い。だが、それに対して「鼻持ち ならない、きれいごと」と眉をひ そめて舌打ちするのは、これはこ れでまた面映い。同じ恥ずかしさ なら前者の方がまだ泥臭いだけ逆 にカッコいいかも、と思ってしま うのが私の屈折した美学といえば 美学である。
  
  

失敗した時こそが

  
 子どものころ、祖父の本棚にあ ったある随筆に、こういう話がの っていた。下積みの女優がめった にないいい役をもらい、大劇場の 観客の前で熱演していたら、なぜ かパンティがずりおちてしまい、 口笛や笑いで客席は大騒ぎになっ た。もうこれで自分の女優生命は おしまいだと覚悟した彼女は、こ の最後の舞台はしっかりとつとめ ようと決心し、パンティを拾って 舞台の袖に持って行って放り込み、 もとの場所に戻って、さっきせり ふの途切れた箇所から、きっちり と何事もなかったように全精神を こめてせりふを続け、演技を続け た。これで最後と思って演じる迫 力に客席は水を打ったように静ま り、最後は大喝采だったという。 そして、客席で見ていた著名な演 出家の一人も感動して、次の作品 の主役に彼女を抜擢した。これが のちの有名な女優の何とかかんと かなのである・・・という、ちょ っとできすぎた話ではあったけれ ど、妙に印象に残っていて、自分 が大失敗をするたびに、必ずこの 話を思い出す。
 ミスやまちがいは、むろんしな い方がいい。しかし、やってしま って皆がかたずをのんでどうする か見ている時こそ、きちんと対応 することで、実力や良心、誠実さ を知ってもらう絶好のチャンスな のに、ためらってあいまいにする のはあまりに惜しい。おまえの職 場の話かと言われそうだが、前回 書いた映画「マスター・アンド・ コマンダー」の宣伝のあり方にも、 そういうことをつくづくと感じる。
  
  

それとこれとは別

  
 最近私のホームページでは、二 月末公開予定の「マスター・アン ド・コマンダー」という映画の日 本版予告編が話題になっている。
 映画はナポレオン時代を舞台に した、勇壮で重厚な中にも上質な ユーモアをたたえた海洋冒険物で、 批評家たちの評価も高い。ところ が予告編はこれを、映画にも原作 の小説にも歴史の上にも存在しな い「戦力不足のため無理やり軍艦 に送り込まれた幼い少年たちの泣 ける話」という設定をもとにして、 徹底的に宣伝している。
 実際には映画に登場する当時の 十代の少年たちは貴族の子弟で将 来の士官候補のエリートとして誇 りを持って艦に乗り込んでおり、 予告編がこのような誤った紹介を しては映画そのものがまったくち がって見えてしまうと、既に海外 で公開されたこの映画を見てきた ファンたちは心配しているのだ。
 これは私の完全な憶測むしろ妄 想だが、宣伝担当の人がここまで 前代未聞の原作ばなれ予告編を作 ってしまったのは、子どもたちが 積極的に戦闘に参加するなんてき っと日本じゃ抵抗あるから予告編 ぐらいは無理に行かされた話にし とこう、と思ったからではあるま いな。
 だが私は戦争も軍隊も嫌いだが、 それをきちんと描いた映画はやは りそのまま味わうのが最高と思う。 そういう作品に反戦や戦争の悲劇 のイメージをこちらの好みや都合 から勝手にかぶせるものではない。
 以前国語の教科書で宮沢賢治の 「注文の多い料理店」が環境破壊 を訴える教材として扱われている のを見てずっこけたが、何だかそ れを思い出してしまった。
  
  

なぜあの時に騒がなかった?

  
 ノーベル賞作家のソルジェニー ツィンは(たしか『収容所群島』 の中でだったと思うが)スターリ ン指導下のソヴィエト連邦で、反 体制作家として逮捕され、当局に 連行された時のことを収容所で回 想して「なぜ、あの時私は連れて 行かれる途中の駅でも広場ででも、 不当な逮捕だとわめいて暴れて抗 議して、周囲の人に訴えなかった のか」と書いている。何だかタイ ミングをはずし、何だかはしたな いような気がして、手錠もさるぐ つわもされてないのに、ついその まま連れて行かれてしまったと。
 それとは深刻さがまるでちがう が、スピード違反でつかまった時、 私はそれを痛感した。納得いかず に文句を言おうとしていたら、お 巡りさんはとても愛想よくて丁寧 で「はい、ここに拇印を、ここに サインを、これだけの金額を郵便 局で払って下さい」と、とことん 手際よく快適に処理されて、「毎 度ありがとうございます」という 感じで放り出されてしまった。ソ ルジェニーツィンの抵抗できなか ったのはこれか、と妙に納得した。
 何だか今回の自衛隊のイラク派 遣の話を見ていると、そのことを いやに思い出す。誰もはしたなく 騒がない。冷静で、事務的で、手 際いい。じたばた騒ぐのは野暮だ とばかり、すべてがてきぱき処理 されて行く。戦後五十年の歴史や 憲法にもかかわりかねない問題だ し、生身の人間を戦地に送り出す のなら、賛成反対どっちにしても、 もうちょっと騒ぐのが人間として の礼儀作法なのではあるまいか。
  
  

ファミレスが救うもの

  
 近くの国道沿いに、にょきにょき とファミリーレストランが増えてい る。そういう店の一つに勤めた知人 の話では、えびフライのお皿にのせ るパセリの位置も、きちっとマニュ アルどおりだそうだ。もちろん店員 のせりふも全国同じ規格なのは、客 の私が見てもわかる。
 味気ない、芸がない、と嘆く識者 は多い。全国どこへ行っても同じ店、 同じ町になってしまったという嘆き もよく聞く。同感なのだが、しかし 私の心の底にはどこかちがった思い もある。
 ギッシング「ヘンリ・ライクロフ トの私記」の中に、労働者風の青年 が高級料理店で食事をしようとして とまどって(お金はあるのに)とう とう食べずに出て行く場面がある。 江戸時代に書かれた名所記「慶長見 聞集」も、江戸の繁華をたたえる描 写の中に、豪華な店と売り手たちに 圧倒されて「ごめんなさい、ごめん なさい」と腰をかがめて通り過ぎて しまう田舎者をしっかり描いている。
 田舎育ちで、今も老母がそこにい る身としては、こんな描写は妙によ く理解できる。そして、母のような 田舎の老人が大都会に行った時、故 郷の家の近くの店と、店員の応対や パセリの位置まで同じ店に入って、 いつもと同じ気分で食事できるのも、 それはそれでいいかも、と思ってし まう。なるほど文化は画一化され、 大味になり、何かは失われて行くだ ろう。だが、それを嘆く人たちは、 それによって救われるものもあるこ とをどれだけ実感した上で、嘆き怒 っているのだろう?
  
  

お姫さまはなぜ強い?

     
 井原西鶴「西鶴諸国噺」の中に、 身分の低い男とかけおちして見つけ 出されてつれ戻され、男は死刑にな り自分も自害をうながされた時、毅 然として「私は少しもまちがったこ とはしていない。身分が低い者と愛 し合ったのは縁というものだ。昔か らそういう例はある」と反論し、出 家して男の菩提を弔ったお姫さまの 話がある。西鶴の近代性を示すのに よく例に引かれた。ただし西鶴自身 がそう考えていたのではなく、あく まで面白い話として書いているのだ ろう、と最近では言われている。
 それでも「女の男ただ一人持つこ と、これ作法なり」と言い切るお姫 さまの姿はりりしく美しい。そして 彼女が「昔も例がある」と言ってい るのは、「更級日記」にある、関東 から来た宮中の警護の兵士に「おま えの故郷を見せて」と言ってともに 東に行った皇女が、連れ戻しに来た 人々に帰らないと言い、天皇はそれ を認めて男に土地を与えて二人はそ こで暮らし、皇女の死後そこに寺が 立てられたのが今の竹芝寺だ、とい う伝説のことと解釈されている。
 人に反論する前に何よりまず、こ の姫は、周囲の「おまえのしたこと は死ぬほどの恥」というまなざしに くるまれながら、必死で「昔にもた めしあり」と皇女の話を思い出して 自分を支えたのにちがいない。そう 思うと私の胸は熱くなる。人はその ようにして周囲とちがう自分の生き 方を守り抜くこともあるのだ。
 古典を学び、見も知らぬ遠い時代 の人たちの生き方や心にふれること はそうやって、今の自分や周囲に生 まれ息づくものを大切に守って、豊 かな未来を育むことにほかならない。      
    
    

驚いちゃいかんだろ

  
 たしか国語の教科書にも載ってい た「しらかば」というロシアの童話 がある。幼いアリョーシャは一人で 遊んでいて、高いしらかばの木のて っぺんまで登ってしまい、猫と同じ で下りられない。そこへ帰ってきた お母さんは真っ青になるが、落ちつ いて明るい声で「大丈夫だから、そ の下の枝に足をかけて、次は横の枝 をつかんで」と指示する。なんとか 息子が無事に地上に下りた時、とび ついて彼を抱きしめた母親は声をあ げて泣く。
 卒論の締切が近づくといつもこの 話を思い出す、と学生には内緒でよ く同僚と笑った。とても期限まで完 成しそうにもないはちゃめちゃな下 書きを持ってきて不安そうにしてい る学生に、こっちも頭まっ白になり ながら動揺させまいと「大丈夫よォ、 あとちょっと、ここを整理して、こ の資料を見つけて」と冷静な声で指 導してる時の心境って、あのお母さ ん以外の何ものでもないよね、と。
 だが、最近の少年犯罪で「犯人が 中学生!」と大人がショックをあら わにし、マスコミが大騒ぎすると、 私はやはりこの話を思い出すのだ。
 もう人を殺してしまった少年がい る。そうなりかねない状況の子ども たちがいる。それにこちらがあたふ たしたら、彼らはもっと立つ瀬があ るまい。度を失って梢から墜落させ てはならない。とりあえずは何でも ない顔してにっこり笑って、地上に 下りるのにつかむ枝を教えないと。 彼らがどんなに危険な木のてっぺん にしがみついているのを見ても。
 
   

忘れられる教師

  
 今はそうでもないが、昔はよく学 生から「授業が面白い」と言われた。 同僚が気にして授業の内容を尋ねる と学生は「それは忘れたがとにかく 面白かった」と答えたそうな。別の 大学でも「面白くて夢中で聞いてい て、あとで何を聞いたか思い出せな い」と言われた。
 私は恥をしのんで告白しているの だ。この状況は私が理想とする教師 像と完璧に逆だからで、かねがね学 生には「『いい先生だった』『いい 授業だった』と印象に残るようでは まだまだだ。『そんな先生いたっけ』 と誰も覚えてないし、授業の記憶も まったくないけど、確実にその期間 生徒は幸福で、学力は進歩し、でも それは教師のせいとは全然気づかれ ない、そういう授業をするのが理想」 と言ってきたが、誰も本気にしてく れない。おまけに最近は学生の授業 評価ということが盛んに言われはじ めて「それと気づかせず、いい授業 をする、いい教師でいる」というこ とはますます至難の技になった。こ の学生の授業評価はよくレストラン の食事と客の関係になぞらえられる のだが、そういうことを言う人たち は「スープの熱さは」「接客態度は」 などというアンケートに記入しなが ら食べる食事の味気なさを体験した ことないのかな、といつも私は首を ひねる。
 貝原益軒をはじめ、江戸時代の知 識人はよく、人に知られず善行を積 む「陰徳」の大切さを説く。キリス ト教でも仏教でも同様の教えはある はずだ。だがこの評価全盛の時代、 私の理想の授業と同様、「陰徳」を 行うこともどうやらますます困難に なる一方のようだ。
   
  

平和は手ごわい

  
 八月になるとよく「平和を守ろう」 という言葉を耳にするようになる。 だがこの数年、私はそれより、「平 和を育てる」「平和と戦う」ことの 方が先かもしれないと、やや物騒な ことを考えている。
 戦時中、軍国少女だったらしい私 の母はその反動で戦後は八十五歳の 今まで一貫して戦争反対の立場をつ らぬいている。それはいいが、幼い 私が暑いの寒いの食べたくないのと 文句を言うと彼女は必ず「戦争に反 対して監獄に入ったらこんなもので はない」と言い聞かせて、私にがま んさせた。あまり軍国少女だった頃 と変わってない気もするが、これは これでまあよかったと思っている。
 ただ、この発想は下手をすると、 「戦争でないだけでも幸せ」「平和 なんだから贅沢をいうな」というこ とにもなりかねなくて、それはちが うと思うのである。頭の上から爆弾 が降ってきて、赤ん坊にやるミルク もないという悩みと、子どもが援助 交際にはまってパンティを売ってる かもしれないという悩みは、どちら が軽いなんて言えない。どちらも同 じように全力で真剣に向き合わなけ ればならないことだ。
 平和って、時に戦争以上に手強い。 油断すると人をむしばみ、腐らせ、 疲れはてさせる。「平和に感謝し、 毎日をがんばろう」もいいが、「お たがいよく、こんな大変な平和な時 代を生きていますな」と互いにねぎ らいあうことだって時には大切なの ではあるまいか。でないと私たち皆、 平和の毒にしてやられ、結局それに 勝つために、戦争の手を借りなくて はならなくなってしまいかねない。
  
  

消えて行く地名

  
 江戸時代の紀行を翻刻紹介する時、 「これは今のどこどこ」と地名に注 をつける。ところがそうやって旅人 の足跡を追って行くと、ある地域に 入ったとたん、突然ばったり現在の 地名がわからなくなって、臭跡を失 った警察犬のようにうろたえること がある。次第に気がついたが、そう いう地域では昔の地名が軒なみ変わ って、「駅前何丁目」「空港通り」 あるいはカタカナ横文字風の名前に なっているのだった。
 何で?と自分の仕事の都合だけか ら勝手に恨めしく思っていたが、最 近私の住む地域でも地名改正の話が 起こり、たとえば私が素敵だなあと 思う「土穴」などという地名は住む 方々は恥ずかしがっておられて「駅 前何々」とかにしてほしいと思って おられるらしかった。
 クリエイトだのリバティだのと新 しげな名前がいい、という感覚もそ れなりに、過去のことなんかふみに じって未来に生きましょう、という 元気があるようで、私はそう嫌いで はない。「赤毛のアン」で有名なプ リンス・エドワード島も、先住民の つけたアベゲイトという「美しい名 前」だったのが、こんな味気ない名 に変えられた、と作者モンゴメリが 小説の中で嘆いていて、昔からどこ でもこういうことはあったのだろう。
 ただ、自分の仕事の上での不便さ はさておくとしても、江戸時代の旅 人が自分たちの町を通った紀行を読 んで馴染の地名を発見し、胸のとき めく思いをする喜びを、自分の子孫 や以後その土地に住む人から奪って いっているのだなあ、ということは、 やっぱりとても気になるのである。