就職をする前に

  
 母校の学生に、同窓会が毎年行っている「就職講演会」の講師となって何か講演をしてくれと言われた。今年から文学部とも共催になったそうだ。さすが文学部だけあってと言おうか、就職などにあまり関心はないのか参加者は少なかったが、熱心に聞いてくれた。およその講演の内容をここに収録しておく。少し補充したところもある。
  
   

 就職をする前に

 
  
     1 何のための学歴か   
  
 私も就職ではそれなりの苦労はしたつもりですが、世間の人に比べると大学間を行き来しているだけですし、考えが甘いし、のんきかもしれません。でも、そのような者の話の中から、皆さんが役に立つものをくみとって下されば、と思います。
          ※
 就職というとなぜか思い出すのは、昔、新聞で読んだのですが、炭鉱で大きな事故のあったニュースを見て、子どもに「ちゃんと勉強していい学歴を持たないと、ああいう危険な仕事にしかつけなくなるんだから」と教訓した父親の話。
 なぜこれが印象に残ってるかというと、私はこのような考え方がどうもまったくできなくて、つまり、世の中に「いやな仕事」というものがあるなら、それはなくさなければならないと思う。誰にもさせてはいけないと思う。どうしてもなくてはならないのなら、皆で分担すべきだと思う。
 そんないやな仕事をしないですむために、学歴を積むのはいやです。
          ※
 私は今のところ一応死刑反対論者なのですが、それは「死刑執行人よりは、凶悪犯の刑務所の看守の方がまだやれそう」と思うからで、つまり、死刑を肯定するからには、自分がその仕事をしてもいいと思わなくてはと思っているからです。
 同じ理由から原子力発電にも戦争にも反対です。被爆の危険がある職場に、その仕事を拒絶できない出稼ぎの労働者を行かせたくないし、男の人に人を殺す仕事を押しつけたくありませんから。それを誰かがしなくてはいけないというなら、自分もそれをしなくてはいけないと思うから。
  
     2 仕事なんて楽しいわけがない 
  
 これはもちろん、きれいごとです。歯が浮くようなきれいごとなのかもしれない。第一実際に私が週末に刑務所とか発電所とかイラクとかにボランティアに行けるわけでもない。だから、さしあたりは、自分の仕事を通じて、職場を通じて、そういう「いやな仕事がなくなる世の中」を作るために少しでも努力するしかないと思っているけど、それだってきれいごとと言えばそうです。まあでも、一応はそう思っているわけで、これについてはまた後で話します。
 そういうことを私が言うのは、えらく立派な心がけに聞こえるかもしれませんが、そうでもなくて、要するに私は、神さまか、世の中か、誰かに借りを作りたくないんだと思います。それは、言いかえれば、「これだけは払うからあとは私の好きにさせて」ということの保障でもあるんでしょう。もっとも、どれだけ、どの程度これを払えば見逃してもらえて、好きなことをしていていいものかは微妙で、私はいつも迷ってしまう。たとえば、イラクへの自衛隊派兵に反対だからと言って、研究についやする時間をさいてプラカード作ってデモに行く、これを何回ぐらいやったら責任はたしたことになるのか、とか、いつもわかりません。
          ※
 ただ、そういうことなので私は仕事というのはもともとが難行苦行、いやなものだという気があり、楽しくないところが楽しいのだと思っています。大学教官などというのは今、職場がとんでもないことになっていて、私の大学ではさきの改修工事の時、私は主事(学部長みたいなもの)をしてたのですが、廊下に設置するごみばこと、トイレの汚物入れの三角コーナーを自分でナフコに買いに行き、軽トラック借りて運転してそれ積んで帰り、経済学や英文学の立派な先生たちと、それを廊下やトイレに自分たちで据えつけて回りました。今私たちの職場はそういう状態で、まあそれでも耐えられるのは仕事とはそういう不愉快なものと、どこかで私が思ってるせいもあるでしょう。
          ※
 そうやって、社会的責任だか何だかを消費税のように払って、「あとは好きなことをさせて」という、その好きなこととは何なのか。それは私の場合は、ぼうっとして考えにふける、何の役にもたたないおしゃべりをだらだらと続ける(自分のこれまで生きた人生の時間を何したかを円グラフで示したら、この二つが圧倒的に一位と二位を占めると思う)、本を読む、文章を書く、猫と遊ぶ、といった程度のことで、これは人によってちがうでしょう。
 私が就職について考えた時、最優先したのは、いつも、こういう生活がどれだけ保障できるかでした。だから、教員になるのか店員になるのか政治家になるのかすし屋になるのか大工になるのか、そういう職種では迷ったり考えたりはしませんでした。店員でもパイロットでも花屋でも、あらゆるタイプと生き方があるのだから、そういう職種を決めてみても何も決めたことにはならないと思っていました。
  
     3 人は死ぬまで自由じゃない
  
 私と同じ趣味の人で、あるいはまた、他の望みでもいいですが、専業主婦になる、死ぬまで親のすねをかじる、誰かの愛人になる、それで何かこういった自分の望む生き方が保障されるなら、それでもいいのかもしれないと思います。
 ただ、これは私の個性ですが、私は、誰かを愛する時に、その相手が家族でも恋人でも友人でも、金と権力を介在させるといい関係が保てませんでした。私の場合、この感覚はかなり過激で、ひょっとしたら、だから結婚できなかったのかもしれない。だから、これは人にもよるとは思いますが。
          ※
 たしかに私でなくても、経済的に自立し、親の援助を受けないで生きる、夫と独立した収入を得る、そういうことは、とても人を自由にするし、強くも優しくもするとは思います。ただ、そうは言っても、それはまた、雇用主という別の存在の支配下に入ることでもあり、そういう点では人間は死ぬまで自由ではないでしょう。だから、親がかりや専業主婦が、他の人と比べて特に自由でないとか、自分らしい生き方はできないとかいうことはないと思います。だいたい多分マルクスだってエンゲルスに経済的に世話になってたと思うし、偉大な仕事をする人はパトロンだの何だのって、絶対誰かに寄生して金を援助してもらうはず。それで精神的負担などと神経質なこと言ってたのじゃ、大きな仕事、立派な仕事はできないでしょう。
          ※
 ただ、私が「愛する人との関係に金や権力を介在させたくない」「そういうものが介在する関係は、赤の他人と結びたい」と願う理由はもう一つあります。それは、私は自分が社会的に貢献できる、責任を果たす、役に立てるための能力、たとえばわかりやすい授業をする、おもしろい本を書く、新しい発見や発明をする、そういうことを個人的に近い関係にある人から評価してもらっても、どうも今ひとつ信じられないからです。たとえば自分の書く論文やら小説やらを、身近な人、私に好悪何らかの印象を持ってる人に評価されても否定されても、私にはそれは信じられない。私に反感を持ってる人が嫉妬と腹いせで書いた批評、私に好意を持っている人が書いてくれた賞賛、ともに私は読んでうれしく満たされるし、それはそれでいいと思ってますが、それが正しい評価だとは考えません。いつでも私を切り捨てられる、私と何の利害関係もない、私に何の弱みも執着もない相手に認めてもらってこそ、私の正確な実力はある程度はわかる。それをもとに今後の計画もたてられる。どこに行っても誰が相手でも多分通用するような。
         
     4 背伸びをしても自分はだますな 
  
 ですが、ここにまた一つ、赤の他人の評価だからといって本当に客観的で正確か、あなたにふさわしい、世の中の役に立つために十二分に力を発揮できる仕事を与えているだろうか、という問題があります。他者の評価は大切ですが、それとは別に常に自分を点検し、どんな他人よりも自分のことを長所も弱点もきちんと把握しておかないと、やはり危険です。以前ある男子学生が、「一人になって自分を見つめるのは恐い」と言った時、私は「あんたは何と勇気があるのだ。それじゃ他人から『おまえはこれこれこうな人間だろう』と指摘された時、『はい、ちゃんとわかってます』と言い返せないじゃないか。よくそんな無防備でふらふら歩いてられるよ」と感心しました。彼と同じことをいう人がよくいますが、私は自分を見つめないでいる方がよっぽど恐いし、見つめないで生きていける勇気はとても持てません。ちなみに私は頭の中がわりと常時戦闘モードなのですが、敵に勝つためには、相手の長所と魅力、自分と味方の短所と弱点を徹底的に知っておく必要があると考え、だから敵や嫌いな人の美点は必死で探し、自分と好きな人の欠点を厳しくチェックします。それでも見落としていることは多く、人から指摘、攻撃されたら、大抵自分では気づいてなかったことがわかります。それでも、だからこそ、自分を知っておくように努力することは欠かしません。
          ※
 そうやって自分に自分が与えた評価は、周囲の評価とは一致しないかもしれない。あるいはむしろ、一致しないように背伸びして努力しなくてはならない時だってある。それはしかたがない。むしろ、そんな時に他人をだますのはいいとして、決して自分をだましてはいけない。
 西鶴の「本朝廿不幸」の「親子四人よって書き置く、件の如し」という短編の中に、決して裕福ではない財産をいかにも大富豪のように世間には見せかけて、涼しい顔をしていた商家の主が登場します。彼の死後、そのことを遺言されていた息子たちは、たったそれだけの資産であることが信じられず、世間に馬鹿にされないために書かれた遺言状の中の金額を(それは嘘だとわかっていたのに)正しいと信じて疑心暗鬼になりやがて殺しあうことになる。恐ろしい悲しい話ですが、私がこれを読むたび感じるのは、息子たちには持てなかった父の強さです。過大評価の重さに耐えて、それを活用しつつ生きる、その孤独と恐怖に耐える大きな意志の力です。
 そこでおのれをだましてしまうと、すべてが崩壊する。「なまじなエリート」「若くして天才とか言われた者」の冴えない悲惨な末路は、この確認に失敗した人に多いように思えてなりません。周囲のほめ言葉をそのまま信じ「自分は何者かである」と思い込んでしまって、それを修正するタイミングを逸した人の。
          
     5 村を出るのか残るのか
  
 もちろん、この逆もあります。周囲が実際に自分を正しく評価していない場合。私は女性ということでそれをよく感じましたが、男性にもまた、いろんなかたちであるでしょう。
 私の場合、こういう時、「差別された」「不当に扱われている」ということもですが、「何も言わずに黙々とつとめを果たしていれば、ちゃんと注目され、評価されて、ふさわしく処遇される」という普通のかたちをとれなかったことに、最も強く傷つきました。誰だって多分そういう風でありたい。「えーっ、私なんか」「謹んで辞退します、どうかお許しを」とか固辞し拒絶しながら、「それでもあなたしかいない」「ぜひお願いします」と懇請されて出世したい。その社会で普通の人なら、わりとそれは可能です。でも何らかの意味でのマイノリティだったら、それは望めない。自分で主張しなければならない。私もそうしてきましたが、これはけっこう、しんどいことです。
          ※
 初めて就職した大学で、私は四年制大学の公募に応じたのに、就職が決まって行ってみたら併設の短大籍になっていました。わけを聞いたら、文部省へ出す書類の都合でかたちだけのふりわけなので、どうしてもいやなら何とかするけど、と言われました。いやです、と私が言ったら、「いやだって」「近頃の若い人は」みたいなことをささやかれてたみたいです。そして結局、籍は変わりませんでした。(別に短大がいやなのじゃないです。その手続きのしかたがいやらしいじゃないですか。)たとえば、こういうように「私は今の処遇に不満です」「もっと別の扱いを希望します」と表明するのはかなりのストレスです。
          ※
 モンゴメリ「エミリーはのぼる」の主人公エミリーは作家志望で、著名な編集者からの都会に出るべきだという奨めを拒絶しました。自分がこの田舎の町で小説を書きつづけ、成功しないようなら、大都会でも成功しないだろうと彼女は言い切ります。正論です。どこででも、たゆまぬ努力を怠らなければ必ず見いだされる。そのはずです。しかし実際にはすぐれた才能を持ちながら、村を出られず、あるいは出る決意をしなかったばかりに、結局そこで朽ち果てる人も多いでしょう。
 編集者はエミリーに言います。「真夜中の三時に目をさまして、『あの時、決意していれば』と後悔する時がきっとくる。あなたはそれに耐えられるか。真夜中の三時は毎晩訪れるのだ」と。私が言っている、この場合の村は一つの比喩です。そして、町に出るか村にとどまるか、どんな人生を選ぶかは、これもまた、それぞれが決めるしかありません。
  
     6 ポルノ映画と求人票の関係
   
 村に残って黙々と自分をみがくか、町に出て出世と成功を求めるか、どちらでもいいとは思いますが、あるいはどちらも必要でしょうが、私はこれ以外にもう一つ、するべきことがあると思っています。
 以前にいた大学で、就職の季節になると廊下にずらりと求人票が貼り出され、そのすべてが女性の給料が数万円低いのを見て私はゆううつでした。十枚二十枚ならいざしらず、何百枚もそれが並ぶと、たしかにある種圧巻です。また大学に来る道の途中にはポルノ映画の看板があって、大きく口を開いた半裸の女性のポスターがいつもあって、これと求人票の波とどっちが見て不愉快かと不毛なことを考えた私は、すぐに、いや、この両者は支えあっていて、どちらかがある限りもう一方もなくなるまいと直感しました。
 細かい説明は省きます。感覚でうけとめて下さい。要するに、時流に流されず努力しようと、先を見て機敏に果敢に挑戦しようと、しょせん、だめなこと、不可能に近いことはあって、それはやはり、世の中そのものを変えるしかないと思うのです。どんな世の中になるだろうと先読みをするだけでなく、どんな世の中にするのかと考え努力することが結局一番手っ取り早いこともあるのです。
          ※
 ここで最初の「いやな仕事を誰もがしないでいい世の中」を作るために働くということに戻るのですが、そんなことがどうしてできるかと思われるでしょうが、働いて社会に参加するということは、人の髪を切って髭をそるのでも、リンゴやミカンを売るのでも、橋を作るのでも、保険の契約をとるのでも、その製品、商品を通して世の中の何かをあなたが変えていくということです。教え子の一人がパン工場で不良品をはねるバイトをしたことがあって、大変苦痛だったと言っていまして、そういう仕事でもそうかと言われると苦しいけど、それでもやはり、どこかそうだと思います。
 もう一つは、それは専業主婦でも親がかりでもそういうことがあると思いますが、特に働く場所としての、自分の所属する共同体や職場や上司をあなたが変えていくことによってこれまた世間に大きい影響を与える可能性があります。
  
     7 子どもの顔を見てみたい 
  
 私はよく親の顔ではなくて「こんな馬鹿な親を作った子の顔が見たい」「こんなだめな教師にした生徒の顔が見たい」「こんなアホな支配者を育てた民の顔が見たい」と吐き捨てます。これは自分が教師をしていても痛感しますが、目上の者を立派に育てるのは、目下の者の勇気と度量と誠実さと賢さです。あなたがろくな社員や労働者にならなかったら、その会社や工場はろくなものにはならず、社長はまぬけで傲慢になり、社会に害毒を流します。そして結局、あなたの環境と未来も汚れ、あなたは自分で自分の首をしめることになります。
          ※
 働くということは、作る製品を通して、それを作り出す現場を通して、あなたが世界と未来とに、どんなにささやかなものでも何かを発信し、影響を与える力を手にするということです。
 あなたは世界に未来に何を与えるのか。どんな世の中にしたいと思うのか。それを考えていないと無責任です。仕事のしがいもありません。
 私の前にお話をされたNさんも、結局は朝鮮の歴史について誤った学説が世間に流布していて、これを何とか正したいということが、お仕事をするエネルギーの根底におありなわけです。かたちはいろいろちがっても、またどんなにささやかでも、何かそういうものがなかったら、結局は上司の気まぐれや周囲の目や、視聴率や売上げばかりを気にして走り回って一生を終わり、誰も大して幸福にはしないままになってしまいます。そりゃ視聴率も売上げも大切で、無視はできません。が、そういうものは、何か自分が世の中にさし出すもの、手渡したいことを、そういうものをかいくぐって渡すハードルや網目としてだけあるのです。それそのものが目的なんかじゃあり得ない。
          ※
 昔、マスコミにかかわっていた時、若い作家志望の人たちが「何か書くことはないですかねえ」と言っていると聞いて驚きました。雑誌の編集者の人たちも「何が売れるのか」と読者の顔色をうかがって「これはお気にめしますか」といろんな作品をさし出しているようで、大変それは気味の悪いことに思えました。最近テレビのキャスターが、言いたくないけど特に女性が、ニュースの映像を見て「あー、かわいそー」「ひどいですねー」などというあいづちしか打たないのを見ていると、この人たちは何か言いたいことはないのか、考えていることはないのかと不思議でなりません。法律も上司も大衆も、こちらの言いたいことを言ってのけるために、聞かせるために、ごまかし、かけひきをし、綱引きをする相手であって、ごきげんをうかがって気にいっていただく相手ではないのです。それじゃ相手も不幸です。こちらも無責任というものです。
 どんな世の中を作ろうか。人間にとって大切なものとは何か。そのために自分は何を社会に伝えるのか。そういうものをどうやって自分の中に築くのか。仕事をするとは、そういうことを考えることを抜きにしては本来あり得ないのです。
          ※
 皆さんは大学に来られた。そして文学部で学ばれた。それは体験や勘よりも知識としてそういうものを培う道を選ばれたということであり、より精神的かつ根本的な部分でそういうものを創り上げる訓練を積まれてきたということです。それは、この現代において、とりわけ貴重な存在です。どうか、そのことを自信を持って充分に生かしていただきたいのです。
  
     8 三月にやさしい人は
  
 このような考え方は今の人にはあまり、しっくり来ないかもしれない。でも、これは事実と思います。そして、それが若い人たちになじみにくくなっていることに私は、いわゆる団塊の世代、全共闘世代(私は全共闘ではなかったけれど)として、ある責任を感じています。
 私たちの世代は反体制を声高にうたった世代です。その世代が大人になり、体制になった時、反体制という姿勢をどうするのか、きちんと考え、議論することを私たちはしなかった。上に対しては反体制でありながら、年をとり地位を得て獲得した権力は放さず使って、反体制という体制として、次の世代に君臨した。これは君臨される世代としては最悪の存在だったと思います。
 さまざまなかたちでそれに反発対応した世代が、多分皆さんたちのご両親の世代でしょう。その中で社会や歴史への関心が薄れ、世の中は自分たちが動かすものだという実感が嫌悪されるものになっていったのは、当然かもしれないと思います。私たちの世代は、今この結果と真剣に向き合うべきではないかと考えていますが、それはここで話すことではありません。
          ※
 最後に少し、親との関係について言います。よく学生に「親と意見がちがうのですが」と進路の問題を相談されますが、その時、私は二つのことを言います。
 その一。普通にいけば親はあなたより先に死ぬ。自分の希望を殺して親の喜ぶ道に進んだ時、親が死んで喜んでくれる人もなくなった後の長い人生をあなたはそれでやって行けるか。あるいは、親の生きている間に、「あんたの言うことを聞いたから不幸になった」と恨んだり愚痴を言ったりしないですむか。それより、あなたの望む人生を選んで幸福になって、その力で親も幸福にする方をめざした方がいいのではないか。
 ただし、親があなたにぐちゃぐちゃ文句を言って足をひっぱる可能性があるから、それと戦う決意はいるだろう。それでも負けずに、腐らずに、その道を進んで行けるほど、そのことを望んでいるのか考えてみるべきだろう。また「なぜあの時もっととめておいてくれなかったのか」と情けないことを言う弱さが少しでも自分にあると感じたらやめなさい。そういうことを言う人間は自分で自分の人生を決める資格はないのです。資格がないのは悪いことではないから無理をすることはありません。
 その二。私は子どもがいないけれども、その私でも想像がつくのは、「この金を、この時間を、自分の老後を豊かにするために使おうか。子どもの未来のために使おうか」と逡巡する瞬間が少なからず親にはあったはず。そして大抵の親は結局は子どものためにそれを使ったはず。それだから自分の老後の面倒を見るのは当然、もとをとらなきゃひきあわない、と親は言わないかもしれないし、考えてさえいないかもしれない。しかし、子どものあなたはそのことをよく知っておくべきである。親が何も言わず要求しなくても、それだったらなおのこと、あなたは親にそれだけの借りがあることを充分に実感した上で、あなたの進路を決めるべきである。どうしたら親を幸福にすることができるのか、あなたは考える責任がある。それだけのことを親はあなたにしてくれているはずです。
          ※
 時間もなくなってきたので、最後に私が卒業式の時、よく学生に言う話をして終わります。  子どもの頃、私は早春という季節が一番好きでした。でもいつからか苦々しい思いをすることが多い季節にもなってきました。この時期、周囲の人の就職や入学が決まり、それぞれの運命が分かれます。そこで、いろんな人の思いがけない面を見せられました。心が広く公正と評判だった人のエゴイスティックな行動。毅然としていると思っていた人の思いがけない卑屈な表情。穏やかで細やかなはずだった人のそれまで見せなかった残酷な一言。そんなものの数々を見聞きしました。
 せっぱつまった時に見せる姿だけが真実と必ずしも思うのではありませんが、三月はしばしば私にとって幻滅の季節でした。
 しかしまた、そんな中でも、ふだん語っていた誇り高い生き方をごく自然につらぬいていく人もいました。変わらぬやさしさで、それまでとまったく同じように人と接した人もいました。たとえば八月にカッコいいことはいくらでも言える。五月に思いやりを見せるのは誰でもできる。でも、三月にやさしくていられる人は本当にやさしく、三月に強くていられる人は本当に強い。いつからか、そう思うようになりました。
 それは、それだけ、自分の求めるもの、選ぶべきものを知っており、だからこそ結果がどうでも平然として、態度も表情も変えず、動揺しないでいられるということなのでしょう。
 これからも私に、三月はまだ何度か訪れます。特に来年は大学の法人化、さまざまな制度の改変の中でたくさんの人たちの思いがけない面を見せられることになるのでしょう。そして皆さんたちにはもっともっとたくさんの三月がこれから訪れます。そのような時に自分を見失いたくないと私は思っていますし、皆さんたちにも、またそうであってほしいと願っています。(2003.12.16.)