三時間目。前回のレポ−トを配付し、少し読んで紹介した後、イザベラのアンジェロに対する説得を読む。自分自身、アンジェロに負けずにまじめで、兄の罪をも自覚しているイザベラは、ともすればくじけかけるがル−シオが陰からはげましたりするので、次第に熱心に支配者には情けが必要であることを説く。これも「ヴェニスの商人」のポ−シャが展開する有名な慈悲論と共通するものがあろう。イザベラの言っている内容には、それほど新奇なものはないといっていいのだが、ここで思いがけない展開がある。イザベラの助命嘆願を拒みつつ、彼女の訴えを聞いていたアンジェロは次第に上の空になり、「明日また来るように」と言って話を打ち切ってしまう。そして、一人になった彼は独白する。
「おまえから、おまえのその貞淑さから守られねば!どうしたのだ、これは?あの女のせいか、おれのせいか?誘惑するものとされるものと、どちらの罪が重い?ああ!あの女ではない、あの女が誘惑したのではない、おれなのだ、スミレのそばに横たわる死骸のように、日の光に花は咲き誇るがおれは貞淑な輝きに腐っていくのだ。女の淫らさよりも淑やかさに情欲をそそられることがありうるのだろうか?荒れ地にはこと欠かぬのに、わざわざ聖域をとりこわしてまで、悪事を犯す場所を作る必要がどこにある!ああ、ばかな、ばかな!おまえはなんだ、アンジェロ?あの女の清らかさのために、あの女を汚そうと劣情を抱くのか?あの兄を生かしておこう、裁判官が盗みを働くならば、盗っ人にも当然盗む権利があるはずだ。ああ、おれはあの女を愛しているのか、もう一度あの声を聞きたいと思い、あの目を見たいと願うのは?なんの夢だ、これは?こざかしい悪魔め、聖者を釣りあげるために聖者を餌にしたな!貞淑を愛する心につけこみ罪に誘う、そういう誘惑ほど危険なものはない。淫らな女であれば、もって生まれた肢体に化粧の美しさを加えて迫ってきても、おれの心は一度も動かされなかった。だがあの貞淑な乙女にはすっかり心をとりこにされた。たったいままで心のうちに色に溺れる男をばかにして笑っていたおれだったのに。」(小田島雄志氏訳)
ちなみに、学生たちの前回のレポ−トの中に、イザベラが意識的に女の魅力を使ってこうなるようにしむける、といった傾向のものはあったが、イザベラ自身がまったく無意識に、そして無意識なればこそ、アンジェロをそれと知らずに誘惑してしまうという展開を予想しているものはない。清らかなものこそエロティックであるという、ありふれた命題だが、現代ではかえって予想しにくいのかもしれない。
そこで、第三回めのレポ−トは、今後どうなるかを予想してもらうのが課題である。出てきたレポ−トは、次のようなものである。
第三回レポ−トより。
(およその傾向)
アンジェロはますますイザベラが好きになって悩み、性格がかなりかわる・・10人
アンジェロは用事を作ったりしてイザベラともっと話をしようとする・・2人
アンジェロとイザベラは結ばれる・・2人 結ばれない・・1人
アンジェロはイザベラに告白しない・・1人 告白する(がふられる)・・7人
アンジェロはクロ−ディオを助ける(死刑をやめて牢に入れる〜釈放する)・・19人
アンジェロはクロ−ディオを助けない・・5人
たぶんクロ−ディオは許されると思う。そしてアンジェロはイザベラへの想いを胸の中にひめたままだと思う/イザベラの説得の結果、兄は釈放される。そして、あの法律はなくなりすべてまるくおさまる/アンジェロはクロ−ディオを許す。そしてこの法律をなくすようにする。イザベラに恋心をいだくようになるがイザベラとは結局結ばれない運命にあると思う/クロ−ディオを許し、イザベラに自分の気持ちを伝えるが、ふられる/
アンジェロはイザベラにモ−ションをかけるがイザベラは鼻にもかけない。クロ−ディオを許すことによりイザベラをふり向かせようとするが失敗して、イザベラは修道院へもどる/イザベラに恋をうちあけるが、イザベラはふりむかない。しかし、そのことによりイザベラを愛しクロ−ディオの気持ちがわかるようになり、罪を許すのでは/アンジェロはクロ−ディオを許すかどうか迷って、最後には許すだろう/アンジェロは少しずつ変わっていって最後にはクロ−ディオをゆるす?/アンジェロはイザベラに心をひかれ、クロ−ディオの気持ちを理解したので自分が今までクロ−ディオに下した判決の重さと自分の任務の大きさの間でとても悩むと思う/イザベラのことがずっと気になってまだしばらく悩みつづける。死刑の日をのばして、最後には許す。性格も少し丸くなる/
クロ−ディオを逃がしてイザベラにアンジェロは告白する/アンジェロとイザベラがくっついてクロ−ディオは無罪になる/アンジェロはイザベラに心をうばわれ、兄を許す。そうしないとイザベラに嫌われると思うから/イザベラを恋する心に負けてクロ−ディオを許す/イザベラとアンジェロが結ばれると思う。多分アンジェロのほうがイザベラをあきらめきれなくて、イザベラが修道尼になるのを阻止するのだろう/結局アンジェロはイザベラの愛に負けて、クロ−ディオをゆるすだろうと思う/いつまでたっても気を許さないイザベラにアンジェロはますますひかれて、最後には許してしまうと思う/クロ−ディオを死刑にはしないが、ろうに入れる/死刑を延期するが、最後には、クロ−ディオを解放する。イザベラを愛してしまう。そして、いろいろな用を見つけては、イザベラを自分の所に招く/アンジェロはクロ−ディオの罰をしっこうしないが、投獄してイザベラを何度も自分のもとによび、話を聞いていくだろう/
アンジェロは心の中で、かっ藤し、イザベラを好きになるが、遂に最後までクロ−ディオを許さなかった。しかし、公爵が最後に現れ、クロ−ディオは助かる/アンジェロはイザベラにはっきりとは言わないが好意をうちあける。(かなり遠まわしなセリフで)でもイザベラは全くその気なし。いたって冷静。兄は結局死刑にされる。でもイザベラはアンジェロを責めたりはしないで、それが運命だったのだと思う/アンジェロの心は確かに揺れる。イザベラに対する恋心。けれどクロ−ディオの罪は殺されると思う。その時イザベラは泣くと思う。その涙をアンジェロは見て冷たい人間がちょっと、いや大分温かくなると思う/
つづきを読んでしまったのですが
(註4)、アンジェロがここまでブッ切れるとは思わなかった/(以上リハ学)
これらを読んでいると、学生たちが普段目にしているテレビドラマや映画や小説などのパタ−ンが何となくわかって面白い。だが、シェクスピアの展開は、それらのパタ−ンすべてをあっさりぶちこわす激しさと荒々しさにあふれている。私は次の時間のはじめに、学生たちに上記のようなレポ−トをまとめた資料を配付しながら、「皆さん方の予想はひと口に言って、どれも『あま〜い!』ですね」と評することにしている。
- 註4(本文へ)
- 特に指示したわけではないが、学生たちは途中から作品の内容に興味を感じ出してからは、わざと先を読まないようにしていたようである。(それまでは、作品に興味を持っていないから当然先は読んでいない。)教室に来て、朗読と私の説明を聞きながら、連続テレビドラマを見るような感覚で楽しんでいたふしがある。どのみち私は「いっさい予習復習のいらない授業」をする傾向があるので、それで特に不都合はなかった。