授業報告「尺には尺を」1時間目

1 それをお話しすれば、なにもかもお話ししたことになります。
(「ウィンザ−の陽気な女房たち」)

 「尺には尺を」はシェクスピアの、あまり有名でない戯曲の一つである。白水社ブックスの解説によると、初演当時は不評だったが近年次第に注目されて、上演数も増えているそうだ。しかし日本ではまだ演じられたことはない。
 十年ほど前にイギリスのBBCテレビで、この劇を見て大変面白く、以後何度か授業で取り上げて見た。私の勤務先の教育大学や、非常勤先の私立大学やリハビリ看護士養成学校など、いずれも国語科や文学部ではない、どちらかと言えば文学が嫌いな学生が多いクラスが対象だった。したがって授業がめちゃくちゃに盛り上がったわけでもないし、大成功したこともない。私自身、だらけていて学期の後半ではいつも息切れした。
 しかし、忙しくなって非常勤を辞め、カリキュラムも変更になって、このようなクラスをもう担当することがなくなった今になって、あらためて思い返すと、このテキストでおこなった授業のすべてが、奇妙に賑やかだったと言う印象が強い。私語が多かったのではない。しんと静かだったこともよくあった。眠っている学生もいた。それでもなぜか毎時間陽気なざわめきに包まれていた気がする。
 なぜだろう。
 最後のレポートで私の授業をほめた学生などはいなかったし、何人もがこの作品やシェクスピアの悪口を書いた。しかし、そうやって悪口を書いているレポートほどが、妙に生き生きとして実に楽しそうだった。
 私がこの授業報告で何とかして伝えたいのは、この陽気なざわめきである。

2 いまのところ公爵のご機嫌はあまりよろしくない。
(「お気に召すまま」)

 この劇の舞台は、ヨ−ロッパのどこかの架空の小国ウィ−ン。支配している公爵ヴィンセンシオは、情け深い君主で国民に慕われている。彼が老臣エスカラスと、「エスカラス!」「御前?」と、狂言の大名と太郎冠者のようなやりとりをするところから、この話の幕は開く。
 公爵は、自分がやや寛大な政治をしすぎたため、国民が法律を守らなくなっていることを憂慮している。しかし、ここでいきなり厳しい政治をしたのでは国民がおびえてしまうだろうから、自分は一時旅に出て、アンジェロという若くてまじめで清廉潔白な人物に公爵代理として全権を委任しようと考えている。そうすればアンジェロが、法律を型通りに厳しく励行するはずだと言うのである。エスカラスに、このことを説明した上で、公爵はアンジェロを呼び出して、自分の代理として全権を与える。
 ところが公爵は、本当は旅になど出ていない。エスカラスにも黙って、彼は司祭に変装して領内を巡り、アンジェロの政治がどうなるか見守ろうとしている。ほとんど水戸黄門か遠山の金さんである。
 さてアンジェロは公爵の期待どおり厳正に法律を執行する。この国には結婚以前に性的な交渉を持ってはならないという法律があり、それを破れば死刑ということになっていたため、クロ−ディオという一人の青年がそれにひっかかって逮捕されてしまう。彼は牢屋にひかれて行く途中で、友人のル−シオに会い、このことを妹のイザベラに知らせてほしいと頼む。美しく賢く話も上手なイザベラは、修道院に入って尼になろうとしているところだが、まだ見習いだから一時出てきて、アンジェロに兄の命乞いをしてくれるよう頼んでほしいと伝えてくれというのである。ル−シオは冗談好きで軽薄な青年だが、友人の一大事であるから、快く承知して修道院へ急ぐ。

3 まことに自然に反します。
(「マクベス」)

 一時間めは、ここまで読む。ただし戯曲という形式に学生は慣れていないので、ここまでの筋ははじめに説明しておく。シェクスピアとその作品についての解説は、主要な作品の名前と、喜劇と悲劇があってこの作品は前者であることなど、必要最小限にとどめる。むしろ、劇というものはしばしば非常に無理で不自然な設定が多く、そういうところにいちいち目くじらをたてず見逃してほしいことを強調する。さしあたり、ここでは婚前交渉で死刑になる法律があるということなどである。このように前もって断っておくと、学生たちは大抵わかってくれて、快く見逃してくれる。
 私は、この授業を学生たちに役割を分担して朗読させるようにしている。最初の時間なので、台詞の長い公爵は私が読んで、エスカラスとアンジェロを学生に読ませるところからはじめる。次の時間からは、朗読する希望者を募って申し込み制にすることもある。希望するなら何度でも読んでいいことにした時もある。少し驚き感心したのは、何度も読む学生に対しても、他の学生から反感が出ることはまったくなかった。聞いていて感想を書いてもらうと皆非常に素直に感心したり、応援したりしていた。目立つ子がいじめられるとかいう話はどこのことかと首をひねるほどだった。(註1)

4 いいえ、どんな人柄の、年頃の、男かと聞くのよ。
(「十二夜」)

 この時間のもうひとつの主な作業は、「クロ−ディオの外見や性格や、経歴その他をできるだけ詳しく好き勝手に想像して見よ」というレポ−トである。戯曲の持つ空想の余地の多さを実感としてつかみ、小説にはない自由さを知ってもらうためである。公爵の人物設定はやや複雑でむずかしく、俳優として演ずるにも高い演技力が要求される。しかしクロ−ディオは、どんなタイプの人がどのように演じても、それなりの面白さがある。「正解があるわけではない。後でまた変わってもいいから」と念を押し、「たとえば、ものすごく筋骨たくましい人と思うか、目のさめるような優雅なハンサムか、どこにでもいるような平凡な感じか」程度のヒントを示して書いてもらう。このごろの学生はこういうことにたけているのか、まだ一時間めで私のこともよく知らないはずなのに、ここまで好き放題書くかと言う程いろんなことを書いてくる。次にあげるのはその一部で、いずれもコピ−して次の時間に資料として全員に配付したものである。回を追うごとに、これらのレポ−トの内容はさまざまに面白く、一人で見ているともったいなくてしかたがなかった。

第一回レポ−トより。

「クロ−ディオは背が高くてがっちりしていて、年は24〜26才ぐらいではないかと思う。性格的には積極的で行動力のある、男らしい人ではないか。恋人に対しては、とてもやさしく、ジュリエットのことをとても好きだった。ふたりの恋は、お互いに愛しあい、とても幸せな時期であった。ふたりの出合いは、クロ−ディオのひとめぼれからはじまった。ジュリエットはだれがみても、かわいらしい女の子であった。外見も性格も、すばらしいジュリエットにクロ−ディオはどんどんひかれていった。そして、ジュリエットもまたクロ−ディオの男らしさにひかれるようになっていったと思う。
 クロ−ディオは決してお金持ちではなかった。しかし、人一倍働くことが好きだった。家庭は複雑で、幼いころに両親を亡くし、それからはおじさんとおばさんに育てられてきた。そのために、母親的愛情をジュリエットに求めていた。クロ−ディオは、自分が両親をなくし、つらい思いをしてきたために、自分の家庭(家族)というものに特に、高い理想をもっていた。クロ−ディオは積極的で行動力があったために、友達にもめぐまれていた。しかし、クロ−ディオの欠点として、多少いいかげんなところがあったため、信用をなくすことがしばしばあった。クロ−ディオは、どことなく不思議な魅力をもった人物ではないかと思った。(一般的にいる人とは何かが違うのでは?)俳優では宅麻伸さんのような人をイメ−ジしました。」
「クロ−ディオの年齢は23才ぐらいで体型は、背が高く筋肉質で体だけを見ると、強そうな感じがするが、顔は反対にどこか間のぬけたような感じではないかと思う。例を上げるとするなら、ア−ノルドシュワルツネッガ−の体に、若花田の顔をつけたような感じになるであろう。性格はというと、顔に表されているように、ものごとをあまり気にせず、多ざっぱな、気のやさしい性格をもっている反面、いざというときには、超人のような力を発揮する、仲間内では一目おかれている存在である。そして情にもろく、人一倍愛情深い。服装は、当時のものはよくわからないが、あまり洗っていないような土色の、ところどころ穴のあいた、Tシャツのような物に、ズボンは上着と同様、少し汚れたものを着用している。どんな仕事をしているかというと、重労働、力仕事をしている。」
「・がっちりとして筋肉質・長身で美男子・金物とか武器屋の長男で後とり息子・女にはもてるけど、ジュリエットはそれを知らない・影で浮気をしている・年齢は23〜28才くらい・浮気はするけど、本命はジュリエットと心に決めている・現代でいえばバイクに乗ってそう・頭の回転は速い・母親を大切にしている・子供の頃は家の手伝いなんかはしないで遊びまわっていかと思う・家には父と母がいる・ジュリエットと会う時はジュリエットの家だったと思う。いわゆる通い夫?・髪は短髪で茶系の色・ジュリエットを知ったのは子供の頃だけど、アタックしたのは20さいくらい・年の差は2つ」
「体型はたぶん、がっしりしていて、12月ぐらいに生まれて、小さいときから、裕福でもなく、貧乏でもない暮しをしてきただろう。性格としては、牛乳を飲むときなど片手は腰のところにおいて、飲むようなタイプで、食事の時は、自分が好きな物を1番最初に食べてしまうような人だろう。きちょう面なところも持ちあわせてはいるが、大たんな面ももっている。身長は、180前後、体重78kg、B100、W80、H85ぐらい。犬や猫が大好きであるが、ちょうちょやとんぼなどの虫が嫌いなはずである。神経質であるかもしれない。例えば、他人の頭に糸クズがついていたりすると、取ってあげたくなったり、針に糸を通すのが下手な人がいると、それを見ていてイライラしたりするのだろう。 顔に関して言えば、体格には似あわず、やさしそうな顔をしていて、目はたれていて、鼻はすじが通っていて、目は細い。髪は流行にそった髪型をしているのだろう。
 服のセンスもまた流行をさきどりしていて、女の子にもてていたのではないだろうか。世わたりが上手で、一般の人から見れば感じのいい人にも見えるが、心の中は、そうではないのかもしれない。でも、決して、それを表に出さず、いつも自分をかくしているような人で、まあ、影があるやつである。いつかその本性をあらわしそうでこわい。でも、実際は、かわいそうなやつである。自分の本当の気持ちをぶつける人が回りにおらず、いつもそんな人物を探しているのだろう。そこでやっとジュリエットと出会ったのだ。このようなことになって、きっと、こうかいしているにちがいない。
 同年代の人と、考え方がちがうかもしれない。みんながやっている遊びはやらず、人とちがったことをやったり、みんながかわいいと思う人は、実際そう思うのであろうけど、へそまがりなので、そうは思わないと言ったり、自分のポリシ−をもってそうでもっていないのかもしれないような、よくわからない性格なので誤解されやすい。
 クロ−ディオについては、同情する点もあるが、好きではない。」
「・筋肉質の背が高く、肌が黒い・体を使った力仕事をしている・まゆが太く口元もキリッとしていて一見怖そうに見えるが目がやさしい・性格にあいきょうがあり天然ボケが少しある・不器用で大ざっぱである・友達を大切にする・この人と思った人をいちずに愛して、あきらめない・ジュリエットとは、もう信頼関係が完全にできあがっており、やきもちをするような不安定な間柄ではない・少しわがままで自分中心に思うところがある・髪の毛はとっても短い・服装は上に白いTシャツ(半袖)、下は作業ズボン・人に頼りがちなところがあり、特に妹に頼っている・歩き方がノソッとしている・根性がない・年齢は25才〜27才ぐらい・血液型はO型」(以上リハ学)
「ウィ−ン国生れ、29才、身長182cm、体重82kgくらい、目の色ブル−、ダ−クブラウンの長髪を後ろで結んでいる、血液型O、  経歴、ウィ−ン公立軍学校を卒業後、ウィ−ン国軍重装歩兵部隊へ配属、数年後除隊となり今は家業をついで父親とともに働いている。軍隊時代の戦歴は、平和な時代であったため特になし。しかし優秀な隊員であり除隊時にはウィ−ン国ブロンズスタ−賞をもらっている。家業はかじ屋。根は少々てれ屋。」
「やさしげに見えるが、プライドは高く、いがいにしつこい。ついでにかっこつけがはげしい。本当は、あまり気の強い方ではないと思う(と、言うよりは気が小さい)が、自分の命があぶなくて本当はおろおろと動揺していても、外にはださず、人にものをたのむときも、貴族特有のイントネ−ションがふくまれる。(話す相手も貴族なので問題はないが・・・)」
「幼い頃から妹とは仲が良く、めんどうをよくみる、頼れるお兄さんである。近所のおじさんやおばさんには評判がよいが、少し身分の高い人になると、クロ−ディオを軽べつする人もいる。」
「身長は、この時代の平均とさほど変わらないくらい。ル−シオの方が5cmほど背が高い。太っているわけでもなく、やせすぎでもない細身で、見た目がすっきりとしている。髪はかなり茶色がかった金髪。長さは肩ぐらい。軽いウェ−ブがかかっている。顔はすごくハンサムってほどではないが、10人中2、3人はいい男だと思うような作り。服装は動きやすさを重要視したものを着ている。一見質素だが細かい飾りなどであんがい金のかかってる服。男は細かいところでおしゃれなのだ。
 ジュリエットを心から愛している。お互い両想いなので、罪を犯しているなんて2人とも思っていなかった。寝耳に水とはこのことだ。ル−シオと友達でいるような彼は、ル−シオほどではないがやっぱり性格が明るい。細かいことを気にしないようでいて、ジュリエットの持参金を増やすために時間稼ぎをしようとするところでちゃっかり者。もらえるものはみなもらおうの精神は、あまり貴族っぽくないぞ。こんなことがなければもうしばらくしてジュリエットと結婚して幸せな家庭を築くはずだっただろうに。妹に頼っているところがすごく情ない、人のいいお兄さん。」 「ここまで読んだ時点では、このクロ−ディオは世間の汚さをあまり知らない上流階級の坊っちゃんのように見える。会話から見て、ひとりよがりな部分がありありと見られる。個人的感情では、好きとも嫌いとも思わないが、こう言った人間は、たいてい『私は特別な人間だ』等と考えやすく思い込みが激しかったりするのがふつうである。たしかに、この事件はクロ−ディオばかりに非があるのではないが、一度も使われたことのない法律であっても、決められていることならば、多少は己の非を認めるべきであろうが、このクロ−ディオは、ただの不幸だとしか思っていない。(註2)このようなところからもクロ−ディオのひとりよがりなところが見られる。これ以降どう変わっていくのかわからないが・・」(以上東海短大)
 なお、この他の登場人物についても次のようなものがあった。
「ル−シオについて・肉屋の息子・クロ−ディオとは子供の頃からの友だち。悪友・クロ−ディオより背が低く、それほど筋肉質でもない・おしゃべり・口ぶえをふきながら歩いてそう・いつも楽しいことを探している・妻(or彼女)はいない」
「公爵について・年齢は30才〜35才ぐらい・結婚はしていない・シブイおじさんタイプ・繊細そうな感じだが実はずぶとい・ひげをはやしている・めがねをかけている・服装もハデではなく反対に黒や白が多い・おちついた女性が好みである・苦笑をよくする・血液型は、A型」 「典獄について・外見 身長190cm以上、太め。髪は多い。こげ緑の服を着ている。清装をしている。性格 仕事以外ではやさしい。少し理屈ぽい。その他 ・子供が2人いる。・公爵を尊敬している。・この仕事は本当は嫌い。」
註1(本文へ)
朗読を前に出て一回すれば、しかるべき点数を与えると最初の時間に告げた。ただし、したくない人はしないでいいことにし、そのような人は通常のレポ−トとは別に、課題を与えたレポ−トを提出すれば、朗読と同じように点数を与えることとした。しかし、そのレポ−トを出さなくても、また朗読をしなくても、通常のレポ−トを提出し、最後の試験で充分な点数を取れば、最高の成績はあげられると保証した。(教育大の場合は、朗読を一つの授業課題として設定していたので、このような配慮はしていない。)あるいはこのように、朗読をしたくなければしないでも他の方法での点数の獲得が保証されていたことが、朗読する者に対する他の者の反感や嫉妬を抑える作用をしたかもしれない。また東海短大の場合には、非常に朗読の上手なグル−プがいて、聞いていて楽しめたこともある。「あのグル−プに全体を通して一度読んでほしかった」との感想が最後の試験でも多く出ていた。このような朗読の上手な学生がいると、授業がやりやすいが、あまりその人たちばかり使うと、これまた飽きられかねないので、大事に使う方がいい。「役のイメ−ジが固定するので、なるべく違う人に読んでほしい」との声もある。「上手でなくていいから、とにかく大きな声で、はっきり」と指示した上で、できるかぎり大勢に読んでもらう方がいいが、これまたあまり慣れていない人ばかりに読まれると、聞いている方が退屈してしまう。教師が適当に役を分担するのもよい。ただし、教師があまり感情移入して読むと学生がしらけるだろうし、かと言って時には悪のりするぐらいが気分転換になることもある。演劇とはまた違った、授業をする場合での配慮と工夫が必要である。
註2(本文へ)
時間がないのでやらなかったが、ここでたとえば、「長く有名無実になっていた法律がいきなり執行されても、それは有効か」などの問題について、「ヴェニスの商人」などと組み合わせて法律論の討論に発展させることもできるであろう。

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