レポートを書く前に

学生の皆さんへ

  
私は基本的にはレポートを次の基準で採点しています。
  
○自分の意見と他人の意見が、きっちり区別して書いてあるか。
 これができていなかったら「不可」つまり落第にしています。これさえできていたら、「可」以上、つまり単位はあげています。
  
 本や論文を読んでも、人の意見を聞いても、ともかく自分以外の人の考えや発言を使う時は、「かぎかっこ」でくくってもよし、四角く線で囲んでもよし、最初と最後を一行空けてもよし、その段落を1〜2文字落としてもよし、どういうやり方でもいいから、「自分の意見ではないものを引用しています」とわかるようにして下さい。その上で、「自分はこれに賛成」「反対」「わからない」などと書いて下さればいいから。
  
 たとえば小学生とか、素人の人に話す時には、人の意見と自分の意見をごっちゃにして、まとめて言ってもかまいません。「あの本にはこうあり、この論文にはこうあり、私はここには賛成ですが、ここには反対」とか言ってたら、小学生は聞かないし、新聞のコラムなら読者は読みません。だから、そういう時は、煮込みなべか雑炊のように、ごった煮にして話す方が正しい。
   
 でも皆さんは大学で勉強してるのですから、もう研究者としては私とは対等です。プロとしてのルールを守らないといけません。それは「人の意見を黙って使わない。使ったら泥棒だ」ということです。そしてまた、皆さんが自分で考えついたことは「これは私が新しく考えたことです」ということを、きっちり言っておくためにも、その部分がはっきりわかるように書かなければ損です。
   
 「読んだ本を自分の意見のように丸写しする」レポートを書く人は最近はいないようだけど、こんなことするともったいないです。せっかくその本を探して読んだのだから、「この本にこう書いてあった」と紹介してくれればいいのです。そして「まったく賛成だ」でも「納得いかない」でも、一行でも自分の意見を書いていてくれれば、それで単位はあげます。なぜそう思うかの理由をちょっとでも書いてくれたら、もっといい点をあげます。
   
 でも、たとえば「クレオパトラはエジプトの女王だ」「地球は丸い」とかいうようなことも、「何々の本に書いてあった」といちいち出典を記すのか、と心配する人がいますが、常識的なことはそんなことしないで直接書いてかまいません。何が常識なんでしょうか、というめやすの一つは「辞書にのってること」です。ちょっと大き目の辞書にも載っているぐらいのことは、誰でも一致していること、知っていることとしてかまいません。ただし、これは辞書がいつも正しいということではありません。辞書にもいっぱいまちがいはあります。でもまあ、そこは「コンピュータもミスをする」「おまわりさんも居眠りをする」というようなことで、ここでは無視して話をします。
   
 人の意見を引用して、自分の意見と区別して書く、というのは、慣れていないとやりにくいですが、勉強と思って、卒論を書く練習と思って、ぜひこれに慣れて下さい。完璧にできていなくても、その努力のあとがあれば、認めますので。
  
○では、それで単位をもらえるとして、「優」「良」「可」の差はどこでつけるのかを、次に説明します。
 私は、次のようなことを基準にして、差をつけています。
   
1.構成がしっかりしているか。
2.資料をよく集めているか。
3.問題点をねばりづよく追求しているか。
4.独自の見解があるか。
5.表現が巧みか。
6.誤字脱字その他の誤りがないか。
   
 1の構成がしっかりしているというのは、「こうだからこうなって、だからこうなる」という論の展開が、わかりやすく無理なくしっかりしていることです。
 2の資料をたくさん集めているというのは、本でも人の意見でも見聞でも、引用しているものが多くて、精力的に調査したなとわかることです。
   
 でも、この二つは実は矛盾します。資料を集めるほど、すっきりとわかりやすい構成の論は書きにくくなります。
 ゴキブリについて書くとします。自分の部屋のゴキブリだけを調べたら、「ゴキブリとは羽根が茶色でカップラーメンが好き」とか、きっぱり書けます。しかし、大学内のゴキブリ全部を調べると、「カップラーメンも好きだが、ハンバーガーの方が好きなものもいる」と歯切れが悪い言い方になる。更に宗像市全体のゴキブリを調べたら「羽根が黒いゴキブリもいる」とわかるかもしれない。日本中のゴキブリを調べ、世界のゴキブリを調べたら「イラクのゴキブリは内気であるが、アルバニアのゴキブリは人を襲う」とか「シベリアのゴキブリは空を飛ぶが、アラスカのゴキブリは地中にもぐる」とか(全部ウソですからね。ただの例えだからまちがえないように)、どんどん豊富な事実がつけ加わるたびに「要するにゴキブリとは何なのか」と言おうとしても、何ひとつ言えなくなるかもしれない。
 そこを何とか整理して、分析して、きっちり言うのが論文です。レポートです。が、整理できなくて、混乱、爆発し「何言ってるのかわからない」論文になることもあります。それが心配で、あまりたくさんの調査はしたくなくなる人もいるでしょう。
   
 実際、程度にもよりますが、たとえば大学院の試験とか就職試験とかでは、とにかくかたちになってないと話にならないから「構成がしっかりしている」のを優先して何とかまとめたものの方が評価されると思います。でも、私の好みを言いますと、私は資料を集めすぎて、まとまらないで爆発してるレポートや論文の方が好きです。扱える範囲に限って、資料をきれいにきっちりまとめた論文よりも。まあ、不公平な採点はしませんけど、私の好みはそうなので、爆発しててもいっぱい集めた資料のある論文は評価するし、評価しなくても、私は読んで楽しんで幸福になると思うので、私を幸せにしたかったら、そういうのを書いて下さい。
   
 3のねばりづよい追求というのは、昔は2といっしょにしていたのですけれど、とにかく、自分の内部や集めた資料の中に深く入って、とことん、ああでもない、こうでもないとこだわって考えてるということです。自分の内部を調査するってことで、2に入れてたのです。しつこく考えつづけて、あんまりあっさり「どちらでもいい」とか「よくわからない」とか言わない。こだわりつづける。なぜそうなるかを、考えつづける。まあ、どっかでやめないと提出期限に間に合いませんが、ぎりぎりまでその努力をする。そういう姿勢があれば、点数を与えます。
   
 この1〜3が、わりと基本です。4〜6はそれよりは軽い点数になると思うけど、入ることは入りますので、努力してみて下さい。
  
 4の、独自の見解というのは、「そういう考え方があるか!」と私がこれまで気づかなかったような新しい考え方を示してくれること。
 5の、表現が巧みというのは、中身とは別に、読んでいて楽しめる面白い文章、読みやすく快い文体のこと。
 どちらも評価します。
 なお、授業にろくに出ず、出ても居眠りばかりしていて、人のノートを借りて、もしくはそれもしないでレポート書いて出して、そこそこいい点もらえて「何、あれ?」と皆が釈然としない人、というのは、大抵、この4と5で点をかせいでると思って下さい。そういう人は授業や予習復習はさぼっていても、遊んだり恋をしたり映画を見たり小説を読んだりして独自の勉強をしているのです。こういうところにそれが表れるのです。
 だから、まじめな努力家の人や、今から急いでがんばろうという人は、4や5の方面の努力はしない方がいいです。急にできるもんではありません。むしろ、1〜3や、次の6で点数をかせぐようにして下さい。
   
 6は、説明の必要はないと思うけど。しょうもないつまらない内容を、きれいな字でていねいに書いてくれてるのも、ちょっと見ていて悲しいのだけど、とてもいい内容を「どうせ、だめだろう」って感じで汚くなぐり書きしてるのは、それ以上にとても読んでいて残念です。やはりあまりひどい誤字脱字は減点します。チェックしておいて下さい。
 まあね。昔「彼女は尻になった」っていう答案をシュールやなあと思って見てたら「尼になった」のまちがいだったとか、「友人に手紙を書け」という課題で「君とは枕を並べた仲」とあるからぎょっとしたら「机を並べた」のまちがいだったとか、そういうのは、面白すぎて逆にちょっとは点をやりたくなるけどね(やらんよ〜)。
   
 枚数は決まってません。一枚でも一行でもすごくいいこと書いてあったら「優」をあげます。まあ、だいたいレポート用紙四、五枚書いてる人が多いようですが、こだわらなくていいです。横書き、縦書き、どっちでもいいです。ワープロ、パソコンで印刷したものでもいいです。図表や絵はコピーしてはりつけてもいいです。
 インターネットなどで資料を集めてもいいけど、その場合も出典は明記を。また、それで起こるトラブルには責任を負いません。
 提出先は私の研究室の郵便受け。たくさんの人が出すので、必ずホッチキスでとめて出すように。クリップではとめないで。ばらばらになったら、名前の書いてある一枚だけで採点しなきゃならなくなります。
   
 あと、完璧な無駄話ですが、「つまらない答案ですが」「不充分な内容ですが」「欠席が多かったのでわかってないと思いますが」「こんな粗末なものですみません」とかいうことをレポートに書く人がいるけど、そういうのは、ちょっとは自信がある時に書くもんです。本当につまらない不充分なものだったら、見ればわかるから書かないでもよろしい。「つまらない」と言うから見てみたら、本当につまらないのだったら、そんなの面白くもなんともないじゃないですか。
 つまらない、こんなの出して申し訳ないと思うんだったら、出さずに単位落とせばいい。そして留年なり退学なりすればいい。それはいやなんでしょ。つまらなくっても出すからには、私をだまして単位をもぎとりたいわけなんでしょ。なら、どんなにくだらない内容でも、堂々として、しれっとして提出すべきです。恥知らずな道を選んだのなら、それをまっとうしなくては。
 人間にはそうやって生きなきゃならない時もある。私だって大学時代ろくに勉強しなくって、大学院受けるときは、どうせ、ぎりぎりで、皆に後ろ指さされてすべり込みだと思ってた。それでも通ってやると思って合格しました。
 もう、ついでに言ってしまうと「私は美人じゃないから」とか「私は頭が悪いから」とか、そんな、聞いた相手が「そんなことないよ」「それでもいいのよ」のどっちかしか返事のしようのないことを、口にするもんじゃありません。美人じゃなくていやなのなら化粧か整形するがいい、マッチョじゃないのが困るならジムに通うがいい、それか、ちがう魅力で勝負すればいい。自分の怠惰の結果や現状を、人に認めてもらって安心しようなんてしちゃいけません。時間の無駄です。
   
 最後は無駄話でした。で、これは皆あくまで私の標準です。特に横書き縦書きのこととか、パソコンで打った原稿でもいいかとかは、先生によってもちがうと思うので、受講科目ごとにきちんと確認しておいて下さいね。