二〇〇五年度板坂研究室卒業論文発表会
末尾に私の「講評」がついています。こちらもぜひお読み下さい(笑)

第一回 一月十九日(木) 十五時〜十九時三十分         
於・総実演(人文教棟パソコン教室奥)

岡田明日香「小説における性の在り方 ―村山由佳にみる― 」

中山陽子「江戸文学から見る、江戸時代の家族関係について         
『和俗童子訓』を読み解く― 」

神志那笑純「男色文化について」

渡辺顕子「十返舎一九について ―『東海道中膝栗毛』が与える魅力― 」

佐藤陽介「江戸時代の奇談について ―『醒睡笑』の話の分類― 」


第二回 一月二十四日(火) 十七時三十分〜十九時三十分         
同上

蛭川秀樹「『南総里見八犬伝』にみる名詮自性

佐光彰子「江戸文学に見られる男性観女性観と現代との比較        
江戸の恋愛現代に語ること― 」

井上亜沙美「江戸の女性の美容と健康 ―化粧を中心に― 」


第三回 一月二十五日(水) 十七時三十分〜十九時三十分         
同上
    
城戸紗枝子「江戸期における色彩

宮本勝美「古事記の世界と現代との関わり」

澤本卓典「近世における歳時と和歌研究」

仲間新司「桃太郎識らずからの脱却」


発表順は変わることがあります。
他ルームの方、一、二年生も気軽においで下さい。
途中参加、一部参加も歓迎です。



国際共生教育コース   板坂耀子研究室


   
講評など

同僚の先生が
「せっかく卒論なのだから、1〜2年かけてしか書けないような大きなテーマを考えるように」
とおっしゃっているのを聞いたことがあります。
教員の性格はルームにも反映するのか、と痛感します。
この先生はまじめで堅実な方なので、
そうでも言っておかないと、皆がしっかりまとまった論文にしようとするあまり、
こじんまりとしすぎることを配慮されての発言でしょう。

ところが私は今回皆さんの発表を聞いていて、この先生と反対のことを言わなければならない。つまり、
「いくら何でも1〜2年しかないのだから、その間にまとまるようなテーマを選んでおけ」
ということです。

基本的に私は、皆さんがどんなテーマで書きたいと言ってもとめません。これも、ほとんどの先生方は、
「それはちょっと自分では指導できないから」
というようにおっしゃいます。
これがひどくなると、自分の専門にしていることしかテーマを許さず、
源氏物語なら源氏物語、平家物語なら平家物語と、
自分がやっていることに関する論文しか書かせない先生もおられるでしょう。
「結局、自分の研究の下働きをさせている」
と批判されることもありますが、でも、こういう先生の考えにも一理はあって、
つまり自分が責任もってアドバイスなり添削なりできないテーマの指導はできないというのも、
それはそれで、良心的なのです。

しかし私はそうしません。
どっちみち自分の専門が江戸時代の紀行文という、かなり特殊な分野であることもありますが、やはり、
一生に一度の卒論では、どう中途半端でもだめになってもいいから、自分が興味を抱いたテーマに思いきり挑戦して、
やれるだけやってみてほしいと思うからです。
書き上げた、やりあげた、という達成感はなくても、
ドラゴンや巨人にいどんで歯が立たなかったという実感でも持ってもらったら、
それで充分、学問の何であるかは感じてもらえると思うし、
それでも卒論を書く意味は充分にあると思うからです。
成果が出なくても、結論が出なくても、それはそれで立派なことだし、
尊い、価値のあることだと考えています。

ではあるのですが、それにしても、
こうやって皆さんの発表を聞いていると、自分の指導の反省も含めて、
もうちょっと1年や2年でできることを見きわめてくれと思ったり、
まあそれはやってみなくてはわからないかと思ったり。

私は実は、今日皆さんの発表を聞いて質問して初めて、
皆さんが最終的には何を書きたかったのか、めざしていたか知ったことも多くありました。
佐光さんが、江戸時代の文学を総覧して当時の恋愛の姿を再構築再現しようとしていたことも初めて知ったし、
城戸さんが日本の歴史全体を通じての色の文化の変遷、
ひいては外国の歴史まで視野に入れていこうと思っていたことも知りませんでした。
知っていたらとめたかなというと、とめなかったような気もするのですが、
いずれにしてもそれは、偉大な学者が一生かけて、
こんなに(指で十センチほどを示して)厚みのある本にまとめるような、それでもまだ終わらないようなことです。
他の方もそういう壮大な計画が多く、実は皆さんが
手作業で宇宙船や潜水艦を作ろうとしていたのだとわかって、
唖然としたというのが今の心境です。

そういうことを計画するなら、ものすごくがんばらなくてはならなかったし、
がんばっても多分無理だったでしょう。
そのことを、それなりに教えてあげられなかったのは、これは私の手落ちです。

でも、皆さんはこれもさすがに私のルーム生というべきかどうか、
途方もない壮大な計画を、ものすごく貧弱な材料と道具で、
それなりにちゃんとかたちづけて、まとめています。
この力技はすごい。
神志那さんの男色も井上さんの化粧も、
佐藤君の醒睡笑も宮本君の古事記も中山さんの教育論も、
それぞれ程度の差はありますが、この短期間であれだけの題材と作業で
よくも一応、中にはかなり立派に見られるものもある論文にしたと感服します。
冗談でもなく皮肉でもなく、これは皆さんの瞬発力のすごさというべきで、
これからもこの才能は何かと大事にしていただきたい。
でもまた、あまりにそれを頼ったり溺れたりはしないでいただきたい。

とはいえ、誰も彼も、時間のなさは否めない。
読んでいて、やれ面白くなるぞと思ったとたんに終わってしまう。
これは多分書いていて皆さんもそうだったでしょう。
あとひと月あれば一週間あれば一日あれば、もっとよくなるのに、
もっと面白くなるのに、もっとひきしまるのに、
とどの論文を見ても残念でした。
佐光さんや城戸さんの論文はたとえてみれば、
広大な大邸宅の洗面所や玄関だけが何とか雨露しのげる建物になっているかなという感じだし、
他の皆さんのも、やっとかたちはできていても、
ふっと吹いたらばたばた倒れる舞台のセットのようです。
鼻息で倒れるか扇風機で倒れるかもうちょっと強い風でも何とかもつかという差はありますが、
どっちにしても安心して住める完成度ではありません。

しかし、建物の全貌は洗面台や下駄箱を見ていると何とか浮かび上がります。
危ういセットを見ていてもイメージは伝わります。
皆さんが何をめざしたか夢見たかはわかります。
そこにはやはり皆さんたちの研究対象への熱意と愛が感じとれます。
そのことは案外大事ではないかと私は思います。

この中で、比較的時間をかけた作業をして成功しているのは、岡田さんと仲間君です。
岡田さんはとにかく対象とした作者の書いたものをすべて読み、
テーマにそって資料になる部分を抜き出しました。
その分析で終わっているのはややものたりないですが、よくがんばっていると思います。
仲間君は全体としてはまだまるで未完成ですが、
とにかく資料の一点についてかなりきちんと翻刻しているのは評価できます。
また渡辺さんの論文は一番論文らしく整っています。
普通の基準からいうと、この程度の整い方はそれこそ普通なのですが、
他の人の論文があまりにも不安定なので、しっかりしているのがめだちます。
これは論文や本を早くから多く読んでいたため、自然と書き方が訓練されたのでしょう。
また、膝栗毛をよく読んでいるのもわかります。

澤本君も早い時期から作業をしていたのですが、
これは私が彼の当初の目的であった和歌の研究と
益軒の「日本歳時記」の研究のバランスをどうするか迷っていて、
その結果どっちつかずになったのが申し訳なかったです。
「日本歳時記」そのものの研究に切り替えたら、
とアドバイスしようとしていて、ためらったのですが、もっとはっきりそう言ったら、
その方向でまとめて論文らしくなったかなと思いますが、
でも彼のしたいこととちがってきたかなとも思うし、
まだどうすべきだったかわかりません。
面白い内容なのですが、もっとよいものにできたのでは
と反省しています。

蛭川君の八犬伝もまだまるで未完成なのですが、
これはもう馬琴を研究するのは1〜2年では無理なのです。
作品を一つ読むだけで下手すれば半年かかってしまう。
それでも卒論でやってほしい、
と願うところに私のジレンマがあります。何かいい方法を今後考えたいです。
当面は、こけてもいいから毎年誰かは馬琴はやってほしいなあと思います。

もう一度くりかえしますが、皆さんはどなたも大変勘がいいです。
たとえば中山さんの論文は言いたいことがありすぎて支離滅裂になってるのですが、
その中で益軒の思想の特徴をきちんと感じとっている。
そういうセンスのよさが、誰の論文にも随所にあります。
また、くりかえしますが、短期決戦の集中力と瞬発力は皆さんは誰もすごい。
そういう点では自信を持って下さい。さぞ努力もしたのだと思います。
そして、それは、自分が選んだ、好きなテーマに取り組んでいる、という喜びと無関係ではないでしょう。
そういう点では、皆さんがやりたいと言ったことをとめないでよかったかもしれないと感じています。

とはいうものの、瞬発力や勘のよさはあくまで最後の手段です。
若い内からそんなものに頼っていたら、
瞬発力は次第に衰えるし、勘もだんだん鈍ります。
時間をかけて愚直な作業をする中で生まれる力を育てて下さい。
「やっと面白くなったのに、あと少し時間があれば」
と思う地点や時点まで行くのが長くかかる退屈な道なのです。
皆さんの論文は、それぞれ、そこまで行った時点で時間切れになっています。
これからの人生では、その時点まで一刻も早く行くことを心がけて下さい。
また発表を聞いていた下級生の人たちも、
これから卒論を書くにあたっては、早く、一日も早く、そこまで行くようにして下さい。
一番研究が面白く楽しくなるところで、時間切れにはくれぐれもならないように。

今日は皆さん、お疲れ様でした。