文章やことばとは、そういうものです。ファンタジー文学に出てくる、武器や魔術や薬と同じで、使い方を知ればものすごく役に立つけれど、使い方をまちがえると危険だし命とりです。真剣につきあっておかないと、逆に支配されます。なめてると、いいことはありません。
たかが代筆、と思うでしょうが、自分の書く文章がどんなに生気がなく心がこもらず上滑りで薄っぺらか、出す前にもう一度見てごらんなさい。そんな文章を書いている精神が、好きな人に気持ちを打ち明けたり、交渉相手を説得したり、敵を論破したり、大切なことを懇願したり、自分の状況を世間に訴えたり、誰かを慰めたり傷つけたりする文章を書けるかどうか、よく考えて見て下さい。
文章やことばを甘く見るということは、世の中を甘く見るということです。文章やことばを粗末にするということは、自分に誇りを持たないことです。最初に言ったように私は、そういうことをする人たちに、自分が何か言う義務はないと思っています。ただ、自分でまいた種は自分で刈って下さい。世間をなめて自分を粗末にしたからといって、その結果、自分を表現することばをなくしてしまったからと言って、親や教師や友人や、ましてや赤の他人にその後始末を期待するのはおかどちがいというものです。
だから代筆を頼まれたら、断りなさい。先輩や義理ある相手なら、書いたふりして出さずにおきなさい。それか、私の授業に関する限り、そんなことしたら二人とも欠席扱いになるだろうと言いなさい。
他人に代筆を頼むのはやめなさい。自分の名で誰かが文章を書いているのなど、それが自分の文章としてまかりとおるなど、許しがたいと感じなさい。そういうことを感じられなくなっている自分はすでにどこか、退化しはじめていると自覚しなさい。そういうことには耐えられないという感覚を持った人たちが世間にはかなり多くいて、すぐれたものを生み出すのはわりとそういう人たちで、そういう人たちとあなたは、この先どんどん理解しあえなくなるかもしれないと思って下さい。私も含めてそんな人たちは、そんなことを普通口には出さないし、あなたに話を合わせてくれるかもしれないけれど、だからと言ってそんなことは何の救いにもならないことを知っておきなさい。