洗い、片づけ、捨てることとは―文学と女性の立場から―

 (以下は一九九三年に行なった講演のノートである。今回ここに紹介することにしたのは、ごみ問題がテーマのこの講演の後半で私がふれた、「評価されない、誰にも気づかれない生き方」について、もう一度自分自身でも確認しておきたかったからだ。このような生き方をする人が、この世からいなくなることはないだろう。問題は私たちがそのような人々をどのように考えるかだ。それは社会のありかたに大きく影響する気がしてならない。)

     はじめに

 研究会の会場などで、いろいろお世話になっている「宗像市働く婦人の家」で、一月の末に、ごみ問題についての講演をした。語学にも近代にも弱いくせに、授業でいつのまにか外国文学や近代文学をとりあげてしまっている時と同様、どうしてそういう話をするようになったのか、結局自分でもよくわからない。それにしても、私とこのテーマとは専門外とか、そういうことを別にしても、実に似つかわしくなかったものと見えて、友人知人は皆相当、何をしゃべるつもりか不安がっていたようである。「手を広げるにことかいて、とうとうそこまでなったのか」という反応までは、いってなかった気がするが、そう感じた人もいたかもしれない。私としては、それほどに不自然ではない気が、ずっとどこかでしていたのであるが…。ともあれ、講演の際のノートを紹介する。素人の立場に甘えた、独断に近い見解も多い。反論や批判をいただければ幸いである。       

     1 山道でひいた猫

 この講演をひきうけた時、正直いって私は、これが市の公報に掲載されることを忘れていました。そのため、何人もの人から、「今度、ごみ問題について話すんですって〜?」と驚かれたり、笑われたりしました。まともに笑ってくれる人は、まだいいのですが、多分同じ職場の先生たちは、見ている人も多いはずなのに、陰で笑っているのかあきれているのか、何も言わないので、この方が恐い。先日、ご近所の人たちと飲みごとがあった時、そのことをぐちって、「『ごみ問題をとりあげたら』と婦人の家に提案したのが運のつきだった」とこぼしましたら、奥さんたちが同情してくださって、「PTAの集まりでも、何か言った人が役員にさせられることが多いんですよ〜。だから何時間でも黙って我慢して譲りあってるんですよ〜」などという話になったりしました。
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 ただ、そうは言っても、私は優柔不断のようで結構強情なので、いやとかだめとかほんとうに思った仕事は絶対ひきうけません。結果としてうまくいくかどうかはとにかく、ひきうけたからには、その時はやはり何かうまくいくという見込みが、私の中にはあったはずなのです。次第に日がせまってくるにしたがって、何をどう話そうかと困りながら私は、どういうつもりでひきうけたのかを思い出そうとしていました。はじめに、お話があった時には「ごみ問題なんて専門ではないし」ともちろん私は断りました。けれど、まったく素人としての立場から、私なりに伝えておきたいこともあるから、専門の方のお話の間か前かに一度くらいはしゃべってもいい、とも確か言ったような気がします。
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 結果としては、この後の二回は実際のごみ処理場の見学だとかで、考え方とかについての話は、私のこの講演だけということになり、かなり荷が重いのですが、やはり、はじめに漠然と考えていたとおり、専門家ではない立場から、私の考えていることをお伝えするだけにしようと思います。環境問題やごみ問題は、このごろ大きくクローズアップされていますから、その種の本もたくさん書店にありますし、またおそらく婦人の家でも、皆さんがたのご希望があれば、ひきつづき、この問題についての企画は組まれることと思います。そのことにとりくんでおられる方の講演も、また計画されるかと思います。私は多分、それらの本や話には、まったくないような、もっと根本的というか、もっと幼稚というか、もっと微妙なようなことを、今日はお話したいと思っています。それは、急には役に立たないかもしれないし、私の話がだいたいいつもそうであるように、問題をはっきりさせるのではなくて、ますます混乱させるかもしれない。しかし、ごみ問題も、他の多くのこともそうですが、あまり型通りにすっきりかたづけるだけでなく、私たちの気持ちの奥深くまでくいこみ、またたくさんのいろんな面にかかわらせながら考えることが大切なのではないかと思うのです。
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 実は私が、婦人の家にごみ問題のことをとりあげてはと申し上げたのは、私の二十年来の親友の女性が、いま熱心にそれにとりくんでいて、道端に空き缶が落ちていると一張羅のスーツとハイヒール姿でも拾ってまわるほどだからです。彼女は私がこの講演をすると聞いて、私にはむかないと思ったようで、心配したのか、いろいろとごみについての考え方を教えてくれました。そして「とにかく日本人の特徴というのは、自分の見えるところは、とことんきれいにするのだが、たとえば自分の家のごみを他人の家の方にやってしまったら、もうそれは何とも思わない。見えないところがどうなろうと何がおこっていようと気にしない。日本人のきれい好きとはそういうことで、これを何とかしなければならない」というようなことを話してくれました。
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 日本人がそうなのかどうか私は知りませんが、本当にそうなら、確かにそれは問題だろうと思います。しかし、それより私が気になったのは、その後で彼女がした別の話です。彼女は車を運転して通勤します。ある夜、帰りの暗い山道で、車の前に猫か何かが飛び出して来て、急いでブレーキを踏んだけれど、何かをひいたような感触がかすかにあって、車をバックさせたりいろいろしてライトで道を照らしたが、結局それらしい姿はなかったそうです。次の日、皆に、何か死んでなかった?と聞いたけれど、誰も何も見なかったそうで、一応安心したけれど、何かわりきれない、はっきりひいたのではないが、何かにさわった気はしたのだ、というのです。
     ※
 「なぜ、降りて、確かめなかったの?」と私は聞きました。「いやよ、そんな。だって怪我して血まみれになってるのが、そのへんでのたうちまわっていてごらん。考えただけでぞっとするよ」と、彼女は言いました。私はこういう時、しばらく、そんなものかなと思ってぼんやりしてしまうのですが、後になるほど気になりはじめました。まだ彼女には私の気持ちを話してないので、先にこんなところで話すのはいけないのですが、ごみ問題の講演の役にたったと聞いたら、彼女も勘弁してくれるかと思って話します。暗い夜道が危険ということは別として、私なら絶対にその時、降りて確かめずにはいられないだろうと思いました。私だって、けがをして血まみれになったり、目が飛び出たり、片足もげたりしている動物を見つけるのは、いい気はしません。しかし、私にとってそれよりもずっと恐ろしいのは、そういう目にあった動物が、私が通り過ぎた後、誰にも知られず苦しんで苦しんで、朝まで苦しんで死んでいくかも知れないという、その心配です。私が見なかったからと言って、もし本当にそういう動物がそういう目にあっていたらと思うと私は耐えられそうにない。どんなに恐ろしく醜い姿でも、実際に見たほうがずっといい。そうしたら、何かをしてやれる。何としてでも助けてやるか、その望みもなかったら、この手でとどめをさして楽にしてやることができる。
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 でも、そう言えば彼女は昔、怪我をした犬を車の座席に乗せなくてはならなくなりそうになって、そうなったら車が汚れるし、どうしようかと思ったと話していたことがありました。
 そういうところがあるからといって、彼女を否定するのではないし、嫌いなのでもありません。長い親友は夫婦のようなもので、自分の身体の一部のようです。理解できない面を見ても、それでどうなるということはありません。
 ただ、私自身は小さい時から、便所に落ちて糞まみれになった子猫を母と一緒にバケツで洗ってやることが何度かあったし、それを汚いとは感じませんでした。ビービー鳴いている猫を早く楽にさせてやりたかっただけでした。猫の首をつかんで便所からつまみあげた母は、私と一緒に猫を洗いながら、「私も昔に比べると冷静になった。子供のころ、子山羊が便所に落ちたとき、思わず抱きあげて、自分も糞まみれになったことがある。今日は首をつかんだだけ進歩だ」と自慢していました。「汚いとは思わなかった。それより何より、早く山羊を助けたいと、それしか考えなかった」と、母は言いました。
     ※
 私が、親友の彼女に感じる異和感は、このような母の影響もあるのだろうと思います。このようなことは、環境や性質で、皆ちがうのでしょう。動物を飼った経験があるかないかにも、よると思います。
 ただ、私がこだわるのは、「日本人の欠点は、見なければ汚いものが苦にならないことだ」と言って、ごみ問題にとりくんでいる彼女が、自分が怪我をさせたかもしれない動物を、自分の目で確かめて処理するのが恐いからと言って、その場を去ってしまう自分について、まったく不思議に思っていないことです。くりかえしますが、彼女を批判しているのではありません。こういう矛盾は、私たちひとりひとりの中にたくさんあります。私にもあるでしょう。それでも、あるいは、だからこそ、私は、こういうところを見逃した、ごみ問題への取り組み方は、したくないし、しないでほしいと思うのです。もしかしたらこういうところにこだわるのが、文学者的ということになるかもしれません。ごみ問題はたしかに現在、重要です。しかし、聞いた事実のひとつひとつを、そのまま広げるだけでなく、自分の心や生き方のすべてを点検しなおしながら、とりくんでいくことが、きついけれども大切だと、私は思うのです。

    2 やさしさと汚さ

 糞まみれの山羊を抱き上げるような母に育てられたせいかもしれませんが、私はどうもやさしい心というものは、汚さを平気でいられる神経をどこかに持っていなければならないという感覚があります。更に言うならば、生きているということは、根本的に汚いことであり、醜いことであり、活発に生きれば生きるほど、その汚さや醜さは増すのだろうと感じています。
 今の若い人たちにとって、臭いとか汚いとか言われることは大変な苦痛のようだし、男の子も女の子も、髪も身体も服装も、ほんとにきれいにしています。それを悪く言う人もいるようですが、私はあまり苦になっていません。ひとつには、私の周囲の若者たちを見るかぎり、彼らは自分たちはきれいにしても、他人やまわりをきれいにしようとはしないようだからです。それがけしからんという人もいるでしょうが、私はその方が助かるという気がしています。大人のきれい好きな人には時々、この逆がいて、自分をきれいにすることは放っておいて、家の掃除や、家族や、職場をぴかぴかにすることに熱中することがあります。
     ※
 そういう人たちの存在はありがたいし、大事です。しかし、私がこのような人たちに時々ふっと考えてほしいのは、汚さの中に平気でいる暖かさです。私も独身ですので、将来はごみの中で、寝たきりの病気の老人になることと思いますが、その時、ボランティアの方が来て下さったとして、お風呂にいれて髪も洗ってさっぱりさせてくれたら、本当にその人が天使のように見えるでしょう。しかし、もしかして、また、その人が、ほこりだらけの汚い臭い部屋の中で、私といっしょに、おしっこの匂いのただようふとんにくるまって寝ころがってくれて、私が半分見えない目でいれた、かびのはえた湯呑みに入った、ごみの浮かんでいるお茶を平気で飲んで、何もしないで、でれでれ一日おしゃべりして「ああ、楽しかった」と言って帰って行ったら、その人を私は神様のように思うのではないかと思います。もちろん、いつもそれでは困りますが、そういった心をどこかに持っていてほしいのです。
     ※
 「キャッチ22」という戦争小説のラストに近く、主人公が「人間はごみバケツだ」と実感する場面があります。だからこそ生きている間は精神を大切に、良心にしたがった生き方を守りぬかねば、という決意にそれはやがてつながって行くのですが、それはさておき、人の肉体が瞬時に飛び散り、寸断される戦場では、これは時に痛切な実感だったでしょう。私は、その実感は正しいと思います。私たちのひとりひとりは、死ねばたちまち腐りはじめるごみの塊です。生きている間でも、活動すればするほど、汗を出し、粘液を出し、大小便を出し、無数の汚い臭いものを、あたりに排泄しつづけます。それを拒否したり、恥じたりしたら生きていけない。
 家庭の夫を粗大ごみという言い方が以前流行しましたが、人間は皆ごみです。生きるかぎり、ごみを出し、死ねば自分がごみになる。ごみ問題を考える時に、私が何より皆さんに考え、感じてほしいのは、ごみと自分の差の小ささです。ごみを身近に感じ、親しみを感じ、愛してほしい。自分が、ごみ以上の存在だと無条件に傲慢にならないでほしい。
     ※
 最近のごみの中には、たとえば核燃料の廃棄物とか、公害の原因となるものとか、危険で有害なものも増えています。けれど、それに対する態度も、根本的には同じだと、私は考えています。
 かつて、北杜夫の短編だったと思うのですが、人間が核爆発を繰り返させ、地球を破壊しても、滅びるのは人間だけで自然はまたよみがえってしまう、というような作品がありました。私は、地球を守れとか自然を守れとかいうスローガンは、ある意味では図々しいと思います。「病める地球」と言ったって、それは人間にとってふさわしくない環境というだけのことで、人間が生きられない環境だったら「病んでいる」という言い方自体、人間側から見た、虫のいい表現です。仮に人間が核戦争でも起こして地球に放射能の雲がたちこめ、人類が絶滅しても、その環境に適応した植物でも動物でも鉱物でも生まれて栄えたら、彼らにとっては、その地球は病んでいるどころか、健康そのものでしょう。
     ※
 私は一応人間ですから、他の生物よりは人間と意志が疎通しやすいですから、さしあたり人間と一緒に、人間にとってよい環境と未来を望み、追求します。しかし、それは地球や宇宙のためだとは考えません。核戦争も公害も地球汚染も恐ろしいとは思います。自分がその被害者になったら冷静ではいられないでしょう。けれど、人間の次にあらわれる生物か何かにとっては、核の廃棄物も公害物質も危険でも有害でもないかもしれないのです。だからいったい何なんだ、人間としてはやはり恐いと言われるかもしれません。しかし、山道でひいた猫ではありませんが、人間が生み出した結果としての、それらの恐ろしいごみは、恐がったり嫌悪したりするだけでは無責任だと私は思います。作り出したものなら、何かといろいろ考えて、工夫して、愛するように努力し、責任をもって、処理するぐらいしてもいいだろうと思います。作り出し、生み出してしまったものなら。
     ※
 そういうと、よく、生れたばかりの赤ちゃんを、面倒を見きれなくなった若い母親がごみ箱に捨てたりするニュースがあるのを、思い出す人もあるでしょう。また、昔は老人や病人が、厄介者、邪魔者として山に捨てられたり、今も「棄老」という言葉で表現される、同様の事態があったりします。そういうことは、まったく許せないことです。しかし、私たちは赤ちゃんほど小さくなく、老人ほど弱くなくても、先に言ったように、皆、ある程度ごみなのです。小さいものや、弱いものの場合、その性質が強く回りに感じられるから、そういう扱いをうけやすくなるのにすぎません。
 私が「人間はごみ」と言うのは、このように、人間をごみ扱いするのではなく、本当は、ごみを人間のように扱う気持ちになってほしいと思うからです。どんな恐ろしいものも、危険なものも、醜いものも、汚いものも。そうすることによって、逆にまた、私たちが、しばしば人間でありながら、ごみのように無視したり、憎んだり、恐れたり、遠ざけたりしていた存在の人たちとも、向き合う力が生まれて来はしないでしょうか。
 ごみを、ごみとして嫌悪し、切捨てつづけていくことは、私たち人間自身のある部分を、ごみとして、切り捨てて、拒否しつづけて、その部分がどんどん増えていくことにもつながります。赤ん坊、老人、犯罪者、落ちこぼれといわれる生徒、病人、障害を持つ人、その他何でも。また、自分自身の中の恐ろしい部分や汚い部分、弱い部分を黙殺し、拒否することにもつながるでしょう。
     ※
 先日、同僚の先生が、大江健三郎と立花隆の討論が雑誌にのっていて、二人ともが人類の滅亡を予感していたのに驚いたと語りました。私は、その先生を暗い気持ちにさせまいと思って、「大江健三郎の作品を読んでいると、人前で排泄行為をする恥ずかしさにこだわる場面とか、死体を洗うのに深刻になる場面とか、あんな繊細な人は、どだい頼りになりません」と思いきりむちゃくちゃを言いました。
 私は大江健三郎の作品をそれほどは読んでいないし、また、氏の現実の生活や行動には尊敬する部分が多くあります。しかし、その時言ったことはたしかに、どこか私の実感です。排泄行為や死体などに私はあまり拒否反応がありません。なぜそのことを、それほど問題にするのかが理解できないところがあります。繰り返しますけれど、生れることも、生きることも、死ぬことも、汚いことです。糞尿にまみれて人は生まれ、生きている間中、それを自分の中に抱え、そしてまたそれにまみれて死ぬのです。
 男性の多くは戦場で、それを実感するのでしょうが、女性は生活の場で実感するのだろうと思います。私の場合はどうだったのか、よくわかりません。自分が女性であることと関係があるのか、それとも医者の家に生まれて、小さい時から家に送られてくる製薬会社のパンフレットなどで、腐っていく病気の身体や黴菌の繁殖のカラー写真を見て、きれいだなあと思いながら育ったせいか、他にも何か理由があったか。

    3 創造的生き方

 私は先に、今の若い人たちが、自分をきれいにはするけれど、まわりはきれいにしないと言いました。よく聞くのは、若い女性の部屋が驚くほど汚いという話です。しかし、私はそれはそう不思議には思いません。彼女なり彼なりが、自分をきれいにかざるのは、あれは創造的な活動であり、芸術活動です。こういう、何かを生み出そうとするような積極的な活動は、前に言ったとおり、必ず排泄物を生じ、ごみを生み出すものなのです。
 少しこじつけめきますが、私の親友が「日本人の特性」と言って批判した、自分の家や庭だけきれいなら、よその庭や道にごみをはき出しても平気、といった感覚も、これと共通するのかもしれません。何となく、私の感覚では、これは日本人の特性でもない気がします。少なくとも江戸時代などの日本の女性の美徳ではないでしょう。むろん男性の美徳でもありません。
 最近、ナフコだの岩田屋だのの家具売場に行くと、主婦らしい方や、ご夫婦らしい方が高価な家具を楽しそうに選んで買っておられます。私は、それを見るたびに、この人たちは一種の芸術活動をしていると感じます。美しい部屋や家を作ることで、絵を描くとか、小説を書くとかと同様の創作の充実感を味わっておられると。ところで、そういう活動は必ず多くのごみを出します。それを恐れていたら、いいものはできません。それで、若い女性が自分の顔がきれいにできあがったら、鏡の前にティッシュがちらかり、ベッドに汚れた下着があっても、ちっとも気にならないように、また彫刻家が、削り屑や石膏のかけらで足の踏み場もなくなったアトリエの中で、完成した見事な立像を見て満足感にひたるように、こういった人たちも、自分の家や庭が美しくできあがったら、回りの道や隣の家がどう汚くても、自分たちの出したごみが散らかっていても、ちっとも不幸ではないだろうと思うのです。
     ※
 洋の東西をあまり問わず、家事や生活というものは、昔はそういうものではなかっただろうと思います。だからこそボーヴォアールは「第二の性」の中で、こういった家事労働に女性が縛りつけられていることを、激しく告発し攻撃しました。主婦の生活には、創造的なところがまったくない、お皿を洗っても洗っても、それはまた汚れるし、床は拭いても拭いてもまたほこりがつもる。くりかえしても、くりかえしても、ある状態を維持するだけで、何も変わらないし育たない。この不毛さと無力感が女性を限りなく不幸にする。ボーヴォアールはそう主張しました。
     ※
 実は私は大学に入るまでも、それ以後も家事らしいものをほとんどしたことがありません。だから、この部分を読んでも実感はなかったのですが、それなりにそうだろうなと思いました。
 ただ私は自分が本ばかり読んで空理空論の世界にいただけに(私のこの状況は、男の子や、今の子どもたちの状況とかなり近いかもしれません)家事や肉体労働に対して一種の深い尊敬があって、ボーヴォアールの主張に完全に納得したわけではありません。少し後で、「赤毛のアン」の続編「アンの幸福」だったかの中で、皿洗いなんて大嫌いという友人に向かってアンが「私は好きよ。汚れたものが、またぴかぴかになるなんて、すばらしいわ」とか答え、「まあ、あんたという人は博物館行きだわ!」と友人が怒る場面を読んだ時、アンの発言にもまた、そうだろうなと納得しました。
     ※
 アンは一方で、はつらつとした自由奔放さがあり、教師になったり、小説を書いたり、創造的な仕事も充分にしています。しかし、ボーヴォアールが指摘したように、ただそのような、くりかえしのみの家事だけを一生続けた女性たちは、数多くいました。
 「赤毛のアン」とともに、私がこのような講演の時によく引用する、山本周五郎「日本婦道記」には、そのような生き方をした女性たちを描いた短編がいくつもおさめられており、特に「風鈴」という一編は、そのような自分の毎日をいったんは疑った女性が、再びその中に生きがいを見出す過程を巧みに描いています。また「パレアナの青春」などの作者として知られるジーン・ポーターも「スウ姉さん」という小説で、音楽家としての才能がありながら、家族の犠牲になって家事にいそしみ、そのことに空しさを感じたものの最後は満足と充実を感じる女主人公を描き、自分はこれを同様の立場でけなげにがんばっている多くの女性のために書いたのだと言っています。くりかえしますが洋の東西を問わず、女性たちはこのような役割を果たし続けて社会を支えてきました。
 今の家事にも、このような面はむろんたくさん残っています。しかし、先にいったような芸術活動、創作活動としての家事は、「日本婦道記」や「スウ姉さん」の女性たちの仕事の中には、ほとんどなかったのではないかと思います。工夫とか変化とかの要素はなく毎日同じ、しかし決して欠かすことのできない細々とした仕事の繰り返しで、それは本当に、毎日生れたあらゆるかたちのごみや汚れを処理することが中心であり、新しくごみを生むようなことは決してなかったのではないでしょうか。
     ※
 ボーヴォアールが攻撃したように、それは空しく悲惨なことだったでしょうか。そのような仕事に女性だけが従事することは、これは問題です。しかし、男女を問わず、汚れたものをきれいにし、ちらかったものを片づけ、不要なものを処理する作業、何ひとつ新しいものを生み出さず、ただ、それだけをくりかえす仕事というのは、それほど人をむしばむでしょうか?
 それだけをしていたら、むしばむのかもしれません。私自身は、これまでほとんど常に新しいことに挑戦し、自分で工夫して何かを生み出す仕事に従事しつづけて来ました。だから、そういう創造的な要素のまったくない生活というものがわかりませんし、そのへんの考え方があまいかもしれません。
 ただ、私は今の環境問題やごみ問題を考える時、もうひとつ大切な発想の転換は「人間は何もしないまま、誰の記憶にも残らないまま、何ひとつ残さないまま、死んでいったっていいんじゃないか。それが最高なんじゃないか」ということではないかと思います。
     ※
 かつて、消費は美徳だと言われました。今はそうではないということになっているようでもありますが、結局、倹約や質素が美徳だとか言っても、今ひとつ迫力がないのは、独断で言わせてもらうと「何かを生み出し、つくり出すことは尊い。それがまったくない生活は、人間として恥ずかしい」という考えが、力を失っていないからです。何かをつくり出そうと思えば、かならず、贅沢に消費して廃棄物を出します。あるいは、消費それ自体が、他に何も生み出せない人が一番簡単に実行できる創作活動です。買い物にしろ、食事にしろ。
     ※
 なぜ、子どもを生むことが、あれほど無条件に評価され、生まないことが、これほど無条件に批判されるのだろう、と独身女性の間では時々話題になります。しかし、こと子どもに限らず、何も生み出さない人生は空しい、という考え方は今日ほとんど常識化しています。それは正しいのかもしれません。そういう面もあるでしょう。しかし、そのようにして人々が一人残らず、創造的な活動をしようとしはじめたら、ごみの量は絶対に増えつづけます。女性と限ったことではなく、男でも女でも、何かをつくり出すよりは、人の出したごみをかたづけつづけている方が楽しい、という人がいたら、そういう生き方もまた評価し、守っていくことが必要なのではないでしょうか。もし、誰もそういう人がいないのだったら、ひとりひとりが自分の中の、そういった面を開発し、自分の出したごみぐらいは、創作活動の合間にかたづけるようにしてゆくしかありません。
     ※
 かつては男女をとわず、ひっそりと人の下積みになってめだたない仕事をはたしつづける人たちは、それなりの評価をされていました。そういう仕事が嫌いな人はいやだったでしょうが、それが好きな人は安心してその仕事にいそしんで、世間に認められるとまではいかなくても、少なくとも責められることなく、一生を終わることができました。
 しかし現代では「風鈴」の女性が、妹たちに「それでは生きているとはいえない」などと批判されて強く動揺するように、自分の生き方はまちがっているのではないかと、そういう人たちは落ちつかない気持ちにさせられるようになっています。ひとりひとりが自分を充分に表現し、自分にしかつくれない何かを生み出すことが本当の生き方とされ、あらゆる欲望は認められ、持たない方が批判されます。

    4 空白へのあこがれ

 私は学生運動も組合活動もして、いろいろな権利を主張して来ました。また、私の生き方も、先に述べたようにあまり平凡ではなく、新しいことを試みつづけてきています。私自身、よくしゃべるし、突飛なことはするしで、「変な人」「変わった人」というような強い印象を人に残しがちです。その私が言うのもおかしいですが、私はいろんなことに関して、あまり欲望や、「これでなければ」といった強烈な好みがありません。「絶対にいや」「それはしない」という拒否の姿勢は強いと思います。しかし、何かをしたいとか、名を残したいとか、注目されたいとかいう気持ちは、いつもあまりなく、無視されたり忘れられたりするのが、まったく苦になりません。
     ※
 そういうことを、あまり口に出すと、「恵まれているから」「無視される苦しみを知らないから」とか言われそうになります。しかし、私が考える無視は本当に無視されて忘れられることなのです。黙殺されたり意地悪されたりする状態ではありません。
 目立たないことは幸福である、何ごともないのが一番いい。このような考え方は、少し前の日本ではかなり一般的でしたし、無気力や事なかれ主義というような悪い姿勢も生みました。目立つことを恐れずに、望むことをし、正しいと思ったことを主張して、私は生きようとしてきました。しかし、あくまで「目立つことを」「恐れずに」でした。目立つことを望んだのではありません。それを幸福ともよいこととも、感じたことはありませんでした。
     ※
 キリスト教でも、「深く流れる川ほど音を立てない」「右の手が人にほどこしをするのを、左の手が知ってはならない」ということを言います。また、中国の伝説では、もっともすぐれた皇帝が支配していた時代には、民衆は皇帝の名はおろか、その存在も知らなかったといいます。これもまた、洋の東西を問わず、このように、最高にすぐれたものほど決して目立たないし、目立ってはならないという発想はありました。周囲に無視され、忘れられ、いるかいないかわからない存在になるということは、私にとって、そういうことです。人の邪魔にならず、不愉快にもさせず、しかも自分の生き方を貫き、回りの人を幸福にし、そのことを人に決して気づかせない。これは大変な能力と努力を要することでしょう。
     ※
 世の中にしてもそうです。人生はドラマと言いますが、本当はドラマなど何も起こらないのが一番いい。幸せだということさえわからず、いつのまにか生きて死ぬのが、本当は最高の幸せでしょう。そして、ドラマを起こさないようにするには、何かが行き詰まったり、煮詰まったりする前に、いつも心をくばって判断し、処理し、対応しておくことが必要でしょう。これも山本周五郎の短編集「寝ぼけ署長」の主人公は、何一つ仕事をしないのんきな警察署長で、彼の在任中にふしぎと何も事件が起こらなかったから、あれでもつとまったが、と人々は噂します。しかし実は、彼は何もしていないようで、事件が起こりそうな要素があると、さりげなく前もって心遣いをして処理していたので、事件が起こらなかったのです。
     ※
 このような生き方をすること、このような世の中を作ろうとすること、それは誰の評価もうけませんし(うけたら、それだけ目立ったという、そのこと自体が失敗です)、もちろん何も生み出しません。不幸や不快の原因となるものを、さりげなく、限りなく処理しつづけて、そういう不幸や不快を生み出すまいとするだけですから。生れないから、人はそれを誰かが消してくれたことに気がつかないままです。私の祖母は、もう亡くなりましたが、歩けなくなって入院するまで、よく一人でちょこちょこと庭の草取りをしていました。私はそれを見ていましたが、それでも祖母が入院し、亡くなった後で、広い田舎の家の庭一面に草が茂り放題に茂って、幽霊屋敷のように荒れ果てた時、祖母が何をしていたのかを初めてはっきり見た気がしました。(註1)
     ※
 このような生き方をしていると、それをいいことにどんどんふみつけられて、いいようにされるということが、たしかに現実にはあります。しかし、私自身は、ふみつけられて滅びないように気をつけながら、やはり、こういう生き方をできないものかと、いつも思います。このような生き方がもたらす充実感は、創作的な活動が生むそれとは別のものです。どちらかというと、やはりボーヴォアールが批判した、洗い、片づけ、捨てつづける仕事がもたらすものに近いと思います。女性だけが、それを過度に押しつけられ、そしてふみつけられつづけた。その点ではボーヴォアールの告発は正しいけれど、このような仕事それ自体は、決して、喜びや満足や心の平和と無関係ではありません。
 今、大切なのは、これらの仕事を、女性だけのものとか、家事や家庭の中のものという狭い範囲でとらえず、男性や政治家などにも共通する大きな問題の中での、必要な姿勢として捉え直すことかと思います。
 ついでに言うと、私は学生運動をしている時でも、それをロマンと感じたことは一度もありません。今もそうですが、署名もデモも含めて政治活動のすべては、いやだけれどもしなくてはならない、台所のお掃除か、下駄箱の片づけのようなものだと感じています。学内の各種委員会の仕事もそうです。すべては、大勢の人が集まってきているところに、必然的に生まれる、ごみやほこりのようなものの処理だと思っています。
     ※
 そして、よく考えて見ると、私が最も創造的な喜びとして行なっているはずの、江戸文学の研究とか、趣味で書いている随筆や小説なども、あるいは、ごみの処理なのかもしれません。
 私の専門は近世の紀行文学です。主婦の方や学生にも手伝ってもらって、昔の本を活字に直し、出版したいと計画をしています。しかし、私がうれしいのは、新しい分野の研究を切り開き、作り上げたというよりも、未整理のまま、誰もなかなか手をつけなくて放っていた、膨大な数の近世紀行文の山を、わかりやすいように分類し、かたづけて、きちんと整理できるという満足のような気がします。散らかりつくした部屋をせっせと掃除している心境に近いのです。
 小説の方はどうでしょうか。これもよく考えて見ると、私は自分の心の奥底に、本当に生まれた時からあったのではないかと思うくらい昔から、深くわだかまってうずまいている、さまざまな欲望や怒り、悲しみや夢に光をあてて観察し、人にもわかる言葉として整理し、まとめて見たいのです。
 そうして書いてしまったら、いつまでも大事にとっておくべきものか、捨てて忘れてしまっていいかもわかります。整理がついたら、捨てて行きたい。そうやって、自分の中にあった、わけのわからない、こだわりや不安や疑問を、ひとつまたひとつと捨てて行って、ついに何もなくなって、真っ白けの空白のように心がなったら、それが私の完成であり、もういつ死んでもいい状態だろうと思います。

註1・もちろん、祖母はまだ未熟であるとも言えよう。彼女が、たとえば私なり他の誰なりに、さりげなく草取りを教え、自分の死後もその誰かが同じ仕事を引き継いで行く体制を作っておけば、彼女の死後も、誰も彼女のしていた仕事に気がつかないままとなるだろうからである。

     ※
 人とちがっているのかもしれませんが、私は成長することが、心の中に何かを育て、増やし、豊かにしていくことという考え方ができませんでした。ものごころついた時から、私は既に、ものすごく豊かでした。(本当は誰でも、そうなのではないでしょうか?)ただ、いいもので豊かだったのではありません。恐いものや危険なものでいっぱいでした。ひとつひとつがいいものか悪いものかもわからなかった。
 私の成長とは、いつも経験や知識で、ごみやがらくたのつまった自分の心をさぐり、のぞき、不要と判断したものを捨てて行く、または書いたり、人に語ったりして、外に出す、そうやって、中をだんだん空にして行くことであったように思います。持っているものが少なくなり、中身が軽くなるのが成長でした。
     ※
 ですから私にとって無とか空白とは、決して空しい状態や貧しい状態ではありません。むしろ何より豊かで充実し、完成されたものとして、それをめざして生きている感じがします。そして、そこに行き着くためには、かぎりなく、洗い、片づけ、捨てる作業をつづけなければならないだろうと思っています。
 生きていくということは、先にも言ったように、もうそれだけで、回りを汚し、ごみを生み出しつづけることです。その汚れやごみを嫌悪したり、拒否したりすることは、生きることそのものを否定することです。
 でも、一方で、そのごみや汚れを片づけつづけ、処理しつづけて、空白と無をめざすこともまた、人間として欠かせない充実した喜びを生むものであり、決して不毛な空しい仕事ではありません。
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 評論家の樋口恵子氏も、洗濯物をいやいやほしたりしている内に「この安らかさは何だろう」と驚いたという男性の言葉をひいて指摘しておられましたが、このような仕事は、人の心を安定させ、健全にさせる面も強く持っています。
 私は前にも言いましたように大学に入るまで、まったく家事をしたことがなく、ごはんの炊き方も知りませんでした。高校に入るまでマッチも擦ったことがありませんでした。本ばかり読んで、現実を知りませんでした。本には、現実は本とは違うとよく書いてあるので、現実は本とは違うと考えていました。現実にいろいろな体験をして、一番、本に書いてあったことと違ったのは、本と現実とはそんなに違わなかったということでした。
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 しかし、それでも、本や知識だけで知っていて、現実の体験がないというのは、妙に人間を神経質にさせ、いつも少しだけ不安にさせるものです。
 私は自分が家事をほとんどしなかったという点で、男性の心理に近いものがあるのではないかと思うのですが、時々、男性が「女の強さにはかなわない」と言って、それは子どもを生むからだとか、子宮でものを考えるからだとか、いろいろ言います。
 けれど私は、もし女性の多くが、男性から見ると、わけもなく自信をもって落ちついているように見えるとしたら、その原因の一つは小さい時から家事をする人が女性には多いからではないかと考えることがあります。
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 家事というのは、あれは言ってみればすべて理科の実験です。いくら理屈をこねたって現実にお湯を火にかければ沸騰し、卵をゆでれば固くなります。水で拭いたら、汚れはとれます。お湯や洗剤を使えば、もっととれます。
 それがどうしたと思われるかもしれませんが、私は就職して何年めかに、初めて本当に家事にとりくんだ時、その的確な反応のひとつひとつに陶酔せんばかりに感動しました。
 政治体制が変わろうと、新しい文学理論が生まれようと、それらに何の関係もなく、雑巾で力をこめて拭けば、トイレの便器は真っ白になる、パンを焼いたら焦げ目がつく、こんなに確実に安心して信じられることが世の中にはいっぱいあるのかと呆然としました。本当に、何とありがたいことかと思いました。
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 自分の出したごみや、汚したものを洗い、捨てて処理する。かたづければ、きれいになる、洗えば汚れが落ちることを、身をもって知る。それは人間の中にとても健康で強い考え方を育てます。男の子や、男性も家事をするということは、その点でも今後はますます大切なのかもしれません。
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 雲をつかむような、たとえ話めいたことが多くて、混乱されたかもしれませんが、今後ごみ問題について、いろいろ興味を持って勉強していただきたいし、私自身、そうするつもりでいますので、そのはじめの気持ちの整理のつもりで、お話しました。何かの参考にしていただければ幸いです。

(1992.1.31.)

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