「吉野の雪」(2)

第二章 みちのくの春に

  
《 夜に入って対面申し、尼は、「佐藤三郎次信、佐藤四郎忠信とて、二人の子を持ちて侍る。次信は御用には立ちまいらすべき者なれ共、上戸にて、酒に酔ひぬれば、すこし口あらなる者也。忠信は下戸にて、天性極信の者なり。」とて奉りけり。(古活字本平治物語 巻下) 》
    

    一

 一面の青空なのに、日がかげった。見上げると、ちょうど頭上の、小さい雲のかけらの中に、太陽がすべりこんだところだった。雲が日をすかして輝き、光る魚のように見えた。
 私は弓を宙にあげ、魚にねらいをつけてみた。
 「またそうやって太陽を見る。目をいためるからやめろと言ったろう」
 かたわらにいた兄が怒った。
 私はかまわず矢を放った。とたんにぴしっと弓づるが切れて、したたか私の指を打った。兄がそばから手をのばして、短刀でつるを切ったのだ。矢はすぐそばの草の中に落ちた。
 「雲を射ようとしただけじゃないか!」
 私は怒った。
 「そんなもの射なくっていいんだ。しょうのないやつだな」
 「野原に出ると兄上は突然いばり出すんだから」
 文句をいうと兄は知らん顔をして、さっき射おとした柿をかじりながら、目を細めた。
 私は吐息をついて馬の上に片足をくみ、弓のつるを直しにかかった。兄はバカにしたように、柿をかじりながら、それを横目でながめている。
 信夫の里は、秋だった。私は十二、兄は十四才だった。
 そこは、私たちのふるさとだった。父は死に、母が父にかわって、山すそにある広い館のいっさいと、領地の支配のいくらかを、とりしきっていた。白い衣に身をつつんで、早足に歩く小柄な母を、荘司の尼と、土地の百姓たちは呼んだ。
 なだらかな丘がいくつも重なるこのあたりの地形は変化にとみ、馬を走らせるのにはよかった。今、その丘はどれもこれも金色と朱色にかがやく紅葉を、明かるくふもとからのぼりあがらせていて、草原全体が光の下に、豪華だった。
 「役にたたないものなんか射るなよ」
 兄はまた、わきから言った。
 「母上が悪いんだ。自分のお相手ばかりさせて。おまえはひよわになってしまう」
 「へえ、どこが? 弓だって馬だって、誰にも負けるつもりはないよ」
 「そりゃ、おれが教えてやったからさ」
 「兄上は誰に習ったの? 父上?」
 兄はうんざりしたように、柿のしんを地面に放った。
 「母上のおつきあいで、あれだけ本をよんでるくせに、おまえはときどき、バカかと思うよ!
 父上は、おまえが生まれたすぐあとで死なれたのだぞ。そのときにおれはいくつだ? 習えるわけがなかろうが?」
 「弓、これでいいと思う?」
 「自分でしらべるんだな」
 そう言いながら兄は私のさし出した弓をとり、つるのぐあいをたしかめた。
 私は話をむしかえした。
 「けれど、覚えているんだがな」
 「何を?」
 「父上のこと…まだずっと小さいとき、私を馬にのせてくれてさ、あそこの垣根をとびこえて、私は、わら山の上におっこちた」
 「それは父上じゃないだろう。おれじゃないのか?」
 「覚えている?」
 「覚えちゃいないが、おれのやりそうなことだ」
 弓を私に返して兄は、馬の手づなをひき直した。私よりずっと大柄で、大人びてみえる兄の、はっきりとたくましい横顔を見ていると、なるほどあれは兄だったということもあり得るな、と思う。思い出がはっきりしているわけではない。何かぼんやり、そのときの感じのようなものがあるだけで、だいたい、館の郎党たちが、口をそろえていつも兄が、父にそっくりだと言うものだから、それが逆に、そんな錯覚を生んでしまって、兄との思い出がいくつか父とのそれにすりかわっていくのかもしれない。
 「行くぞ。うんと走るぞ」
 兄が言った。
 「いいとも!」
 私も手づなをとり直した。馬たちは光の中に首をあげ、足をふみかわしてじれている。
 「そら!」
 兄は、大きく馬をあおると、一気にとび出し、負けじと私も、それに続いた。私たちはまっしぐらに丘を走り下った。風が激しく、耳もとで鳴る。
 「金売りの、吉次がねえ…」
 だく足になった馬を兄によせていきながら、息をきらして、私は言った。
 「また、立ちよるそうだよ、この二日に」
 「へえ、それは、母上はまた、都の話を聞きたかろう」
 「鞍馬山の若君さまはどうなったと思う?」
 「誰?」
 兄はさして興味もなさそうだったから、私は実をいっぱいつけた大きな柿の木に向かって、一人言を言った。
 「ご無事で、いらっしゃるんだろうなあ…」
 もう、ずっと前から、源氏の若君で、牛若さまというお方が、京の鞍馬寺にあずけられていらっしゃるということを、私と母は、吉次に聞いて、知っていた。平泉の金売り商人吉次は、都とみちのくの問をいつも往復していて、信夫の里にもよく泊まる。そのたびに、そんな噂話を持ってくるのだ。
 「ご利発で、お美しい、それはもう、ご立派な若君でございます。稚児姿をして、他の稚児たちにまじっていても、やはりどこかちがうのでございます。やはり、義朝さまの血すじは争えぬものでございますなあ」
 「そうもありましょう」
 何かを思い出しているように、母はうなずきつづけていた。そして、吉次の出発したあと、風の音を聞きながら、火桶の火をかきたて、かきたて、つぶやくように、私に話してきかせるのだった。
 「義朝さまは、ねえ…それはご立派な方でした。私が初めて心から愛した男の方でした。おまえにはまだわかりますまいね。人を好きになるということが。いつかはわかるだろうけれどね」
 そして、やさしい、心をこめた指先で、母は私の髪をなで、うっとりした目で私を見つめて、つぶやきつづけた。
 「おまえをこんなところでくらさせたくない。せめて十六にでもなったら、おまえを都へ行かせてやりたい。私もそのころ初めて都へ行ったのですよ。そこで何年かくらして、義朝さまに、会いました。あの方は、りりしくて、お美しくて、おやさしくて、…私をとても愛して下さった。都ですごしたあの何年かの間、とても私は幸せでした。義朝さまは、私が恥ずかしがるのも恐がるのもかまわずに、私をまあ、衣装ごと、かかえあげて、馬にのせて、まあ…」
 母は笑い出し、私を抱きしめて、ゆさぶるのだ。
 「京のどこへでも、つれていって下さった。宇治へも、嵯峨野へも、まあ、本当に…古い社や寺の軒先に私を下ろして、ご自分もそのそばにお座りになって。牛若さまのいるという、鞍馬寺にもよく行きました。貴船という社があって、川が流れていて、そこから山に入っていって…ああ、あそこにも、よく行ったこと」
 ころころと笑いつづける母の声が私の頭の上で、いつまでも続いている。ふだんは気丈で、男まさりで、むしろ冷たい感じの母が、そんなときにはどうしてか、とてもやさしく、とても幸せそうに見えて、私はそんなときの母が大好きだった。母の幸せそうな笑い声を聞きたくて、私はときどき、話をせがんだ。
 「それは、どんな字を書くの、母上?」
 「加茂川は阿武隈より広いの? 嵐山は安達多良より高い?」
 「北にあるの? 南に行くの?」
 「あのねえ…」
 母は子どものように身をのり出して、私の手のひらに指で書き、火桶の灰に火ばしで書き、とうとう、いそいそ立ち上がって、筆と紙とを持ち出すのだ。
 「おいで。書いて進ぜるから」
 そして、私は、ほおづえをついて、いつまでも母が大きな白い紙帖の上に書いてゆく、町の名前や地図に見とれた。
    
       ※
    
 どうしてか、母は、兄とはあまり、うまがあわないようだった。小さいときからはっきりと、私と兄を差別していて、何でもないことで、声をふるわせてよく兄を叱った。兄はさほど苦にした風もなく、もじもじしながら座っていて、母の小言がおわるがはやいか、再び矢のように外に遊びにとび出していってしまう。それを見送る母の顔に、いらだちと、怒りと、大人が子どもに向けるにしては少し激しすぎる憎しみの色があったのを、私は覚えている。
 「あれはがさつな子で、何もわからぬ。父上に、よう似て」
 にぎりしめた手を興奮にふるわせながら、兄を追っかけていった縁先から戻ってきて、自分の座の方に行きながら、母は一人言のように、そうつぶやいていた。
 兄はたしかに、死んだ父…私たちの父上に、顔も気だても似ていたらしい。古い郎党たちは、兄を見ると父がなつかしいといって涙をこぼし、皆で兄をかわいがっていた。
 「父上は昔、母上をさらってきてむりやりに、自分の妻にしたんだとよ」
 兄は、ある日、郎党たちから聞いたらしいそんな話をえらそうに私にしてきかせた。
 「さらってきたって、京から?」
 「ちがうちがう。バカだな、おまえは。母上は、京でしばらくくらしたあと、平泉へ行こうとしたんだ。それで、この信夫の里を通りかかったとき、父上が見つけてな、きれいな女だったから、馬にかっさらって、つれてきて、.そのまま、館に住まわせたんだと」
 兄はひどく面白がって、にやにや笑って喜んでいた。
 「想像つくか? 母上はそのころな、毎日、毎日、朝から晩まで、泣いてばっかりいたんだと…袖で、こうやって、顔かくして」
 「嘘だァ!」
 私も笑い出してしまった。母が泣いたのなんか、私も兄も見たことがない。
 「本当だって」
 兄は言いはった。
 「父上もそれで困っちゃったんだってさ。どうしたと思う?」
 「知らない」
 「おまえはまだ子どもだから、知らなくていいんだ」
 兄はもったいぶって、そう言った。
 ちょっと気になって、私はそれからしばらくして、母に聞いてみた。
 「なぜ、京を出て、ここへ来たの、母上は?」
 何となく、私なりに、そう言えば父上のことを、母が話すだろうと思ったらしい。幼いかまのかけ方だった。
 だが母は私のその問を聞くと、私の手習の手本を書いていた筆の手をとめて、じつと目を宙にさまよわせ、私がまだ見たこともない、しいんと、きびしい表情になった。
 「それは…義朝さまが、死んだからです」
 私はびっくりした。
 「義朝さまは…まだ生きていらっしゃるのではなかったのですか?」
 母は私をじっと見つめ、それから急に笑い出して、つと私をひきよせ、胸に抱きしめた。
 「ああ、おまえは、そう思っていたの…無理もないわね、話さなかったのですから。ええ、義朝さまは、もう生きておいでではないの。平治の乱といういくさが都でおこって、それに負けて、義朝さまの一族は!源氏一族は皆、殺されてしまったのです。平家が…」
 息をひそめるような激しいまなざしになって、母はつぶやいた。
 「平家が、あの方々を…」
 「平家?」
 「平清盛とその一族です。義朝さまをほろぼしたあと、彼らにはもう、恐いものがない。今、都で全盛をきわめ、法皇さままでふみにじり、平家一族でないものは人間でない、とまで言いあって、したい放題をしているとか」
 母の日に涙はなかった。らんらんと美しく燃え、抱かれている私の腕が痛いほど、母の指には力がこもった。
 「時は流れればよい。人の心もうつろえばいい。けれど私は、平家にへつらう人たちのいる都に、決していたくありませんでした。義朝さまとの思い出の町々を、平家一族の男や女たちの足が汚していくのを見ることを、自分で、自分に許せなかった。だから、来たの。この日本でただ一つ、平家の支配がとどかぬ場所の、このみちのくへ」
 しばらく黙っていたあとで、低く押しころした声で母は言った。
 「私は、義朝さまの首が、獄門にかけられ、さらされているのを見たわ!」
 唇をきつく結んでいてから、母はまた言った。
 「義朝さまのお子さまたちが、長男の義平さまから、今のおまえぐらいの小さい子まで、さがし出されて、次々に、殺されてゆくのを、見ていたわ。寒い、年のくれだった。義朝さまは、雪の中を、わずかな人々とともに、逃げられたのだけれど、身をよせた古い家来長田忠致の家で、その男に裏切られて、殺されなさったのです」
 母はゆっくり、首をふった。
 「私には何もできなかった。ただ、義朝さまを殺したあの汚らわしい、いまわしい、憎い平家の一族と、同じところにはいたくなかった。これからだって、ずっとそうです」
 清々しい、重い、怒りだった。つい昨日のことを話しているように、母の口調にこもるなまなましい悲しみが私にまっすぐ伝わってきて、こみあげてきた一言を、私はそのまま、口にした。
 「平家は…そのまま? 誰も、何も、しないの?」
 「あの一族の力は強く、さからったなら殺される。誰一人、今はかなうものはないの。でも、きっと、いつかは…」
 はりつめた、きびしい明かるさが母の声の中に鳴っていた。
 「ほろぼされてしまったとはいっても、源氏の一族はまだ、あちこちに生きのこっている。その内にはきっと…義朝さまのお子さまの内、何とか生きのこった方々が何人かいる、その方々が大きくなったなら、きっと…鎌倉や、木曽や、その他にも、若君さまがおられるというし」
 「平家をほろぼすための、旗上げをなさるだろうか?」
 「ええ。きっと、なさいますとも」
 風の音が外で聞こえた。母は私にほおずりし、大きく目を見開いて、風の音の中に何かを聞こうとするようだった。
 「一人のこらず平家の人々を、殺してしまって下さいますとも。吉次の知らせてくる話では平家は官位を一人じめし、さからったたくさんの人を殺し、赤い衣をつけた子どもを、都中に歩き回らせて、悪口をいった者をとらえては、役所につれていき、せめせっかんしているという。しいたげられた者たちの恨みが憎しみが、やがてはきっと火となって、あの者どもの足の下から吹きあげる。平家のこんな無法ぶりが、どうして、いつまで、許されよう。必ず戦いがおこります。平家がほろびる戦いが。おこらずにいようか。私にはわかっています」
 母の身体から、何か光に似たものが放たれるのを見たと思った。それは私たちがいつも見ている丘や草原や、たくさんの村々をこえて、ひとすじに都へと、強く、さしとおっていくようだった。母の胸の中で、わけのわからぬ熱いおののきに身体を小さくふるわせながら、私もまた、時をこえ、場所をこえて、たくさんの、まだ見ぬ何かに、自分がつなぎつけられた気がした。    

    二

  
 そして、いつの頃からか私は、春の草原や、冬の川のほとりで、ゆれる小さい草の芽や、水面に曲がってさしこむ日の光をながめながら、いつも都を思い、そこにくりひろげられる戦いを思い、都の北の鞍馬山にくらしておられる義朝さまの若君のことを、一人で考えるようになった。
 とりわけて、その鞍馬の若君のことを考えたのは、その方が私と同い年だったせいもあるし、母が他の若君さま…たとえば鎌倉の頼朝さま…にはあまり興味を持たないで、京のその若君の噂ばかり聞きたがって、金売り吉次に聞きただしていたせいもある。母にとって京は義朝さまとの思い出の地であり、そこに住む若君は、ひとしおなつかしい人と心に映るようだった。
 母は義朝さまにとって、ただの恋人である。二人の間に子はなかった。それだけに母にとっては、義朝さまの、他の奥方たちとの間に生まれた若君たちは自分の子どものように思え、とりわけ京の鞍馬の若君はそう思えるらしかった。
 私と母はよく二人で、その若君…牛若さまのことを話した。吉次が運んでくる話しか材料がなく、それに義朝さまの思い出話などまぜて、しゃべるのはいつも母の方であり、私は聞いていることの方が多かった。それでも母の話のすべてが私の心には、強くきざみつけられて、あとで一人で思い出し直すときには、それがさまざまにふくらんで、広がっていった。
 日ざしが暑く照りつけてくる、眠たくなるような昼さがり、林の中で、黒い土の上にねそべって、虫の羽音や、せみの声を聞きながら、私はうつらうつら夢を見て、まだ見たこともない京の町々を、その若君と二人で歩き回って、平家一族の住む館を見回っては、襲撃の計画をたてたりしていた。
 …風上から火をかけた方がよかろう。
 …でも、矢が届かないと思うのですが。
 …あの邸は美しいからとっておきませんか。
 …いや、あれは父上の仇の邸だから、絶対に焼くのだ。
 若君と私は小さい子どもだったかと思うと、大人になって、立派なよろいをつけていたりした。顔もよくわからない、他のたくさんの家来たちが、私といっしょに若君の回りにひざまずいていて、じっと影のように耳をかたむけていたりした。地平線までつづく大軍の先頭に、二人で馬をすすませて、都へ攻めこんでいくときもあったし、法皇さまらしいおぼろな大きな影が、うす緑のみすの向こうにいて、私たちに何かおっしゃっていることもあった。
 何度も何度も、夢みているうちに、それらの場面の一つ一つは私が自分で困るほどはっきりしてしまってきて、私は若君と二人で歩く都の道すじを、信夫の里の家の回りの小道よりよく覚えこんでしまい、若君といつもいつも、しゃべっている間に、兄や母よりその人が、近しい存在になってしまった。
 毎日そんなことばかり私はしていたわけではない。兄ともいっしょによく遊んだし、近所の里の子どもたちと、女の子たちが川で水あびしているのを盗み見に行ったり、柿や瓜を盗みに行って、百姓たちに追いかけられることもあった。母は身分がちがうからと、里の子と私たちとが遊ぶことを禁じていたが、兄は平気だったし、さそわれると私も喜んでついていった。
 が、どんなにそれが面白くても、長く皆といっしょにいると、どうしてもその内に私はものたりなくなり、淋しくなった。私の最も親しい友だちが、一人、そこには欠けていたから。その友だちと会うためには、私は一人にならねばならず、だからどんなに皆と仲よく遊んでいても、しばらくすると、私はいつでも、一人こっそりぬけ出して、馬をかっては、人気のない、沼のほとりや、林の奥に入っていった。春の日ざしが金色の粉のようにふりそそぐ森の木かげの道に入り、草をふみわけて歩きながら、私は回りを見回して呼ぶ。声を出さずに、呼びかけるのだ。
 …すみません。やっとぬけて来られた。
 明かるい笑い声が光の中から聞こえる。風もないのにゆれる、やわらかい木々の葉の明かるい緑色の間から声がする。私だけに聞こえる声が。
 …私も行きたかった。楽しそうだったな。
 …なぜ来ないのです? 来ればいいのに。
 …行けないのだ。寺の規則がやかましくて。
 …逃げ出せばいいのです。逃げ出して早くみちのくへおいで下さい。
 …ああ、いずれはそうしよう。今計画をたてている。
 私は木の根の上に座り、草をちぎりながら、あたりを見わたして笑う。
 …見えますか? あそこに鳥の巣があります。親鳥が忙しく出入りしている。
 …そなたは目がいいのだな。私にはまぶしくて見えない。
 …少し目を細めたら日の光がさえぎられて、そして…
 …見えた。でも珍しい鳥だな。鞍馬にはいない。ここは退屈だ。仕事は多いけれど、面白い人に会えない。
 …ここだって退屈ですよ。
 …早くいくさがはじまればいいな。
 …きっと、その内はじまります。平家の世もそう長くない。でも、とにかく、あなたが早く、そこから出てきて下さらなければ。
 …待っていろ。もう少しだ。
 …待っていろ、待っていろって、そんなこと言ってる内に、私もあなたも大人になってしまう。あの清盛めは年をとって死んでしまう。
 明かるい笑い声がまたひびいて、私もつられて思わずほおえむ。澄んだ、少年の声がきっぱり聞こえてくる。
 …待っていてくれ。待っていてくれ。私は必ず山を出るから。旗上げをするから。今その準備をしているのだ。大丈夫だ。私もおまえもまだそう早く、大人になってしまいはしない。時はある。落着け。そら、りすが、木のうろから土の上へとかけ下りた。見えたか?
 …いいえ。りすなんか、どこに?
 …今度はおまえが見そこねたな。もういないよ。
 愉快そうに、また声が笑い、そしてふっと消える。背後の木々を、がさがさかきわける音がして、兄の声が近づいてくる。
 「ちきしょう、あいつどこに雲がくれしちまったんだ? おれの小刀を持ってったままで!」
   
       ※
  
 兄は、私がそうしてちょいちょい雲がくれしてしまうことに、別に文句はいわなかった。だいたいが兄は細かいことにはそうとんちゃくする人ではなかった。やることが乱暴で、力のかげんをせず、私も意地になって対抗するので、ときどき腕を折られたり、沼に放りこまれてかぜをひかされたりしたことはある。そのたびに母は気狂いのようになって兄を怒ったが、私は兄を恨んでなかったし、兄も何が悪かったのかよくわからない顔をしていて、それがますます母を怒らせるのだった。
 とにかく兄は、どれだけ母に叱られても、ふてくされもせず、しよげもせず、平気だった。そのくせあとで、私が寝ているへやへ、ひょいととびこんできて、生まれたばかりの雀の子をどこからかとってきたのを私の手ににぎらせて、またとび出していったりした。鳥の子はめったに育たないものだが、そのときの雀の子は大きくなってよく私になれ、狩衣の胸に入れておくと、忘れてしまって、気がついてとり出してみると、ぺちゃんこに平たくなって、押しっぶされて、かたちがかわっていたりした。
 「兄上、雀がつぶれてしまった!」
 私がそう言ってべそをかくと兄はびくともせずに、
 「何、見せてみろ」
 そういって雀を手にとり、両手でこね回してもとのとおりのかたちにした。
 「そら、もとどおりになったろうが」
 雀は目をぱちぱちさせて、ちゃんと生きていた。そんなことが何度もあって、まもなく私もそれになれ、雀が平たくなってしまうと、両手ではさんで、もとの形に直してやれるようになった。母は私がそうしているのを見るたびに、いつも涙が出るほどおかしがって笑いこけた。
 「そんな雀は見たことがないわ。本当にそれは雀なのでしょうかね?」
 あの雀はどうなったのだったろう。覚えていないところを見ると、どこかへとんでいってしまったのだったろうか。
 雀をもってきてくれたときのことでもわかるように、兄という人は、実によく、どこにでも、とび出したり、とびこんだりして来ては、また、あっという間にどこかへ行ってしまう人だった。母上によく叱られたというのも、一つには、母上のきげんの悪いときにかぎって兄がわざわざとびこんできてばかりいたせいもある。冬の昼下がりの静かなへやで、障子に映る日を見ながら、私と母が京の話をしたり、本をよんだり手習をしたりしているときに、中庭でけたたましい叫び声やかけ声がおこったと思うと、郎党の子どもたちといくさごっこをしていたらしい兄が、追いつめられて、土足のまま、縁にとび上がってきて障子をがらっとひきあけ、
 「あれ、母上、いたのですか!?」
 と叫びつつも、勢いあまってとまらずに、反対側の障子からころがるようにとび出して行き、「おーい、こっちだ、こっちだ!」と郎党たちに叫んでいる声がみるみる遠くなっていく…そんなことはしょっちゅうだった。母のけわしい表情にもかかわらず、私は大抵そんなとき、おかしくてたまらなくなり、笑えば今度は私が母に叱りつけられることはわかっていたから、よみかけていた本を、ひしと顔に押しあてて、笑いをかくしているのだったが。
   
       ※
  
 そのころ私はよく、恐しい夢を見た。
 他にも見たか知れないが覚えていなくて、とにかく、いつもくりかえして見る同じ、一つの夢があった。もうそれがはじまると、ああ、あれだ、とわかってしまう夢だった。
 まず、吹きすさぶ風の音が、闇の底から聞こえてくる。次第に高く、勢いをまして、それが地をはって、せまってくる。
 そして私は、自分の回り一面に、地平線まで限りなく、草がそよいでいるのを知る。闇の中で、それが、風に吹かれてひきちぎれそうに、右に左に、細い刃のようになびくのだ。
 空が私の上にある。あおむけに、自分が草の中に倒れ、何かが胸を重苦しくおさえつけていて、私は起き上がることができない。誰かが私の上にのしかかり、ひざで私をおさえつけ、一方の手でのどをしめつけ、もう一方の手で刃をかざし、ゆっくりとそれを私の、胸に、のどに、つきたててくる。それが誰かということが、いつも私にはわかっているのだ。兄なのである。
 血の味が口の中にあふれる。刃につらぬかれる胸やのどは、ぎりぎりと冷たく、痛く、やがて熱く燃える。私は叫ぶ。兄上、私です、私です、どうしたのです、やめて下さい…しかし、いつでも兄の耳には聞こえない。それとも聞こえないふりをしている。耳まで口を開くようないやな笑い方で兄は笑い、らんらんと光る目で、私を見下ろし、私の首を切りおとそうとするのである。
 そこでおわるならまだいいのだ。もう完全に殺されて、あたりが闇にかわったと思った瞬間、なぜかいきなり位置が逆転してしまい、私が兄の、首のない死体の上にのしかかって刃をにぎって、暗い、夜の闇の中にいる。
 地平線まで、びょうびょうと、吹きまくる風に草がなびいているきりで、誰一人いない。私はただ、兄の死体と二人きりなのだ。
 左手に何かを私はにぎっている。ずっしりと重い何かを。それが、私が切りとった血まみれの兄の首…舌をつき出し、目をむき出した、兄の首だということを、見なくても私は知っているのである。
   
       ※
   
 この夢からさめたあと、いつも私は、全身びっしょり冷汗をかき、涙でほおをぬらしていた。そして、かたわらで眠っている兄の気楽そうな規則正しい寝息を聞いている内に、やっと少しずつ心が落着いてゆくのだった。ときどきどうしても不安に耐えきれなくなったとき、何度か兄をゆすりおこしたこともある。いつでも兄はむにゃむにゃ言ってろくに起きてくれず、はっきり目をさますと、かんかんになって怒った。なぜおこしたか私は理由を言わなかったので、わけもなくま夜中に人をおこすなんて、おまえは人間じゃない、と兄はわめいたのである。もっとも朝になると兄はそうやって自分がわめいたことさえも、もう覚えてはいなかった。
 「兄上は、夢を見ないの?」
 一度さりげなくそうたずねると、兄は、見るかもしらんが覚えていない、と言った。私から起こされたことさえ覚えていないのだからそれはそうだろうと私も思った。
 やがてだんだん別の夢を見るようになって、その恐しい夢を見る回数は少くなり、とうとうまったく見なくなった。それは多分、私の、本当に幼い日々のおわりと一致していただろう。のちに私はもうー度だけその夢を見たが、それはずっとあとになってからのことだった。

    三

 野は一面に、細かい雨がふっていた。もう春が近いせいか、どことなく明かるく、雨の粉の中に光がこもっているようだった。若草と枯草の入り混じる丘の上に馬をとめて、私と兄とはやわらかくけむる地平線のはてを見ていた。
 「遅いな」
 兄がつぶやいた。
 兄はもう十八である。腕も肩もがっしりとたくましく大柄で、陽にやけた、くっきりとした目鼻だちが、昔より一段と男らしくなってきていた。陽気でものに動じない性格はあいかわらずだったが、一種の落着きが加わってきていて、郎党たちにたちまじっていても、自然と領主のおもむきがあった。母ももう昔のように兄を叱りつけたりはしない。よそよそしくはあっても一応は、あとつぎとしてていねいに扱っている。
 少し前から私と兄とは、北の平泉にある藤原秀衡さまのお館に、父の代からの家人として出入りするようになっていた。だが母はときどき私に向かって、こんなところで、秀衡ごときの家来になって、満足してしまってはだめですよ、と言いきかせた。
 「そなたが主とあおいでよいのは、義朝さまの若君だけです。そのことをお忘れあるな。こんなみちのくで、蝦夷とたたかったり、女あそびをして、喜んで、いい気になっていてはなりませぬ。そなたの敵は、平家なのです。いつかは源氏の若君をお守りして京にのぼり、平家と戦うのですよ、忠信。忘れてはなりませぬよ」
 私も十六になっていた。兄とは比べものにならぬが、背ものびて、日ましに成長する身体を自分でもてあました。平泉でのくらしはけっこう楽しく、蝦夷との小ぜりあいも、同じぐらいの若者たちと村の娘を追いかけ回すのも、それなりに面白かったのだけれど、帰るたび母からそう言いきかされると、何かはっと思い出させられる世界があり、それがたしかに、心のどこかで、私の支えになっていた。都や、源氏の若君について母と語りあうことは、私の心をひきしめ、つまらないことにうつつをぬかしていてはならぬ、私にはもっと大事な仕事があるのだ、と思わせるのだった。信夫の里から戻るとしばらく、平泉で、私は一人きりで本をよんだり、中尊寺のあたりをぶらつくことが多く、そんな私を兄は悪気のない口調でからかった。
 「また母上と鞍馬の若君や、都のことを話してきたんだろう。バカだなあ、いやに深刻な顔をして、何だ?」
 そのくせ、鞍馬の若君が、本当にあらわれることを、私は信じていたわけではない。
 その年の春、金売り吉次からの知らせといって、鞍馬の若君、牛若さまが、とうとう、鞍馬をぬけ出されて、吉次といっしょにこっちに向かって来られる途中である、という手紙を兄が持ってきたとき、私も母も、何だかおろおろしてしまい、結局一番落着いていたのは、兄だった。
 「手紙に書いてあるところでは、あと二日ほどして、ここを通りかかられるようですな。平泉へ行かれるおつもりではないでしょうか」
 兄は手紙をよみながら言った。
 「お迎えに出た方がよろしいでしょうな。ひと晩この館にとまっていただいたらどうでしょう」
 そして私たち二人を見て、兄はあきれた顔になった。
 「どうしたんです? 母上も、忠信も」
 それから二日間というもの、兄が郎党たちを指揮して、てきぱきお迎えのしたくをするのを、私と母は、ぼんやり見ていただけだった。母は、わけもなく、自分のへやで立ったり座ったりし、ときどき思い出したように、京の絵図をとり出して、広げてながめていたりした。私はというと、もっと悪くて、何をしていても仕事が手につかず、奇妙な不安で胸が苦しくなってきて、一人で館をぬけ出してしまい、草の中にねころがって、今、この間も、私が横たわっているこの草原のかなたを、吉次につれられてこちらへ向かって歩いてきておられる牛若さまとはいったいどんな方なのだろうと、ただそればかりを考えつめた。
 とうとう、その若君がおいでになるという日の朝、私はへとへとになってしまい、疲れたからお迎えには行きたくないと言い出して、兄からどなりつけられた。
 「何ひとつ、やってないくせに! おまえが行かなくて、いったい誰が行くというんだ? とぼけるんじゃない、さっさとしたくしろ!」
 そして新しい狩衣を兄は私にぶっつけた。
 言われるままにそれを着て、どうにか馬にのって出かけたものの、道々私は一言も、しきりに話しかけてくる兄に、たしかな返事ができなかった。兄もとうとうあきらめたらしく、せめて若君には自分の名前ぐらい言えよ、と釘をさしたのを最後に、口をとざした。
 郎党たちをふもとに待たせて、見はらしのいい丘の上から兄と二人で吉次のー行があらわれて来るのを待つ間、私はますます苦しくなり、どうしていいかわからなくなり、逃げ出したくてたまらなくなった。またよくしたもので、そんな私の前に、若君をつれた吉次の一行は、いつまでも姿をあらわしてくれないのである。
 遅いな、と兄が言ったので、救われたような気持になって、私は目を兄の方に向けた。
 「おいでにならないのでは、今日は…」
 そういうと、何か自分で、ほっとした。
 「やれやれ、そうなったら、せっかくの夕食のしたくが皆むだになる。おまえとおれとで、全部食うか?」
 力なく笑って私が目を地平線の方に戻したとき、草のかなたに、人かげが見えた。
 はじめ、目の迷いかと思った。それからそうでないとわかった。五つ、六つ、…はっきりと、馬にのった人かげが、明かるく淡く雨にけむる地平線の上にうかび上がりはじめた。
 「そら、おいでになった。雨で遅くなられたのだ」
 兄はそう言って、馬のたづなをひき、向きをかえた。
 私も兄につづいて丘を下りた。自分でも何をしているのかよくわからず、ただ兄について行った。
 「それにおいであそばされるのは、源義朝さまの若君の御一行ですか」
 人の顔が見わけられるほどに互いが近づいたとき兄が馬をとめ、いつものよくひびく声で呼びかけた。
 「いかにもさようで」
 聞きおぼえのある吉次の陽気な声が届いてきた。もう、こちらに気がついているらしい。得意そうな笑いがこもっていた。
 「鞍馬山の牛若さまを、おつれいたしてまいりましたぞ」
 吉次の後の黒い馬の上から、身をのり出すようにして、私と同い年ぐらいの少年が一人こちらを見ようとしているのに私は気づいた。生き生きと、子どものように、こちらに気をひかれ、私たちをよく見ようと身体をのび上がらせている。兄が馬からひらりと下りた。私も馬からとび下りた。さあっと雨にしめった草が冷たく足をひざまでぬらした。
 兄が叫んだ。
 「佐藤庄司基治の子、継信と忠信です。母は義朝さまにゆかりの深い者で、一目お目にかかりたいと、かねてよりご一行をお待ち申しておりました。こよい一晩わが館にお立ちより頂けますれば、幸せと存じ、ここに参っておりまする」
 吉次が何か言うより早く、黒馬の上の少年が、澄んだ、やや高い、だがはっきりととおる声で叫び返してせた。
 「案内してくれ。私は参る」
 そうして、馬をすすめてきた。
 雨がやみ、灰色の空全体に、おぼろな、明かるい光が広がり、それを背に少年の顔が、今はもうはっきりと、私には見えた。色が白く、淡い眉とやさしい口もとの、すっきり小さい顔だった。ひとみが輝くように澄んで、燃え、兄から私へ、しっかりと動いて、とまった。明かるい声が、また命じた。
 「馬にのれ、二人とも。館はここから近いのか?」
 京ことばだ。自分以外の少年が使うのを聞くのは私は初めてだった。母は私にそれを教えこんでいたが、母や、母のところにくる都からの旅人の前以外では、私も使うことがなかった。
 馬にのりながら兄が答えた。
 「ほんの一息でございます、若君」
 「義経と呼んでくれ。尾張の熱田で元服したのだ。自分で髪を上げ、名も考えた。… どちらが継信?」
 「私です」
 義経さまは笑って兄を、よく覚えておこうとするようにしっかりと見、ついで私に目を向けた。同じくらいの年ということがご自分でもわかったらしい。すぐに聞かれた。
 「では、そなたが忠信…いくつになる?」
 「十六でございます、殿」
 「私と同じか」
 「はい、ずっとそうでした」
 義経さまの目がふうっと深い笑いをたたえ、そばに来ていた吉次と兄とが顔を見あわせて吹き出しかけ、私自身、あ、バカなことを言った、と全身がかっと熱くなったとき、義経さまが、まじめな静かな口調で聞かれた。…目はどこかまだ、ほおえんだままで。
 「ずっと…前から私のことを、知っていたのか、そんなに?」
 …この人は気づいた。
 私のことばにこもっていた、私自身さえ気づかぬ意味を、この人はよみとってくれた。
 夢中で殿を見返して、私は答えた。
 「吉次からお噂は、私も、母も、いつもうかがっておりました」
 「そなたたちの母は? 父義朝に、ゆかりの者と申したが」
 「荘司の尼と申しまして、昔…」
 言いかけて私はロをとざした。
 それは母に、自分で話させてやりたい、そう思った。
 「館で殿を、お待ち申しておりますのでよろしければおことばをかけてやって下さいましたら」
 私はただ、そう言った。母の喜ぶ顔を思うと、胸のくずれるほど、わくわくした。
 「むろん、ぜひ、その人に会いたい」
 殿の口調は、無邪気にはっきりしていて、ひとりでにそれが気品と威厳をたたえるのだった。
 「私は父を知らないが、そういう人にめぐり会えると、本当にうれしい。ゆっくり父の話がしたい」
 「では、おいで下さいませ」
 満足そうに兄が言った。私の応待ぶりに、ひとまず安心したらしい。
 「私どもがご案内いたしましょう」