「吉野の雪」
  
  
  
 これもただ余りに判官を恋しと思ひ奉る故に、これまで命は長きかや。(義経記 巻六)
  
   

第一章 岩の上

  
《 佐藤四郎兵衛忠信は、義経の臣下中、最も史的な、家系由緒の明らかな人物の一人である。(中略) 勇といひ、忠といひ、才気といひ、威容といひ、将た家系といひ、官位といひ、而も判官の乳母子であるといひ、実に君の御名を預けられるに最も相応はしい武夫であった。(中略) 剛柔を兼ね、勇と情とを併せた青年武士で、十指を屈する判官の名臣の中で、小義経とも謂ふべきは彼のみである。或はその性行の一半は、主君判官の感化もあらう。これに私淑した結果でもあらう。(島津久基「義経伝説と文学」)  》
  

    一

 雪の冷たさが急に身にしみてきて私は歯をくいしばった。どのくらい長くこの岩の上に座っていたのだろう。あたりはしんと静かで、時々、どさり、どさり、と木の枝から雪の落ちる音がしていた。まぶしいように澄みきった音だった。あたり一面、人の気配はそよともしない。
 いつまでも、ここにこうしてはいられない。逃げねばならぬと分かっている。しかし動く気がしなかった。どうせ逃げるといっても方角が分からない、といいわけのように心にくり返しながら、私はぼんやり冷えきった太刀の柄を指でこすっていた。さっきまで激しく戦った血の騒ぎがまだ身体の中でうずまいていたが、肌のほてりはもうなかった。とにかく、この雪の中だ。
 とっくみあった時の横川の覚範の太い指でまだ腕をつかまれているような気持がふと、した。鉄のように強くくいこんで来たあの五本の指の感触が今でもありありとよみがえる。そのくせ、いったい本当にそんな法師と戦ったのだっけ、という気もしないではない。こんなに静かで、こんなに一人ぼっちだと、何もかもが嘘のようだ。よろいの重さと、足のぬけるようなだるさと、死にぎわの覚範が切りつけた腕の傷の痛みと、全身にしみいるような寒さ以外は、何ひとつ信用できない。
 もう昼すぎだった。
 ―― 殿は、どこまで、行ったろう。
 本当にそう案じたわけではない。―― 殿はどうなされたろう?―― 殿はどこにいられるのだろう?そう考えるのは私たち皆にとって、呼吸するにも似た習慣になっていて、今もそれがふっと出たのだ。だが、それで私は我にかえった。思わずひざをたて直して、今度は本当に、自問した。
 ―― 殿は、どこまで落ちられたろう?
 どさり、とまた雪が落ちる。思わずびくりとしながら、殿に会いたい、と私は思った。殿も、他の仲間も皆、私のことをすでに死んだと思っていよう。実際やがて私は死ぬかもしれない。今、私がこうして思っていることは、誰も知らないままになる。そう思ったとたん、急に泣きたいようなわびしさが、胸をつらぬいた。
  
         ※
  
 それにしても何と静かで、明かるいのだろう。
 私の吐く息の音以外には、小鳥の鳴く声すらしない。
 さっきまでの戟闘におびえて、鳥も皆逃げたのだろうか。
 どうして勝てたのだろう。信じられない。
 いや、むろん、勝ったといっても、私一人が生きのこったというだけのことだが。
 あの崖の上にはまだ、私といっしょにたたかった十人近い郎党たちの死体がころがっているはずだった。
 それでいったい私たちは、敵を何人倒したのか。たしか、最初の矢合で、四人。そのあと、立木のかげから射て五人。あとはもう、乱戦で…
 何か食べたい。空腹で目が回りそうだった。私はひざのそばの雪をつかんでロに入れた。舌がはじけるように冷たく、少し頭がはっきりしてきた。
 最後にあらわれてきたあの法師…横川覚範と名のったあの大きな僧兵と戦っている間中、何度もひざがくずれそうになったほど、私の身体は弱っていた。もう小半刻打ちあいが続けば、多分私が殺されていた。覚範が勝ちにのって、私をあの、崖のはしまで追いつめてくれたから助かったのだ。私はこの岩の上にとび下り、あとからとび下りてきた覚範は枝によろいをひっかけて、私の足もとにころがってきた。起きあがるのを待ってやる余裕などなく、疲れてぶるぶるふるえる手で私は覚範ののどをつらぬき、首をとった。
 「さすがは九郎判官義経どの、お身がかるい」
 とび下りる前、覚範は、崖の上から何かそんなことを、私に向かってわめいたようだ。
 私は、義経さまではないのに…
 殿が着ていた緋おどしのよろいを着て、郎党たちを指揮していたせいか、覚範ばかりではない、他の僧兵たちも私のことを、殿と思いこんでいたようだった。その方が好都合と思ったから私もわざと、林の中をめまぐるしくとび回って、誰もいない方に向かって叫んでやったのだ。
 「鷲尾、右に回りこめ、弁慶、片岡、どうしたのだ、亀井もそれ、陣を固めろ、いいぞ、伊勢、矢を惜しまず射てとれ、それ、駿河、常陸房、敵はくずれたぞ、今だ!」  よく考えてみると、自分の名だけは叫んでいない。ふっとおかしくなってきて、私はかすれた息だけで笑った。
 僧兵たちはどうして、覚範が討たれたとみると、ひき上げていってしまったのだろう。この谷には下りぬ方がいい、と言いあっていたようだが、危険なことでもあるのだろうか。出られないのだろうか。
 急に不安になってきて、私はよろよろ立ち上がった。
 あたりは一面、雪だった。高く両側に白い崖がそびえ、まっ青な空がその上にあった。鳥が見たら私は、白い深い谷の底の、ぽつんと赤い、小さい点にしか見えないだろうと思った。
 首のない覚範の死体をよけて、私は岩からすべり下りた。
 殿はどこまで行かれたろうか。義経さまは。
 他の皆は。
 私の死んだ兄と仲がよかった鷲尾三郎経春。舟をあやつらせたらならぶもののなかった片岡八郎。駿河の次郎。落着いて考え深かった鈴木重家。その弟で、同じ弟どうし、何となく私と気のあっていた亀井六郎。女の話をよくしてきかせた伊勢三郎義盛。話上手な常陸房海尊。私を何度か怒ってどなりつけた武蔵房弁慶。喜三太はじめ足軽たち。数えあげればきりがない名の数々を、私はゆっくり思いうかべていた。たしか全部で十六人いたと思ったが、あとは誰々だったろう。静さま…いやむろん静さまとは、もっと早くにお別れしたのだ。
 あれは今朝だ。一行と別れてひき返すことになった静さまを、途中まで私が送っていったのは。中腹の小さな地蔵堂でお別れして、ひき返してくると、いつの間にか、ふもとの寺で鐘が鳴っていた。そして、僧兵たちが私たち一行を追って、山をのぼってくるのが見えた。迎えうっても多勢に無勢、どうせ助かるわけもない。ここは私が防ぐから、殿は皆と落ちのびて下さい、そう言いはって、私は、私自身の使っていたわずかな郎党たちとともに残って、殿とお別れし、皆とも別れを告げたのだった。
 別れぎわに殿は私とよろいをとりかえていかれて、今私は殿がいつも着ておられた、緋おどしのよろいを身につけている。
 これではあまりみっともない死に方はできないぞ、と私は自分に言いきかせた。もっともその一方で、案外足をふみすべらして岩の間に落ちて首の骨でも折るのではあるまいか、という気もしていた。
 雪の中を歩くのはなれていた。私はみちのくで生まれ、十九才までそこにいたのだ。だが、この山の雪は、私のふるさとの雪とちがう、と吐息をついて私は思った。もっとやわらかくて、ねばっこく、そのくせくずれやすい。
 文句を言ってもしかたがない。太刀で雪をつきさして足場をたしかめ、たしかめしながら、岩から岩へと伝いつづけた。いったい何のためにこんなことをしているのだろう、という気がしないでもなかったが、じっとしていても、とにかく凍えるばかづだった。
 この分では静さまもどうなられただろう。
 殿のご正妻は、頼朝さまがさしむけて来られた、川越重頼さまの娘というおとなしいお方だったが、私たちが京を出るとき残られて、今日まで殿について来られた女の方は、静さまだけだった。その静さまも、これ以上は無理だということで、殿は今朝、お返しなされた。次は私が皆と別れた。一人々々、こうして別れてゆく。
 もっと前のことを思うと、京都では、江田源三が死んでいる。まじめで嘘のつけないいい男で、亀井と私と三人で、仲がよかったが、土佐房昌俊が、鎌倉からの命令で、やってきて、殿の館に夜うちをかけたときの戦いで、死んだ。
 そのずっと前には、兄が死んだ。
 むろんあれは、まだ平家との戦いだった。
 次々にいなくなってしまった人々が、何の戦いでとか、いつからあとでとか、考えるのもばかげているが、それでもふっとそれを思わずにはいられない。
 殿は…私の主君、源九郎義経さまは、源氏の総大将左馬頭義朝のお子だった。
 義朝さまが、平家の総大将平清盛に殺され、平家一族が都を、全国を支配して、わが世の春を誇っている間、殿は鞍馬の寺で、ひっそりと育てられた。
 さだめしいろいろなご苦労があったと思うが、それを口にされたことはない。
 十六のとき、その寺を逃げ出し、私の住む、みちのくへ来られた。
 まもなく、平家のおごりに対する人々の不満は広がり、殿と同じ義朝さまのお子…殿と母君はちがうがご兄弟にあたられる、伊豆の頼朝さま、木曽の義仲さまが、続々兵をあげられ、諸国の源氏がそれについて、起った。
 義経さまも、私たちをひきいて、頼朝さまのもとに、はせむかわれ、それ以後ずっと、頼朝さまのご命令のままに、平家とたたかいつづけ、ついに、ほろぼしたのだった。
 私の兄、佐藤継信が死んだのは、そのときのいくさの一つである。
  
        ※
   
 空腹はもう耐えがたい。木の実でもないかと、私はあたりを見回した。あたりの岩の重なりあいから見て、谷はどうやらぬけたようだが、木の実はおろか、緑の草さえあたりには見えない。
 弓と矢を崖の上においてきてしまったのがくやまれた。いざとなればせめて、鳥やけものの肉を手に入れられたかしれないのに。
 太刀うちも不得手ではなかったが、私は弓矢に一番自信があった。兄が死んだたたかいのすぐあとで、平家が舟に扇をたてて、これを射よといって射させたそうだが、そして那須余一という若者がみごとに射てのけたというが、そのとき私は兄のとむらいのため陣を退いていたため、あとで何人かから、そなたがいたら、やってみたらよかったのに、と言われた。もっともあのとき、あとでそう言われた者は、他にも大勢いたと思うが。
 さっき覚範と戦ったときも、私はまず、彼の弓のはずを射くだいて、使えなくしてやった。この山…吉野山へ入る前、大物浦というところに殿の舟が流れついて、そこの侍たちと一戦したときには、舟の上から敵の指揮者二人を海に射おとして、弁慶と海尊が、そなた舟にはなれていないと思ったのに、とあきれた。
 あのときは本当に残念だった。嵐にあってあんなところに舟が吹き戻されきえしなければ、殿と私たちは無事九州におちのびて、こんなことにはなっていなかったかもしれない。それとも、そうなったところで、いずれはこうなって、頼朝さまに追いつめられてしまう私たちだったろうか。
 そうだ。平家をほろぼしたあと、いや、すでに、殿が京都に入られたころから、頼朝さまと義経さまは、次第にうとうとしくなられた。京の法皇さまは、殿を気に入っておいでのようだったが、多分、そのためにいっそう、頼朝さまは殿をお気に召さなくなられたのだ。
 頼朝さまとの戦いをさけて、殿は法皇さまに、四国、九州の支配をまかせるという命令をいただいて、私たちをはじめ、したがう兵たちをひきいて京を出た。
 しかし、嵐だった。船出した私たちの船団はちりぢりになり、兵たちも、どこへ行ったともわからなくなった。
 そして、頼朝さまは、法皇といっしょになって、殿を朝敵と呼び、私たちをかり出して殺そうとしておられた。
 この吉野山ににげこんで、もう数日になる。昔のよしみで殿をかくまってくれる人々もあちこちにいたが、それよりも、今日の僧兵たちのように、私たちを討ちとめて、手柄にしようと追ってくる者の方が多かった。
 殿は無事おちのびられたか。私はどこまで生きられるか。今はもうそれはわからない。
 生けどりにだけはされたくない、と思った。殿の行方など聞かれても知らぬからいいが、とらえられて、都大路をひき回され、あちこちで人々の目にさらされて、あげくのはてに河原で斬られた平家の大将たちの顔を、私はまぶたに思いうかべていた。総大将の平宗盛さまに、私はしばらくつきそってお世話していたことがある。気の弱そうなおだやかなお方で、私の故郷のことなどを聞いたりされ、ときどき思い出したせぅに、出家しても命は助けてもらえぬだろうか、などとつぶやいておられた。
 ああなりたくない。決して、ああはなりたくない。それどころか、殿は生けどりの平家に対し、親切すぎると悪評をかったぐらい、ていねいに扱われたし、何といっても平家の人々は位も高く、あがめられていた。私ごときがとらえられて、あんな扱いの十分の一でもしてもらえるはずがないのだ。
 絶対にとらえられない。その前に死ぬ。そう決めると、少し心が落着いた。
 気がつくと、あたりの地形が少しなだらかになっていて、そして、どうやら夕ぐれがせまってきたらしい。
 そのおぼろな明かるさの中に、ずっと遠く、黒い塔が一つ、そびえ立っているのが見えた。
   

    二

 私はそちらへ歩きはじめた。
 空腹がつのるとともに、夕ぐれがせまったせいもあるのだろうか、寒さが耐えがたくなってきていた。
 塔は次第に近づいてきた。どこか、このあたりの寺に属しているのだろうか。しかしこう見たところ回りに建物はないし、人かげもなかった。ただ、塔の一階からは灯がもれて、かすかに笑い声もしているようだった。
 私はずんずん歩きつづけ、そのまま塔の縁先にあがって、半分あいている戸から中を見た。
 法師が数人、いろりに火をたいて、酒をあたためていた。誰かを待っているのか、自分たちが飲むつもりか、どっちにしても残念ながらそうはなるまい、と思いつつ、私はがらりと戸を開いた。
 法師たちは一瞬私を見つめたが、かぶとのしころの一方は折れ、よろいのあちこちに矢をつきたて、太刀を手にしたままの私の姿に度肝をぬかれたらしい。
 たちまち悲鳴をあげて、反対側の壁にぶっつかり、私が身体を中に入れて、わざと入口をあけてやると、そのまま、そこからわれがちにとび出して、雪の中をころがるように走って逃げていった。
 私は火のそばに座って酒をのみ、出してあった菓子を食べた。もう死んでもいいと思うくらいうまかった。急いで食べてはよくないと思って、しいてゆっくり口にしているつもりなのに、何度もむせかえって、のどがつまった。
 かぶともよろいもぬいでくつろぎたかったが、そうなったらもう、それこそ倒れこんで眠ってしまいそうだったので、私はそのまま、目を見はって、燃える火の色を見つめていた。
 すきとおるような美しい色を放って、火はばりばりと燃えていた。
 殿はどうしておられるのだろう。
 兄がいるので殿はいつも、忠信、と私を名で呼ばれた。
 佐藤忠信。それが私の名前だった。
 源義経さまには、すぐれた家来が多いといわれる。変わった家来も多いといわれる。
 私や兄のようなみちのくの武士。弁慶や海草のような僧兵くずれ。鷲尾三郎は一の谷の合戦のとき、山の中で出あって道案内をしてくれた少年だったし、伊勢三郎義盛は野盗だったといわれていた。
 殿はその誰もを同じように扱い、かわいがっていた。一度私が義盛を山賊だったことでからかったとき、殿は珍しく怒った顔で私をにらんだ。だが、本当は義盛は自分が山賊だったことをかなり得意にしていたのだ。
 「おい、おまえなんかは知るまいが、着物を汚さないようにして女を殺す方法っていうのはな…」
 そんなことをよく私に話してきかせた。
 気のおけない仲間たちだった。結束はいつも固かった。よくけんかもしたが、あとまで尾をひいたことはない。一つの家族のように殿の回りをびっしり固めていた私たちのことを、鎌倉の他の武将たちは、奇異なものでも見るようにながめていた。頼朝さまにおつかえしているといっても彼らはめいめい自分たちの立場とおもわくと、計算があり、用心深い主従関係だった。また、それがふつうだった。私たちのように一人の主君に皆が何のかくしだてもなくひたむきに心をささげていた集団はいなかったし、お互いが心を許しあって、兄弟同様のつきあいをしていた集団もいなかった。
 もちろん…
 私はふっと笑った。
 もちろん、ときには例外もあったが…
 たとえば、あのとき…土佐房とのたたかいがあってすぐあと、堀川の館で、殿と私たちが話をした、そのとき…どうしてか私がついうっかりと、自分でも思いがけないことを口走ってしまって、それから…
 眠い。眠ってはいけない。
 眠らずにいるためには、思い出しつづけていなくてはならない。
     

    三

 荒々しく床板をふみならして、大勢が近づいてくる足音がする。亀井、駿河、鷲尾、伊勢、鈴木、片岡、それに武蔵坊弁慶。廊下のはずれ、武具を入れておく暗いへやの入口の板戸に背をつけて、私は向き直る。
 「…そこにいたのか」
 勢いよく廊下の角を曲がってきた伊勢三郎義盛が、危く私にぶつかりかけて、とまどったような声を出した。
 皆もちょっとたじろいで、私を見、誰から口火を切ろうかと迷っていたようだが、結局、駿河の次郎が、持前の大声をはりあげた。
 「さっきのあれは、どういうつもりだ?」
 おお、そうだ、と数人が言った。
 「あれとは?」
 「殿にそなたが申し上げた、あのことだ!」
 私の聞き返し方が落着きすぎていたらしい。鈴木三郎重家が珍しくどなりつけるような鋭い声を出した。
 「何と言ったか忘れたなどと、今度は言うんじゃあるまいな?」
 亀井六郎もじれったそうに、
 「おぬしの気持もわからぬではないが、何もあのようなこと、あそこで、あんな風に言わなくても …」
 「それは殿も少し言い方が悪かったが」
 鷲尾三郎が言いかけると片岡八郎が目をむいた。
 「黙れ、三郎、殿のことをあれこれ申しているときか。おれは忠信の返事が聞きたい」
 私は皆を見つめていた。皆、怒った顔をしている。さっき、殿のへやで、鎌倉の頼朝さまのしうちを皆で恨み、呪ってなげいていた時の表情が、そのまま私に向けられている。
 二日前、土佐房昌俊という坊主が、頼朝さまの命をうけて、京を訪れ、次の日の夜、六条堀川にある、この館を百人近い家来とともにおそった。私も、他の者も大半がいなくて、やっとかけつけて、危く追いちらし、土佐房をとらえて切りすてたばかりだ。もうはっきりと、鎌倉は、義経さまを敵として扱うことが明らかなのが、このできごとで示されていた。私たち家来の方はどちらかというと、そんなことはあきらめていたから、そのこと自体はそうこたえたと思えない。弁慶はじめ皆が苦しみ動揺したのは、このことが殿に与えた思いの深さだった。殿はどうしても頼朝さまをまだ信じようとしておられたし、今度のことで、その考えをかえて、頼朝さまと戦わなければならないと決心する他ないとなっても、そのために苦しみ、傷ついておられた。この二日間で殿はまた一段と、目に見えて、やつれた。
 「法皇さまや公家たちを味方につけ、西国の平家の残党、その他の武士団とも手をにぎれば、兄上に勝つ方法がないわけではない。だが私はそうしたくない。それがつらい」
 昨日から私たちと顔をあわせるたびに、殿は、そう言いつづけられた。
 「勝とうと思った戦いには、いつも何とかして私は勝ってきた。戦いは、人馬のぶつかりあいだけではない。心のかけひきも、ずるいとりひきもある。それも私はやってきた。兄上にだけはそれをしなかった。しなくてもいいと信じていたからだ。私のために戦うのではなくて、兄上のために、私たち源氏一族のために戦うのだから…兄上に対しては、私を守るためのかけひきや用心など、しなくてもいいと思ってきた」
 殿はかすかに吐息をついて、つづけられた。
 「だが、しなくてはならないとすれば私はする…するだろうし、多分できる。兄上に勝てるだろう。わかっている…ただ、それがなぜ、こうつらいのか」
 そして、一人言のようにつぶやかれた。
 「何もかも、めちゃくちゃになってしまう。見ている者は何のことかさっぱりわからないだろう。私はいつも、わかりやすい生き方をしたいと思ってきたのだったが」
 そこで殿がやめておいて下さったならよかったのだ。そうしたら私もあんなことを、まさか言いはしなかったろう。だが殿はそこでふと、弁慶と義盛の間に座っている私に目をとめて、言われた。
 「忠信、そなたがうらやましい。そなたの兄の継信は、私をかばって平家の矢をうけ、屋島で死んだ。そのとき、そなたにすまぬと思った。けれど、そなたの兄は最後まで、弟としてそなたを愛した。それを思うと私はいっそ、そなたにとってかわりたい」
 伊勢三郎義盛はじめ、他の数人がすすり泣きはじめた。彼らはいつも、泣きすぎる。私はそれで、いらいらするのだ。泣いたって、なげいたって、どうにもならないことではないか。頼朝さまと戦うしかないとわかっているのなら、早くそうするべきである。泣いても結局戦うのなら、同じことではないのか。殿も殿だ。
 皆がこうして手をとりあって泣くときに、一人さめきってしまうのは、私のいつものことだった。そして、あまり長いことそれがつづくと、こんなばかな泣きあいに、つきあっているいらだたしさと愚かしさに、情なくてたまらなくなって、とうとうこっちが泣きたくなるのだ。このときがちょうどそれで、やりきれなくなっていたぎりぎりのときに、こんな言い方をされて、しかも泣く種にされたので、私は我を忘れてしまい、何かもう支離滅裂なことを言い返してしまった。
 「何をおっしゃいますか。とってかわりたいのは私です。殿にどんなしうちをなさるにしろ、頼朝さまはまだ生きておられる。私は兄が、…たとえ私を憎むにしろ、殺そうとつけねらっているにしろ、…そんな兄でも、生きていてくれたら、と思います。この手で兄を殺すにしても、まだその方が、もう死んでしまっているよりはいい。殺すにしろ戦うにしろ、兄がいるなら、まだいい!」
 私は何かちがったことを言うつもりだったのだ…と思う。だが言ってしまったのはこういうことで、気がつくと、皆が、泣くのも怒るのも忘れた顔で、ぽかあんと私を見つめていた。義経さまもそうだった。はたきつけられたように白い、うつろな表情で、小さくロを開いたまま、まじまじ私を見返していた。
 弁慶が何か言いかけた。それより早く殿が言った。
 「もういい、皆。しばらく一人にしておいてくれ。私も少し、我を忘れた。興奮してすまなかった…忠信。つまらないことを言って」
 立ち上がってぞろぞろへやを出ながら、私は何となく、このままではすむまいという気がしていた。案の定、自室に戻って行こうと歩いて行くと私のあとから、外の方向に用のあるはずの者まで皆が私を追いかけてきて…板戸の前で、追いつかれたのだ。
  
       ※ 
  
 「何のつもりかと、聞いている!」
 片岡八郎が、声を荒らげた。
 「こんなときに、なぜあんな…殿を傷つけるようなことを言う!?」
 私は黙っていた。皆がちょっと顔を見あわせ、やがて亀井が吐息をついた。
 「それは、気持はわからぬではないが、やり方がまずかろう」
 「こいつの気持がわかるだと?」
 「つまり、殿をはげまそうとしたのだろう、そうではないのか?」
 「あれで、はげます?」
 駿河の次郎がうなり声をあげた。
 「私にはそんな気がするが」
 「そうなのか、忠信?」
 鷲尾が首をかしげて、のぞきこむようにした。
 弁慶が何も言わずに、さっきから黙りこくっているのが無気味である。
 「何とか言え、何も言わぬのではしかたがない」
 鈴木三郎が舌うちした。
 「言いようがないのだろうよ」
 義盛が言った。少しもてあましているようだ。彼らは皆、人がいいのだ。かっとなるとすぐこうやって互いにつめよるが、相手がはむかって来ないと、たちまち途方にくれはじめる。何となく、もう皆、むしろ私を気づかいはじめている様子だ。義盛が私の狩衣の袖をひっぱった。
 「悪かったと思うならおわびして来い。殿はまだ、あのへやにおられる」
 「行きにくいなら、いっしょに行ってやる」
 片岡八郎も口をはさんできた。
 私はその手をふりはらい、激しい声で言い返した。
 「行かない!」
 「何だと?」
 「悪かったなどと思ってない。あれは私の本心だ」
 「忠信…」
 「兄のことを…いくら殿でも兄のことを、あんな風に言うなどと、あんまりだ! 屋島このかたの私の気持を、よくご存じのはずなのに! おわびになど行くものか、あちらから来て頂きたい! もういいから行ってくれ、私のことは放っといてくれ!」
 私は両手で顔をおおってしまった。冷たい風がさあっと廊下の間をふき通してきて、どこかでばたんと、遺戸が落ちてしまる音がした。
 私の見幕に圧倒されたらしく、皆の方が今度はしんとしてしまって、やがて誰かが吐息をついた。
 「それはそうもあろうが…」
 誰かが言う声がして、またいくつか吐息がきこえた。
 「とにかくこんな時なのだからな…」
 「少しは考えてものを言えよ。殿もそなたを我々の誰にもまして、たのみにしておられるものを」
 口々に言って、皆がようやく立ち去ってゆく気配があり、ほっとして私がこころもち肩の力をぬいたとき…太い指が私の手首をつかまえて、ぐいと両手を顔からひき下ろした。
 「そなた本当に泣いているのか? 忠信」
 低い、押しころした声だった。私はさっと顔をおこした。弁慶の目がぎらぎら光って、私をにらみすえていた。
 私の顔は青ざめていたかもしれないが、むろん泣いてはいなかった。
 皆はもう、行ってしまいかけていたが、ちらとその方に目をやりながら、弁慶はまた低く言った。
 「さっき殿にそなたが申し上げたこと…よく考えた上でだな? 何となく、そんな気がする。なぜ、そう殿を、追いつめる? そなたは殿が憎いのか?」
 私は弁慶を見つめ返しつづけていた。弁慶のつくりの大きい、彫りの深い顔が、ゆっくり左右にゆれた。
 「いや、それにしては、そなたは殿に正直すぎる。さっきのあれも、本心をたしかにそのままぶつけていた。だから、わからん。そなたはときどき、まったくわからなくなる…何を考えているか、感じているか」
 「おまえだってそうだろう」
 私は小声で言い返した。
 「まあな。だがそなたのように、いらいらして他人にあたったりはせぬぞ。何せ、もっと落着け。たしかに継信が死んでから一段とそなたは気性がきつくなった。その分、苦労もしているのだろうがな」
 それは言えた。兄が死んでも何となく、私がいると、まだ兄もいるように思われるらしく、二人分の仕事がいつも私に回るのだ。故郷からつれてきていた郎党たちの世話や支配も、ほとんど兄がしていたのが、全部私にかかってきていた。しかし、もともと兄という人が仕事のいいかげんな人だったから、別にそのことはそれほど私に重荷になってはいなかった。むしろ気がまぎれて助かるぐらいだった。ただ…兄のいる間は何となく、兄と同じにみられて、あまり目をとめられなくてすんだのが、今はそういかない。たとえば今日のように、兄弟の一人としてではなく、ただの一人として殿と向きあうと、私はつい、言いたいことを言ってしまうのだ。それがどういう結果を招くかをよく考えもしないままで。
 気がつくと、私は首をたれてしまっていた。弁慶は黙って私のその肩を、一つたたくと、はなれていった。
 それは、私たちが都を去ることになる半月ほど前の日のことだった。
  

    四

 私は酒をすすって、かすかに笑った。
 法師たちが戻ってくる様子はない。援軍をつれてくるとしても、この雪の中だ、もう少し手間どるだろう。
 身体があたたまり、うつらうつらしてますます眠くなってきた。眠ったまま、とらえられでもしたらいい笑いものだ、と思いながら、まぶたが次第にくっついてくる。
 いっそ、少し眠った方がいいのかもしれない。かすかな物音でもすれば確実に目をさます自信がある。この何日か、風の音にも耳をすまし、すぐはねおきる毎日だったから…いや、それとも、それだから、身体が疲れきっていて、眠りこんだら、それきりになってしまうだろうか。
 どちらだかわからない。どちらでもいい。
 杯を投げ出して、私は床に横になった。しいんと静かな塔の中に、炉の火の燃える音だけがばちばちと鳴って、冷たい空気と、火のにおいとが鋭くまじりあっている。
 私は吐息をついた。頭のどこかはまだはっきりとさめているが、身体と床の区別はもうつかなくなりかけて、私は眠りはじめていた。
 武蔵坊…と、私は目を閉じながら、心の中で、呼びかけた。武蔵坊、おまえは正しかったのだ。
 私は殿を、憎んでいた…